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2015年11月12日 (木)

谷甲州「コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史」早川書房

…外惑星では「次の戦争」が確実視されていた。国力が低下した木星系にかわって、土星系タイタンの台頭が著しかったせいだ。さらに前方トロヤ群が、これにつづく勢いをみせていた。危機的な状況が生じるのは、2140年前後と考えられた。星々の位置関係が、外惑星にとって有利な状況になるからだ。
  ――序章

【どんな本?】

 ベテランSF作家の谷甲州が、デビュー時から書き綴った航空宇宙軍史(→Wikipedia)に続く、SF連作短編集。太陽系を舞台に、地球を月を勢力圏とする航空宇宙軍と、主に小惑星郡・木星とトロヤ群・土星圏を中心とする外惑星連合の戦いを、互いの経済・資源・技術事情から各惑星の位置までを綿密に計算し、乾いた文体でリアリティたっぷりに描いてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年7月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約265頁。9ポイント43字×18行×265頁=約205,110字、400字詰め原稿用紙で約513枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章は読みやすい。内要は充分に計算しぬかれたサイエンス・フィクションではあるが、科学に疎い人でも意外と楽しく読める。舞台設定は今までの航空宇宙軍史を引きついだものだが、このシリーズはどの作品から読み始めても楽しめるので、手に入った順に読んでいこう。

【どんな話?】

 2099年6月、地球と月を勢力圏とする航空宇宙軍に対し、小惑星帯・木星とトロヤ群・土星を中心とする外惑星連合が独立や自治権拡大を求めて蜂起した。人類初の宇宙戦争、第一次外惑星騒乱である。圧倒的な戦力を擁する航空宇宙軍に対し外惑星連合は奇襲や不正規戦で抗うが、やがて鎮圧される。

