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2015年11月20日 (金)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2007 虚構機関」創元SF文庫

なんのことやらわからなくとも特に問題は起こらない。
  ――円城塔「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」

「自分たちで自然界に埋もれたチートを探すしかないのよ」
  ――八杉将司「うつろなテレポーター」

「この国の戦争を終わらせるためだよ」
「戦争は終わったよ」とぼくは言った。
「じゃあ訊くけれど、きみの戦争は終わったのかい?」
  ――伊藤計劃「The Indifference Engine」

【どんな本?】

 2007年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品を集めたアンソロジー。

 老舗のSFマガジンはもちろん、SFファンが見落としがちな一般文芸誌の小説新潮や同人誌まで幅広く作品を漁り、ベテランの萩尾望都や堀晃からフレッシュな北國浩二や福永信、そして大きな話題を巻き起こした円上塔と伊藤計劃まで、バラエティ豊かな作家と作品を集めている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年12月26日初版。文庫本縦一段組みで約510頁。8ポイント42字×18行×510頁=約385,560字、400字詰め原稿用紙で約964枚。上下巻でもおかしくない分量。読みやすさは作品それぞれ。

【収録作は?】

序文 / 大森望
グラスハートが割れないように / 小川一水 / SF Japan 2007年春号
 グラスハートは秋の終わりからはやりだした。拳ほどのガラス瓶の中に入った、ふっくらとしたマシュマロのようなもの。大学生のコースケは、高校生の小枝の小枝と付き合っている。その小枝もグラスハートを大事そうに抱えている。気になったコースケは調べてみると…
 正体不明で怪しげな流行物ってのは、昔からあるもんで。そういうシロモノをネットで調べたら、出所不明の噂ばかりがヒットしちゃうってのが、実に当世風。などの小道具を使いつつも、小説としてはむずがゆいぐらいに可愛らしいラブストーリー。
七パーセントのテンムー / 山本弘 / SFマガジン2007年4月号
 同棲中の瞬が、いきなり言い出した。「俺、テンムーなんだってさ!」瞬は十三も年下だが、なかなかイケメンだし可愛い。充原教授の研究室で被験者を募集しているので瞬に紹介したのは私だ。秘密遵守の筈だが、口の軽い関係者が噂を流したらしい。
 fMRI などで脳の活動を細かく調べられるようになった現代、科学は人の心にまで切り込み始めている。今までは「この人は少し変わってる」で済んでた人が、脳の機能の異常と診断されるかもしれない。2ちゃんねるでは、自分の論敵をサイコパスと罵る人も多い。それを思うと、かなり切実な問題なのかも。
 それはともかく、トール・レーノットランダーシュ「ユーザーイリュージョン」紀伊國屋書店は面白そう。
羊山羊 / 田中哲也 / SFマガジン2007年2月号
 部下の佐古山が来るのはわかっていたが、その妻の彩香まで来るとは思わなかった。しかも、いきなり「あたしシャワーを浴びてくる」と言われ、榎本信吾は面食らった。娘のボーイフレンドが両親と共に挨拶に来るので、家の中は片付いていたが…
 働き盛りのオジサンと、彼の平和な家族が見舞われる、理不尽な…そして、しょうもないドタバタ・ギャグ。ええ、もちろん、好きです、こういうの。なんという、うらやま…いや、けしからん。
靄の中 / 北國浩二 / SF Japan 2007年冬号
 奴は農場に逃げ込んだらしい。犬が死んでいる。先輩エージェントのリーが言う。「犬は感覚が鋭いからな」。リーと組んで三日、坂口もやっと彼のぶっきらぼうな口調に慣れた。家にいるのは三人、不精髭の男とその妻、そして子供。夕食のシチューを用意していた所だ。
 ヒトのフリをする、正体不明の侵略者(らしきモノ)を狩るエージェントの視点で描いた、「遊星からの物体X」や「メン・イン・ブラック」などの流れを汲む、ハードボイルドな物語。クールに仕事をこなすリーが魅力的。
パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語 / 円城塔
■■■■■■■■
 パリンプセスト(→Wikipedia)は、重ね書きされた羊皮紙のこと。昔の西洋じゃは紙が高かったので、不要となった本や書類の字を消して、再利用した。お話の中身はいつもの円城塔で、ただの馬鹿噺かもしれないし、何か深い意味があるのかもしれない。
声に出して読みたい名前 / 中原昌也 / 新潮 2007年6月号
 闇の中で、何者かが、断続的に氏名を読み上げている。一人読み上げるごとに、充分な沈黙を挟んで。余計な音は一切立てない。読み上げられる氏名は、知らない名前ばかりだ。
 不条理な状況の中で、不条理な妄想が暴走してゆくお話。
ダース考 着ぐるみフォビア / 岸本佐和子 / ちくま 2007年4月号・9月号
 「ダース考」と「着ぐるみフォビア」の二作のエッセイを収録。
 「ダース考」は、もちろん、あのダースベイダーのお話。帝国マーチのウクレレ版を聴きながら読もう(→Youtube)。「着ぐるみフォビア」は、「快獣ブースカ」でいきなり大笑い。にしても、なんだこのオチはw
忠告 / 恩田陸 / 小説新潮 2007年11月号
 はいけい おせわになっておりす ごしゅじんさま…
 星新一トリビュート特集から選んだ一作。
開封 / 堀晃 / 異形コレクション ひとにぎりの異形
 ノックの音がした。宇宙船の乗員はおれひとりなのに。
 異形コレクションのショートショート特集より。これも星新一へのリスペクトに満ちた作品。
それは確かです / かんべむさし / 異形コレクション ひとにぎりの異形
 三年ほど、大阪のラジオ局の早朝番組でパーソナリティーを勤めている。月曜から金曜までは午前三時半起床。おかげで睡眠不足が慢性化している。今日はひさしぶりの東京だ。出版社のパーティーがある。起きたはいいが、視野に白っぽい膜がかかっている。
 本人の視点で描く物語。いかにもかんべむさしらしい、怖いもの知らずでアナーキーな作品。
バースディ・ケーキ / 萩尾望都 / SF Japan 2007年夏号
 火星から来たトビィは、人気の火星ケーキをバースデー・プレゼントとして持ってきてくれた。ミヤマの誕生日は半月先だが、滅多に会えない友人だし。
 未来が舞台のSF漫画ってのは、かなり敷居が高いんだけど、それを慣れた手つきで描き出すあたりは、さすがベテラン。二コマ目、たった一つの絵で、部屋のインテリアや人物の服装を通し、舞台背景を説明しきっちゃってる。にしても、絵柄が安定してるなあ。
いくさ 公転 星座から見た地球 / 福永信 / Иркутск2(イルクーツク2) 第二号
 四人の子どもが登場する、「いくさ」「公転」「星座から見た地球」から成る、三つの掌編。
 それぞれ、関係があるような、ないような。最後のDの正体は、何なんだろ?
うつろなテレポーター / 八杉将司 / SF Japan 2007年冬号
 圧倒的な演算力を誇る量子コンピュータにより、社会そのもののシュミレートが可能になった。その一つ、ラムダBは、住人全員が複製対象となった。ラムダBの住人トレスは、テレビでそのニュースを聞いた。ベランダには、いつものデブ猫が来ている。
 なぜ猫なのかと思ったら、作者の好みなのか。量子物理学による奇妙な予測と、人工生命体の倫理を扱った、グレッグ・イーガンが好みそうなテーマの作品だが、イーガンに比べると圧倒的に読みやすい上に、ラストの寂寥感は光瀬龍を思わせる。
自己相似荘 / 平谷美樹 / 異形コレクション 心霊理論
 様々な大きさの立方体を、不規則に組み合わせた奇妙な屋敷は、自己相似荘と呼ばれた。ここで二人の男が消息を絶つ。福原医科大学教授の中野荘吉、オムニス測定器の研究室長の桑原卓司。屋敷の持ち主で福原大学数学科名誉教授の弓削順一郎も連絡が取れない。
 三人の男が消えた幽霊屋敷の謎に、警察庁の科学警察研究所が挑む、怪奇仕掛けの作品。クールな懐疑主義者の待田敏行部長と、オカルト好きな武宮国彦の、科学警察研究所コンビがいい。幽霊の正体に迫ってゆく過程も、なかなかエキサイティング。
大使の孤独 / 林譲治 / SFマガジン 2007年4月号
 観測ステーション・ディノーで、殺人事件が起きた。ここにいたのは、被害者のペロシを含め八人。それに加え、異星人ストリンガー。ただしストリンガーは人類と同じ環境では生きられず、ロボットを操って人間とコンタクトしている。事件はエアロックで起きた。
 未知の知的生命体ストリンガーと、人類のファースト・コンタクトの一場面を描く作品。お互いが相手を信用しきれず、なかなかコミュニケーションがスムーズに取れないあたりが、この作品の味だろう。どちらも生存競争を生き抜いて来ただけに、リスクとメリットを慎重に測りながら進めるのだが…
The Indifference Engine / 伊藤計劃 / SFマガジン 2007年11月号
 その日、戦闘が終わった。停戦命令だ。ぼくらゼマ族のSDAは、ホア族SRFの前線基地を襲っていた。不意打ちが成功し、皆殺しにする所だった。困った事に、友だちのンドゥンガの妹も、基地にいた。連中に攫われていたんだ。ンドゥンガは妹を逃がそうとしたのだが…
 少年兵の問題を扱った、暗く重い作品。シエラレオネ内戦では、政府軍を含む多くの武装勢力が、子供たちを攫って少年兵に仕立て上げた。今でもウガンダではLRA(神の抵抗軍、→Wikipedia)が暴れている。子供たちが抱えた想い、心の底から湧き上がる苛立ちと怒りが、ヒリつくほどに生々しく伝わってくる作品。
解説 / 日下三蔵
2007年の日本SF界概況 / 大森望

