梶尾真治「怨讐星域 Ⅰ ノアズ・アーク」ハヤカワ文庫JA
「どぎゃんかなる!」
――鬼、人喰いに会う
【どんな本?】
ベテランSF作家の梶尾真治が、約十年に渡りSFマガジンに連載した連作短編シリーズ三巻の第一巻。
太陽の暴走により、人類は破滅が確実となった。合衆国大統領フレデリック・アジソンは、巨大な世代間宇宙船ノアズ・アークに三万人の選民と共に密かに出航し、172光年先の惑星へと向かう。それから暫くして、人類は転送装置を開発し、一足先に同じ星へと旅立って行く。だが、地球に留まり静かに日々を送る者もいた…
文明の再建・若者たちのラブストーリー・化け物相手の死闘・政治的な駆け引き・少年の成長そして積年の復讐と、あらゆる物語の要素を詰め込みながら、人類の運命を描く壮大な物語。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2015年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約436頁。9ポイント41字×18行×436頁=約321,768字、400字詰め原稿用紙で約805枚。文庫本としてはうやや厚め。
ベテラン作家だけに、文章は抜群に読みやすい。SFとしても、特に難しい理屈は出てこない。テクノロジーやガジェットより、様々な状況で生きる人を描く作品が多いので、SFに慣れない人でも楽しめるだろう。またテーマのバラエティも豊かな上に品質も安定しているので、初心者には格好の作品集だ。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 初出 の順。
- 約束の地 / SFマガジン2006年5月号
- マサヒロは落ちて、叩きつけられた。誰かの暖かい手が胸に触れる。昼間だ。地球の風景じゃない。転送は成功したらしい。意識がハッキリしてきた頃、六人の男女が近づいてきた。人種はバラバラで、言葉もわからない。幸い、迎えに来た者の中には日本語が分かる者もいた。
- 物語の開幕編。普通の学生である田辺正広の視点を通して、普通の家族が転送される様子と、新世界で暮し始めた人類の姿を描く。集落にたどり着いたマサヒロが、全員の前で自己紹介する場面が印象に残る。言葉もロクに通じない状況でも、人の名前は通じるし、互いに「意思疎通できる、そしてする気のある相手なのだ」とわかる。とても簡単な事だけど、海外旅行する際や、初対面の相手と仲良くしたい時のために憶えておくと便利かもしれない。まずは自分の名を名乗ろう。にしても、このオチは…
- ギルティヒル / SFマガジン2006年8月号
- 合衆国大統領フレデリック・アジソンの娘ナタリーは、ロサンゼルスの名門学園ライトイヤー学園の中等科の寮に入った。だが16歳になった時、両親の要請で寮を出てギルティヒルの留守宅に住む事になった。送り迎えは、海兵隊あがりのボディガード、ジョン・ブッファが運転する車だ。自然と友だちとも疎遠になり…
- 13歳の娘から見たお父さんの姿に思わず涙w いいじゃん家にいる時ぐらいパンツ一丁でのんびりしたってw でもまあ、年頃の娘なんて、そんなモンなんだろうなあ。クールで無口でビジネスライクなプロフェッショナルなボディガードのジョン・ブッファがいい味出してる。
- スナーク狩り / SFマガジン2006年11月号
- 夜になると、巨大なモノが現れる。粘液で溢れた膜を激しくこする音と共に、ヤツが来る。てらてらした細長いものが降ってきて、人を攫ってゆく。やっとヤツに名がついた。スナーク。シャドーカラオケは、音で危険が分かるので、見張りが警告できる。カーペット・ビーフの狩り方もわかった。だがスナークは…
- 芸達者な梶尾真治のもう一つの顔、「ケッタイな化け物作家」の一面が楽しめる作品。当然、スナークはルイス・キャロルの作品から(→Wikipedia)。一見、危険だらけに思える<約束の地>だけど、ヒトってのは意外と天性のハンターなのだ。なんたって、一万年ほど前に北米大陸に進出した際も、北米の大型動物を絶滅に追いやった実績があるんだから。にしてもオマール、お前って奴は…
- ノアズ・アーク / SFマガジン2007年2月号
