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2015年10月27日 (火)

梶尾真治「怨讐星域 Ⅲ 約束の地」ハヤカワ文庫JA

「古い世代には古い世代の役割り、新しい世代は新しい世代の役割りが存在するんだと思うぞ。ダニエルはダニエルで、その道を進めばいいではないか」
  ――遷移軌道上にて

「…私たちは幼い頃から、殺人や差別など人間は犯してはならないものがあると教えこまれてきました。キリスト教においても守らねばならぬ戒めと犯してはならぬ大罪について私たちの先祖は叩き込まれてきた筈です。しかしそんな先祖たちもアメリカ先住民に対して虐殺や追放をやってきたというのは、何故かと思えるのです」
  ――星条旗よ永遠なれ

 非人道的な兵器とは、どういうものだろう? 自分が訓練している槍は、人道的兵器と言えるのだろうか?
 いうや、そもそも兵器に人道的も非人道的もないのではないか?
  ――キリアンは迷わない

「でも、人間が、ニューエデンに飛んで来てからは、一度も紛争が起こらなかったのは、何故だろう? どうして、今になって殺し合うことを唱えるようになったのだろう?」
  ――トーマス老の回想

【どんな本?】

 ベテランSF作家の梶尾真治が、約十年に渡りSFマガジンに連載した連作短編シリーズ三巻の最終巻。

 破滅が確実となった地球から、抜け駆けのように巨大な世代間宇宙船ノアズ・アークで脱出したアジソン一味。彼らが目指すは172光年先の惑星だっ た。取り残された人類は、急遽開発した転送装置で、多くの犠牲を払いながらも一足先に同じ惑星に降り立つ。何もない状態から必死に生き延びて文明を再建 した彼らは、アジソン一味への復讐の時を待っていた…

 人類の二つの集団の出会いは、どのような形になるのか。十年間をかけた物語が、ここに完結する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁に加え、あとがき4頁。9ポイント41字×18行×382頁=約281,916字、400字詰め原稿用紙で約705枚。文庫本としてはうやや厚め。

 文章は抜群に読みやすい。多くのSFガジェットが登場するが、ベテランらしく巧く説明しているので、SFに慣れない人にもわかりやすい。三巻本の最終巻だが、これから読んでも充分に意味が掴める。とはいえ、感動の最終巻なので、できれば最初の「怨讐星域 Ⅰ ノアズ・アーク」から読んで欲しい。

【どんな話?】

 避けられぬ太陽の暴走を知った米大統領アジソンは、密かに三万人の一味と共に大型の世代型宇宙船ノアズ・アークで172光年先の惑星へと脱出した。残された人類は転送装置を開発し、一足先に同じ惑星へと移住する。多くの者が転移時に犠牲になり、また無事に転移できた者も、危険な生物に脅かされる原始生活を余儀なくされた。

 国や人種や宗教の違いを乗り越え、転移した者たちは文明を再興してゆく。彼らの諍いを防ぎ結束を深めたのは、自分たちを置き去りにしたアジソン一味への恨みだった。親から子へ、子から孫へと、アジソン一味への恨みは受け継がれてゆく。

 そして今、ノアズ・アークが約束の地へと近づきつつある。人類の二つの集団は、いかなる再会を果たすのか。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

