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2015年9月25日 (金)

冨田信之「セルゲイ・コロリョフ ロシア宇宙開発の巨星の生涯」日本ロケット協会

「ロケットの信頼性は失敗することによって向上する」
  ――二コライ・アレクセーエヴィッチ・ピリューギン

 同士諸君! 本日人類最高の知性が夢見たことが現実となった。コンスタンチン・エドアルドヴィッチ・ツィオルコフスキーの、人類は永久に地球上にとどまることはないであろうとの預言が実現した。
  ――第17章 宇宙へ

【どんな本?】

 セルゲイ・コロリョフ(→Wikipedia)。かつて西側では「主任設計士」などと呼ばれた。その偉大な実績ゆえに、ソ連は名前すら秘密としたのだ。ソビエトにおける黎明期のロケット開発を牽引し、1957年のスプートニク打ち上げ・1961年のヴォストークによるガガーリンの宇宙飛行などを実現した、宇宙開発の巨星である。

 コロリョフはどのような男だったのか。彼は何を求めていたのか。権力闘争の激しいソ連において、いかに立ち回り、人員と予算と設備を獲得し、ロケット開発を実現したのか。そして、冷戦期におけるソ連のロケット開発はどのように進められたのか。

 ヴェルナー・フォン・ブラウンと並ぶ、だが一版にはあまり知られていない、宇宙開発黎明期の巨人の生涯を、ソ連崩壊などで入手可能となった資料や、著者による現地取材などを元に描く、ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は日本ロケット協会会員向けの「ロケット・ニュース」に、1995年3月~2003年12月まで連載。加筆訂正して、2014年6月初版発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約682頁に加え、あとがき3頁+コロリョフ年譜4頁。9ポイント35字×26行×682頁=約620,620字、400字詰め原稿用紙で約1,552枚。文庫本の長編小説なら3冊分ぐらいの大容量。

