倉田タカシ「母になる、石の礫で」ハヤカワSFシリーズJコレクション
「――そうか、母になるんだ。なに産むの?」
【どんな本?】
2014年の第二回ハヤカワSFコンテストで最終候補作となった作品を、加筆修正した作品。
近未来。オープン・ハードウェアが普及し、工場もオープンソース・ハードウェアのプロトコルに対応し始める。やがて工場も高性能化し、たいていの物はレシピさえあれば造れるようになった…工場すら、工場で造れるのだ。だが、この技術は社会に様々な問題を引き起こし、政府は技術を規制し始める。
この規制に反発する12人の科学者たち<始祖>は地球を脱出し、火星と木星の間の小惑星帯にコロニーを建設する。そこで生まれ育った次世代の四人の若者はコロニーを脱出し、<巣>で暮しはじめる。だが、その<巣>に母星から巨大な多数の物体が飛来し…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2015年3月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約344頁。9ポイント45字×19行×344頁=約294,120字、400字詰め原稿用紙で約736枚。文庫本ならやや厚めの一冊分の分量。
文章そのものはこなれているのだが、語り口にクセがある。最近のSFにありがちな手法で、説明せずに独自の言葉を使う。その最も顕著な例が「母」だ。読み進めれば見当がついてくるのだが、「母」や「仔」などとあまりSFっぽくない言葉を当てているので、慣れないうちは少し戸惑う。
SFガジェットとしては、「母」と「仔」さえ判れば、あまり難しくない。あとは3Dプリンタとオ-プンソース・ハードウェアの概念が判れば充分だろう。
あと、結構グロい場面があるので、多少のグロ耐性が必要。
【どんな話?】
新世代の四人はコロニーを脱出し、<軽石>と名づけた小惑星を元に<巣>を建設して暮し始めるが、次第に互いの連絡は途絶えがちになった。そんな時、母星から多数の機械群が押し寄せる。発見した虹は、他の霧・針・41に連絡したが、返事が来たのは霧だけ。やがて機械群の一つは、ある小惑星に衝突し…
【感想は?】
少し切ない、孤児たちの物語。不思議な吸引力に捕まって、深夜まで一気に読んでしまった。
SFとしての重要なガジェットは、「3Dプリンタ」ぐらい。敢えて「」で囲ったのは、現代の3Dプリンタとは大きく違うから。とはいえ、基本的なアイデアを説明する上で、3Dプリンタは便利だ。
まずは普通のプリンタからいこう。プリンタにも色々あって、個人用のインクジェット・プリンタから、大量に新聞を刷る大型の輪転機まで様々だ。輪転機も大型のやつは、そこらの体育館より大きくて、印刷機というより、数階建ての工場と呼ぶのが相応しい化け物である。
などと機械としてのプリンタは大小様々だが、21世紀初頭の現在、受け渡しするデータは PDF にすれば大抵はなんとかなる。家のプリンタで一枚だけ印刷する際も、印刷工場で数万部を刷る時も、同じ PDF で用が足りる。これば印刷用のデータ形式が PDF に統一されたお陰だ。
現実には大型輪転機が PDF に対応しているわけじゃないんだが、印刷屋に入稿する際は PDF を渡せばいいわけで、利用者から見れば同じようなモンだと考えて差し支えない。
おまけに、最近はコンビニのコピー機もインターネットに接続していて、サーバに登録した PDF データを、近所のカラーコピー機で出力できるようになった。PDF データさえあれば、世界のどこでも同じモノを印刷できるのである。
次に3Dプリンタだ。こちらは現在の所は黎明期にあるが、印刷機同様にデータ形式は規格化・統一化の動きがある。3Dプリンタ本体も、家庭用の小型プリンタから、工場用の大型高性能製品まで様々だが、日本では STL(→Wikipedia)が主流のようだ。
これに、オープンソース・ハードウェア(→Wikipedia)の動きが加わると、俄然楽しくなる。
オープンソース・ハードウェアは便利なモノを造るレシピを、世界の全員で共有しようとする動きだ。これの障壁は色々あるが、その一つがデータ形式だ。これが印刷物における PDF のように一つの形式に統一されると、日本で設計した機械をアルゼンンチンの工場で造る、なんて事が簡単にできるようになる。
3Dプリンタったって様々で、家庭用の小型プリンタはせいぜいフィギュアぐらいしか造れないが、工場用だと自動車の実物大モデルや、ジェットエンジンの部品まで造っているようだ(→Wikipedia)。これが更に進歩して、3Dプリンタ自体まで3Dプリンタで造れるようになったのが、この物語の世界背景。
ここまで来ると3Dプリンタというより万能製造機と呼びたいが、規格を統一し、一つのレシピを全ての製造機で共有できる、というのが物語のキモの一つ。これは便利なようだが…
少し前、日本でも3Dプリンタで銃を造ったという事件(→Wikipedia)があった。幸か不幸か今は家庭用の3Dプリンタだけじゃロクなシロモノは造れないが、3Dプリンタが進歩したら銃以外の物騒なモノも造れるようになるだろう。
などの背景はあるが、物語そのものは、かなり切ないお話だ。語り手は、<巣>に住む一人、虹。過激な思想ゆえに地球を飛び出した12人の科学者たち<始祖>が作ったコロニーから、更に脱出した四人の一人だ。
先の銃事件にも色々な意見がある。<始祖>は、中でも特に過激に自由を求める主張の集団で、可能な事は全て許されるべき、みたいな思想だ。そこで産まれ育ったのが、虹たちだ。なぜ虹たちが家出したのか、というと…
この虹たちのパート、実はかなり感情移入しにくい。彼らの育った環境があまりに異常だし、彼らも人付き合いが下手だ。四人とも相当にマイペースで、チームワークもへったくれもない。そこに「母」というキーワードと、後に出てくる<始祖>たちのイカれ具合を重ねあわせると、虹たち四人の心にポッカリ空いた空白が見えてくる。
この辺の感触は、ハヤカワのJコレクションじゃまず見かけないタイプで、私が知るかぎりでは上遠野浩平や谷川流に近い。ガジェットこそ本格SFだが、登場人物たちの不器用な足掻き方は、ブギーポップ・シリーズの「イン・ザ・ミラー パンドラ」を連想した。あと、SFじゃないけど「ティファニーで朝食を」かな。
虚ろな宇宙空間を舞台に、3Dプリンタというガジェットを用いながら、若き孤児たちの心の苛立ちを描いた物語として私は読んだ。でも、こんな読み方をするのは私ぐらいだろうなあ。
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