ロバート・サーヴィス「ロシア革命1900-1927」岩波書店 中島毅訳
ロシア革命は現代史の中でも最も大きな衝撃を与えた出来事の一つである。そしてそれをどのように理解するかという問題は、ソヴィエト・ロシアを認識する者がおかれた立場や属している社会の利害関心などにより、大きく影響されてきた。
――訳者解説旧ロシア帝国内で一つの革命があったのではなく、地方で、県で、郡で、都市近郊や農村で多数の革命があったのである。
――第2章 崩壊 1915-1917彼ら(ボリシェヴィキ)は権力の座にあって、生き残るための実験をおこなわねばならなかった。そして実験をおこなうたびに、ボリシェヴィキは概して、真っ先に反革命から自身を護ることを選択した。
――第3章 実験の限界 1917-1927レーニンは一党制の単一イデオロギー国家を後世に残した。彼は支配の方法としてテロルを使用し続けた。スターリンが自らのいっそう恐ろしい共産主義独裁の形態を開始するのに必要とした制度的枠組みを確立したのは、レーニンであった。
――第4章 結論
【どんな本?】
1917年、第一次世界大戦のさなかに勃発したロシア革命(→Wikipedia)。当時のロシアは、どんな社会だったのか。どんな者たちが、どんな状況におかれ、どんな勢力をなし、どんな主張をしたのか。
当時のロシアの社会・経済・権力構造そして文化にまで目を配り、革命が勃発した1917年を中心にその前後十数年のロシアの歴史を追いながら、ロシア革命の推移と意義を捉えなおす、一般向けの歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Russian Revolution 1900-1927 : Third Edition : Studies in European History, by Robert Service, 1986, 1991, 1999。日本語版は2005年6月28日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約141頁に加え、訳者解説9頁。9ポイント45字×17行×141頁=約107,865字、400字詰め原稿用紙で約270枚。文庫本なら薄い部類になるだろう。
文章はやや硬く、いかにも歴史の教科書っぽい。書き方が冷静というか突き放した雰囲気の文体のためか、ちと感情移入しにくいのだ。内容も人物に焦点をあてるのではなく、俯瞰してモノゴトの推移を追う形のため、身を入れて読むのが難しい。とまれ、ロシア物のわりには比較的に前提知識が要らない方だし、文章量も少ないなので、ロシア革命の全体像を掴む入門用としては向いているだろう。
【構成は?】
基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
歴史を学ぶのは難しい。特にロシア史はややこしい。
なんたって、書く人の思想信条により同じ事件の評価が違う。特にロシア・ソヴィエト史、それもロシア革命は、著者の立場が色濃く出る。おまけに、一般的に政治信条が強く影響する本は、背景事情の説明を省きがちで、いきなり個人名や細かい話が出てくるので、著者が何を言っているのか素人にはよく分からない本が多い。
そんな中で、この本は比較的手軽にロシア革命の概要を掴める本だと思う。いや他の本を読んで比べたわけじゃないので、イマイチ信用できないけど、なんといっても、文章量が少ないし。
こういう本は、著者と読者の政治信条の相性が評価に大きく影響する。つまりロシア革命を人民による偉大な革命と見なすか、世界の秩序を乱す悪の秘密結社の台頭と見なすかだ。
著者は意図的に良し悪しの判断を避け、賛否双方の見解を併記すると共に、当時の社会的・経済的な状況の中で、各勢力の動きを力学的に描くよう心がけているようだ。
評する私は、そもそもロシア革命についてほとんど知らない。ニコライ二世とトロツキーも、知っているのは名前ぐらいだ。ニワカとはいえ軍オタなので、さすがにスターリンは多少知っているけど。恥ずかしながら、レーニンもほとんど知らず、ソ連の崩壊を描くデイヴィッド・レームニックの「レーニンの墓」で、その影響力の大きさを痛感した次第。
そういう無知な者の評価として、この記事をお読みいただきたい。
この本の特徴は、経済的な面に大きな比重を置いている点だろう。とにかく、アチコチに数字が出てくる。
例えば「第一次世界大戦前の五年間に、ロシアは年平均で1150トンの穀物を国外に販売した」「1916年までに、機械製造業のほぼ4/5は、帝国軍の必要に充当されていた」「臨時政府が存在した八ヶ月間に、政府の穀物調達期間が調達したのは、国の穀物必要量のわずか48%であった」etc。
そんなわけで、当時のロシアの経済状況が、かなり具体的に掴めるのが嬉しい。いっそグラフを付けてくれれば、もっと感覚的にわかるんだが。
そういう目で見ると、ロマノフ王朝の終焉は、「こりゃ誰がやっても政権がコケるな」と思えてくる。日露戦争敗戦の危機はあったにせよ、第一次世界大戦が起きるまでは、穏やかではあるけどなんとか経済成長していたし、農地もジワジワと農奴の手に渡っていた。工業も脆弱ながら立ち上がりかけ、農具も農民の手に渡り始めていたんだが。
そこに大戦争の勃発だ。工場は軍需に転換され、農機具の生産が減り、農業の生産性は元に戻る。脆弱な鉄道はフル回転するものの、大量の物資と人員を必要とする軍需に回され、国内の流通が麻痺する。おまけに「強壮な成年男子を1400万人も徴兵」したんだからたまらない。
ってんで、ロマノフ王朝は倒れ、「都市と農村の中流階級の利益を守る包括的政党」カデットが政権につく。が、日露戦争以降に大きく成長した各地のソヴィエトとの軋轢は大きくなるばかり。カデットが大戦の継続を掲げたのもマズかった。
ってんでボリシェヴィキが台頭するんだが、当時のロシアの状況は、やはり誰が政権についてもどうしようもない状態だったように感じる。じゃ、以前の政権と何が違うかっつーと、強引さではあるまいか。非常委員会チェカを創って逆らう者を粛清し、街頭デモを銃撃する。つまりは暴力で押さえつけたわけで、これがソ連崩壊までずっと続く。
当初はボリシェヴィキに対する反乱も多かったようだが、いずれも暴力で鎮圧する。熟練労働者が不足して工業は停滞、1921年には「ヴォルガ流域では数十万の農民が餓死」する上に、外交的にも孤立してしまう。
この辺を読んでて、なぜボリシェヴィキが権力を維持できたのが不思議に思ったんだが、この本では冷酷な暴力によるものとしている。暴力を使うにしても、軍を掌握できなけりゃ話が始まらないんだが、どうやって軍を従わせたか、にまでは、この本は踏み込んでいない。このあたりは、少し不満が残る。
やがて1921年に新経済政策ネップなんてのが登場してくる。部分的な自由経済だ。これが多少は功を奏するんだが、レーニンが死にスターリンが継ぐと、ネップも潰される。
などと、ロシア革命のおおまかな流れはなんとなくわかる本ではあるが、ボリシェヴィキが権力を掴みかつ維持した秘訣や、スターリンが頂点に登るまでのボリシェヴィキ内部の権力闘争まではわからない。あくまでもロシア革命の全体像を掴むための本だと考えよう。
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