 文章は意外とこなれていて読みやすい。著者もロケット屋なので、マニュアルなどを書く際に「わかりやい文章を書く」技術を鍛えられたのかも。内容の一部、特にロケットや宇宙船のトラブルに関する部分は相当にマニアックだが、それを除けば特に難しくない。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • プロローグ
  • 第1章 誕生 1907
    異様な結婚式/セルゲイ誕生
  • 第2章 両親の離婚 孤独な幼年時代 1907-1917
    両親の別居/母マリヤの離婚と再婚/ネージンの祖父母の家で/モスカレンコ家がキエフに移動
  • 第3章 航空への意識の芽生え オデッサ時代 1917-1924
    内戦 5年間の自宅待機/第1建築職業学校/飛行機熱に取りつかれる/初恋-卒業
  • 第4章 試練 キエフ工科大学時代 1924-1926
    大学 試練/失望 転機
  • 第5章 快走 モスクワ高等技術学校時代 1927-1930
    モスクワ高等技術学校に編入学/グライダー飛行訓練を本格的に始める/グライダー設計と軽飛行機操縦訓練を開始する/セルゲイはツィオルコフスキーに会ったか?/高性能グライダー設計と卒業設計
  • 第6章 結婚・転進 1930-1931
    腸チフス/「赤い星」号の快挙/結婚/転進
  • 第7章 ロケット・プレーン構想の芽生え ギルド時代 1931-1933
    ギルド結成/ギルドと気体力学研究所の統合への動き/ギルドの活動
  • 第8章 不協和音 反動推進研究所時代 1933-1936
    ギルド組の不満高まる/コロリョフ降格させられる/ロケット・プレーンをスケール・モデル開発から始める/ロケット・プレーン開発は次の段階に SK-9と216,217/スケール・モデル機(212)から人の乗るロケット・プレーン(218)に/コロリョフ父親となる
  • 第9章 暗転・逮捕 大テロル 1937-1938
    トゥハチェフスキー処刑 大テロル勃発/コロリョフ逮捕される
  • 第10章 裁判・流刑 コルイマ矯正労働収容所 1938-1939
    無法な取調べ/強制的に供述書にサインさせられる/一方的な裁判/家族のその後/ロケット・プレーンその後/行き違い/コルイマ/マリジャク矯正労働収容所
  • 第11章 再審・シャラーシカ 1939-1945
    再審が行われ、判決が出る/判決はシャラーシカに拘禁と変更される/第29設計局/オムスクのTu-2量産工場に移る/カザンのシャラーシカヘ/Pe-2補助推進装置の飛行試験に専念する/刑期満了前に釈放される/コロリョフのロケット・プレーン総括
  • 第12章 大転換 1945-1946
    舞台はドイツへ/ドイツ現地とソ連政府の臨時体制発足する/夫婦間に溝生ずる/コロリョフ、ドイツへ/コロリョフ、ブライヒェローデに到着/イギリスによるA-4デモンストレーション発射/ノルトハウゼン研究所/家族呼び寄せ、コロリョフ結婚生活の危機/引き揚げ
  • 第13章 新生 1947
    再出発/新しい女性ニーナの出現/別居/スターリン御前会議のコロリョフが出席する/中央国家発射場をカプスチン・ヤールに開設する/A-4のソ連国内発射/科学アカデミーのケルディシュと出会う/別れ
  • 第14章 自立への道 1948-1949
    動く国際情勢/A-4のコピーR-1/R-1発射試験/軍はR-1の制式採用に反対、スターリンの裁定で採用決定/コロリョフはクセーニヤと離婚し、ニーナと再婚する/R-1再発射試験/R-2開発への布石 R-1A,R-2E発射試験/宇宙に向けてそろりと前進/R-3構想の検討
  • 第15章 自主技術の確立 1950-1953
    自主開発の進展 R-2/方針変更 R-3からR-5へ/組織変更と待遇改善/長距離ロケット開発計画の見直し/R-5発射試験/スターリン死す/R-1を置き換える目的でR-11開発/犬をロケットに乗せて打ち上げ・回収に成功
  • 第16章 開花 1954-1956
    最初の核弾頭搭載ロケットR-5Mの出現/世界で最後(?)の実核弾頭付きロケット発射試験/フルシチョフ時代が始まる/潜水艦発射ロケットR-1FMは完成したが心ならずも手放す/弾道型長距離誘導ロケット(R-7)開発内示が出る/R-7ではパケット方式採用決定/ジェットベーンをやめて制御エンジンを採用/R-7の発射台での指示方法を大変更する/信頼性:コンタミネーション:システム・エンジニアリング/カザフスタンの草原に新発射場の建設始まる/ケルディシュを抱き込んで人工衛星計画動き出す/ティホラヌラヴォフがPS構想を提案する
  • 第17章 宇宙へ 1957
    孤立無援のPSに政治から救いの手が差しのべられる/R-7第1期発射準試験備中、コロリョフの名誉回復がなされる/R-7初号機発射はほろ苦い結果に終わる/2回目の発射で、コロリョフとグルシコの諍いが表面化する/3機目の発射でポジティヴな成果が出て、成功と評価される/PS初号機、打ち上げに成功する/コロリョフの賭け PS2号/第9部の体制固まる
  • 第18章 大展開 1958-1959
    コロリョフ黄金時代到来 新しいプレッシャー/スプートニクの陰の科学ロケット群/R-7発射試験再開し、オブエクトD打ち上げに成功/無人月ミッションの課題/第三弾(ブロックE)を開発する/無人月ロケットを打ち上げ、R-7ではPOGOが問題となる/R-7共同発射試験と月ロケット打ち上げは平行して行なわれる/初めて月の裏側を見る/軍用ロケットの争い R-7に替わるR-7A,R-9の開発/コロリョフは策略を以って有人宇宙機開発を勝ち取る/有人宇宙船の基本的骨格が定まる
  • 第19章 宇宙へのさらなる挑戦 1960
    第1専門設計局における宇宙活動増加する/最初の宇宙飛行士候補は6名に絞られる/フルシチョフが無人探査機を火星・金星に送れとの指示/強力な第3弾(ブロック1)および第4弾(ブロックL)を開発する/火星探査機の打ち上げ日程は厳しいものに/月裏側のより鮮明な写真撮影(E-3)は不成功に終わる/衛星船の試験始まる/火星探査機(1M)打ち上げは失敗に/衛星船(1K)打ち上げは目的を達する/コロリョフの宇宙活動長期計画/原子力ロケット計画/有人宇宙飛行長期計画が出される/宇宙からの偵察計画始動する
  • 第20章 頂点 1961
    金星探査機(1VA)も失敗に終わる/ヴォストーク宇宙船打ち上げに備える/ガガーリン軌道上飛行へ/次の飛行を巡るコロリョフと宇宙飛行士訓練センターの角逐/チトフは最初の宇宙酔いを経験/宇宙利用 偵察と通信/「ソユーズ」コンプレクス構想が生まれる/コロリョフ科学アカデミー副総裁になりそこなう
  • 第21章 溢れるリュックサック 1962-1963
    溢れるリュックサック/ニコラエフとポポヴィッチのアベック飛行/女性宇宙飛行士候補が選抜される/テレシコワとブイコフスキーのアベック飛行が決まる/ブイコフスキー災難にあう/テレシコワの飛行は問題を残す/青天の霹靂 ヴォストークと3人乗りに/新機軸の通信衛星プロジェクト/月面軟着陸プロジェクト(E-6)始まる/E-6 1,2,3号機打ち上げは失敗/N-1計画、荒天の中の船出/N-1の泣きどころ、エンジン/ソユーズ宇宙船先行着手
  • 第22章 霹靂 1964
    3人乗りヴォスホート1号計画進展する/宇宙飛行士の選定でコロリョフは空軍と対立する/第3段は能力向上したブロックⅠに/N-1大揺れ、3回打ち上げから1回打ち上げに N1-L3構想の出現/めでたさも中ぐらいなり 有人宇宙飛行を指示する政令は出たが/ヴォスホート1号飛行中にフルシチョフ失脚/宇宙遊泳は「ぶっつけ本番」を決心/N1-L3難航/通信衛星(M-1)初号機でアンテナ展開トラブル/月面軟着陸機打ち上げ失敗が相次ぐ
  • 第23章 ほころび 1965
    ヴォスホート2号/いよいよ宇宙遊泳/受難に次ぐ受難/第52設計局の扱いをどうするか?コロリョフの苦悩は続く/月面軟着陸機/惑星探査機を総括する/月面軟着陸10号機の惜しい失敗/モスクワ・ウラジオストク間テレビ画像伝送に成功(通信衛星)/通信衛星を第10専門設計局に移管/月面軟着陸機、またも惜しい失敗/ヴォスクレセンスキーの死
  • 第24章 幕切れ 1966
    入院/手術・他界/不可避であったか?/葬儀
  • エピローグ
     コロリョフの業績を総括して/技術者としてのコロリョフ/「個人主義者」コロリョフ/「リーダー」コロリョフ/「家庭人」コロリョフ/コロリョフの「家」/その後/もし、コロリョフが生き延びていたら有人月計画は成功したであろうか?
  •  あとがき/年譜/人名索引

