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2015年12月27日 (日)

星名定雄「情報と通信の文化史」法政大学出版局 2

一冊の聖書をつくるのに羊500頭もの皮が必要となった
  ――第1章 コミュニケーションの源流をさぐる

 星名定雄「情報と通信の文化史」法政大学出版局 1 から続く。

【トロイ落城】

 まずは情報記録媒体の話から始まり、粘土板→樹皮→木簡そして紙へと続く。紙ったって羊皮紙=パーチメントに手書きだ。当時の書籍の価格は先の引用の通り。インターネットで調べりゃ大概の事が分かる今が、なんと贅沢な時代であることか。

 そして次に通信手段なのだが、最初に出てくるのは狼煙。ここに例として出ているのがトロイア戦争(→Wikipedia)で、紀元前13世紀頃の話だ。なんとトロイ落城の知らせが、その日のうちにミケーネの王宮に届いている。これを可能にしたのが、狼煙のリレーで、総距離555km。途中に幾つかの中継基地を置いて、狼煙通信を次の基地へと伝えていったわけ。

 狼煙は予め煙や焔の色や数を決めておき、そのプロトコルに従って相応しい信号を送る、いわばデジタル通信だ。これに対し、アナログなのが飛脚。馬や足の速い者が、リレーで手紙を運ぶ精度である。

【駅制と飛脚】

 これも幾つか出てくるが、いずれも古代の強力な中央集権の王制国家によるものなのが特徴。

 古代エジプト・古代ペルシアそして秦と続くが、圧巻はやはりローマ帝国。古代ローマは土木に秀でていたが、ここでもその技術が充分に発揮される。土木と通信に何の関係あるの?と思われるだろうが、大変な意味があるのだ。

 当時は、人や馬が走って手紙をやりとりした。だから、人や馬が走れる道が必要になる。そこで、ローマ帝国はまず道の整備から始めた。「すべての道はローマに通じる」というより、ローマから道がやってくる形になる。そのための労力調達が上手い。

 ローマは周辺の地域を戦争で征服して拡大していく。戦争が終わると、兵は失業する。今も昔も失業者は社会不安の原因だ。そこで、兵を道造りに雇うのである。賢い。

 道と同時に、飛脚を交代したり代えの馬を揃える、宿駅も作る。ローマだと、だいたい30km~50kmおきだ。やがて宿駅には宿泊所や食事どころができて、人・モノ・情報が集まるようになり、町のようなものが発展してゆく。

 とはいえ、遠い昔の話。道中は獣や追いはぎが出没し、飛脚もなかなかデンジャラスな仕事だったようで、槍などで武装する場合が多かった様子。

 いずれにせよ、こういった制度がキチンと機能するのは、強力な中央集権型の国家があっての話。この本には日本の通信史も出てきて、これも世界史と同じ流れで発展・退化・再発展するから面白い。

【歴史のパターン】

 そう、通信史全体を通してみると、西洋・中国そして日本で、みな似たようなパターンで変化していくのだ。

 まず、古代の強力な中央集権国家ができて、駅制が全国に整備される。日本では律令時代がこれに当たる。ここでは手紙文学の話もあって、書札礼(→Wikipedia)なんてのも出てくる。「今様にいえば、手紙文上達早わかりとでもいうべきガイドブック」で、文例集まであった。奈良時代から直子の代筆みたいな需要はあったのだ。

 全国的な駅制は平安時代にシステムが綻び、鎌倉時代に少し持ち直したものの、室町時代になると消えてしまう。これが戦国時代になると、完全な崩壊に陥いって、江戸時代に再び復活し始める。

 これは西洋も似たようなもんで、ローマの崩壊・封建領主の時代になると衰え、絶対王政の時代に復活し始める。考えてみればこれも当たり前の話で、駅制が成立・機能するには、国内全土に行きわたる強力な権力が必要だからだ。とはいえ、世界全般で似たような歴史の流れがあり、それを通信史が端的に表しているのは面白い。

 こういった変化の原動力となったのは「馬」だ、と断じたのはマクニールの「戦争の世界史」だったかな?

