« ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊4 人類連盟の誕生」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳 | トップページ | 谷甲州「コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史」早川書房 »

2015年11月10日 (火)

スーザン・フォワード「となりの脅迫者」パンローリング 亀井よし子訳

 このように「どうしても勝てない」状況にあるときに、私たちの目の前に立ちはだかっているのは、「心理操作の達人」である。彼らは、自分の希望を通せたときには、いやに優しげな態度を見せるが、いったんそれができないと悟ると、私たちを脅して自分の思いどおりにしようとしたり、私たちに大きな罪悪感を押しつけたりする。
  ――プロローグ

【どんな本?】

 生きていれば、人との交渉は避けられない。大抵の人とは、普通に話し合って互いが納得できる結論にたどり着けるが、時おり「どうしても勝てない」と感じる相手がいる。

 それが弁護士や暴力団員などのプロならともかく、家族や職場の同じチームなどの身近な人だったら、困った事になる。相手の要求は次第にエスカレートし、自分は疲れ果ててボロボロになり、更には家庭や職場そのものまで地獄に変わってしまう。

 なぜ要求に抗えないのか。相手はどんな手口を使っているのか。なぜ、そんな手を使うのか。どうすれば抗えるのか。

 「毒になる親」でセンセーションを巻き起こしたセラピストによる、「一方的な人間関係」を変えるためのガイドブック。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Emotional Blackmail : When the People in Your Life Use Fear, Obligation and Guilt to Manipulate You, by Susan Forward, 1997。日本語版は1998年5月にNHK出版より「ブラックメール 他人に心をあやつられない方法」で出版。私が読んだパンローリング版は新装改訂版で、2012年7月5日初版第1刷発行。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約450頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×16行×450頁=約324,000字、400字詰め原稿用紙で約810枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。読みこなすのに前提知識もほとんど要らない。中学生でも読みこなせるだろう。ただし、その気になれば、本書の知識はいくらでも悪用できるのが困りもの。

 あと、表紙が思いっきり若い女性向けなので、男性、特にオッサンは手にとりにくいんだが、決して女性向けに限った内容ではない。性別に関わりなく、誰にでも役に立つ本だ…良くも悪くも。

【構成は?】

 第1部が問題提起編、第2部が解決編となっている。素直に頭から読もう。

  • プロローグ
  • 第1部 ブラックメールの発信と受信
    • 第1章 エモーショナル・ブラックメールとは
    • 第2章 ブラックメールの四つの顔
    • 第3章 「FOG」があなたの考える力をくもらせる
    • 第4章 ブラックメール発信者はこんな手を使う
    • 第5章 ブラックメール発信者の心はどうなっているのか
    • 第6章 責任はあなたにも
    • 第7章 ブラックメールはあなたにどう影響するか
  • 第2部 理解から行動へ
    • はじめに いまこそ変わろう
    • 第8章 行動に入る前に 心の準備
    • 第9章 相手の要求を分析し作戦を練る
    • 第10章 決断を実行に移すための戦術
    • 第11章 総仕上げ あなたの「ホットボタン」を解除しよう
  • エピローグ
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 心の格闘技の入門書。しかもバーリトゥード(何でもあり)。

 プロレスで言えば、凶器攻撃でボコボコにされたベビーフェイス(善玉)に向けて、「あなたは凶器攻撃を受けています、こう対応しましょう」みたいな本だ。

 と書くと、結果は勝ちか負けしかないようだが、そうでもない。両者リングアウトで痛みわけのケースもあるし、敵だと思っていたのが実は頼れるタッグパートナーだった、みたいなケースもある。というか、そもそもプロレスに例えるのが間違ってるんだけど、そこは私の趣味で。

 お話の構造は、前半の第1部で様々なケースを紹介し、後半の第2部で解決してゆく形だ。そのため、第1部を読み終えた時点では、とても落ち込んだ気分になる。

 出てくるケースは幾つかあるが、最も多いのは恋人同士、または夫婦のケースで、男が脅迫者の場合もあるし、女が脅迫者のカップルもある。親を脅す子、子を脅す親もあれば、職場で部下を脅す上司、上司を脅す部下も出てくる。つまりは、日常生活の親しい間柄で、歪んだ関係になっちゃった場合に、関係を修復する方法だ。