- ノアズ・アークが出発してから8ヶ月。多忙なアジソン大統領の下に、あまり「愉快でない客が訪れる。グレアム・ランバート、ノアズ・アークの最長老で87歳。事実上、この船は彼の一族が仕切っている。何せ、ノアズ・アークは彼らの協力によって建造できたのだから。今回も、グレアムは困った問題を持ち込み…
- 今回は一足先に旅立ったノアズ・アーク一行のお話。冒頭から、アジソンとグレアムの陰険な会話が楽しい。勤め人なら、「知ったこっちゃねーよ」と言いたくても言えないアジソンの立場に同情したいような、したくないような。果たしてノアズ・アーク船内は、どんな様子なのかというと…
- ハッピーエンド / SFマガジン2007年5月号
- 転送を望んだ者は七割。だが社会は以前と同じように機能していた。さすがに街は閑散としているが。森田妙も、残った。市民病院の看護師として、病人を見捨てられなかったのだ。今日は休日。仲間たちと出かける。メンバーの中には、高校時代の憧れの先輩、長嶺謙治もいる。
- 地球に残った人たちの暮らしを、淡々と描く作品。自分なら残るか飛ぶか、どっちなんだろう? この作品のように、残る人の多くは年配者だろうなあ、と思う。そして残った人たちは、意外と今までどおりの生き方を続けるような気がする…って事は、シリアあたりじゃ相変わらずなのかなあ。
- エデンの防人 / SFマガジン2008年2月号
- タツキは、今日が初めてのレイバーデイ。エデンの境へ向かい、“人喰い”が来ないように見張る。メンバーは六人。既にエデンの人口は八千人を超えているので、メンバーの多くは良く知らない人だが、温かく迎えてくれた。境までは20キロ。その途中で、カーペット・ビーフを見つけ…
- 新天地も、いよいよ第二世代が登場する。文明の再建は、それなりに進んでいる様子。生存に必須の水の調達も井戸って知恵があれば、なんとかなったり。脅威だったシャドーカラオケも、今はすっかり獲物になってる。にしても、木材が豊富な地域でよかったなあ。
- 誓いの時間 / SFマガジン2008年5月号
- 連行されたタツキだが、マッサとがいるのは心強い。みんな岩棚の下に住んでいる。ナイトウォーカーに備えるためだ。闇夜にやってきて、細長い蔓のようなもので人を攫う。夜にしか来ないので、姿もわからない。今でも時おり、何人か被害が出て…
- ナイトウォーカーの件で鼻高々のマッサだが、お前何もやってないだろw でもまあ、気持ちはわかるw 長が語る、グループをまとめる手段も、人ってそんなもんだろうなあ。中東もイスラエルがあるから、アラブ諸国がぶつからずに済んでる、みたいな部分があるし。
- 鬼、人喰いに会う / SFマガジン2008年8月号
- トモは粘り強く話し合いに出かける。簡単ではないが、少しづつ進展しているようだ。そのためか、タツキに声をかける事が増えた。話題は決まっている。泳ぎの話をすると、とても嬉しそうだった。そして、ついに話が決まった。
- この作品集では最も長い、三連作の最終回。著者の熊本愛が炸裂するラストがいい。書いてて気がついたんだけど、この作品、フィリップ・ホセ・ファーマーのリバー・ワールド・シリーズみたいな部分もあるんだよなあ。でも、妙に穏やかなのは、やっぱり著者の世界観の違いなんだろうか。
- 閉塞の時代 / SFマガジン2008年11月号
- マイケル・ウォーカーは、今日もトマトの面倒を見る。もの心ついてから29歳の今日まで、ずっとトマトを作り続けてきた。ノアズ・アークの宇宙農場で。受粉作業中に、隣の区画のスコット・ベールから連絡が来た。大統領は後継者を作れというけど、肝心の相手がいないんじゃ…
- ノアズ・アークも第二世代。カジシンお得意のボーイ・ミーツ・ガール…なんだが、このヒネリはヒドいw 終盤の絶叫シーンは、何かの映画を基にしていると思うんだが、なんだろう? セシリア(→Youtube)→S&G→卒業 と思ったけど、どう考えてもホラー映画だよなあ。でもやっぱり、あれだけ素早いクセに飛行能力まで備えているのは反則だと思う。
- Ⅰに寄せて(あとがき)
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