佐野義幸・柳生浄勲・結石友宏・河島巌「トコトンやさしい3Dプリンタの本」日刊工業新聞社B&Tブックス
この本は、“3Dプリンタとは何か”から始まり、技術の基本とその使い方、およびこの技術が今後どのように発展していくかということをトコトンやさしく解説しました。
――はじめに
【どんな本?】
最近話題の3Dプリンタとは何だろう? それで何ができて、何が嬉しいんだろう? なぜ突然に3Dプリンタが流行り、話題になったんだろう? どんな人が、どんな事に使っているんだろう? 今は何ができて、将来は何ができるようになるんだろう? どんな原理で動き、どんな種類のものがあるんだろう?
話題の3Dプリンタについて、その歴史から原理・用途・現状・将来の展開まで、少ない頁数に豊富な図版・イラストをギッシリ詰め込み、親しみやすく紹介する、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年5月27日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約140頁。9ポイント23字×17行×2段×140頁=約109,480字、400字詰め原稿用紙で約274頁。小説なら中編の分量だが、図版やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は半分程度。
文章はです・ます調で一見親しみやすいが、技術屋さんが書いた文章らしく、読んでみるとやや堅い。しかし内要は基礎から親切に説明しているので、じっくり読めば充分に理解できる。
このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多く、とっつきにくい文章になりがちである。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。
- 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
- 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
- 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
- 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
- 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
- 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
- カラフルな2色刷り。
- 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
- 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。
【構成は?】
はじめに
第1章 3Dプリンタとは
第2章 3Dプリンタの歴史と未来
第3章 3Dプリンタの役割
第4章 3Dプリンタの種類と特徴
第5章 3Dプリンタのソフトウェア
第6章 3Dプリンタで作ってみよう!
基本的に前の章の内容を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。
【感想は?】
3Dプリンタといっても、いろいろあるんだなあ。
考えてみれば当たり前の話で、2Dのプリンタもいろいろだ。家庭向けのインクジェット・プリンタもあれば、オフィス用のレーザープリンタもあるし、大きいのになると印刷屋が使う大型輪転機もある。
この本を読む前の私のイメージだと、3Dプリンタとは「賢いNC旋盤」だと思っていたが、全然違った。何より、加工法が違う。NC旋盤は削って形を整えるが、3Dプリンタはニュルニュルと吐き出してモノを形にしてゆく。機械かが吐き出したソフトクリームをコーンカップで受けて渦巻きの形に整える、みたいな。
ソフトクリームは機械が吐き出すのはアイスだけど、3Dプリンタは色々。樹脂や金属はともかく、チョコレートまで使われているとは。10年後には、女子中高生がバレンタインデーのために頑張って3D-CADを学んだり、ケーキ屋が3Dプリンタを使ったりするんだろうか。
冒頭は将来の話が中心で、SF者には楽しい話題がいっぱい。既に印刷物ではプリント・センターが普及してるけど、3Dでも同じサービスができるだろう、と。既にプリント・オン・デマンド(→Wikipedia)はあるから、ビルド・オン・デマンドも出てくるんだろうなあ。
中でも納得したのが、医療分野での応用。骨や歯の形は人によって違うから、挿し歯とかもそれぞれが特注品だ。これをCTスキャナなどと組み合わせ3Dプリンタで手軽に作れるようになれば、安上がりな上に精巧なものが作れる。ということとで私の頭頂部の砂漠化も…
他にも電化製品の部品の話が嬉しい。近所の電気屋でビルド・オン・デマンドできれば、壊れた際に部品取り寄せの手間が減らせるのだ。メーカーも部品の在庫を取っておかなくていい。ただし、肝心の素材の問題はあるんだけど。
読んでいて楽しかったのが、「第4章 3Dプリンタの種類と特徴」。3Dプリンタの原理から仕組みまでを解説する章だ。いかにも技術屋さんが書いた文章で表現は固いし、内容もそれまでの章に比べ突然高度になった感はあるが、ヒネた表現はないし、じっくり読めばちゃんと理解できる。
3Dプリンタの原理は色々あるが、共通しているのは「薄い面を重ねて立体物を作る」って理屈。理屈は同じでも、用途や価格により実装は様々。家庭用の小型で安い3Dプリンタなら、ヒモ状の樹脂を熱して柔らかくし、ニュルニュルと吐き出しいていくシロモノ。
これが粉末焼結法だと、材料からして違う。ナイロン樹脂はともかく、セラミック粉末・銅・チタンとかの金属粉末もある。まず平らな台に薄く粉を敷き、レーザーなどで目的の形に焼く。再び薄く粉を敷き、焼いて…の繰り返し。どしても装置は大きく高価になるので、プロ向きってこと。
などのハードウェアに加え、ソフトウェアの章が独立しているのも3Dプリンタならでは。ちょっとややこしいのが、3Dプリンタが受け付けるファイルのフォーマット。STL(Standard Trianglulated Language)とGコードがある。2Dのプリンタで例えると STL は PDF でGコードは PostScript に該当する…のかなあ・全然違う気もする。
いずれにせよ、どっちも標準化されて規格が決まっているのはありがたい。昔のプリンタはメーカーや機種によって命令が全然違うから、ドライバが大変な事になってたんだよなあ。
コンピュータから3Dプリンタへのデータの受け渡しも、オンラインとオフラインの2種がある。USBなどオンラインで直接繋いでもいいけど、これだとモノが完成するまで、コンピュータの電源を切れない。USBメモリやSDカード経由で渡せば、パソコンの電源を切ってもいい。
パソコンの電源を切れるかどうかがなぜ大事かというと、出力にソレナリの時間がかかるから。この本では家庭用の3Dプリンタでペン立てを作ってて、出力にかかった時間が14時間。ひと晩以上かかってる。これがプロ用の大きくて精度の細かい3Dプリンタだと、もっと時間がかかるんだろうなあ。
ここ数年で急速に普及したシロモノだけに、今後の技術進歩や価格の変動も大きいだろうから、細かい数字はすぐに古びるだろうけど、基本的な原理は変わらないはず。手軽に3Dプリンタの基礎を身につけるには、充分に役立つ本だ。にしても、pypy(→Wikipedia) なんてのがあるとは知らなかった。ちょっと使ってみたいかも。
【関連記事】
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