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2015年8月26日 (水)

ウィリアム・ソウルゼンバーグ「ねずみに支配された島」文藝春秋 野中香方子訳

「本日、この厳粛な法廷で罪を問われるのは、世間では『ならず者』、あるいは『ごろつき』と呼ばれ、時に殺害にも手を染める四種のげっ歯類である」
  ――第六章 ネズミを出血させる薬

現在、全米各地に、野良ネコの集団にエサをやる組織が存在する。その活動は、特にハワイでは成功しているが、ハワイは、米国領における絶滅および絶滅危惧の中心地であり、そうやって餌を貰っているネコに、地球上で最も希少な鳥が捕まえられているのだ。

【どんな本?】

 島は隔絶された環境である。そのため、奇矯な生物が反映している。飛べない鳥キウイが、その代表だろう。地上に天敵がいないため、空に逃げる必要がなくなり、地上生活に適応したのだ。だが、ヒトと共にやってきた大陸の様々な生物にとって、彼らは格好の獲物となってしまう。

 「鳥と爬虫類に限って言えば、絶滅した種の2/3は、島で暮していたもの」なのだ。

 どんな島のどんな生物が、絶滅に瀕しているのか。何が、どのように侵入し、彼らを狩っているのか。侵入種の退治は可能なのか。どんな者たちが、どのように絶滅危惧種を守っているのか。そして保護はどんな問題を伴っているのか。

 科学ジャーナリストの著者が世界を飛び回り、絶滅に瀕する動物の保護にあたる多くの人々に取材し、生態系の歴史から保護の現場までを紹介する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RAT ISLAND, by William Stolzenburg, 2011。日本語版は2014年6月15日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約251頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×19行×251頁=約214,605字、400字詰め原稿用紙で約537枚。長編小説なら文庫本一冊分の分量。

 文書はこなれている。内容も特に難しくない。太平洋の各地を飛び回る本なので、冒頭の地図がとてもありがたかった。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、できれば頭から読もう。

  •  プロローグ ウミスズメの脳と目玉を喰う小動物
  • 第一章 太平洋の墓場
  • 第二章 無人島の番人
  • 第三章 ベーリング海のキツネ
  • 第四章 楽園の破局
  • 第五章 地球でもっとも弱い動物
  • 第六章 ネズミを出血させる薬
  • 第七章 バハ・カリフォルニアのネコ
  • 第八章 ネズミも痛みを感じている
  • 第九章 集まったラット・バスターズ
  • 第一〇章 シリウス岬の殺戮
  • 第一一章 イースター島はなぜ滅亡したのか
  • 第一二章 消えたネズミ
  •  エピローグ 地球という島
  •   謝辞/主要参考文献/訳者あとがき

【感想は?】

 主人公はカカポ(→Google画像検索、→Wikipedia)だろう。

 カカポはニュージーランドの飛べないオウムだ。一時期が個体数が一桁にまで減ったが、今は熱心な保護活動により200羽を越えるまでに復活した。

 かつてニュージーランドにはネコもイヌもイタチもネズミもいないので、カカポの天敵は猛禽類だけだった。そこでカカポは「茂みと同じ緑色でカムフラージュすること、夜間に活動すること、そして、危険に直面したときは歩みを止めてうごかなくなる」ことで身を守った。守れたのだ、陸上の捕食生物がいない時には。

 そこにヒトがイタチやネズミを連れてくる。大陸で進化した捕食動物にとって、カカポは格好の獲物だった。イタチやネズミはカカポをむさぼり食って急速に増え、カカポの個体数は急激に減り…

 ここで、ちょっと面白いのが、なぜカカポのように飛ばない鳥がいるのか、という事。

 著者がクイナを例にシナリオを描く。まずは幾つかの群れが、飛んで太平洋上の島々にたどり着く。そこには地上に天敵がいないので、飛んで逃げる必要がない。だから大きな胸骨や長い羽も、エネルギーを多く使う筋肉も要らない。それより強い足や、エネルギーを貯える贅肉の方が、生き延びるには役に立つ。