悪魔の降下 / SFマガジン2012年5月号
 テンゲン山の麓で、兄のリュンと幼い妹のマユゥは棚田で米を作って暮らす。既に両親は亡くなった。時おり下の集落に赴き、乾燥山菜を売って、必要な生活雑貨を仕入れる。リュンは集落の者が苦手だ。今度、エデンから農業指導員が来るという。また、悪魔の末裔の宇宙船が迫ってるとも。
 「品種改良の日本史」とかを読むと、現代の農作物は凄い勢いで品種が変わっているんだと思い知らされる。実はかなり頭を使う職業らしい。急激に文明を発達させたニューエデンもそれは同じで、農法や品種も年々進歩している模様。でも、その魚、あまし美味しくなさそうな気がw なんとなく「いつかこのネタをやってやろう」と虎視眈々と機会をうかがっていたんじゃないか、と疑ってしまうw
遷移軌道上にて / SFマガジン2012年8月号
 ノアズ・アークは、<約束の地>の衛星軌道上で周回に入った。24歳のダニエル・ウォーカーは、父と共にトマト農場で働きながら、最初の移住メンバーになりたいと望んでいる。恋人のアリス・リーは23歳。彼女が幼い頃にダホディル・フィールドで出会い、ずっと今まで付き合ってきた。
 行く者と、残る者。Ⅰ巻「ノアズ・アーク」でも、転送を選ぶ者と地球に残る者として描いたテーマが、再び繰り返される。自らの手で未来を切り開こうと希望に燃えて先を急ぐ者と、目の前にある役割りに準じて残ることを選ぶ者。世の中には、両方の人が必要なんだよなあ。
闇の起源 / SFマガジン2012年11月号
 ニューエデンの絶対権力者となったアンデルス・ワルゲンツィンだが、かつては襤褸をまとって街角で意味不明なことを叫んでいた。『怒りの剣』のモニュメントが赤く染まった時から、彼は指導者への道を歩み始めた。そして今は、彼が率いる「正義の人類党」が議員の87%を占める。
 この物語の終盤で重要な役割りを果たす、ニューエデンの指導者アンデルス・ワルゲンツィンの若き日を描く作品。現在でも、大抵の独裁者は他国の脅威を訴えて軍備増強を進めるんだが、同時にソレが隣国には脅威になって、隣国も軍備増強して…ってな悪循環になるんだが、ニューエデンの場合は敵の脅威の度合いが全く分からないってのがミソ。
星条旗よ永遠なれ / SFマガジン2013年2月号
 ノアズ・アークでは、第一次移住計画が中断したままだ。シャトル機は完成している。ただ、予想外の事実が明らかになったのだ。惑星の95%が海で、陸地は5%しかない。その陸地に、謎の発光現象がある。知性のある先住生物がいるのかもしれない。キース大統領の悩みの種が増えた。
 読者はニューエデンについて知っているが、ノアズ・アークの面々は何も知らない。そこで異星生物であろうと仮定して、ファースト・コンタクトの方法を話し合うのだが…。不吉な予兆に満ちた、終盤の予告編。
キリアンは迷わない / SFマガジン2013年5月号
 14歳のキリアンは、今日も訓練に参加する。悪魔の末裔を滅ぼすための、戦闘訓練だ。最初は七日に一度だったのが、最近は三日に一度に増えた。父も仕事で忙しいらしく、家で顔を合わせる時間もない。幼い頃はよく一緒に遊んだ一つ年下のナタリー・アダムスも、最近はあまり口をきかなくなって…
 ちょっと戦中の国民皆兵の頃の竹槍訓練を思わせる作品。とはいえ、微妙にユルい感じなのは、初期の偶発的な衝突を除けば本格的な戦闘がなかったニューエデンだからかも。妄想ばかりが先走る、自意識過剰な年頃のキリアン君の若さが切ない。あの頃の男ってのは、そんなもんです。
ダホディル・フィールドは、永遠に / SFマガジン2013年8月号
 ベン・ブッファ、通称BB、76歳。父の代からダホディル・フィールドの管理室に勤めてきた。家では仕事の話はしない父だったが、幼い頃に初めてダホディル・フィールドを訪れた時に、彼の人生は決まった。父と同じようにダホディル・フィールドで働こうと。
 己の仕事を愛し、誇りを持って勤め上げた男の物語。シャトルの建設が始まると共に、船内の娯楽用の区画は閉鎖を余儀なくされ、BBが長年勤めたダホディル・フィールドも飲み込まれてゆく。なお、オニナラタケの話は本当です。当然、元ネタはビートルズのストロベリー・フィールズ・フォーエバー。あの時代に相応しいオチかも。
その日への輪舞曲(ロンド) / SFマガジン2013年11月号
 ノアズ・アークは、ニューエデンの周回軌道に入った。いよいよ迫る侵略に備え、ニューエデンも慌しい。市庁舎に勤めるダニー・コリンズの仕事は増える一方だ。エヴァは夫ダニーを心配するが、どうする事もできない。二階に住む父のジャンの具合も…
 このあたりはSFマガジン連載時に読んでいて、ノアズ・アーク一行とニューエデンの両者の出会いがジリジリと迫ってくる緊迫感を、ゆっくりした発表ペースにイライラしながら味わっていたのを憶えている。空に輝く光が持つ意味は、家族のそれぞれで違っていて…
大破砕 / SFマガジン2014年5月号
 思わぬ災厄に見舞われたノアズ・アーク。ニューヨークⅠの居住環境メンテナンスの見習いカンジ・ナカムラは、勤務明けで家に帰る途中に、その時が来た。まず思いついたのは、恋人のスーザン・ペイジの事だ。オクマホマⅠで老人たちのケアサービスの仕事をしているはずだが、無事なんだろうか?
 物語もいよいよ終盤。土壇場で起きた思いがけぬ災厄の中で展開する、パニック・ストーリー。にしても、カール,モーリー,ライリー,そしてティルダ婆さんが実にカッコいい。結局、男って、いつまでたっても悪ガキなんだよなあ。
ポッド・サバイバー / SFマガジン2014年8月号
 首長公邸の寝室で休んでいたアンデルス・ワルゲンツィンは、ガウス補佐官に起こされた。よほどの事がなければ、ガウス補佐官は寝室にまで入ってこない。ここまで急ぐとなれば、用件は一つしかない。そう、ノアズ・アークの話だ。
 土壇場で災厄に見舞われ、想定外の形での生き残りを余儀なくされるノアズ・アークの面々。そして、今まで通信は傍受しながらも、一切の送信はしてこなかったニューエデン。終盤で登場した人物が勢ぞろいし…
トーマス老の回想 / SFマガジン2014年11月号
 市民ホールの舞台に上がり、客席を見回すトーマス老。聴衆の多くは13歳の子供たちだ。これは学校で学ぶ<エデン正史>の一環で、あの時代を生きた者が、肉声で自らの経験と、その時の気持ちを語る事になっている。その時、トーマスも13歳だった…
 ニューエデンとノアズ・アーク、果たして両者はどんな再会を果たしたのか。歴史として語られる、この物語のフィナーレ。
あとがき

 ベテランらしく、語り口があまりに滑らかなために、壮大な物語もスラスラ読める。はいいのだが、そのためにSFとしても実に大掛かりな思考実験をしているのに気づかずに、続きが気になって急いで読み進めちゃったり。改めて考えると、ここまで大きな災厄を迎えないと、人類の争いは収まらないのか、などと切ない気持ちになったり。

 何もない所から文明を復興させるシミュレーション小説として、人類の争いをなくす究極のアイデアを試した物語として、人の生きる意味を考える寓話として。重いテーマをギッシリと詰め込みながらも、甘く切ない後味を残す、SFの初心者からすれっからしまで、多くの人に勧められる意欲作だ。

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