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2015年11月 6日 (金)

ロナルド・H・フリッツェ「捏造される歴史」原書房 尾澤和幸訳

個々のカルトは流行ってはすたれてゆくが、カルトそのものはいつの時代になってもすたれない
  ――序章

L・スプレイグ・ディ・キャンプ「魔力のある名前、誰もが耳にしたことのある言葉、驚異と神秘に包まれた言葉、人によってさまざまな意味に解釈される言葉は何かと訊かれたら、答えはひとつしかない。アトランティス」
  ――第一章 アトランティス 擬似歴史の母

トマス・ホップス「真の科学と誤まった教義のあいだには無知がある」
  ――第一章 アトランティス 擬似歴史の母

出版界においては、常軌を逸した奇矯な学説のほうが、正統な学問の労作よりもはるかに巨額の儲けをもたらしてくれる
  ――第五章 擬似歴史家の共謀

【どんな本?】

 幻の大陸アトランティスは、どこにあったのか。アメリカ大陸に最初にたどり着いたのは誰か。なぜ様々な「人種」があるのか。ノアの箱船はどこにあるのか。人類史上の様々な謎に対し、明快で斬新な、だが専門家には受け入れ難い解を示す人がいて、それを信じ込む人々がいる。

 主にアメリカを中心に流布した素っ頓狂な歴史の珍説を紹介し、それぞれの珍説のルーツや形成過程を、引用してる文献や元となった著作の作者の生涯までを調べ、また珍説が受け入れられた状況や、珍説を持ち上げる人々の心理にまで迫って分析した、歴史学者による一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Invented Knowledge: False History, Fake Science and Pseudo-religions, Ronald H. Fritze, 2011。日本語版は2012年2月8日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約416頁。9ポイント46字×19行×416頁=約363,584字、400字詰め原稿用紙で約909枚。文庫本なら2冊に少し足りない程度の分量。

 文章は比較的にこなれているが、さすがに日本人が著した「トンデモ本の世界」に比べると硬い。

 内容を読み解くのに必要最低限の情報は本書内で示しているが、私には少しキツかった。というのも、アメリカで流行っている説をテーマにアメリカ人向けに書いているので、聖書、特に旧約聖書のネタが多いため。もっとも、その使われ方はオカルトの定番な形が多いので、オカルトやSF漫画に詳しければなんとかなるだろう。

 ただし、第六章は本書内でも毛色の変わった章で、古代エジプト史と古代ギリシア史が中心となる。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、好きな所だけをつまみ食いしてもいい。

序章
第一章 アトランティス 擬似歴史の母
第二章 「新大陸」は誰のものか?
古代いアメリカ大陸の発見と定住にまつわる擬似歴史
第三章 天地創造説のなかの人種差別と擬似歴史 Ⅰ
マッドピープル、悪魔の子、クリスチャン・アイデンティティー
第四章 天地創造説のなかの人種差別と擬似歴史 Ⅱ
マッド・サイエンティスト、ホワイト・デビル、ネーション・オブ・イスラム
第五章 擬似歴史家の共謀
プソイドヒストリア・エピデミカ
第六章 『黒いアテナ』論争
歴史はフィクションなのか
解説 山形浩生
 主要参考文献/原注

【感想は?】

 アメリカ版「トンデモ本の世界」歴史編。

 歴史修正主義なんて言葉をよく聞く昨今だが、本書が扱うのは南京で何人死んだとかアポロが月に行ってないとか、そんなチャチなシロモノではない。金星が地球の自転を止めたとか、宇宙は一兆年前に生まれたとか、もっとスケールが大きくて楽しいシロモノだ。

 まずはアトランティス伝説で幕を開ける。元はと言えばプラトンの「ティマイオス」と「クリティアス」だ。彼の記述だとヘラクレスの柱つまりジブラルタル海峡の向う、つまり大西洋に浮かぶ島だったのが、いつのまにか大陸になったり太平洋に行ってレムリアやムーになったり、以降の作家の想像力を掻き立ててくれた。

 ここでの立役者はブラヴァツキー夫人ことヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(→Wikipedia)。オカルト好きには有名な人だ。著者は丹念に彼女の生涯を辿りつつ、その著書「ヴェールを脱いだイシス神」について、東洋学者ウィリアム・コールマンのスッパ抜きを披露する。「他人の著書からの引き写しが2000ページもある」。コピペかよw

 ところで、ここに出てくる「アカシャ記録」って、小説や漫画じゃ「アカシック・レコード」と呼ばれるアレかな?

