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2015年8月の15件の記事

2015年8月30日 (日)

小川一水「天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「入れ替わったというほどのことでもない。目的が増えただけだ。いつだって俺たちの目的は増えていくんだ、際限なく」

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第八弾。

 「天冥の標Ⅱ 救世群」から「天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC」までへと続いてきた壮大な未来史が、読者を唖然とさせた開幕編「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」と遂に合流する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART 1 は2014年5月25日発行。PART 2 は2014年12月25日発行。文庫本縦一段組みで2冊、本文約324頁+約348頁=約672頁。9ポイント40字×17行×(324頁+348頁)=約456,960字、400字詰め原稿用紙で約1,143枚、標準的な上下2巻分の分量。

 文章は読みやすい。問題は内容。長いシリーズ物で、今まで語られた切れ切れのエピソードが合流を果たす巻だ。

 そのため、これまでに出てきた人物や設定やガジェットが次々と登場してくる。そんなわけで、この巻から読み始めでも、何がどうなっているのかサッパリ分からないだろう。素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読んでもいいし、「天冥の標Ⅱ 救世群」から読み始めてもいい。

【どんな話?】

 数人に見守られながら、イサリは目覚める。一人は身長2メートルを越える硬殻体(クラスト)だ。ミヒルは完全に皇帝としても地位を確立したらしい。事実上の軟禁状態で、外の様子も日時もわからない。やがて訪れたミヒルから聞き出せた状況は、喜ばしいものではなかった。

 戦いは、まだ続いているのだ。

【感想は?】

 今まで張られた伏線が、次々と回収される回。

 なにより、あの前代未聞の終わり方をしたシリーズ開始の「メニー・メニー・シープ」に、やっと繋がったのが嬉しい。

 物語はイサリの視点で進んでゆく。恐るべき人類の歴史を、身をもって体験してきた若きイサリ。人類の植民地だと信じて社会を築いてきた、メニー・メニー・シープの人びと。イサリとは異なる立場で、人類を見守ってきた恋人たち(ラバーズ)。そして、物語の影で人知れず蠢いてきた、人類でない者たち。

 今までに登場した人物が、イサリの目を通して語られることで、それまでとは大きく印象が変わってくるのが面白い。意気軒昂な若者に見えていた人が、ここではちょっと青臭く衝動的に見えたり、逆に少し頼りなくくすんだ感じだった人が、やたら頼りがいのあるオトナに見えたり。

 「機械じかけの子息たち」で、大真面目にスペース・ポルノを展開した恋人たち(ラバーズ)。あの巻だけを読むと、シリアスなんだかギャグなんだかよく分からないんだが、この巻でもやっぱりギャグの余韻が少し残ってたり。笑っちゃうけど、ヒトとラバーズの関係を考えると、やっぱり重大な問題だよなあ。でもソレをプレイにするって発想には、やっぱり笑ってしまう。

 前の「新世界ハーブC」は、ひとつの世界が新たに誕生する物語だった。幾つかの登場人物の名前などによって、それが「メニー・メニー・シープ」と強い関係があると示している。だが、幾つかの疑問点が残っていた。これらが解消され、一つに解け合った結果、見えてくるヴィジョンは壮大にして壮絶、そして絶望的なものだ。

 などと、今までのシリーズが合流して行く PART 1 に続く PART 2 は、激しい動きが続くアクション作品になる。

 今まで信じてきた世界が、物理的にも思想的にも崩壊してしまった社会。エネルギーや通信などの社会基盤はあちこちで寸断され、居住環境は次第に悪化してゆく。今までの社会を支えてきた権力構造も大きく変わり、それに伴って治安も悪化してゆく。

 その中で、少しずつ秩序を取り戻そうと立ち上がってくる新権力と、それが引き起こす様々な軋轢。もともと、様々な職業に就いている人びとを題材に、「お仕事小説」を手がけてきて、このシリーズでも「救世群」で医療に就く物の奮闘を描いた著者だけに、今回も混乱する社会を統べようとする人びとの姿を描いてゆく。この辺は少し「復活の地」を思い出したり。

