イアン・R・マクラウド「夏の涯ての島」早川書房 浅倉久志他訳
「宇宙人はあそこにいる――あそこにいない。どちらにしても、それはすでに存在する事実、そうでしょう?たまたまわたしたちが答えを知らないだけ……でも、もしあらゆるものに答えが出るとしたら、逆に悲しくない? もしそうなったら、あなたのいろいろな夢はどこへ行ってしまう?」
――ドレイクの方程式に新しい光をジャリラが迎えた十二番目の標準年、それはハバラでは<しとしと雨の季節>と呼ばれているが、彼女は三人の母親といっしょにタブサールの高原から山々を越え、海岸地方へ引っ越すことになった。
――息吹き苔
【どんな本?】
イギリスの新鋭SF/ファンタジイ作家イアン・R・マクラウド Ian R. Macleod の作品を集めた、日本独自の短編集。突飛な設定や奇妙な状況を背景にしながらも、そこで生きる人々の想いを、少し乾いた筆致ながらもしんみりと描く、不思議な味の作品が多い。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」のベストSF2008海外篇7位。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2008年1月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文訳423頁。9ポイント45字×20行×423頁=約380,700字、400字詰め原稿用紙で約952枚。文庫本なら上下巻でもおかしくない分量。
文章はこなれている。終盤の作品は考え抜かれたSF設定が背景にあるが、味付けは異世界ファンタジイ風味なので、わからなかったらファンタジイだと思って味わおう。背景のアイデアより、そこで生きる人々こそが、この作品集の面白さなのだから。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者。
- 帰還 / Returning / <インターゾーン>1992年10月号 / 小野田和子訳
- わたしは宇宙飛行士だ。別世界へ行く試みから帰ってきた。湖の岸辺をふらふら歩いていた所を、犬を散歩させていた老人に保護された。わたしが帰ってきたのは、これで四度目だ。これまでの帰還も今回と似た形だったそうだ。だが、わたしにとってははじめてという感じがする。
- 別世界へと旅立ち、帰ってきた…つもりの、宇宙飛行士と、それを迎える家族のお話。宇宙飛行士とはいっても、我々が考えるモノとは少し違っていて。こりゃ奥さんのエレインも辛いだろうなあ。待つもの辛いけど、忘れるわけにもいかず。
- わが家のサッカーボール / The Family Football / <インターゾーン>1991年11月号 / 宮内もと子訳
- 父さんはケンタウルスの格好で帰ってきた。ぼくと妹のアンは、ネズミごっこをしてる。母さんは、肉が食べられなくなった。右手は毛むくじゃらで、ミツユビナマケモノの三本のかぎ爪になっている。おかげで家事や食事が巧くできない。勤めも休まなきゃいけないみたいだ。
- ヒトが様々なものに変身してしまう世界での、とある家族のお話。サッカーで遊んでる子供たちが、怖くて煩い人の家にボールが飛び込んで困ったり、おじいちゃんがお洒落な格好をすると嬉しかったりと、子供達のやかましい世界を描いた後に、こうくるかー。実にヘンテコな世界なのに、なんかシンミリする不思議な作品。
- チョップ・ガール / The Chop Girl / <アシモフ>1999年12月号 / 嶋田洋一訳
- 時は第二次世界大戦。18歳のわたしは空軍婦人補助部隊の一人として、空軍基地で働いていた。日暮れ時には巨大なランカスター爆撃機(→Wikipedia)が飛び立ってゆき、ドイツのどこかに爆弾を落としに行く。帰ってくる機もあれば、帰ってこない機もある。わたしはチョップ・ガールと呼ばれ…
