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2015年10月15日 (木)

宮崎正勝「[モノ]の世界史 刻み込まれた人類の歩み」原書房

「土器」こそは、人類が自然から切り離された人工的空間(「畑」が基盤)を作り出し、それに依存する生活、システムの確立を可能にした偉大な「モノ」であった。「土器(ポット)」が、人類の食生活を劇的に変えたのである。
  ――第1章 自然の中から「人間圏」が姿を現す

現在、すでに地球人口の半分の約30億人が都市で生活しており、20年後には地球人口の3/4が都市で生活するであろうとも推測されている。現在、地球上の都市面積は約2%に過ぎないにもかかわらず、約75%の資源が都市で消費されており、その傾向はこれからも一掃強まるまかりだろうと考えられているのである。
  ――第7章 19世紀のヨーロッパ都市の膨張と都市生活が生み出した「モノ」

【どんな本?】

 約一万年前の農業の発生から現在のインターネットまでの人類史を、土器・車輪・ラジオなどの道具から、オリーブ・ジャガイモ・牛などの動植物、文字やジャズなどの文化まで、それぞれの覇権国家を支えたテクノロジーや、時代を象徴する道具などを中心に語る、少し変わった一般向けの世界史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年7月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約325頁に加え、「はじめに」8頁+「あとがき」2頁。9ポイント47字×19行×325頁=約290,225字、400字詰め原稿用紙で約726枚。文庫本の長編小説なら少し厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。世界中を飛び回る本なので、地球儀か世界地図、または Google Map などを見ながら読むと、より楽しめるだろう。