 どうも人間というのは戦いとなると異様に才能を発揮する生き物らしく、PART 2 で展開する戦闘の場面は色々な仕掛けが山盛りで、ドンパチが好きな人は血が騒ぐ場面がアチコチに出てくる。圧倒的な機動力と攻撃力、そして防御力を持つ敵に対し、兵数ぐらいしか優位な点がない者たちが、どう戦うのか。

 これを改めて思い返すと、ベトナム戦争を髣髴とさせる状況だし、実際に使う戦術も似たようなものだったり。ベトナム人から見た米軍って、やっぱりこんな感じだったのかなあ。いきなりやってきて、圧倒的な火力で周囲を制圧し、でも土地を維持する兵力はないから、すぐ去って行く。

 大量の弾薬を惜しげもなく消費する火力、ヘリを駆使した圧倒的な機動力を持つ米軍に対し、北がどうやって対抗したか、というと…。

 それとは別に、冒険の旅に出たイサリが発見する驚異の世界も、ヒネった形ではあるけれど、古き良き冒険SFの香りが漂うワクワクする展開が待っている。やっぱりねえ。こういう、未知の世界を旅する冒険と、それを潜り抜けた末に出会う大発見は、SFの王道展開だよなあ。

 などとの裏で、ノルルスカインなどの人類史の裏に潜んでいた異なる者たちも次第に表に浮き上がってくると同時に、その更に奥にある稀有壮大な枠組みもおぼろげな姿を現してくる。

 最初から10部構成で始まったこの物語。この記事を書きながら私は懸念を抱いた。もしかして著者は、とんでもない事を目論んでいるんじゃないだろうか。だとすると、完成した暁には大論争を巻き起こすだろう。その時が楽しみだし、できれば英訳して世界中を炎上させて欲しい。

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2015年8月28日 (金)

SFマガジン2015年10月号

 逍遥は文学において、文学そのものの価値ではない「利用価値」を否定した。つまり文学の価値は、政治や経済や娯楽に従属しないとして、「文学そのもの」が有する存在価値を主張したのである。
  ――長山靖生 SFのある文学誌 第四十二回 進化論の詩学3 奇異譚から小説への「進化」

 金曜の夕方とあって、迷子谷の山猫団は不定期の集まりを開いた。山猫団は世界でもっとも秘密の結社で、団員はふたりしかいない。
  ――R・A・ラファティ「苺ヶ丘」伊藤典夫訳

 今月も376頁。特集は「伊藤計劃特集」。まず対談が三つ。

  1. 仁木稔×長谷敏司×藤井太洋 司会&構成:編集部「2009年3月から一歩ずつ離れていくために
  2. 柴田勝家×伏見完×吉上亮 司会&構成:飯田一史 「『伊藤計劃の文法』を超えていくこと」
  3. 現役学生座談会 司会&構成:坂上秋成「心に刺さる、伊藤計劃の『問い』」

 他にコラム5本+「伊藤計劃読者に勧める『次の10冊』ガイド」。

 小説はマデリン・アシュビー「維新―イシン―」幹遥子訳,夢枕獏「小角の城」第34回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第5回,川端裕人「青い海の宇宙港」第5回,上遠野浩平「無能人間は涙を見せない」,早瀬耕「彼女の時間」,R・A・ラファティ「苺ヶ丘」伊藤典夫訳,タニス・リー「罪のごとく白く」市田泉訳。

 「伊藤計劃特集」の対談は世代別に切ったみたい。

 最初の仁木稔×長谷敏司×藤井太洋は最年長。SFファンから見たらフレッシュな顔ぶれだけど、実は全員が小川一水より年長だったりする。仁木稔と長谷敏司は「SF文壇の一員」って姿勢なのに対し、藤井太洋が独特で、この人らしい。オープンソースの影響を受けた職人というか。具体的な技術や手法に強くこだわり、貪欲に吸収しようとする職人気質と、身につけたノウハウをアッサリ公開しちゃう鷹揚さが同居してるんだよなあ。

 次の柴田勝家×伏見完×吉上亮は80年代後半~90年代初頭生まれの世代。柴田勝家の一人称が対談でもワシなんだけど、口調が「です・ます」調なのが笑ってしまう。「2010年と比べても、SFを読む学生は増えていて」ってのが嬉しいなあ。「SF冬の時代」なんて嘘みたいだ。

 そして現役学生の座談会では、SF関係の情報の仕入れ元が全員一致で「ツイッターです」に驚いた。そうだったのかあ。今までツイッターはほとんど読むだけだったけど、たまには何か書こうか…と思ったけど、ブログの更新情報ぐらいしか書く事がない。ところで来年になったら主なメディアは LINE になってるんだろうか?

