ピーター・H・ディアマンディス,スティーヴン・コトラー「楽観主義者の未来予測 テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする 上・下」早川書房 熊谷玲美訳 1
20世紀には、乳幼児死亡率は90%減少し、妊産婦死亡率は99%減少した。そして全体では、人類の寿命は100%以上長くなっている。
――著者からのメッセージ希少性という性質は、状況によって左右されることが多いのだ。。
――第1章 人類最大の課題
【どんな本?】
かつて貴重だったアルミニウムは、今やありふれたものになった。コンピュータの能力はムーアの法則(→Wikipedia)に従い倍々ゲームで向上してきた。携帯電話は通信インフラのない発展途上国で爆発的に普及し、「アラブの春」をもたらした。これから、どんなテクノロジーが登場し、どう世界を変えてゆくのか。それはどんな効果を持つのか。
Xプライズ財団のCEOと、<ワイアード>誌などに寄稿するジャーナリストが描く、テクノロジーの進歩と投資形態の変化により、全人類が豊かになるためのロードマップ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は ABUNDANCE : The Future is Better Than You Think, by Peter H.Diamandis & Steven Kotler, 2012。日本語版は2014年1月25日初版発行。単行本ソフトカバー上下巻、縦一段組みで本文約285頁+233頁=約518頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×18行×(285頁+233頁)=約419,580字、400字詰め原稿用紙で約1,049枚。文庫本の長編小説なら上下2巻ぐらいの分量。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。一応、分野は科学・技術としたが、特に前提知識も要らない。敢えていえば、「植物は水と二酸化炭素と太陽光で光合成する」「1ドル=120円ぐらい」「DNAは生命の設計図」ぐらいか。中学生でも存分に楽しめるだろう。
あと、渇水に悩んだ経験と、コンピュータ・ゲームに熱中した思い出があると更にいい。また、アフリカの地名がよく出てくるので、世界地図があるといい。また、SFファンには、ちょっと嬉しいクスグリが随所に仕込んである。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、好きな所だけを拾い読みしてもいい。ただし、最初の「第一部 全体像」は本書の重要な前提条件になっているのと同時に、全体をまとめた内容でもあるので、できれば最初に読もう。
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【感想は?】
書名そのままの内容だ。
「現代は人類史の曲がり角だよ、明るい未来が待っている、楽しみだね、君もゲームに参加できるんだよ、傍観者でいるつもりかい?」、そんな本である。
冒頭の引用にあるように、20世紀に陣利は大きな飛躍を遂げた。二度の世界大戦と、それに続く冷戦があったが、それにも関わらず、テクノロジーは進歩し、人類の平均寿命は大きく伸びた。20世紀の歴史は、人類の飛躍を記録している。
それはなぜか。何が人類を飛躍させたのか。そして20世紀に人類を飛躍させた力は、我々をどこに連れて行こうとしているのか。未来に向けて、どんな者がどんな事をやっているのか。どんな障壁があって、どんな解決策があるのか。間もなく登場するであろう技術やプロジェクトを、多くの具体例を挙げて、一つ一つ語ってゆく。
その前に、幾つかの前置きがある。そもそも、こんな能天気な題名の本を読む気になる人が、どれだけいるだろう?
少し前には2012年人類滅亡説(→Wikipedia)が流行った。もっと前にはノストラダムスの預言で人類が滅びる筈だった。日本の犯罪は減っているにも関わらず、治安が悪くなったと感じている人は多い。世界を見ても、シリアを筆頭に中東は荒れてるじゃないか。AIDSは蔓延しSARSは押し寄せエボラは人を殺しまくってるじゃないか。
ところで狂牛病はどこへ行ったんでしょうね、などと茶化したくもなるが、いつだって人の不安の種は尽きない。不安な話に人は惹きつけられる。これにはちゃんと理由があるんだよ、と語るのが第1部だ。われわれ人類はそう感じるように出来ていて、だから今まで絶滅せずに生き延びてこられたのだ、と。
人類の歴史の99.9%は野生状態だ。だから、我々のオツムは野生状態で生き延びやすいように出来ている。あなたは狩りに出た。目の前に沢山の鹿の糞がある。まだ新しい。やったね、今夜はご馳走だ…と思ってたら、別の糞もある。なんか虎の糞みたいだ。
この時、ヒトは鹿の糞を無視して虎の糞に注目する。いいニュースより、悪いニュースを重視するのだ。それでいいのだ。確かに鹿肉を食いっぱぐれるだろうが、虎のご馳走になるよりはマシだ。生きてりゃ明日も狩りができるが、食われたら明日はない。悪いニュースに注意する性質があるから、ヒトは今まで生き延びてこられた。
鹿を狩り虎から逃げる生活では、この性質が役にたつ。だが、家に住み炊いた米を食う生活には、いささか適合していない。昔は目の前の虎の糞しかなかったが、今は遠い中東のニュースまで入ってくる。このヒトの性質が、未来を悲観的に見せている。逆に言えば、我々が感じているより、未来は明るいはずだ。
もう一つの前提が、希少性による価値だ。
ナポレオン三世にとって、アルミニウムの食器は金の食器より価値があった。当時はアルミニウムが希少だったからだ。現在、幾つかの国では水をめぐる争いが顕在化しつつある。真水が手に入りにくいからだ。乾燥地帯では、水の量が作物の収穫と比例する。加えて生活用水がある。飲み水だけじゃない。洗濯・掃除・入浴、全てに水が関わってくる。
我々は蛇口を捻れば水が出る生活をしているが、土地によっては四時間かけて水を汲みに行かなきゃならん地域もある。どれほど膨大な時間が浪費されていることか。
だが、水そのものは大量にある…海に。海水を淡水化し、乾燥地域に安く運べれば、争いは解決するし、水汲みに浪費している時間を、もっと有意義な事に使えるだろう。
それを語るのが、この本の中心となる。様々な例を挙げ、技術的・社会的そして経済的な問題をクリアする、既に手がけられている方法を紹介してゆく。私のように、かつてアポロの月着陸に熱中した者にとっては、ご馳走が次から次へと目の前に運ばれてくるような興奮が押し寄せてくる本なのだ。
では、一体、どうやるんだろうか?それは次の記事で。
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