 続く後半の第2部は解決編。ここで全ての問題が解決し、爽快な気分で読み終えられる…わけじゃない。いくつかのケースでは、関係を切るしかなかったりする。読後感は少し寂しいが、「現実ってそんなもんだよね」と思えるので、「この本は信用してもいいかな」なんて気になったり。

 脅迫ったって、ヤクザみたく分かりやすい手口じゃないのがミソだ。「金貸せ、貸さなきゃ殴る」ならわかりやすい。だが、次の休みに嫁さんとの旅行を計画してたところに、母ちゃんから「今度の休暇には帰省して」とお願いされたら、どうだろう?

 この時、普通に話し合える母ちゃんなら、何の問題もない。だが、困った手口を使う母ちゃんもいる。「お前は冷たい息子だ」と非難する。「兄ちゃんは帰ってくるのに」と出来のいい兄弟と比べる。「あたしはこんなに苦しんでるのに」と仮病を使う、または父ちゃんを勝手に病気に仕立て上げる。酷いのになると、「お前なんか勘当だ」と脅す。

 こういう人と一緒に住んでいたり、同じ職場で仕事をしてたりすると、事態は更に難しくなる。スネて黙り込むんだり「二人の関係は終わりだ」と別れを匂わせる恋人もいれば、黙って家を出て数日帰って来ない夫もいる。「信じていたのに」と泣く部下、「じゃクビだ」と脅す上司や、「死んじゃうかも」と自分を人質にする娘もいる。

 本書に出てくるケースは、かなり極端な関係が多い。例えば夫アレンと妻ジョーの夫婦。お互いに深く愛し合っているが、妻のジョーは常に夫と一緒にいたがる。お陰でアレンは友人と遊びに行けないばかりか、出張にも行けなくなり、仕事にまで支障をきたしてしまう。

 逆のケースもある。妻が自分のキャリアを積もうとするのを邪魔する夫のケースだ。日本にはよくありそうだよなあ。

 彼らはどんな手を使っているのか? 著者はこれをFOGと呼ぶ。恐怖心(Fear),義務感(Obligation),罪悪感(Guilt)だ。恐怖を煽り、義務感をかき立て、罪悪感を刺激する。要求を呑まないとお前は困った事になる、これは前の義務だ、要求を果たさないお前は悪だ、または狂っている。

 これを書いてて気がついたんだが、この手口は独裁者が国民に要求するのと同じだなあ。「徴兵に応じないと家族が辛い目に合うぞ」「兵役に志願するのが国民の義務だ」「政権を支持しない者は売国奴だ」。ただ、これに例えちゃうと、後半の解決編があまし役に立たないので困るw

 まあいい。それぞれのケースに対し、あなたなら、どう対処するだろう? 私は冷酷な人間を演じる場合が多くて、それで関係を失う事が多かった。相手と同じような手に出る人もいるが、大抵はロクな結果にならない。非難合戦の泥仕合に陥り、互いに強い憎しみだけが残る。離婚した夫婦にありがちな関係がこれなんだなあ、と思ったり。

 こじれた関係を修復する本として読んでもいいが、実はもっと広く応用できる本でもある。人と話し合う、または仲良くしたい時に、「やってはいけない事」を並べた本として読んでもいい。この本の前半に出ている手口を使うと、まずもって相手は不愉快な気分になるし、議論がこじれるからだ。または、「いじめ」の兆候を見つけるのにも役立つかも。

 などと、色々と役立つ本ではあるんだけど、いかんせん表紙が若い女性向けなのが厳しい。性別も年齢も問わず、誰かとお互いに利益になる関係を築きたいと願うなら、読んで損はない。短気な人や強気な人は第1部を読んでイライラするだろうけど、頑張って読み通して欲しい。

【関連記事】

|

« ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊4 人類連盟の誕生」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳 | トップページ | 谷甲州「コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史」早川書房 »

書評:ノンフィクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: スーザン・フォワード「となりの脅迫者」パンローリング 亀井よし子訳:

« ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊4 人類連盟の誕生」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳 | トップページ | 谷甲州「コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史」早川書房 »