 マデリン・アシュビー「維新―イシン―」幹遥子訳。舞台は近未来のアフガニスタン、ジャララバード。今は夜明けの祈り(アザーン)の時間。ブランドンはシンガーに起こされる。服を通じてわかるのだ。窓にはドローンのティンクが待っている。四枚翅の真っ黒いやつ。

 ドローンのインタフェースがUSBなあたりにリアリティを感じてしまう。電源も供給できるしね。実際に米軍やイスラエル軍も、虫型の小型ドローンを開発しているらしい。この小説の舞台はアフガニスタンだけど、あなたの近所に警察が監視用として大量投入したら、どう感じますか? 私はいいんじゃないかと思うんだけど。

 川端裕人「青い海の宇宙港」第5回。夏休みを満喫している天羽翔。今日は早起きして、夜明けと同時に林に出かけ、目的のタブノキを目指す。そこには…

 都会に住む男の子には、夢のような光景だよなあ、これ。しかも音までするとは。などのゴージャスな場面に続き、前回に苦労して造り上げたロケットの発射へと続いてゆく。しかしこの作品、なんでSFマガジン連載なんだろ? いや楽しく読んでるんだけど、小学生向けの雑誌にも連載して欲しい。やっぱり幼い頃から洗脳すれば←をい

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第5回。肝心の弁護士サムは殺されてしまった。イースターズ・オフィスの今後の方針を話し合うで会議では、意外な事実が判明する。<クインテット>へ探りを入れるため、ウフコックが潜入を試みるが…

 今回は謎の敵<クインテット>が勢ぞろいし、その能力を全開にして激しいバトルを繰り広げる回。物語はウフコックの視点で語られるが、私は完全に<クインテット>の立場で読んでしまった。連中の能力が明らかになる場面では「おい、こりゃ無敵だろ」と思ったが、その敵は更に凶悪で。

 上遠野浩平「無能人間は涙を見せない」。ウトセラ・ムビョウは製造人間だ。人間を合成人間に変える液体を生み出す。そのため、ムビョウは抗争の中心にいる。今、ムビョウのいる部屋には、一人の子供コノハ・ヒノオがいた。もう一つ、年齢不詳の女ミドリカの死体が…

 霧間誠一の作品の引用で始まる事で分かるように、ブギーポップ・シリーズと同じ世界の物語。ほとんどがウトセラの台詞で話が進んでゆく。この著者らしい、変に達観した言葉の数々は、案外と楽しんで書いてるんじゃないかなあ。

 早瀬耕「彼女の時間」。22年前。NASAへと旅立つぼくは、恋人の由美子から、最後のプレゼントとして餞別に機械式の時計を貰った。1965年、NASAがアポロ計画で採用して以来、船外活動時の時計はオメガのスピードマスターに決まっていたのだが…

 宇宙飛行士を目指してNASDAに入り、NASAの宇宙飛行士の候補にもなった直樹の一人称で、宇宙開発のマニアックな現場の事情を随所に散りばめながら、流れてきた時間・今流れている時間、そしてこれからの時間について語ってゆく。淡々と落ち着いた語り口が、翻訳作品のようなクールさを感じさせる。

 R・A・ラファティ「苺ヶ丘」伊藤典夫訳。ベリマン一家が町の外れの苺ヶ丘に住み着いて60年になる。住んでいるのは三人の兄弟。二人の兄は黒ひげのニアマイアズと白ひげのハバカック、そして妹のソフロニア。彼らは町の者から孤立し、嫌われ、奇妙な噂に包まれていた。

