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2015年8月30日 (日)

小川一水「天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「入れ替わったというほどのことでもない。目的が増えただけだ。いつだって俺たちの目的は増えていくんだ、際限なく」

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第八弾。

 「天冥の標Ⅱ 救世群」から「天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC」までへと続いてきた壮大な未来史が、読者を唖然とさせた開幕編「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」と遂に合流する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART 1 は2014年5月25日発行。PART 2 は2014年12月25日発行。文庫本縦一段組みで2冊、本文約324頁+約348頁=約672頁。9ポイント40字×17行×(324頁+348頁)=約456,960字、400字詰め原稿用紙で約1,143枚、標準的な上下2巻分の分量。

 文章は読みやすい。問題は内容。長いシリーズ物で、今まで語られた切れ切れのエピソードが合流を果たす巻だ。

 そのため、これまでに出てきた人物や設定やガジェットが次々と登場してくる。そんなわけで、この巻から読み始めでも、何がどうなっているのかサッパリ分からないだろう。素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読んでもいいし、「天冥の標Ⅱ 救世群」から読み始めてもいい。

【どんな話?】

 数人に見守られながら、イサリは目覚める。一人は身長2メートルを越える硬殻体(クラスト)だ。ミヒルは完全に皇帝としても地位を確立したらしい。事実上の軟禁状態で、外の様子も日時もわからない。やがて訪れたミヒルから聞き出せた状況は、喜ばしいものではなかった。

 戦いは、まだ続いているのだ。

【感想は?】

 今まで張られた伏線が、次々と回収される回。

 なにより、あの前代未聞の終わり方をしたシリーズ開始の「メニー・メニー・シープ」に、やっと繋がったのが嬉しい。

 物語はイサリの視点で進んでゆく。恐るべき人類の歴史を、身をもって体験してきた若きイサリ。人類の植民地だと信じて社会を築いてきた、メニー・メニー・シープの人びと。イサリとは異なる立場で、人類を見守ってきた恋人たち(ラバーズ)。そして、物語の影で人知れず蠢いてきた、人類でない者たち。

 今までに登場した人物が、イサリの目を通して語られることで、それまでとは大きく印象が変わってくるのが面白い。意気軒昂な若者に見えていた人が、ここではちょっと青臭く衝動的に見えたり、逆に少し頼りなくくすんだ感じだった人が、やたら頼りがいのあるオトナに見えたり。

 「機械じかけの子息たち」で、大真面目にスペース・ポルノを展開した恋人たち(ラバーズ)。あの巻だけを読むと、シリアスなんだかギャグなんだかよく分からないんだが、この巻でもやっぱりギャグの余韻が少し残ってたり。笑っちゃうけど、ヒトとラバーズの関係を考えると、やっぱり重大な問題だよなあ。でもソレをプレイにするって発想には、やっぱり笑ってしまう。

 前の「新世界ハーブC」は、ひとつの世界が新たに誕生する物語だった。幾つかの登場人物の名前などによって、それが「メニー・メニー・シープ」と強い関係があると示している。だが、幾つかの疑問点が残っていた。これらが解消され、一つに解け合った結果、見えてくるヴィジョンは壮大にして壮絶、そして絶望的なものだ。

 などと、今までのシリーズが合流して行く PART 1 に続く PART 2 は、激しい動きが続くアクション作品になる。

 今まで信じてきた世界が、物理的にも思想的にも崩壊してしまった社会。エネルギーや通信などの社会基盤はあちこちで寸断され、居住環境は次第に悪化してゆく。今までの社会を支えてきた権力構造も大きく変わり、それに伴って治安も悪化してゆく。

 その中で、少しずつ秩序を取り戻そうと立ち上がってくる新権力と、それが引き起こす様々な軋轢。もともと、様々な職業に就いている人びとを題材に、「お仕事小説」を手がけてきて、このシリーズでも「救世群」で医療に就く物の奮闘を描いた著者だけに、今回も混乱する社会を統べようとする人びとの姿を描いてゆく。この辺は少し「復活の地」を思い出したり。

 どうも人間というのは戦いとなると異様に才能を発揮する生き物らしく、PART 2 で展開する戦闘の場面は色々な仕掛けが山盛りで、ドンパチが好きな人は血が騒ぐ場面がアチコチに出てくる。圧倒的な機動力と攻撃力、そして防御力を持つ敵に対し、兵数ぐらいしか優位な点がない者たちが、どう戦うのか。

 これを改めて思い返すと、ベトナム戦争を髣髴とさせる状況だし、実際に使う戦術も似たようなものだったり。ベトナム人から見た米軍って、やっぱりこんな感じだったのかなあ。いきなりやってきて、圧倒的な火力で周囲を制圧し、でも土地を維持する兵力はないから、すぐ去って行く。

 大量の弾薬を惜しげもなく消費する火力、ヘリを駆使した圧倒的な機動力を持つ米軍に対し、北がどうやって対抗したか、というと…。

 それとは別に、冒険の旅に出たイサリが発見する驚異の世界も、ヒネった形ではあるけれど、古き良き冒険SFの香りが漂うワクワクする展開が待っている。やっぱりねえ。こういう、未知の世界を旅する冒険と、それを潜り抜けた末に出会う大発見は、SFの王道展開だよなあ。

 などとの裏で、ノルルスカインなどの人類史の裏に潜んでいた異なる者たちも次第に表に浮き上がってくると同時に、その更に奥にある稀有壮大な枠組みもおぼろげな姿を現してくる。

 最初から10部構成で始まったこの物語。この記事を書きながら私は懸念を抱いた。もしかして著者は、とんでもない事を目論んでいるんじゃないだろうか。だとすると、完成した暁には大論争を巻き起こすだろう。その時が楽しみだし、できれば英訳して世界中を炎上させて欲しい。

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