ロバート・F・マークス「コロンブスそっくりそのまま航海記」朝日新聞出版 風間賢二訳
わたしは、ガレオン船に関する自分の調査結果を活用するために、コロンブスの時代そっくりそのままの状況下で航海することがぜったいに必要だと感じていた。つまり、アストロラーベと四分儀以外の海図や航海表装置は携帯しないということだ。救命用具も無線機も搭載しない。コロンブスの時代の服装をし、当時と同じ食事をする。15世紀のストーブで調理し、火打ち石で火を起こす。
――3 複製の国「確実なことがひとつある。大西洋で強風と遭遇すると、温かい食事をとるのはまれになるということだ。凪ぎ状態なら、満足のいく食事にありつけるが、どこにも進めない。そして風に吹かれれば、食事はひどいものになるが、速く前進できる。いずれかひとつだ。それが小型帆船での暮らしである」
――13 精密な航海
【どんな本?】
1962年8月、一隻の船がスペインから旅立つ。目的地は大西洋の向う、サンサルバドール。1942年のコロンブスのコースを辿り、当時と同じ帆船を操り、当時と同じ道具を使い、当時と同じ食事をして、コロンブスの冒険航海を再現しようとする試みだ。
当然、船は帆船でエンジンはない。冷蔵庫もなし、無線機もなし、救命用具もなし。命がけの航海にスペインは沸き立つが、いざ旅立ってみると…
大胆な航海に旅立った九人の男たちが繰り広げる、抱腹絶倒の冒険ドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Voyage of the NINAⅡ, by Robert F. Marx, 1963。日本語版は2009年4月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約332頁に加え、井上愛子の「ボブと私の不思議な縁」7頁を収録。9ポイント43字×19行×332頁=約271,244字、400字詰め原稿用紙で約679枚。長編小説の文庫本なら少し厚めの一冊分ぐらいの分量。
文章は抜群に読みやすい。内容も特に難しくないが、単位系がガロン(約3.9リットル)・クォート(約946ml)・フィート(約30cm)・ヤード(約91cm)・マイル(約1.6km)と、ヤード・ポンド法だ。当然ながら、帆船に詳しいと更に楽しめる。
【構成は?】
原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
まったく、スペイン人ってのはw
まず、タイトルが大嘘だ。肝心の船ニーニャⅡ世号からして、オリジナルの半分程度のサイズしかない。本の冒頭に航海中のカラー写真が載っているから、カメラも持っていっている。つまり、完全に当時の装備そのままじゃない。
カメラは直接に航海の役に立つわけじゃないから構わないが、途中で水や無線機の補給を受けたり、色々と支援を受けている。
ズルいと言えばズルいが、それはそれ。なにせ彼らが乗り込んだニーニャⅡ世号、まったく走らないのだ。素人の私が見ても、なんかバランスが悪そうに感じる。いきなり最初の章で「造船されてからわずか半年しかたっていないのに、すでに浸水していた」とくる。コロンブスだったら、もっとしっかり検査しただろう。
物品の調達も大変だ。蚤の市(フリーマーケット)で漁ったり、職人に頼んだり。火打ち石に至っては、自分で掘り出してくる。そうやって調達したはいいが、使ってみると火がつかない。これにはコツがあって…。
職人に頼んで作ってもらうにしても、シエスタの国スペインだ。明日できることは今日やらないお国柄である。ものごとが予定通りいくことは、まず、ない。そんなわけで、土壇場になって著者たちは駆けずり回る羽目になる。
そして肝心の船員なんだが、これも酷い。「帆船に精通している者はわたしたちのうちにひとりもいなかった」とくる。素人の集まりなのだ。そのくせ見栄っ張りで、大口を叩く奴ばかりだから、チームワークも最悪。こんな連中を「そっくりそのまま」などと言ったら、コロンブスも怒って化けて出てきかねない。
そんなわけで、真面目な航海記だと思うと、肩透かしを食らう。お馬鹿な野郎どもが繰り広げる、海の弥次喜多道中だと思って読もう。そういう態度で臨めば、抱腹絶倒の楽しみが味わえる。
実際、乗組員はしょうもない連中で。途中で島に立ち寄れば、英雄として大歓迎を受ける。アチコチの教会で礼拝に参加し、夜は名家でゴージャスなパーティー三昧。飲んで騒いで二日酔いの毎日を過ごした挙句、大切な船の整備や水の補給を忘れる始末。
海に出れば水は腐り、パンには虫が湧く。いろいろと危機的な状況だってのに、乗組員は後先考えずにワインをガブ飲みするばかり。おまけに連中を締める役割のカルロス船長は優柔不断で…
と、こういった所を読んでいると、つくづく「スペイン人ってのはしょうがねえなあ」と思えてくる。本当にコロンブスの航海を支えたのはスペイン人なんだろうか? とまで疑い始めるが、当時は国家プロジェクトだから装備も船員も厳しく選んだろうし、指揮系統も厳密だったんだろうなあ。
そんな連中だが、航海を続けるに従って、次第に船乗りらしくなっていくのも面白い。なんたって帆船だ。風がなければ動きようがない。凪ぎの時にはひたすらダラけ、風が吹くと嬉々として働き出す。やっぱり、道中が捗ると気分が違ってくるんだろう。
水ばかりでなく食糧も足りない。野菜はもちろん、パンやチーズにも虫が湧く。食事は豆とトルティーヤだけ。このままじゃイカンってんで、魚を採って食べることを考え始めるんだが、これもなかなかうまくいかない。今でこそ欧米人はイルカの保護に熱心だが、この本ではイルカを見ると「美味そうだなあ」と考えてたり。
なんとか仕留めた時は、「これまでに食べたなかでも最高だ」なんて書いてある。かなり飢えてる時だから、余計においしく感じたんだろう。
経歴は嘘ばっかりの乗務員、樽を頼めば水漏ればかり、船上では喧嘩ばっかり、風はいつだって逆風か嵐か凪ぎ、おまけに船体はオンボロで鈍重。書名は大嘘で、原書の出版は50年前といささか古いが、内要は今でも充分に新鮮な味わいがある、大馬鹿野郎どものズッコケ冒険記として実に楽しい旅行記だ。
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