 ラファティにしては、あれ?と思うぐらいわかりやすいホラー・テイストの作品。発表は1976年だけど、舞台はもちっと古い感じかな? 町とはいっても、人口千人ほどだから、日本の感覚だと村になるかも。ラファティお得意の秘密結社が出てきた所で「おお、きたきた!」と思ったら。

 タニス・リー「罪のごとく白く」市田泉訳。日の沈む時刻。小人ヘラティは、庭園の凍てついた噴水の淵から、彼女を見かけた。宮殿の高みから、ヘラティには目もくれず、前だけを見て通り過ぎて行く王妃イノシン。

 原題は White as Sin, Now。White as Snow にひっかけたらしい。雪の白さ、透き通った氷の青さに、血やマントの鮮やかな赤が映える風景が印象に残る。

 長山靖生 SFのある文学誌 第四十二回 進化論の詩学3 奇異譚から小説への「進化」。今回は坪内逍遥の「小説神髄」を中心に、純文学=私小説みたいな構図が出来上がってゆく過程を解説する。たった8頁のコラムを読んだだけで小説神髄を読破した気分になれる、ある意味危険な回。

 小説そのものに価値を認めるのはいいけど、進化論は誤解してるのは困るなあ。それと、自らが観察した内面ってのを、信用しすぎてるとも思う。当たり前だけど当時はMRIとかなかったわけで、ヒトの内面を科学によって解明する、みたいな発想もなかったから、仕方がないんだろう。

 でも今はロバート・A・バートンの「確信する脳」やジョナサン・ハイトの「世界はなぜ左と右にわかれるのか」みたいな一般向けの本も出てるわけで、とすると純文学もその根底が揺らいでるんじゃないの、とか思ったり。

 七瀬由惟 NOVEL & SHORT STORY REVIEW 絵になるSF。最近、新作を見ないと思ったマイク・レズニック、雑誌<ギャラクシーズ・エッジ>の編集長をやってたのか。向うは作家が編集者になるケースが多いなあ。紹介してるダンツェル・チェリー「ダーシー先生の第一回宇宙バレエ教室」は、エイリアンの子供にバレエを教える話。触手のあるエイリアンにバレエってとこで、すでに可笑しいw

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2015年8月26日 (水)

ウィリアム・ソウルゼンバーグ「ねずみに支配された島」文藝春秋 野中香方子訳

「本日、この厳粛な法廷で罪を問われるのは、世間では『ならず者』、あるいは『ごろつき』と呼ばれ、時に殺害にも手を染める四種のげっ歯類である」
  ――第六章 ネズミを出血させる薬

現在、全米各地に、野良ネコの集団にエサをやる組織が存在する。その活動は、特にハワイでは成功しているが、ハワイは、米国領における絶滅および絶滅危惧の中心地であり、そうやって餌を貰っているネコに、地球上で最も希少な鳥が捕まえられているのだ。

【どんな本?】

 島は隔絶された環境である。そのため、奇矯な生物が反映している。飛べない鳥キウイが、その代表だろう。地上に天敵がいないため、空に逃げる必要がなくなり、地上生活に適応したのだ。だが、ヒトと共にやってきた大陸の様々な生物にとって、彼らは格好の獲物となってしまう。

 「鳥と爬虫類に限って言えば、絶滅した種の2/3は、島で暮していたもの」なのだ。

 どんな島のどんな生物が、絶滅に瀕しているのか。何が、どのように侵入し、彼らを狩っているのか。侵入種の退治は可能なのか。どんな者たちが、どのように絶滅危惧種を守っているのか。そして保護はどんな問題を伴っているのか。

 科学ジャーナリストの著者が世界を飛び回り、絶滅に瀕する動物の保護にあたる多くの人々に取材し、生態系の歴史から保護の現場までを紹介する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RAT ISLAND, by William Stolzenburg, 2011。日本語版は2014年6月15日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約251頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×19行×251頁=約214,605字、400字詰め原稿用紙で約537枚。長編小説なら文庫本一冊分の分量。

 文書はこなれている。内容も特に難しくない。太平洋の各地を飛び回る本なので、冒頭の地図がとてもありがたかった。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、できれば頭から読もう。