【感想は?】

 妄想じみた巨大な夢に向けて、あくまでも現実的かつ着実に進んだ男。

 なにせ、あの鉄のカーテンの向う、ソ連で生きた人間だ。若い頃はスターリンの粛清に巻き込まれ、収容所に送られて壊血病を患っている。そんな酷い目に合って、なぜ宇宙開発に突き進めたのか。

 意外な事に、彼は体育会系でもあった。若い頃はグライダーを設計・開発し、自らも操縦している。幸か不幸か第二次大戦中は収容所にいた。空軍にいたら、パイロットとして使い捨てられていたかもしれない。

 1940年代までは黎明期だけに、彼が新しい任地に赴く度、仕事は職場の施設建設から始まっているのに笑ってしまう。というか、彼はグライダーを開発した頃から、まず設計所の確保から仕事を始めていた。読んでいる時は「大変だよなあ」などと思っていたが、今思うと、意外とこういう経験が後に役に立ったんじゃないかと思ったり。

 というのも。既に出来上がった施設や組織に入って働き始めると、施設や組織の全体像が見えないのだ。その点、彼は規模は小さいながらも、全てを自分で仕切り創りあげている。そのため、全体を見通す視点が若い頃に身についたんじゃないだろうか。

 終戦後は、アメリカ同様にドイツのA-4(V-2、→Wikipedia)のコピーから始まる。少し「ロケット開発収容所」のクルト・マグヌスが出てきて、ちょっと懐かしかったし、お上のいいがかりについて著者がコボしているのにも笑っちゃったり。なんでああいう人たちは、エンジニアの気持ちがわからないんだろう。

 ここでは、他国製品のコピーを作る苦労話が楽しい。航空畑の技術陣と、大砲を作っていた製造工場との文化の違い、必要な素材の調達、要求される制度の違い。鉄ったって、様々な種類があるのだ。Tu-4(→Wikipedia)も苦労したんだろうなあ。

