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2015年10月18日 (日)

M・ジョン・ハリスン「ライト」国書刊行会 小野田和子訳

 機雷は二マイクログラムの反物質で、一センチ四方のシリコン・ウェーハーに食刻されたヒドラジン・エンジンで所定の位置に向かうようにできている。ネズミ程度の知能しかないが、やつらに居所を知られたら、死んだも同然だ。昔ながらのジレンマ。動くわけにはいかないし、動かないわけにもいかない。

【どんな本?】

 イギリスのSF・ファンタジイ作家による、長編SF小説。1999年のイギリスの物理学者、2400年の宇宙海賊、やはり2400年のジャンキーの三つの物語を、異様な空間ケファフチ宙域・白猫と黒猫などの共通する要素を絡めながらも、並列的に描いてゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」のベストSF2008海外篇9位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Light, by M. John Harrison, 2002。日本語版は2008年8月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバーで縦一段組みで本文約429頁に加え、加藤逸人の解説10頁。9ポイント45字×20行×429頁=約386,100字、400字詰め原稿用紙で約966頁。文庫本なら上下巻でもおかしくない分量。

 スバリ、かなり読みにくい。文章はサーバーパンクやハードボイルドを意識しているのか、スタイリッシュでクセが強い。また内容も相応にSFを読みなれた人向き。イカれたSFガジェットが説明無しに次々と登場する上に、先に述べたように語り口もクセが強いので、「何が起きているのか」「登場人物が何を言っているのか」がわかりづらい。

【どんな話?】

 1999年のロンドン。物理学者のマイケル・カーニーとブライアン・テートは、量子コンピュータの研究をしている。困った事に、パトロンのゴードン・メドウズは研究をソニーに売り飛ばす気らしい。カーニーには、他にも幾つか問題を抱えている。彼は連続殺人犯なのだ。

 2400年。Kシップ<ホワイト・キャット>号の船長セリア・マウ・ゲンリヒャーは、“ビーチ”と呼ばれる、ケファフチ宙域の淵にいる。今は狩りの時だ。貨物船団を、航行が難しい宙域に追い込み、見事に仕留めた。獲物をいただこうと近づいたとき、追っ手がやってきた。ナスティックだ。

 2400年。チャイアニーズ・エドはトウィンクだ。ニュー・ヴィーナスポートで、ディグ・ヴェシクルの営むシケたタンク・ファームに浸り、ハードボイルドな夢をみている。いい気になっていた所に、ヤバい連中がやってきた。イーヴィとベラのクレイ姉妹、このあたりピアポイント・ストリートを牛耳ってる奴らだ。

【感想は?】

 ハードボイルドでサイバーパンクなスペースオペラ…のフリをした、何か別なもの。

 正直言って、私には楽しめなかった。その一一因は読みにくさだ。ハードボイルドっぽいクセの強い文章はともかく、SF的なガジェットはハッタリがミエミエだし、何より登場人物に感情移入できない。

 とまれ、ミエミエのハッタリは、必ずしも欠点にはならない。例えばジェイムズ・バイロン・ハギンズの「凶獣レヴァイアサン」やチャイナ・ミエヴィルの「クラーケン」とかは、むしろ突き抜けた馬鹿さ加減にこそ魅力を感じるんで、たぶんこれはノリとかソリとかが合う合わないの問題だと思う。

 それより、登場人物に感情移入できないのが辛い。

 主要な登場人物は三人だ。まずは現代の物理学者、マイケル・カーニー。登場していきなり、「ほかの女たちとおなじように手早く殺した」とくる。連続殺人犯だ。特に被害者に恨みがあるわけでもなく、ただの行きずりの殺人である。こういう人に感情移入するのは、かなり難しい。

 次に宇宙海賊のセリア・マウ・ゲンリヒャー。海賊といっても、集団で稼業を営んでいるわけじゃなく、一人で稼いでいる。このセリアも、登場していきなり貨物船団を襲い、何人も殺している。別に殺すのが目的じゃなく、仕事の副産物なんだが、彼女も被害者に全く気持ちを動かされない。つまりは職業的犯罪者だ。やはり好きになれない人物だろう。

 最後の一人チャイアニーズ・エドも、しょうもないジャンキーで。場末のシケた盛り場で、タンクに篭って気持ちのいい夢を見るのにハマった、ただのチンピラ…らしいのだが、近所を仕切るおっかないお姐さんたちとの間に、何かトラブルを抱えているらしい。

 物語は、この三つが並列して進んでゆく。が、いずれの登場人物も、やたらとせっかちで、キチンと説明しない上に人の話は聞かず、やたらと走り回ってはトラブルを増殖させてゆく。これは主な三人だけでなく、その周囲の人物も同じだからタチが悪い。お陰で、どんな状況で何が起きているのか、なかなか読者にはわからない。

 SFとして魅力的なのは、やはり宇宙海賊セリアのパートだろう。ここでは、いきなりKシップだのシャドウ・オペレーターだの反物質機雷だのと、スペース・オペラっぽいガジェットが次々と飛び出す。世界だって、「十空間次元プラス四時間次元」だ。何を言っているのかサッパリわからないが、何か凄そうだ。

 チャイアニーズ・エドのパートも意味不明なガジェットが出て来るんだが、こっちはスターウォーズというよりブレードランナーの世界で、未来は未来でも場末の安っぽく危なっかしげな空気が漂う。ここでもニューマンだの栽培変種だのリキシャ・ガールだのと、変にテクノロジーが進んでいるらしい。

 全般的に、やたらと性交場面が多いこの作品でも、特に目立つのがエドのパートだろう。といっても決して実用的ではなく、かなりやっつけというか投げやりというか、安っぽいテンプレートに沿ったシロモノ。エドの初登場は彼の夢の中で、これがタフガイが主役のハードボイルド…の出来損ないみたいなお話なんで、きっとワザとだろうなあ。

 つか、リキシャ・ガールって何だよw  これも、一時期のサイバーパンクが、やたらと勘違いした極東的要素をオモチャにしてたのを茶化しているのかもしれない。何せヒネたユーモアが得意なイギリス人作家の作品だし。

 そう思って改めて読み返すと、ニュー・マンの設定も、ギャグのように見えて実は風刺なのかも。華僑のようにも思えるし、アメリカ人のようにも思えるし、欧米人かもしれない。だとすると、相当に人の悪い、いかにもイギリス風のギャグだなあ。

 三つの物語が互いに関係がある由は、ケファフチ宙域や白猫と黒猫などのキーワードでそれとなく示唆される。やがて終盤で物語は合流を果たす。

 やたらと技巧的な印象を受けるが、実はただの悪ふざけなのかもしれない。そう思って読んだほうがいい気がする。

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