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2015年8月14日 (金)

山田正紀「復活するはわれにあり」双葉社

「誰を人質にするのか厳選したつもりだったんだがな」と南田が言う。「妙に面倒臭い連中ばかり選んでしまったようだ」

【どんな本?】

 SF・ミステリ・時代小説とジャンルを問わず活躍している山田正紀による、近未来海洋アクション小説。中国・ベトナム・フィリピン・インドネシアそして大手石油会社や金融資本の利害が交差する南シナ海を舞台に、テロリストに乗っ取られた客船の中で、右手以外が麻痺した中年男・権藤がハイテク車椅子を駆り闘う姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は雑誌「小説推理」2008年7月号から2009年8月号に連載。後に大幅に加筆・訂正して2013年4月21日に第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約345頁。9.5ポイント43字×19行×345頁=約281,865字、400字詰め原稿用紙で約705枚。長編小説としては少し長め。

 文章はとてもこなれている。他の山田正紀作品と比べても、格段にスラスラ読める。内容でややこしいのは、ハイテク車椅子「サイボイド」に関する部分だけ。現代の最新の神経医学とコンピュータ技術を組み合わせ、多少のハッタリをかましたものだが、分からなかったらテキトーに読み飛ばして構わない。舞台は近ごろ中国の動きがキナ臭い南沙諸島あたり、と考えておこう。

【どんな話?】

 二代目社長の権藤は、攻撃的に事業を営んできたが、脊髄にできた腫瘍のため体が麻痺し、今は右手しか動かない。事業の打ち合わせでベトナムのハイフォンに赴いた際、何者かに連行され、客船「南シナ海号」に乗る羽目になる。だが出航後、たちまち「南シナ海号」はテロリストに乗っ取られ…

【感想は?】

 山田正紀のいいとこ取り。

 スラスラ読める読みやすさ、グイグイと読者を引きこむ語り口、どいつもこいつもワケありの登場人物、二転三転するストーリーに、現代のホットな話題を詰め込み、ド派手なアクションを展開する、最高に楽しい冒険小説だ。

 お膳立ては相当に無茶。普通、冒険小説の主人公は筋骨隆々の男なんだが、この話の主人公の権藤は右手しか動かない。お陰で電動車椅子の生活だ。そんなんで冒険小説を書こうってんだから、著者の冒険心も相当なもの。

 あるがきによると、著者も執筆中に車椅子生活を余儀なくされたとか。そのためか、体が麻痺する事による不便や不満に関する記述はやたらとリアルだ。ベッドから車椅子に移動する際の苦労など肉体的な面だけに限らず、排泄まで計画的に考えている所とかは、実に身に染みる。

 こういった描写も、権藤の性格付けが強烈に生きている。二代目社長と言えば軟弱な印象があるが、とんでもない。攻撃的に事業を推し進め、徹底して強者の論理で生きる、強欲で強引な男だ。それだけに我も強く、屈辱に慣れていない。そんな男が車椅子生活になったら、どうなるか。

 こういった事柄を、介護の立場で「理解して下さい」的な姿勢で書くと説教臭くなってしまうが、我の強い権藤のボヤキを通し「冒険小説に必要な拘束事項」として、読者を楽しませながら伝えるあたりが憎い。

 他の登場人物も、実に強烈なキャラクターが揃っている。白髪が目立ち始めた、ボクサー崩れの清水。実にわかりやすいボクサー崩れで、彼が寺山修司を語る場面は大笑い。私はここで清水が大好きになった。ある意味、とてもシンプルな人生を生きている、幸福な男かもしれない。

 次にハイテク・オタクの稲原。オタクとは言っても、権藤の部下が務まるだけあって、その性格はかなり柔軟かつタフで権藤曰く「倫理観に欠けるところがある」。実際、なかなか本音も正体も掴めない奴だなあと思っていたら、実にしょうもない奴で。彼は彼で、彼なりに楽しく人生を生きているのかも。

 そして客船を乗っ取るテロリストたち。連中もまたワケありで。彼らもなかなかにキャラが立っている連中なのだが、それは読んでのお楽しみ。そもそも権藤が「南シナ海号」に乗る羽目になった背景も、色々と胡散臭い事情が絡み合っている。

 舞台となる海域は、恐らく西沙諸島か南沙諸島のあたり。2015年現在、中国が強引に飛行場を建設して周辺国とゴタゴタしている海域だ。流石に正規軍が表立って動くわけにはいかず、それぞれの方法で二重三重の仮面を被りながら、強引かつ狡猾な方法で、自分に都合のいいシナリオを押し付けてくる。

 そして権藤のたった一つの武器、ハイテク電動車椅子「サイボイド」。これがまた、車椅子としては明らかにオーバースペックなシロモノで。だからと言って、武装があるわけじゃないのが、アクション小説としても見事な仕掛け。機動力にしても最高速度が時速6kmだから、せいぜい早歩きのレベル。

 明らかに戦闘力としては問題外に見える車椅子に、何が出来るのか。これも読んでのお楽しみ。

 抜群のリーダビリティ、決して善人ではないが意地の張りどころで共感したくないのに共感したくなる登場人物たち、国際情勢からグローバル経済まで話題性たっぷりの設定、SF心たっぷりの「サイボイド」、そして山田正紀のテーマである「絶対者へ抵抗」と、美味しい素材を惜しげもなくブチ込んでカラリと仕上げた、とっても贅沢な冒険小説だ。

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