 やがて外惑星では土星系タイタンと前方トロヤ群が台頭しはじめ、木星と土星が最接近する2140年前後に再び戦争が始まるだろうと予想されていた…

【収録作は?】

 それぞれ タイトル/初出。

序章
ザナドゥ高地 / SFマガジン2010年2月号
 土星の衛星、タイタン(→Wikipedia)。軍を退役したナムジル大佐は、政府の査察官としてザナドゥ高地の基地を10年ぶりに訪れる。この地域は地中に熱源があるらしく、これが地表近くの大気を温めて上昇気流を起こす。大気と言っても窒素とメタンで、雲や霧や雨はメタンだ。
 一瞬、メタンの大気の中でエンジンに火をつけて大丈夫か?と思ったが、酸素がないから大丈夫なのだった。それより水があるのが嬉しい。といっても、氷の状態なんだけど。ということで、地表は水の氷で覆われている。充分な硬さはあるものの、着陸の場面では「そういう問題もあったか!」と思わず納得すると同時に、土木の谷甲州らしい解決策に感歎した。
イシカリ平原 / SFマガジン2014年4月号
 小惑星マティルド(→Wikipedia)の観測基地に、玖珂沼主任研究員は一人で勤めている。三ヶ月ぶりの来訪者はR・サラディン、一ヶ月ほど滞在するという。たいていの訪問者は1~2週間ほど滞在して機器を設置し、実際の観測は玖珂沼が行なう。ここは周囲に人工物がないので、観測業務には便利なのだ。
 引き篭もりには羨ましい玖珂沼の仕事。なにせ、お隣は数十万kmも離れているし。スペース・シャトルだとペイロード・スペシャリスト(→Wikipedia)ですね。頼まれた実験を行なう人たち。実際には基地の維持・管理もやるだろうから、ミッション・スペシャリスト(→Wikipedia)も兼ねてるんだろうけど。
 低重力化での動作で人を判別しようとするあたりから、この作品集の特色が伝わってくる。
サラゴッサ・マーケット / SFマガジン2014年7月号
 土星の衛星イアペトゥス(→Wikipedia)。アンダーグラウンドなビジネスの拠点として知られれるサラゴサ・マーケットに、九條谷の店がある。今日の客は何かウラがありそうだ。仕事は特定サルベージ、だが肝心の軌道要素が未確定。今は懐に余裕もあるし、断ろうかと思っていたが…
 闇マーケットと聞いて、なんとなくかつての香港の九龍城(→Wikipedia)みたいなゴチャゴチャした風景を想像していたら、オチはそうきたか。侍が戦っていた頃は、戦闘後に近所の農民が戦死者から鎧や刀を剥いだり、落ち武者狩りもあった。今でもラオスあたりじゃベトナム戦争で米軍の落とした砲弾を農民が容器として使う事もあるけど、やっぱり事故も起きて…
ジュピター・サーカス / SFマガジン2014年10月号
 篠崎中尉は、特殊監視挺JC-5で木星を飛ぶ。非合法な未登録船が、木星表面を減速領域とする軌道を接近中だと情報が入ったからだ。相手の正体は不明。だが、どうやらこちらには気づいていないらしい。というのも、不明船はアクティブなセンサを使っていないからだ。
 木星の大気圏の飛行シーンが印象深い。なにせ重力の大きい天体なだけに、実際は大気の上空をかすめる感じの軌道なんだが、それだけに速度はハンパない。その割りに篠崎と正体不明機との駆け引きは、互いの位置と軌道を読み合う静かな頭脳戦で、航空戦と言うより潜水艦同士の戦いを思わせる。
ギルガメッシュ要塞 / SFマガジン2015年1月号
 次の「ガニメデ守備隊」と対をなす作品。舞台は木星の衛星ガニメデ(→Wikipedia)。タイタン防衛宇宙軍の基地の襲撃を持ちかけられたマリサ・ロドリゲス。仕事は警備システムの無力化だ。民間企業の侵入には自信も実績もあるマリサだが、軍は初めてだ。
 日本でも敗戦直後は鉄くず目当てに軍の倉庫などに忍び込む人がいて、アパッチ族と呼ばれていたとか。敗戦後の軍は多くの将兵を退役させるため、どうしても人手不足になり、倉庫の警備も手薄になるわけ。にしても、ここまで極端だと…
ガニメデ守備隊 / SFマガジン2015年4月号
 先の作品を、今度は守る側から描く。指揮官代理の保澤准尉は、侵入者が素人だと判断した。プロなら航空宇宙軍の可能性もあり、本来の指揮官シコルスキー大佐に指揮権を戻すつもりだったが、民間の泥棒なら自分で制圧できるだろう。
 「ギルガメッシュ要塞」事件を、警備する保澤准尉の視点で描く作品。警備とはいっても、現代の警備とはだいぶ様子が違って、徹底的に自動化されてるところがミソ。なんたって軍だから、そういう目的も兼ねて開発したんだろうなあ。にしても、オフェンダー2の反応には笑ってしまうw
コロンビア・ゼロ / 書き下ろし
 地球の低高度軌道上にある軍港、コロンビア・ゼロに係留されていた正規フリゲート艦タウルスが、一瞬で圧壊した。外惑星動乱時に就航した艦齢40年の老朽艦で、ほとんど展示用の艦だったが、非常時には現役復帰できる状態にあった。
 今までの作品が一気に収束する、この作品集の末尾を飾るに相応しい完結編であり、また大きな物語の始まりを予感させる壮大な開幕編。他の作品が外惑星連合側の視点で描いているのに対し、これは航空宇宙軍の視点で描き、各編で出てきたガジェットの威力が、やられる立場で存分に味わえる仕掛けになっているのも憎い。にしても、ここまで鮮やかに奇襲が成功すると、真珠湾攻撃を連想して、かえって不吉な予感がするのは悲しいw

 長い中断期間を置きながら、まさかの再開を果たした航空宇宙軍史。とりあえずは戻ってきてくれただけでも嬉しくてしょうがない。やたらと広い宇宙空間を徹底的に考え抜いたこのシリーズの兵装システムや戦術は、圧倒的な説得力で以後の日本SFに大きな影響を与えた。再開したシリーズは、どんな世界を見せてくれるんだろう。

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