小宮信夫「犯罪は『この場所』で起こる」光文社新書
犯罪のほとんどは、二つの基準が満たされた場所で起きていることが、欧米の最近の研究から分かってきた。その一つは「入りやすい場所」であり、もう一つは「見えにくい場所」である。
――プロローグ犯罪に強い要素のうち、ソフトな要素は、(略)管理意識(望ましい状態を維持しようと思うこと)、縄張意識(侵入は許さないと思うこと)、及び当事者意識(自分自身の問題としてとらえること)である。
――第三章 犯罪に強いコミュニティデザイン ソフト面の対策地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図である。言い換えれば、領域性と監視性の視点から、地域社会を点検・診断し、犯罪に弱い場所、すなわち、領域性や監視性が低い場所を洗い出したものが地域安全マップである。
――第三章 犯罪に強いコミュニティデザイン ソフト面の対策
【どんな本?】
犯罪を減らすには、どうすればよいか? 本書では、犯罪者を更正させる従来のアプローチに対し、犯罪を犯す機会を減らすことが重要だと主張する。
そういった発想を元に、犯罪が起きやすい場所の特徴を具体的に分析し、そのような場所を減らす方法を示すと共に、イギリス・アメリカそして日本で既に行なわれている、犯罪の機会を減らす活動を挙げ、その目的・特徴・成果を紹介してゆく。
町内会や小中学校の学区から、市町村などの自治体での活動の指針となるばかりでなく、個人でも、犯罪に巻き込まれやすい場所を見極めて避ける役に立つ、一般向けの防犯の啓蒙書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2005年8月20日初版第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約239頁。9.5ポイント41字×15行×239頁=約146,985字、400字詰め原稿用紙で約368枚。文庫本の長編小説なら、少し薄い一冊分だが、図版や写真を豊富に収録しているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。
文章は少し硬い。ただし内要は難しくないので、じっくり読めば充分に理解できる。現実に日本で行なわれている「地域安全マップ作り」は、小学生が主体となって活動しているケースもあるので、基本的な部分は中学生でも理解できるだろう。
【構成は?】
前の章を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
犯罪機会論というと何やら難しそうだが、実は本能的に感じている事と同じだったりする。
誰だって、暗い夜道を一人で歩くのは怖い。街を歩いていても、「この辺はヤバそうだな」と感じる場所はある。こういった場所を分析し、その特徴を理論的に分析して具体的に挙げ、減らす方法を紹介する本だ。これは多くの人が参加する社会活動の指針となるばかりでなく、個人的に危ない場所を避けるのにも役立つ。
なぜ犯罪が起きるのか。凶悪犯罪が起きるたびに、マスコミは犯人の境遇や犯行の動機に注目する。「どんな人間が、どんな目的で」犯罪に走ったのか。そういう発想を、著者は原因論と名づける。それに対し、極論すれば「出来るからやった、出来なければやらなかった(かもしれない)」とするのが、著者の主張する機会論だ。
とはいえ、原因論を否定するわけじゃない。「犯罪対策にとって、原因論と機会論は車の両輪」だと認めた上で、機会論に立った予防策を充実させましょう、と主張する本だ。
読んでいくと、「当たり前じゃないか」と思うところもある。そういう「当たり前」を、要因を分析して明文化し、統計的にウラを取るのは、学者の仕事だ。そういう意味では、学者だから書けた本だろう。
第二章では、「危ない場所」の要因を分析して明文化してゆく。それは抵抗性・監視性・領域性である、と。こう書くと難しそうだが、よく読むと、誰もが頷くような事ばかりなので、我慢して読もう。
抵抗性は、鍵をかける事だ。犯罪がメンドクサイまたはバレやすいようにする事で、犯人を諦めさせる。監視性と領域性は、場所に関わっている。
犯罪は、人目のない所で起きやすい。逆に、多くの人が見ている所では、犯罪が起きにくい。これが監視性だ。分かりやすい例が、監視カメラだろう。カメラがあり、かつカメラがあるとハッキリ判るように示すことで、犯罪を防ぐ効果がある。逆に、死角が多いと、犯罪が起きやすい。
これについては、公園や街路の写真を掲載し、直感的にわかるようになっているのが嬉しい。木々やブロック塀に囲まれた場所は、いかにも危なそうに感じるのに対し、見通しのいい公園は、いかにも安全そうだ。公園の緑は憩いにもなるが、同時に危ない感じにもなる。その辺のバランスは難しそうだけど。
塀も、ブロックでは見通しが利かないので、危険な感じになる。そこで金網のフェンスや鉄格子にして見通しをよくすればいい。
領域性は、縄張り意識を呼び覚ますものだ。他人の縄張り内だと、犯罪を起こしにくい。塀で囲えば、その中と外に分かれる。公園で、「児童向けの地域を、円形の地面に濃い色を塗ることで、大人が足を踏み入れにくい空間」になる、なんていうのは、簡単な仕掛けだけど、確かにそういう部分はあるなあ。
などの理論を受け、実践に向かうのが、第三章以降だ。
今までの話は、物理的な話が中心だったが、これ以降では、ソフト的、つまり人々の行動で、抵抗性・監視性・領域性を強めよう、そういう話になる。
まず、最初に出てくるのが、割れ窓理論(→Wikipedia)だ。私も名前だけは知っているが、その理屈はちゃんと分かってなくて、「ヤバそうな雰囲気にするとヤバい事が起きやすい」ぐらいにしか考えていなかったが、少し違うのだ。
割れた窓ガラスが放置されているような「場所」では、縄張意識が感じられないので、犯罪者といえども警戒心を抱くことなく気軽に立ち入ることができ、さらに、当事者意識も感じられないので、「犯罪を実行しても見つからないだろう」(略)と重い、安心して犯罪に着手するのである。
逆に、綺麗に掃除が行き届いている所は、掃除している人が「俺のシマでフザケた真似すんじゃねえ」と考えている、そう犯罪者が感じとるだろう。加えて、掃除する人が頻繁に出入りしている証拠でもあるので、犯罪がバレやすい、と犯罪者が感じる。掃除のオバチャンも、防犯に役立っているんだなあ。
これらは地域ぐるみでやると、大掛かりな事も出来る上に、もっと重要な効果がある。地域全体で、縄張り意識が高まる、つまり領域性がますのだ。「俺の町で勝手はさせねえ」、そういう気持ちが地域全体で育ち、犯罪を起こしにくくなる、という理屈だ。
そんなわけで、地域安全マップ作りが出てくる。私も勘違いしていたんだが、これは「変な人の出没マップ」では、ない。監視性と領域性の薄い場所、つまり「入りやすい場所」「見えにくい場所」を書き込んだ地図だ。大事なのは「危ない場所」であって、「危ない人」ではない。
これを小学生に作らせる運動が面白い。子どもにとっては、防犯教育にもなる上に、地元への愛着も湧く。地図作りの途中で、地域の人へのインタビューをする事もある。子どもに尋ねられて不機嫌な対応をする人は少ない。話をする事で、子どもも大人も地元意識が盛り上がり、これは領域性を高めて犯罪を減らす効果があるだろう。
終盤のデジタル/アナログ論などは、ちょっと短絡的で勇み足かな、と思うが、場所や機会に注目し、また地域の結びつきを活用する発想は、かなり面白い。著者はデジタルがお好きでないようだが、イングレスのような形で Google Map を活用する手もあるんじゃないかと思う。
手軽に読める割に、意外と日常生活でも活用できそうな、楽しくて役に立つ本だった。
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