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2015年9月 9日 (水)

月村了衛「機龍警察 火宅」早川書房

自分は誰よりもよく知っている。名もない子どもの葬儀は、王の葬儀よりも深い悲しみに満ちたものであるということを。
  ――済度

「そもそもなんで特捜が出張ってんだよ、あ? おまえらみたいな寄せ集めの素人に何ができる。事案が事案なんで、こっちも慎重にやってるときに、勝手にかき回されたら全部台無しなんだよ。 え、分かってんのか」
  ――化生

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した月村了衛による、近未来を舞台とした警察ハードボイルドSFシリーズ「機龍警察」の短編集。「宇宙の戦士」のパワードスーツを思わせる二足歩行兵器・機甲兵装が普及した時代。機甲兵装による犯罪に対処するため、警視庁が設立した特捜部 SIPD の活躍と苦悩を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年12月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約237頁。9ポイント45字×19行×237頁=約202,635字、400字詰め原稿用紙で約507枚。長編小説なら標準的な文庫本一冊分の分量。

 警察物だけにおカタい表現が多いが、文章そのものは意外とこなれていて読みやすい。出てくるSFガジェットは機甲兵装と龍機兵(ドラグーン)ぐらいで、これは小型(高さ3m)程度のパトレイバーと思ってくれていい。ただし登場人物の背景や世界設定は詳しく語られないので、一見さんはシリーズ開幕の「機龍警察」から読む方がいいかも。冒頭に登場人物一覧があるのがありがたい。

【どんな話?】

 ヒトが搭乗して操縦する、身長3m程度のロボット兵器・機甲兵装が戦場で活躍する近未来。凶悪化・国際化する機甲兵装による犯罪に対処するため、警視庁は独特の機甲兵装である龍機兵=ドラグーンを擁する特捜部 SIPD を発足させる。トップの沖津が他官庁出身であり、龍機兵の搭乗者も「傭兵」であるなど、異例ずくめの特捜部は警察内でも白眼視され…

