宮崎正勝「[モノ]の世界史 刻み込まれた人類の歩み」原書房
「土器」こそは、人類が自然から切り離された人工的空間(「畑」が基盤)を作り出し、それに依存する生活、システムの確立を可能にした偉大な「モノ」であった。「土器(ポット)」が、人類の食生活を劇的に変えたのである。
――第1章 自然の中から「人間圏」が姿を現す現在、すでに地球人口の半分の約30億人が都市で生活しており、20年後には地球人口の3/4が都市で生活するであろうとも推測されている。現在、地球上の都市面積は約2%に過ぎないにもかかわらず、約75%の資源が都市で消費されており、その傾向はこれからも一掃強まるまかりだろうと考えられているのである。
――第7章 19世紀のヨーロッパ都市の膨張と都市生活が生み出した「モノ」
【どんな本?】
約一万年前の農業の発生から現在のインターネットまでの人類史を、土器・車輪・ラジオなどの道具から、オリーブ・ジャガイモ・牛などの動植物、文字やジャズなどの文化まで、それぞれの覇権国家を支えたテクノロジーや、時代を象徴する道具などを中心に語る、少し変わった一般向けの世界史。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2002年7月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約325頁に加え、「はじめに」8頁+「あとがき」2頁。9ポイント47字×19行×325頁=約290,225字、400字詰め原稿用紙で約726枚。文庫本の長編小説なら少し厚めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。世界中を飛び回る本なので、地球儀か世界地図、または Google Map などを見ながら読むと、より楽しめるだろう。
また、頁の下に注釈をつけた配慮も嬉しい。頁をめくらずに注釈が読めるのはありがたい。
【構成は?】
多少の前後はあるものの、全般的に古代から現代まで時系列順に話が進む。とまれ、各章は比較的に独立した内容なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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【感想は?】
この手の唯物史観的な歴史の本では、マクニールの「世界史」が有名だ。なので、ちょっと比べてみよう。
読みやすさでは、この本の方が読みやすい。著者が日本人なので、文章がこなれている上に、日本人の一般的な歴史知識を著者が判っているため、その時代の背景事情の説明や注釈の付け方が日本人向けになっている。
反面、歴史全体の流れを感じるのは難しい。それぞれの章の独立性が高く、また個々の「モノ」により強くフォーカスしているため、時代ごとの覇権国家などの社会情勢の説明が少なく、モノの成立に関するトリビアや面白エピソードを羅列した感が強くなった。
とはいえ、だからこそ、どこから読み始めても楽しめる、よりとっつき易い本にもなっている。また、歴史の解釈も、マクニールは日本人から見るとやや過激な発想に思えるが、この本は日本の世界史の教科書に近い印象がある。
話は「土器」に始まり、「インターネット」へと向かってゆく。
その過程で出てくる様々なモノ、実は個人的には少し懐かしい印象があったり。例えば「塩」だ。これはマーク・カーランスキーの「『塩』の世界史」が詳しい。「チーズ」は鴇田文三郎の「チーズのきた道」、鉄道はクリスティアン・ウォルマーの「世界鉄道史」など。こういう、昔なじみに再会するような感慨も、本を読む楽しみの一つだろう。
と同時に、先の「土器」のように、意外な大物に出会えるのも、こういった総合的な本の面白さだ。機会があったらセラミックの歴史も調べてみたい。あ、その前に、製鉄の歴史も…とか言ってると、読みたい本が際限なく増えていくから困る。
今まで読んだ本とは違う解釈に出合えるのも、本読みの楽しみだ。デイビッド・モントゴメリー「土の文明史」だと、メソポタミアの中心地が北上した理由を塩害だとしていたが、同時に周辺の森林を切りつくしたための森林資源の枯渇も重要な原因らしい。
同じような「そうだったのか!」が、秦の始皇帝の五回に及ぶ巡幸。鉄道も自動車もない時代に、国中を訪れて回る大旅行だ。皇帝自ら、よくそんな大変な事をしたもんだと思っていたが、ちゃんとタネがあった。彼は道も整えていたのだ。道幅70メートルに及ぶ「馳道」がソレで、「中央部の幅約7mの部分は、『皇帝の専用道路』」ってんだから凄い。
やはり世界史全般を見渡すと、モンゴル帝国の影響は大きい。シルクロードを押さえて東西の技術の交流を促しているが、同時に困ったシロモノも媒介している。
ペストだ。この本によると、ペスト菌の原産は中国の雲貴高原らしい。ここの齧歯類は、慢性的にペスト菌を宿している。モンゴルは雲南遠征の途中でここに立ち寄り、ノミを持ち帰ってしまう。これが中央アジアのネズミなどにも広がり、やがてヨーロッパを席巻してゆく。ヒトやモノの交流が盛んになると、困ったシロモノも広がっちゃうんだなあ。
大航海時代のキッカケがスパイスなのは有名だが、この過程も意外だった。当時はムスリム商人とイタリア商人が東方貿易を独占してたが、15世紀初頭にオスマン帝国がカイロトアレクサンドリアを押さえ、関税を大幅に引き上げる。そこでポルトガルは新しいルートを求めてアフリカ大陸を迂回する航路を求め…。一種の経済封鎖が原因だったとは。
本好きとしては、中国で紙が産まれヨーロッパで印刷が発達する流れにも注目してしまう。やがて紙を大量に消費する新聞が生まれるのは、1536年のヴェネツィア。手書き新聞ガゼッタが、「ヴェネツィアに集まった地中海世界の情報を提供した」。これが一気に大衆化するのは19世紀。マスコミの登場だね。新しいメディアの登場は、いつだって反発を生む。
一方では、新聞が無責任な記事を流して世論を扇動したり、洪水のように流される情報に依存して大衆が自らの判断を停止し、あるいは無力感を強める、というような消極的状況も現れたのである。
今のインターネットでも、似たような事を言われているような。
メディアはやがて電信の発達に伴いロイター通信社が生まれ、続いてラジオが登場する。これも社会の構造に大きな影響を与えてゆく。というのも…
中央から地方に向けて画一化された中央政府の情報がながされ、「国民」形成に大きく貢献した。標準語の普及に典型的に見られるように、地方文化の独立性は次第に崩され、中央の文化が地方を席巻していったのである。
とまれ、最近は日本でも地方の局を中心に方言復活の動きがあって、それはそれで楽しいかも。
マクニールの「世界史」に比べると、日本人の著者が書いただけあって、とっつきやすく読みやすく分かりやすい。網羅的で百科事典や Wikipedia のような色とりどりの楽しみがあるが、個々のモノに関しては紙面の都合で少し食い足りない感じが残る。食べ物で例えるなら、大勢で多様な料理を少しずつ味わう中華料理の雰囲気かも。
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