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2015年10月 4日 (日)

貴志祐介「悪の教典 上・下」文春文庫

 学校とは、子供を守ってくれる聖域などではなく、弱肉強食の法則が支配する生存競争の場だということを。ここから無事に生還するためには、生まれ持った幸運か、いち早く危険を察知する直観か、あるいは、我が身を守れるだけの暴力的な才能が必要になる。

【どんな本?】

 ベストセラー作家・貴志祐介による、学園ホラー。発表時から大きな話題を呼び、後に漫画化・映画化された。町田市の私立校・晨光学院町田高校の若い英語教師の蓮実聖司は、二年四組を担任している。優れた統率力とメリハリのある授業、そして秀でたルックスで多くの生徒から慕われ、また同僚の教師からも一目置かれておる。しかし、彼の実態は…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は「別冊文藝春秋」2008年7月号~2010年7月号。2010年7月に文藝春秋より上下巻で単行本を八法、2011年11月にノベルズ版を発行。私が読んだのは文春文庫の文庫版で、2012年8月10日の第1刷。

 文庫本縦一段組みで本文約461頁+約434頁=約895頁に加え、2頁の掌編「秘密」と、6頁の短編「アクノキョウテン」、三池崇史による解説「蓮実聖司を愛する者として」7頁も収録している。9ポイント39字×17行×(461頁+434頁)=約593,385字、400字詰め原稿用紙で約1,484枚。文庫本なら上中下の三巻でもおかしくない分量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も難しくないので、中学生でも楽しく読める…と思うが、あまり中学生には読ませたくないw 関係ありそうな音楽の Youtube リンクを次に挙げておく。

【感想は?】

 長い小説だが、読み始めたら一気に読まされてしまう。

 学園物なので、登場人物は多い。「登場人物一覧がないのは不親切だな」と最初は思ったが、意外なくらいそれぞれの人物像はハッキリしていて、あまり前の頁まで戻らずに済んだ。名前の付け方に工夫があるんだろうか?

 舞台は私立高校。たいていの人は昔高校生だったから、馴染みのある舞台だ。ただ、馴染みはあっても、生徒の目線でしか知らない。賢い子は教師間の力関係まで見抜いているだろうが、私のようにボンヤリしたガキはなかなか気づかないものだ←いやそこまで鈍感なのはお前ぐらいだ

 中学校も高校も、体育教師は不思議な存在感がある。受験科目でもない体育の担当なのに、なぜあんなに威張っているのか。年中ジャージ姿で異彩を放ち、鬼の生徒指導部として不良どもにも恐れられる。まさしく、その威圧感こそが彼らの影響力の源だと、酒井教頭が懇切丁寧に教えてくれた。

 この酒井も、いかにも教頭らしく、微妙に子ずるい雰囲気を放っての登場だ。にしても、なぜ教頭ってのはこう、権限を振りかざしながらも生徒や同僚から小馬鹿にされる役どころなんだろうw 同じ中間管理職でも、学年主任は尊敬される場合もあるのに。

 などの馴染みのある舞台背景から始まるので、誰でもすんなりと物語に入っていける。

 誰もが経験する、学校。外からは平和に見える場所だが、実際はそれほど気楽な所じゃない。体育教師が幅をきかせているのが、その証拠だ。教師が絶対的な権力を持ち、多くの生徒の上に君臨している、全体主義的な社会である。

 そこに未熟な子供たちが放り込まれる。担任がまっとうな者だったり、分かりやすい価値観の持ち主だったら、子供でも簡単に対応できるが、理解不能な性格の者も多い。小学校・中学校・高校と、相性のいい担任ばかりに当たった人は滅多にいないだろう。ヒステリックな担任、葛原教諭のエピソードに共感する人は多いんじゃないだろうか。

 にしても、なんだって管理職ってのは、問題をこじらせるような対応ばかりするんだろうね。この際の蓮実の対応に、スッキリした人はわたしだけじゃない筈だ。

 そう、主役の蓮実の造型こそが、この小説の最大の魅力。眉目秀麗、頭脳明晰。授業の進め方は巧みで工夫に富み、生徒にも強い関心を持っている。職場の同僚教師との付き合いにもソツがなく、その場その場で適切な役割を演じ、次第にリーダーシップを発揮してゆく。

 確かに仕事熱心では、あるんだ。いかに生徒の関心を引き、頭に残る形で知識を伝授するか。脇道にそれそうになった時、どうやって流れを引き戻すか。眠気を催させず、緊張感を持続させるか。よく読むと、プレゼンテーションの工夫と似ていたりする。

 にしても、定められた課程の他に、ボイス・トレーニングまでする教員が、どれぐらいいるだろう?民間の予備校なら、いるかもしれないけど。そこまで熱心に授業に取り組んでくれるなら、実にいい先生

 …なんだけどw 当然、この著者がそんな「いい人が頑張るいい話」を書くはずもなく。

 教師だって人間だ。いい人もいれば、ロクでもない奴もいる。たいていの危険人物は、見るからに危険な匂いを漂わせている。年中ジャージで校内をウロつく体育教師が、最もわかりやすい例だろう。頭の悪い不良も、体育教師の前では大人しくなる。

 ヒステリックな教師も、その多くは目つきや言動の怪しさで、アブナさをアピールしている。本人にそのつもりはなくても、児童や生徒は敏感に感じとるものだ。小学生ぐらいには充分に通用しちゃうんで、なんとか勤まっちゃうんだが、中学・高校あたりになると、生徒たちが徒党を組んで反乱を起こしたりする。

 そんな風にわかりやすい危険人物なら、生徒も自衛できるのだが、蓮実のように見事な猫かぶりとなると…

 なんであれ、教育と名がつくと、大抵の無茶が容認されてしまう。民間企業では厳しい利害計算があるので、極端な方法は嫌われエキセントリックな人間は閑職に追いやられるが、学校では成果が測りにくいので、変な教師も長く居ついたりする。蓮実はさすがに極端だが、生徒たちが置かれている状況は、どこでも似たようなものじゃないだろうか。

 平和に見えて、実はジャングル・ランドの学校。何事も揉み消そうとする、学園の体質。そこに忍び込んだ、狡猾で常識外れの獣が巻き起こす、阿鼻叫喚の地獄。現代きってのエンタテナーによる、寝不足必至の傑作ホラー。

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