 また、頁の下に注釈をつけた配慮も嬉しい。頁をめくらずに注釈が読めるのはありがたい。

【構成は?】

 多少の前後はあるものの、全般的に古代から現代まで時系列順に話が進む。とまれ、各章は比較的に独立した内容なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 自然の中から「人間圏」が姿を現す
    1. ホモ・ファベルとなった人類
    2. 「火」の活用範囲を広げた「ポット」と料理革命
    3. 「畑」の開拓が、「人類圏」を拡大した
    4. 神聖視された人類の伴侶「牛」
    5. 膨大な人口を支える「水路」は「龍」や「蛇」とみなされた
    6. 最初の貴重な調味料となった「蜂蜜」と「塩」
  • 第2章 「都市」が形成されて「人間圏」のおネットワークが複雑となり、新しい「装置」・「モノ」からなる「文明」が出現した
    1. 文明を育てるエンジンとなった「都市」
    2. 人類社会を複雑化させた「文字」革命
    3. 太陽・月・星の運行から生み出された「暦」
    4. 広大な地域を一つに結びつけた「車輪」
    5. 大「道路網」がなければ世界帝国は成立しない
    6. 様々な食事作法と東アジア世界に広まった「箸」
  • 第3章 ユーラシアの諸地域世界の様々な「文明」を彩った「モノ」
    1. 発酵「パン」が作られ、「ネコ」が家畜化されたエジプト
    2. 「法律」と「ビール」を発達させたメソポタミア
    3. 「鉄」と「コイン」を生み出した小アジア(トルコ)
    4. 「レバノン杉」と簡便な国際文字「アルファベット」
    5. 「オリーブ」・「オリンピック」とギリシア世界
    6. 帝都ローマの「高層住宅」と「水道」・「大浴場」
    7. 「オリエント」から地中海・ヨーロッパへと広がった宗教的飲料「ワイン」
    8. ペルシア文明を母体とする「クリスマス」と「弥勒信仰」
    9. 「オリエント」からユーラシア各地に広まった「ポロ競技」
    10. 東南アジアのインド文明と「塔」アンコール・ワット
    11. 故宮の黄色い「屋根瓦」と「china」と呼ばれた「磁器」
    12. 遊牧文化が変えた中国文明の「座法」と「家具」
    13. 遊牧文化と「馬具」・「ベルト」
    14. 遊牧民がもたらした「チーズ」とそして「豆腐」
  • 第4章 イスラム帝国・モンゴル帝国下でのユーラシア規模の「文明」交流
    1. ユーラシアにコミュニケーション革命を起こした「紙」
    2. イスラム文明の仲介で世界に広まったインドの「ゼロ」・「アラビア数字」
    3. イスラム世界からヨーロッパに広がった「コーヒー」
    4. 「ダウ」と「ジャンク」が作り出した「アジアの海」の大交流
    5. ヴァイキングの「毛皮」交換とロシアの建国
    6. 「火薬」から「鉄砲」・「大砲」へ
    7. モンゴル帝国の大ネットワーク上を旅した「パスタ」
    8. ユーラシアをさまよった「アイスクリーム」
    9. ユーラシア世界を震撼させた「ペスト」
    10. インド洋を行く2万7000人の鄭和艦隊とアフリカの「キリン」
  • 第5章 「大航海時代」と姿を現す世界資本主義の時代に新・旧大陸を行き交った「モノ」
    1. 「森のヨーロッパ」と「ブタ」と「コショウ」
    2. ヨーロッパを変えた「黄金」への欲望と膨大な「銀」
    3. ヨーロッパを救ったインカ帝国の「ジャガイモ」
    4. 媚薬から料理ベースに変わった「トマト」
    5. 「チョコレート」は「神の食物」だった
    6. 大衆化する「砂糖」と大規模化する「奴隷」貿易
  • 第6章 ヨーロッパの勃興を演出した「モノ」
    1. 宗教革命を激化させたグーテンベルクの「印刷術」
    2. 「コーヒーハウス」から「レストラン」へ
    3. 富裕化するヨーロッパと「ナイフ」・「フォーク」
    4. 肌触りのよい「キャラコ」が引き起こした産業革命
    5. 「蒸気機関」が生み出した煤煙淀む新興都市と労働者の飲料「ジン」
    6. 「国民国家(近代国家)」のシンボルとして登場した「国旗」
    7. ナポレオン戦争が生み出した「ビン詰」と「カン詰」
    8. 「ジャケット」、「ズボン」、「ネクタイ」そして「背広」の起源は
    9. 世界を巡った嗜好品「紅茶」がもたらした大変動
    10. 世界のありようを一変させた「鉄道」
    11. 「蒸気船」と地球を一つにした「定期航路」
    12. 大洋を結んだ「スエズ」と「パナマ」の巨大運河
    13. 大規模な建設と破壊に使われた「ダイナマイト」
    14. 「黒い金」と呼ばれた「天然ゴム」とアフリカ分割
  • 第7章 19世紀のヨーロッパ都市の膨張と都市生活が生み出した「モノ」
    1. 都市を再生させた「上・下水道」
    2. 「灯油」と海の油田「クジラ」の大量捕獲
    3. 都市で簡単に火を作れるようにした「マッチ」
    4. 「牛肉」を大衆化させた「冷凍技術」
    5. 大量の衣服を提供するために作り出された「ミシン」
    6. 都市の空間的拡大を促した「地下鉄」と「市街鉄道」
    7. 大衆に浸透した「新聞」
    8. 「パック旅行」を始めた「クック旅行社」
    9. 「サラブレッド」と「ダービー」はこのように誕生した
    10. 都市スポーツ「サッカー」と「ラグビー」はこうして始まった
  • 第8章 大衆消費社会を支える「モノ」とグローバリゼーションと地球環境問題
    1. 部品互換で作られた「マスケット銃」と大量生産システム
    2. バイソンは滅ぼされ西部大平原は「食肉」業に制覇された
    3. ゴールドラッシュと世界に広まった「ジーンズ」
    4. 「鋼鉄」・「内燃機関」・「電気」の出現と「ビッグ・ビジネス」
    5. 世界最大の「民族移動」とタイタニック号の登場
    6. 「電灯」と都市システムに組み込まれた電気エネルギー
    7. 大衆消費社会のシンボルとなった「自動車」
    8. 鉄道・蒸気船が支えた「郵便」システムとアメリカが育てた「電話」システム
    9. 「国民」形成に貢献した「ラジオ」
    10. 大衆音楽「ジャズ」と「レコード」
    11. 超高層ビル「摩天楼」を可能にした「エレベーター」
    12. 世界を征した通貨「ドル」
    13. 人類に大きな課題を与えた「原爆」と「原子力発電所」
    14. 国境を越え世界を結んだ「テレビ」
    15. 「冷蔵庫」の普及と破壊されるオゾン層
    16. 地球を一挙に狭くした「飛行機」と「ジェット機」
    17. 世界商品となった「ハンバーガー」と「コーラ」
    18. 「インターネット」は地球をつなぐ
  • あとがき

【感想は?】

 この手の唯物史観的な歴史の本では、マクニールの「世界史」が有名だ。なので、ちょっと比べてみよう。

 読みやすさでは、この本の方が読みやすい。著者が日本人なので、文章がこなれている上に、日本人の一般的な歴史知識を著者が判っているため、その時代の背景事情の説明や注釈の付け方が日本人向けになっている。