 おまけに、主なスポンサーの軍は近視眼的で、今現在実現できる性能でしか評価しない。まして何の役に立つのかわからん人工衛星なんぞ…

 ってな状況で、追い風になったのが核兵器ってのが切ない。それも水爆である。いくら強力な爆弾があっても、目的地まで運んでく手段がなきゃ何の意味もない。ここで二つの選択肢が候補に上がる。大型爆撃機か、ロケットか。アメリカは広島・長崎の成功に味を占めてか大型爆撃機に注力するが…

 スターリンはゼンガー(→Wikipedia)に興味津々だったなんて話も載ってて、そりゃ確かにあの形は心を騒がせるモノがあるけど、スペースシャトルの失敗を経た今から考えると、あまし経済的ではないような。

 なんにせよ、水爆なんて重たい荷物を載せて三千km~一万kmを飛ばさにゃならん。そこで二つの革命的なアイデアが登場する。一つは多段型にすること、もう一つは複数のロケットをまとめて一本にすること。今でもソユーズ(→Wikipedia)に継承される、末広がりの独特なスタイルは、この時に決まったようだ。

 この時の発想が「同じ型のエンジンを沢山まとめりゃ量産できてラッキーじゃん」って発想は、なかなか合理的に思えるけど、全エンジンがちゃんとバランスよく動くか、というこ、これがなかなか…

 などの苦労の末、1956年2月2日には、核弾頭を積んだR-5Mロケットは見事に1,200kmを飛んでトルクメニスタンのカラクーム砂漠で核爆発を起こす。いくら冷戦期とはいえ、核ミサイルの実機実験とか、ソ連も無茶な事するなあ。などと忙しい中、コロリョフは海軍にもコナかけて片手間に潜水艦から発射するミサイルも作っている。

 などの実績が評価され、派手なパフォーマンスで人気を取りたいフォルシチョフとパイプができ、やがてスプートニクの大成功へと繋がってゆく。このスプートニク・ショック、西側と東側の評価の違いが実に意外性に満ちている。

 と、こんな風に前半を紹介すると、コリョロフって人物は目先しか見ない人のように思えるが、実はとんでもない野望を秘めていた事が中盤あたりから明らかになってゆく。そう、こうした実益とパフォーマンスを兼ねた人気取りとも思える方針は、子供じみた夢を実現するための地盤固めだったのだ。

 などというコロリョフの人物像と、彼が生きた当時のソ連の社会情勢も面白いが、彼らの技術的な失敗を細かく描いているのも、この著者ならではの楽しい所。

 宇宙空間で急激に能力が低下する太陽電池。帰還船から外れないケーブル。アチコチで起きる共振現象。暴発してしまう弾頭。強風で曲がってしまうボディ。電気系のショートを起こしバルブに詰まる小さいゴミ。運送中に壊れる精密機器。信号の誤受信による誤動作。開かないアンテナ。パイプの中で詰まるケロシン。

 様々な問題が一気に押し寄せるヴォスホート2号(→Wikipedia)の飛行を描く場面は緊張感に溢れ、あの傑作映画「アポロ13」を髣髴とさせる冒険物語。アポロ13のメンバーと異なり、ベリヤエフとレオーノフは地上に降り立ってからも災難続きで…。

 米ソが熾烈な宇宙開発競争を繰り広げた当時だからこそできた、無謀なスケジュールにも呆れるやら羨ましいやら。そりゃ何だって新製品は動かしてみなけりゃわからないけどさあw

 厳しい時代であると同時に、妙な所で大らかだった時代。卓越した指導力と広い視野、軍と政府の動向を読んで動く現実的な政治力を抜け目なく行使しながら、その奥に子供のような大きな夢を隠し持ち、実現させようと着実に歩んだ男。納税者から見ると困った人だが、SF者としては偉大な英雄と思えて仕方がない。ましてスタニスラフ・レムの全集を持っていれば、なおさらだ。

 当時のソ連の宇宙開発の実態をのぞき見ながら、現代のロケットの基礎を創りあげた男の人生を描いてゆく力作ノンフィクション。ロケットが好きなら、または技術屋として組織内の政治に翻弄されているなら、是非読んでおこう。

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