 ジュディス・メリルの傑作選の影響を受けたらしく、「声に出して読みたい名前」などの、どこがSFだか分からない作品も収録しているのが特徴だろう。SFじゃなければ何なのか、と問われると、やっぱり答えられないんだけど。こういう、正体不明な作品も大らかに受け入れてこそ、SFが広がっていくんじゃないかと思う。

 というのも。「ブギーポップは笑わない」を読んだ時、「やられた!」と思ったのだ。当時、出版元の電撃は「ゲーム小説」と呼んでいた。とても斬新で、既成のジャンルのどこにも当てはまらない作品ながら、実に面白い。SFという言葉がもっと幅広い意味に捉えられていたら、ブギーポップはSFと銘打って出版されたかもしれない。

 だが現実には「ゲーム小説」という新しいジャンルを電撃は創りだし、その戦略は見事に当たってヒット作となり、やがて「ライトノベル」という大きな市場を生み出して行く。SF者の私としては、悔し涙にくれながらライトノベルの隆盛を眺めるしかなかった。

 あの頃、ブギーポップを「斬新なSF」として歓迎する度量が、SF者にあったなら。そんな経験があるので、「なにやら正体がよくわからないモノ」があったら、「とりあえずSFに来ないか?」と歓迎する姿勢を持っていたいなあ、などと今でも思っている。ほんと、逃がした魚は大きすぎた。

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