 第二章では、1996年7月28日米国ワシントン州で見つかったケネウィック人(→Wikipedia)の遺骨を巡る騒ぎに始まり、コロンブス以前にアメリカに到達した欧州人の話へと進む。アレクサンドロス大王の船団が太平洋を越えてきたとか、失われたイスラエルの十部族が云々とかは、なかなか楽しい。

 ところが冗談ごとじゃ済まない人たちもいる。モルモン教(→Wikipedia)は成立からして、そういう人が新大陸に来てないとマズい。鄭和艦隊の一部が世界一周してたとか、フビライハンが送り出した船団にマルコ・ポーロが乗っていたとかは、極東の者の一人としちゃ、ちょっと気持ちよかったり。

 つまりは、そういう気持ちが擬似歴史を作り出すんですよ、と著者は言いたいんだが、これに政治が絡むから話はややこしい。

 第三章では狂信的な白人優越主義のクリスチャン・アイデンティティーを取り上げる。実はアダムより前にも神は人類を作ってたんだけど、それは失敗作で、失敗作がユダヤ人や黒人の祖先なんだ、って説だ。白人優越主義者にはとても都合のいい説なんだが、問題がある。なぜノアの洪水で失敗作は滅びなかった? この解が凄い。

 洪水は中央アジアのタリム盆地で起きたのだ。じゃ、アララト山はヒマラヤにあるんかいな?

 まあいい。ここで衝撃的だったのは、サバイバリストの宗教的背景を指摘する所。思想的には極端なリバタリアンっぽい部分もあって、しかもツルんで武装してるからタチが悪い。

 第四章では、それの鏡像に見えるネーション・オブ・イスラムを取り上げる。有名なマルコムXが関わったアレだ。始まりは詐欺だったんだが、それでも「信徒たちとアフリカン・アメリカンの生活を大きく改善した」。デトロイトの貧民街に暮す黒人たちに誇りを与え、飲酒やドラッグを禁じ、節制を説き、博打を止めさせた。皮肉なもんです。

 教義の中心は「白人は悪辣な劣等種で、黒人こそ本当の人類」みたいな話で、黒人にウケるのはよく分かる。おまけに、なにせスケールがデカい。「天地創造は76兆年前までさかのぼる」。もうイスラム関係ねーじゃんw

 第五章はイヌマエル・ヴェリコフスキーの話題作「衝突する宇宙」(→Wikipedia)から最近のグラハム・ハンコックまで。ここではヴェリコフスキーに対する科学者たちの対応のマズさが切ない。

 最後の第六章は、マーティン・バナール(→Wikipedia)の「黒いアテナ」を取り上げる。他の章が複数の書籍や説を扱うのに対し、ここでは「黒いアテナ」一本に絞った章だ。肝心の「黒いアテナ」の議論は専門的でわかりにくいが、それに人種問題を絡めて話をややこしくするバナールの手口を批判してゆく。

 この章はいささか浮いているが、全体のまとめとして見ると、本書のテーマを強調する章でもある。つまり、エセ歴史が、その時代の政治思想の支持を得て流布してゆく過程を、比較的に新しい例で具体的に検証しているわけ。

 学者さんがトンデモ歴史書に反論する本なので、いささか文章は硬い。が、歴史学者が書いた本だけあって、それぞれの本や説の成立過程の調査は実に細かく、広い範囲に渡る。それがクドいと感じる人も多いだろうが、そこに学者魂を感じる人もいるだろう。

 とまれ、トンデモにしても、スケールの大きい話が多いのは楽しかった。また、フィリップ・ワイリーやオラフ・ステープルトンなどのSF作家の名前が出てくるのも嬉しい。ところでフリッツェ先生に「トンデモ本の世界」を見せたら、どんな顔をするんだろう? 「その手があったか!」と喜んでくれると思うんだが。

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