【収録作は?】

 各作品は独立しているので、どこから読んでもいい。/ 以降は初出。

火宅 / ハヤカワミステリマガジン 2010年12月号
 特捜部の捜査班の双頭の一人、由紀谷志郎警部補は、かつての上司・高木政勝を見舞う。由紀谷が高輪署の刑事課捜査員を拝命した時の主任が、高木だった。高木は叩き上げのベテランで、地道に捜査する姿勢は同僚から評判が良かったが、要領が悪いためか出世は遅く…
 見事にSF色のない短編。日本の組織にありがちなパターンで、キャリアとノンキャリアの溝がハッキリしている警察の体質を浮き彫りにすると共に、警察の中でハブられている特捜部のポジションを印象付ける作品。組織の中で働いていれば、同僚には気の合う者も合わない者もいるわけで、目をかけた後輩が育っていくのは、やっぱり嬉しいもんです。
焼相 / 小説新潮 2013年8月号
 トラックを襲った機甲兵装は、児童教育センターに立て篭もる。折り悪く施設には見学の小学生児童が訪れており、児童・教職員・施設職員など多数が人質として監禁されてしまう。犯人二人は大量の爆薬を所持し、しかも一人は重度の薬物中毒で…
 こちらは一転して、ドラグーンが大活躍する作品。特にライザ・ラードナーが駆る死神「バンシー」が決定的な役割を担っているのが嬉しい。いやユーリ・オズノフの「バーゲスト」も頑張るんだけど。背中を丸めモニターをにらみながらチマチマと操作するユーリの姿を想像すると、緊張感漂う場面でもちょっと笑ってしまう。
輪廻 / ハヤカワミステリマガジン 2011年11月号
 西新宿で、奇妙な取り合わせの男四人が話し合っている。一人はムサ・ドンゴ・デオブ、ウガンダのLRA(神の抵抗軍)の武器調達幹部の一人だ。もう一人は密輸商崩れのアメリカ人ジョン・ヒックス。もう二人は台湾の武器密売組織「流弾沙」のメンバーで…
 神の抵抗軍LRAでピンと来た人には、ご想像通りのお話。Wikipedia はある意味ネタバレなのだが、この作品の読了後にでも是非読んでいただきたい。デオブの境遇は決して誇張ではない。装甲兵装を自動小銃AK-47シリーズに変えれば、現在起きている事そのままだ。AKの主な出所の一つは北朝鮮と言われ、貴重な外貨収入源となている模様。
済度 / 読楽 2013年5月号
 北アイルランドのテロ組織IRFから逃げ出し、ベネズエラの港町サン・リベルラに流れ着いたライザ・ラードナー。掘っ立て小屋のような飯屋でボンヤリしていた彼女に、銃を持ち殺気だった男たちが絡んできた。「妹はどこだ」
 行きがかり上とはいえ、死神ライザちゃんに絡むとは運の悪い奴らだ、とチンピラどもに少し同情したくなる。S&W M629Vコンプを Wikipedia で見ると“「対人用」として使用するには威力が大きすぎる”って、おいw 主役がライザちゃんなのでわかるとおり、「自爆条項」と関係が深い作品。
雪娘 / SFマガジン2011年11月号
 雪が積もる朝、ユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフ警部は墨田区の殺人事件現場に向かった。自動車工場を買い取り、装甲兵装の改造工場に仕立て上げた。被害者はアレクセイ・イワノヴォッチ・ゴルプコフ、工場の所有者だ。凶器は長さ1m直径3cmほどの鉄棒、腹に突き刺さっている。
 元はロシア警察にいたユーリが主役を務める作品。今は龍機兵の搭乗員として傭兵扱いされているユーリの、警官への未練が伝わってくる。これも主役つながりで「暗黒市場」と関係のある作品。
沙弥 / 読楽2013年10月号
 由紀谷志郎の母、静江の葬儀はこじんまりとしたもので、東京で警察官をやっている叔父の岩井信輔が全て手配してくれた。父の純夫は幼い頃に家を出ている。荒れた由紀谷は高校でも恐れられており、つるんでくるのは福本寛一ぐらいだ。その福本が言う。「俺はな、警官になりたい思うんよ」
 色白で物静か、陰のあるイケメン由紀谷の意外な過去を語る作品。予算やら権限やらで関係省庁との折衝も多いキャリア組ならともかく、現場で悪党どもとやりあうノンキャリアだと、こういう経歴が役に立つのかもw
勤行 / 小説屋sari-sari2014年12月号
 特捜部理事官の宮近浩二は、朝の出掛け、妻に釘を刺される。「明日は久美子の発表会だから」。小学校二年生の娘のピアノ発表会の事だ。特捜部に来て以来、深夜勤務や休日出勤の連続で、娘との約束も破ってばかり。折り悪く特捜部は暴力団の抗争事件に大忙しで…
 山口組の分裂騒ぎで物騒な今こそ、とってもタイムリーな作品。前途洋々なキャリア官僚・宮近理事官を主役に、忙しく働くお父さんの悲哀を描く。仕事に折衝にと、同じ理事官の城木とのコンビネーションも見事なもの。特捜部の中ではイチャモンをつけるイヤミな役どころの宮近さんが、少しだけ可愛く見える作品。
化生 / NOVA+バベル書き下ろし日本SFコレクション 2014年10月刊
 吉祥寺のマンションで中年男が自殺した。経産省の情報通信機器課の課長補佐、平岡嘉和42歳。現在、大手商社の海棠商事をめぐる疑獄事件の重要参考人と目されている人物だ。捜査に乗り出した特捜部捜査班の主任の夏川大悟は、強行犯を扱う捜査一課および知能犯を扱う捜査二課と現場でぶつかり…
 知的で陰があり色白の由紀谷主任は、この短編集をはじめシリーズ中で何かと登場場面が多いのに対し、不憫なのが一見わかりやすい体育会系の夏川主任。という事で、珍しく夏川主任が重要な役割を果たす短編。といっても何かとコキ使われた挙げくにタカられたりw でも、この短編集の中ではガジェットが重要な役割を果たすなど、最もSF味の濃い作品だったりする。

 アクションSFと警察小説を合体させ、世界の軍事・紛争情勢を取り込んだシリーズの中では、比較的にSF色が薄く警察小説の色が濃い作品集だった。ちなみにシリーズ次回作の執筆も着々と進んでいる模様。

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