神々廻楽市「鴉龍天晴」ハヤカワSFシリーズJコレクション
「そらそら、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。これより送るは古今東西天上天下、唯一無双の物語! 今日を逃せば明日はない。何故ならこの語り手、いつ冥土の旅へ出るものか、とんと分からぬ身の上だ」
【どんな本?】
2014年の第二回ハヤカワSFコンテストの最終候補作「鴉龍天晴 ~The Twilight World~」を加筆訂正した、新人SF作家・神々廻楽市のデビュー長編。関が原の役において小早川秀秋は陣を動かず、日ノ本は妖が跋扈する西国と鬼巧を使役する東国に分かれた。そして250年の泰平が過ぎ、遂に訪れた黒船は東西両国を震撼させ、再び戦乱が起ころうとしていた…
妖怪変化やオーバーテクノロジーが存在するもう一つの幕末を舞台に、激動する日ノ本で生き、または求める未来のため闘う若者たちを描く娯楽SF/ファンタジイ・アクション小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年12月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約343頁。9ポイント44字×18行×343頁=約271,656字、400字詰め原稿用紙で約680頁。文庫本なら少し厚めの一冊分の分量。
文章はクセが強い。これは意図的なもので、舞台にあわせべらんめえ調の講談風に仕立ててある。一見とっつきにくいようだが、慣れるとリズミカルで気持ちよく読める。ただし作品名に現れているように、日本語を微妙にアレンジした単語が多く出てくるので、そこに少しひっかかるかも。
仕掛けやガジェットは怪異譚とSFを自在に組み合わせた、いわば漫画的な道具立てだ。一部に怪しげな物理学っぽい理屈が出てくるが、分からなくても特に問題はないので、「なんかソレっぽい事言ってるな」ぐらいに思っておこう。
【どんな話?】
幕末の京都。兄の家に身を寄せる貧乏学生の竹中光太郎は、鴨川で晩飯の魚を釣っていた。やっと鮎を釣り上げさあ帰ろうと振り返った刹那、顔面に強烈な蹴りを食らう。蹴りの主は、どこぞの姫らしき美しく気高い乙女。多数の侍に追われているらしい。口はやたらと達者な姫と、逆上した侍たちの口論で、いつの間にやら駆け落ちの相手に仕立て上げられた光太郎は…
【感想は?】
ポスト三雲岳斗。いやもしかしたら川上稔の方が近いかもしれないけど、川上さんは読んだことないのでゴメンナサイ。
娯楽作品として新人とは思えぬほどの手管のよさで、キャラは立ってるし設定は凝りまくってるし歴史の虚実の混ぜ方も程々、大掛かりなガジェットもある上に、クライマックスでは映像化したら映えそうなアクションが次々と飛び出す。
導入部から、読者を引き込む商業作品としての工夫が光る。一見、ボンクラっぽい(が何かありげな)主人公の竹中光太郎。晩飯を釣らにゃならんほどの貧しい若者。最初の姫との会話では微妙な要領の悪さを漂わせながら、侍との立ち回りでは「コイツ何かあるな」と臭わせる、親しみやすいお約束のパターンを踏襲しながらも、謎を残して読者を引き込んでゆく。
お相手の姫も、ライトノベルのツンデレ・ヒロインらしく押しが強くて権高な上に口達者、機転が効く行動派で、当然ながら絶世の美少女。揉め事の最中、強引に光太郎を巻き込んでいく所で、今後の二人の波乱万丈な関係を予感させる。トメ婆さんがニンマリするあたりや、戯作を巡って激論を戦わせる場面は、教科書にしたいぐらいのテンポの良さ。
やはり京都編での面白人物が土御門時雨。光太郎と同じ学生で、家柄よし学業成績よし見栄えよしと三拍子揃った奴なんだが、家柄も育ちも良く素直すぎるためか、いささか浮世離れしすぎていて、逆に光太郎と馬があってしまう残念な人。時雨の紡ぎ出す無茶な屁理屈もなかなか楽しい。
と、ライトノベル調の京都編に対し、少しアダルトな雰囲気なのが飛騨編。こちらは真田家の末裔である真田幸成を中心に、物語の背景となる幕末までの歴史と政治的な事情を綴ってゆく。
日本史でもややこしいこの時代、やはり台風の目は黒船に迫られる開国と、長州を主とする攘夷派の争い。表向きは東西の二派に分かれた日ノ本だが、その内情は双方が開国派と攘夷派を抱えた面倒くさいシロモノ。加えて、意外と欧米の情報も入ってきているようで…
この辺の虚実を織り交ぜた背景事情も楽しいし、どこに軍を運ぶかの両国の駆け引きもいいが、私が悶絶して喜んだのは鬼巧のメカニズム。どう見ても現代物理学の一歩先の成果をふんだんに盛り込んだ、明らかにオーバーテクノロジーのシロモノなんだけど、それに陰陽術を融合させて無茶苦茶に怪しげなエンジンとコントローラで動いてたり。
特に魂魄が云々なあたりは、思わず「うおお、その発想はなかった!」と呆れるやら笑うやら。でも、確かにこの理屈なら莫大なエネルギーを取り出せるんだよなあ。いや根本がアレではあるんだけどw
やがて物語は、東西の両国がそれぞれ内部に軋轢を抱えながらも、衝突に向かって大きく動いてゆく。
この東西両者の策の読み合いや、互いが抱えた内部勢力の軋轢もなかなかの読みどころながら、やはり派手なのが終盤のスペクタクル・シーン。これが単に派手なだけじゃなく、逆転また逆転の緊張感漂う二重底三重底の駆け引きが延々と続く迫力のバトルを展開してゆく。
など、魅力的な登場人物と定石を押さえた物語の運びで読者をノセつつ、生臭い政治情勢でリアルさを醸しだし、無謀なガジェットでSFファンを悶絶させる、新人とは思えぬ手管の娯楽アクション小説だ。
ただし、ハヤカワSFコンテストの選評などを見ると、どうもこの作品は四部作の第一部らしい。勢いのある作品だけに、なるべく早く続きを出して欲しいなあ。
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