- SFと思ってもいいし、戦争小説として読んでもいい。ランカスター爆撃機の乗員にとって、生還は運任せ。そこでは奇妙なゲン担ぎが流行り、主人公は不運の象徴チョップ・ガールとして忌むべき存在になってしまう。出撃となれば帰還は運任せだし、となれば将来に備えて金をためようなんて気持ちになるはずもなく。
- ドレイクの方程式に新しい光を / New Light on the Drake Equation / <サイ・フィクション>2001年5月 / 浅倉久志訳
- フランスの山中に引き篭もり、夜ごと電波のささやきに耳を澄ます酔いどれ老人のトム・ケリー。麓のサン・ティレールまで下りてくるのは、毎月の第一水曜日…の予定だが、今月は一日遅れて木曜日になってしまった。街には熱気泡を求めるフライヤーが集まっている。
- ドレイクの方程式(→Wikipedia)は、地球人がエイリアンと連絡できる可能性を示す式。SETIオタクとして生涯を捧げた爺さんトム・ケリーと、次々と新しい事に挑戦する女性テアの恋物語。身体改造などの新技術が発達した未来を舞台に、古いSF者のセイシュンを思い起こさせる固有名詞を散りばめ、変わってゆく世界の中で生き残ってしまったオタクの姿を描く、ちょっと切ないお話。
- 夏の涯ての島 / The Summer Isles / <アシモフ>1998年10・11月合併号 / 嶋田洋一訳
- 第一次世界大戦で敗戦国となったイギリス。1940年には、ジョン・アーサーが権力を握り、全体主義的な体制になっていた。時代は、再び欧州に嵐が吹き荒れようとしている。オックスフォード大学の教員グリフィン・ブルックは、ジェフリー・ブルックの筆名で、<デイリー・スケッチ>に連載を持っている。
- 歴史改変物。全体主義に席巻された1940年のイギリス。ユダヤ人が隔離される社会で、同性愛の性癖を持つ老いた大学教授を主人公にして、ウィリアム・モリスの「ユートピアだより」を小道具に使いながら、歴史と人の関わりを描いてゆく。タイトルから感じる、爽やかでリラックスした雰囲気が、いかにもイギリス人らしい強烈な皮肉になっている。
- 転落のイザベル / Isabel of the Fall / <インターゾーン>2001年7月号 / 浅倉久志訳
- <百合戦争>の終わった時代。甚大な被害を蒙ったゲジラーで、幼いイザベルは<夜明けの教会>に拾われた。空のはるか高みからさすサビルの光を集め、都市ぜんたいに光を運ぶ、巨大な光塔を管理し、運営するのが<夜明けの教会>だ。イザベルはそこで<夜明けの歌い手>として学び…
- 遠い未来の超絶技術を背景としたSFだけど、語りはお伽噺風。大きな反射鏡やレンズで構成される光塔、それを駆動する<夜明けの歌い手>、そして宙にかかる<浮かぶ大洋>など、奇妙な世界が楽しい。輝きに満ちた光塔の中の場面が印象に残る。
- 息吹き苔 / Breathmoss / <アシモフ>2002年5月号 / 浅倉久志訳
- 三人の母とともに山を下り、十二標準年のジャリラは海岸地方の町アル・ジャンブにやってきた。空気の薄い高原と違い、ここは空気が豊かだ。町は人が多く、変化に富んでいる。言葉の訛りも様々だし、エイリアンだっている。マーケットには見たこともない品物が並び…
- 先の「転落のイザベル」と同じ世界の、ただし別の惑星を舞台にした作品。田舎から町へと出てきた少女の目を通し、成長に従い広がってゆく世界と、そこでの人びととの出会いと別れ、そしてそれぞれの旅立ちを描く、ちょっと切ない青春の物語。人造生物らしき乗獣のハヤワンが可愛い。
- 解説/香月祥宏
全般的にイギリス人らしい、少し突き放した感じの筆致が特徴。過ぎ去ってゆく過去、変わってゆく季節など、失ってしまうモノへの郷愁を漂わせながらも、ノスタルジックではなく、静かにゆっくり前を向いて歩いていく、みたいな感じの作品が多いかも。
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