 反面、歴史全体の流れを感じるのは難しい。それぞれの章の独立性が高く、また個々の「モノ」により強くフォーカスしているため、時代ごとの覇権国家などの社会情勢の説明が少なく、モノの成立に関するトリビアや面白エピソードを羅列した感が強くなった。

 とはいえ、だからこそ、どこから読み始めても楽しめる、よりとっつき易い本にもなっている。また、歴史の解釈も、マクニールは日本人から見るとやや過激な発想に思えるが、この本は日本の世界史の教科書に近い印象がある。

 話は「土器」に始まり、「インターネット」へと向かってゆく。

 その過程で出てくる様々なモノ、実は個人的には少し懐かしい印象があったり。例えば「塩」だ。これはマーク・カーランスキーの「『塩』の世界史」が詳しい。「チーズ」は鴇田文三郎の「チーズのきた道」、鉄道はクリスティアン・ウォルマーの「世界鉄道史」など。こういう、昔なじみに再会するような感慨も、本を読む楽しみの一つだろう。

 と同時に、先の「土器」のように、意外な大物に出会えるのも、こういった総合的な本の面白さだ。機会があったらセラミックの歴史も調べてみたい。あ、その前に、製鉄の歴史も…とか言ってると、読みたい本が際限なく増えていくから困る。

 今まで読んだ本とは違う解釈に出合えるのも、本読みの楽しみだ。デイビッド・モントゴメリー「土の文明史」だと、メソポタミアの中心地が北上した理由を塩害だとしていたが、同時に周辺の森林を切りつくしたための森林資源の枯渇も重要な原因らしい。

 同じような「そうだったのか!」が、秦の始皇帝の五回に及ぶ巡幸。鉄道も自動車もない時代に、国中を訪れて回る大旅行だ。皇帝自ら、よくそんな大変な事をしたもんだと思っていたが、ちゃんとタネがあった。彼は道も整えていたのだ。道幅70メートルに及ぶ「馳道」がソレで、「中央部の幅約7mの部分は、『皇帝の専用道路』」ってんだから凄い。

 やはり世界史全般を見渡すと、モンゴル帝国の影響は大きい。シルクロードを押さえて東西の技術の交流を促しているが、同時に困ったシロモノも媒介している。

 ペストだ。この本によると、ペスト菌の原産は中国の雲貴高原らしい。ここの齧歯類は、慢性的にペスト菌を宿している。モンゴルは雲南遠征の途中でここに立ち寄り、ノミを持ち帰ってしまう。これが中央アジアのネズミなどにも広がり、やがてヨーロッパを席巻してゆく。ヒトやモノの交流が盛んになると、困ったシロモノも広がっちゃうんだなあ。

 大航海時代のキッカケがスパイスなのは有名だが、この過程も意外だった。当時はムスリム商人とイタリア商人が東方貿易を独占してたが、15世紀初頭にオスマン帝国がカイロトアレクサンドリアを押さえ、関税を大幅に引き上げる。そこでポルトガルは新しいルートを求めてアフリカ大陸を迂回する航路を求め…。一種の経済封鎖が原因だったとは。

 本好きとしては、中国で紙が産まれヨーロッパで印刷が発達する流れにも注目してしまう。やがて紙を大量に消費する新聞が生まれるのは、1536年のヴェネツィア。手書き新聞ガゼッタが、「ヴェネツィアに集まった地中海世界の情報を提供した」。これが一気に大衆化するのは19世紀。マスコミの登場だね。新しいメディアの登場は、いつだって反発を生む。

 一方では、新聞が無責任な記事を流して世論を扇動したり、洪水のように流される情報に依存して大衆が自らの判断を停止し、あるいは無力感を強める、というような消極的状況も現れたのである。

 今のインターネットでも、似たような事を言われているような。

 メディアはやがて電信の発達に伴いロイター通信社が生まれ、続いてラジオが登場する。これも社会の構造に大きな影響を与えてゆく。というのも…

中央から地方に向けて画一化された中央政府の情報がながされ、「国民」形成に大きく貢献した。標準語の普及に典型的に見られるように、地方文化の独立性は次第に崩され、中央の文化が地方を席巻していったのである。

 とまれ、最近は日本でも地方の局を中心に方言復活の動きがあって、それはそれで楽しいかも。

 マクニールの「世界史」に比べると、日本人の著者が書いただけあって、とっつきやすく読みやすく分かりやすい。網羅的で百科事典や Wikipedia のような色とりどりの楽しみがあるが、個々のモノに関しては紙面の都合で少し食い足りない感じが残る。食べ物で例えるなら、大勢で多様な料理を少しずつ味わう中華料理の雰囲気かも。

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