田中法生「異端の植物 水草を科学する 水草はなぜ水中を生きるのか?」ベレ出版
本書では、水草はどのような進化の過程を経て地球上に出現したのか、陸上から水中に進出する過程でどのような能力を獲得したのか、水草はどのような花を咲かせ、どのように移動しているのか、そして、滅びゆく水草をどのように守ればいいのか、最新の研究成果をふんだんに盛り込んでご紹介します。
――はじめに日本には約230種類の水草が生育していますが、環境省のレッドリスト(2007)には、そのうち約90種類が絶滅危惧種あるいは準絶滅危惧種として挙げられています。つまり、日本の水草のじつに40%が、将来、絶滅してしまう可能性があると推測されているのです。
――第6章 滅びゆく水草をどのように守るのか?
【どんな本?】
日本人に最も馴染みがある水草はイネだろう。イグサも、蓮根を採るハスも水草だ。池や湖などの淡水に住むものもあれば、海水中で育つものもあるし、急流に住む水草もある。稲作農家には邪魔者扱いされる水草だが、東京湾ではアマモが海産物の大事な生息環境になっている。
陸上から水中へと戻った変わり者の植物、水草の進化系統から生態系の中での役割、繁殖の方法から生存分布の謎まで、一般的な知識から未だ解明されていない謎、そして水草保存の試みまで、専門家が語る一般向けの水草の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2012年8月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで約298頁。9.5ポイント42字×16行×298頁=約200,256字、400字詰め原稿用紙で約501枚。文庫本の長編小説なら標準的な一冊分の分量だが、写真やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は7~8割程度。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。中学二年生程度の理科の知識があれば、充分に楽しめる。近所に池や沼があれば、更に親しみが増すだろう。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、気になった章だけを拾い読みしてもいい。
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【感想は?】
水の中というのは、植物に適した環境のように思えるが、意外とそうでもないようだ。
冒頭2番目の引用にあるように、日本の水草は約230種類。意外と植物にとって水中は厳しい環境らしい。私は幼い頃から川の側に住んでいた。川べりにはアシらしき草がびっしり生えていて、その印象から川べりは植物の天国だと思い込んでいた。
なんたって、必要な水が豊富にある。おまけに富栄養化が言われているように、栄養分も沢山ありそうじゃないか。
…と思ったら、重要な事を忘れていた。空気がない。植物だって呼吸するのだ。中には水中の二酸化炭素を取り込んで光合成し、酸素を作っちゃうのもあるが、蓮は地下茎の穴で空気を取り込んでいる。蓮根の穴は空気ダクトだった←そんな事も知らなかったのか
光だって貧しい。茨城県の砂沼で測ったところ、水深1mで光合成に使える光エネルギーは「水面の20%ほどしかありませんでした」。ここは比較的に水が濁っている所なのだが、かと言って水が澄んでいる所は、栄養が貧しかったりする。
なんとなく流れの穏やかな淡水だけに水草が生えるのかと思ったら、なんと海中にも水草がある。たいていの植物は塩分が苦手で、塩害なんて現象もあるのに、どうやって塩分に対処しているのやら。
海と月は不思議な縁があって、リュウキュウスガモの話は実に不思議。大潮の前後に一斉に開花して、受粉するのだ。ただし残念ながら「どのような仕組みで大潮にあわせて咲くのかは解明されていません」。いけず。
繁殖には面白い話が色々出て来て、その一つが因幡の白うさぎの話。大国主が怪我した白うさぎに、ガマの穂の上に転がりなさいと知恵を授ける話だが、なんとこれには科学的根拠があるとか。曰く「ガマの花粉には止血作用がある」とか。さすが知恵者の大国主だ。
やはり繁殖で面白いのが、海のカワツルモ。なんと分布地域が、ロシア・北海道、そしてオーストラリア南部だ。しかもDNAを調べても、ほぼ同じ。距離にして8000km、しかも赤道を挟んでいる。どうやら渡り鳥が運んだらしいのだが、未だ確認は取れていないとか。にしても、この確認方法は、なかなかに学際的だったりする。
もっと謎なのが、サハリン~香港の沿岸のコアマモと、ヨーロッパのノルティ。これも遺伝的に近いんだが、太平洋・日本海のコアマモと、大西洋・地中海のノルティが、どうやって繁殖したのか、全くの謎。長距離を飛ぶ渡り鳥は一般に南北に飛ぶんで、鳥が運んだわけじゃない。うーん。
かと思うと、意外な方法があって。これは北アメリカjのコアマモなんだけど、なんと宮城県のコアマモと近い。こちらは、「カキの輸出に伴って移動した」説が強いらしい。
役に立つ水草の代表は、やっぱりイネだけど、この本じゃイネは名前だけ。面白いのは、肥料としての利用。水草は富栄養化した水から養分を採って水質改善に役立つんだけど、採算が問題。肥料として売れれば商売として成り立ちそう。これは日本でも実績があって…
50年ほど前まで日本の多くの湖沼では、「モク(藻)採り」といって、繁殖した水草(場所によっては海草)を刈り取って肥料として用いていた
とか。水草の種類によって等級があるんだけど、地方でランクが違うのが不思議。ここでは霞ヶ浦と琵琶湖が登場し、霞ヶ浦で不適格とされるササバモが琵琶湖じゃ合格となってる。なぜだろう? いずれにせよ、巧く循環できれば、枯渇が危惧されるリンを補えるんだが。
身近な川や池に生えている水草しか知らなかったけど、海に生える海草が意外と重要なのには驚いた。親しみやすい言葉で書かれているが、「今はよくわかっていない」などと先端的な内容も多く、バランスの取れた本だった。
なお、この本で扱うのは被子植物が中心で、海藻は扱わない。つまりコンブやワカメは出てこない。そちらに興味がある人は、「藻類30億年の自然史」をどうぞ。また、基本的に一年草が中心で、いわゆる木は出てこない。そちらは「マングローブ入門」をどうぞ。
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