【制度のパターン】

 中世以降の飛脚制度も、やはり似たようなパターンで変化・発展していく。国王や幕府の肝いりで全国のネットワークが張り巡らされるのとは別に、パリ・ロンドン・江戸などの市内飛脚も発展してゆくのである。こちらはどこでも民間資本が中心なのも面白い一致点だ。現代のバイク便にあたる仕事だろう。

 そして、新興国アメリカが顔を出すとともに、近代的な郵便制度の整備を、米・英・仏・日を舞台に描いてゆく。ここでも民間主導のアメリカ、内外への威信をかけ政府主導で進める日本の対照が鮮やかだ。

 ここで意外だったのが、ペニー・ブラック(→Wikipedia)で有名な、イギリスのローランド・ヒル(→Wikipedia)の郵政改革。最初から大成功だったわけじゃなく、初年度は取り扱い量が倍に増えたものの、収入は43%減、利益は69%減。「導入直前の利益水準までに回復するのに、何とその後24年もかかった」。

 にも関わらず、ヒルの評判がいいのは、大幅な値下げが利用者に大好評だったからだ。

【科学の世紀】

 終盤では、鉄道から始まって、航空機・電信・無線・自動車などのテクノロジーが、恐ろしい勢いで通信速度を上げてゆく。スイス軍が1995年まで伝書鳩を使ってたり、憧れのグラーフ・ツェッペリン(→Wikipedia)が出てきたり、なかなかワクワクする話が多い。特に無線電信と日露戦争の話は、実にギリギリのタイミングだったんだなあ、と感心したり。

 そんな中で、一見キワモノ的だが興味津々だったのが、腕木通信(→Wikipedia)。キース・ロバーツのパバーヌでSF者には有名なシロモノで、詳しくは Wikipedia を見て欲しい。腕木の形を符号化して92×92=8464個のコードにし、そそれぞれを単語や制御記号に対応させる。

 当時から通信の優先順位やエラー訂正などの制御符号もプロトコルに含めていて、現在のデジタル通信の基礎がここで誕生しているのに驚いた。今でもマルチタスク時のリソース管理に使う「セマフォ(→Wikipedia)」なんて言葉に、この腕木通信の名残が残っている。

 ちなみに、日本でも江戸時代から手旗信号のリレーで相場情報を江戸・大阪間でやりとりしてたとか。

 元々の駅制とかだと、国王主導で軍事系の情報をやりとりするために発達したのが、商業と金融が台頭すると民間の情報網が発展してゆくのも、やはり歴史のパターンなのかも。いや腕木通信は、やっぱり軍事情報が中心だったんだけど。

【マスコミ】

 都市化と商業の発達は新聞を生み出し、マスコミが発達、そしてロイターなどの通信社も誕生してくる。ここでも民間主導のアメリカと、政府主導の日本は対照的。

 特にアメリカの新聞だと、1690年の黎明期にボストンのベンジャミン・ハリス発行の「パブリック・オカーランス」が「創刊号において事実を報道することを強調するあまり、それを恐れた植民地総督から睨まれ、敢えなく創刊号だけで廃刊」なんて起源で始まっていて、当時からジャーナリズムが自由の象徴だった事がうかがえる。

 これが20世紀に入るとラジオ→テレビ→インターネットへと急激に進歩し、それと共に情報伝達の費用も劇的に下がってゆく。昔は初任給数か月分もかかった手紙の配達が、今はそれこそ湯水のごとく情報を送受信できてしまう。

 しかも、昔の飛脚ネットワークは、途中や目的地の治安が悪いと完全に絶たれてしまったのに対し、現在は携帯電話網や衛星通信で、戦場とも連絡が取れたりする。単に安く速くなっただけでなく、意外と頑丈でもある。つくづく、21世紀ってのは、人類史上で実にとんでもない時代なんだなあ、と思う。

 まあ、この辺は、黒電話の時代を知っている世代でないと実感できないのかもしれない。

【終わりに】

 などの大まかな話ばかりでなく、例えば平安時代の手紙文化の話だと、紙の色が差出人の美術センスを表してたり、中世ヨーロッパの為替がキリスト教で禁止されてた利子を誤魔化す手段になったり、イギリスの郵便列車が走行中に郵便袋を積み込んだりと、面白エピソードはてんこもり。

 特にアメリカのポニー・エクスプレス(→Wikipedia)では、アメリカでの郵便配達夫の地位がわかって、デビット・ブリンが「ポストマン」を書いた原因は、この辺にあるのかなあ、などと思ったり。

 という事で、プリーズ・ミスター・ポストマンが聴きたくなってしまう本でもあった。「郵便屋さん、ちょっと待ってよ、彼からの手紙来てない?」って可愛らしい歌。あれ、オリジナルはビートルズじゃなくてマーヴェレッツだったのね。私はカーペンターズのが好きです(→Youtube)。

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