 これを著者は「ヒナ鳥のまま大きく育ったかのよう」と表現する。一種の幼形成熟だ。遺伝子ってのは、そういう形で過去のバージョンをバックアップしてるんだなあ。

 ってのに加え、もうひとつ。鳥にとって飛ぶってのは、結構な負担なんだなあ、という事。一見、自由に飛んでいるように見えるけど、実は捕食者から逃げるために仕方なく飛んでるのかも。飛ばないで済むなら、そっちの方が楽なんだろう。

 そんな主役のカカポに対し、悪役はネズミ。カカポの画像を見れば思わず「かわいい!」と言いたくなるのに対し、ネズミに好意を感じる人は少ない。この配役に多少の意図を感じるが、まあ仕方ないか。いや私、昔ハムスターを飼ってたんで、ネズミが悪役になるのは少し抵抗があるのよ。

 なにせネズミは繁殖力が強い。おまけに必要以上に獲物を殺す性質がある。獲物を巣に持ち帰り、溜め込むのだ。図体が小さいから、小さい穴に隠れるとまず見つからないんで、退治も難しい。潰すなら徹底的に潰し、一匹残らず虐殺しなきゃいけない。

 ってんで、ネズミとヒトの激しい戦いが、この本では展開する。いくらネズミとはえ、大量虐殺が果たして正当化されるのか。「いいじゃんネズミぐらい」と思う人には、ネコもまた悪役として登場し、虐殺の憂き目に合うと予告しておこう。

 こういう種によるえこひいきは終盤で大きな問題を引き起こし、特にハクトウワシ(→Wikipedia)を巡る軋轢は、ヒトの身勝手さをつくづく感じさせる。

 などと動物ばかりではなく、登場する人間も個性的な人が多い。特に光っているのが、リチャード・ヘンリー。19世紀中頃にアイルランドで生まれ、幼い頃に父に連れられオーストラリアに渡る。人付き合いは苦手らしく、職を転々としながらアポリジニと親しくなり、野性の中で生きる術を身につけてゆく。

 後にニュージーランドに渡り、カカポを見つけるが、すぐにその危機を悟る。「野生のイヌが数匹いれば、10年以内に、国のどこにもその姿は見られなくなるだろう」。やがてフェレットの侵入に気づいた彼は、新聞などに投書し、また学会にも警鐘を鳴らすが、学のない彼の言葉は軽んじられ…

 現代日本の都市に住む者にとって、リチャード・ヘンリーのような人は異様に見えるが、同時に憧れも感じる。彼は卓越したハンターで、動物の生態を実地で学ぶ術に長けていた。ばかりでなく、優れたエンジニアでもあり、小屋や船やネズミ捕りの罠なども自らの手で作り出していく。どうすりゃ、そこまで多芸になれるんだろう。

 ヘンリー同様に優れたハンターとして登場するうビル・ウッドも、楽しい狩人気質の人。彼の獲物はボブキャット(→Wikipedia)で、使うのは罠。プロのハンターらしく秘密主義な彼が、バハ・カリフォルニアの島々の固有種を守るため、学者と組んで弟子を取り、しまいには学会で発表する皮肉が面白い。

 やがて展開する、ネズミ虐殺の大作戦。小さい割りに意外と知恵が回るネズミと、それを退治するヒトとの知恵比べもいいが、固有種を守るためとはいえ大量虐殺が許されるのかという倫理問題も含め、様々な話が展開してゆく。

 文章は読みやすいし、内容も特に前提知識は要らない。中で取り上げているのは動物ばかりだが、この季節に道端などで目立つオオアレチノギク(→Wikipedia)も侵略種な事を考えると、実は身近な問題でもある。いささか血生臭い場面も多いが、それだけに感情に強く訴える力を持つ、今起きている事を伝えるドキュメンタリーだ。

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