  •  プロローグ ウミスズメの脳と目玉を喰う小動物
  • 第一章 太平洋の墓場
  • 第二章 無人島の番人
  • 第三章 ベーリング海のキツネ
  • 第四章 楽園の破局
  • 第五章 地球でもっとも弱い動物
  • 第六章 ネズミを出血させる薬
  • 第七章 バハ・カリフォルニアのネコ
  • 第八章 ネズミも痛みを感じている
  • 第九章 集まったラット・バスターズ
  • 第一〇章 シリウス岬の殺戮
  • 第一一章 イースター島はなぜ滅亡したのか
  • 第一二章 消えたネズミ
  •  エピローグ 地球という島
  •   謝辞/主要参考文献/訳者あとがき

【感想は?】

 主人公はカカポ(→Google画像検索、→Wikipedia)だろう。

 カカポはニュージーランドの飛べないオウムだ。一時期が個体数が一桁にまで減ったが、今は熱心な保護活動により200羽を越えるまでに復活した。

 かつてニュージーランドにはネコもイヌもイタチもネズミもいないので、カカポの天敵は猛禽類だけだった。そこでカカポは「茂みと同じ緑色でカムフラージュすること、夜間に活動すること、そして、危険に直面したときは歩みを止めてうごかなくなる」ことで身を守った。守れたのだ、陸上の捕食生物がいない時には。

 そこにヒトがイタチやネズミを連れてくる。大陸で進化した捕食動物にとって、カカポは格好の獲物だった。イタチやネズミはカカポをむさぼり食って急速に増え、カカポの個体数は急激に減り…

 ここで、ちょっと面白いのが、なぜカカポのように飛ばない鳥がいるのか、という事。

 著者がクイナを例にシナリオを描く。まずは幾つかの群れが、飛んで太平洋上の島々にたどり着く。そこには地上に天敵がいないので、飛んで逃げる必要がない。だから大きな胸骨や長い羽も、エネルギーを多く使う筋肉も要らない。それより強い足や、エネルギーを貯える贅肉の方が、生き延びるには役に立つ。

 これを著者は「ヒナ鳥のまま大きく育ったかのよう」と表現する。一種の幼形成熟だ。遺伝子ってのは、そういう形で過去のバージョンをバックアップしてるんだなあ。

 ってのに加え、もうひとつ。鳥にとって飛ぶってのは、結構な負担なんだなあ、という事。一見、自由に飛んでいるように見えるけど、実は捕食者から逃げるために仕方なく飛んでるのかも。飛ばないで済むなら、そっちの方が楽なんだろう。

 そんな主役のカカポに対し、悪役はネズミ。カカポの画像を見れば思わず「かわいい!」と言いたくなるのに対し、ネズミに好意を感じる人は少ない。この配役に多少の意図を感じるが、まあ仕方ないか。いや私、昔ハムスターを飼ってたんで、ネズミが悪役になるのは少し抵抗があるのよ。

 なにせネズミは繁殖力が強い。おまけに必要以上に獲物を殺す性質がある。獲物を巣に持ち帰り、溜め込むのだ。図体が小さいから、小さい穴に隠れるとまず見つからないんで、退治も難しい。潰すなら徹底的に潰し、一匹残らず虐殺しなきゃいけない。

 ってんで、ネズミとヒトの激しい戦いが、この本では展開する。いくらネズミとはえ、大量虐殺が果たして正当化されるのか。「いいじゃんネズミぐらい」と思う人には、ネコもまた悪役として登場し、虐殺の憂き目に合うと予告しておこう。

 こういう種によるえこひいきは終盤で大きな問題を引き起こし、特にハクトウワシ(→Wikipedia)を巡る軋轢は、ヒトの身勝手さをつくづく感じさせる。

 などと動物ばかりではなく、登場する人間も個性的な人が多い。特に光っているのが、リチャード・ヘンリー。19世紀中頃にアイルランドで生まれ、幼い頃に父に連れられオーストラリアに渡る。人付き合いは苦手らしく、職を転々としながらアポリジニと親しくなり、野性の中で生きる術を身につけてゆく。

 後にニュージーランドに渡り、カカポを見つけるが、すぐにその危機を悟る。「野生のイヌが数匹いれば、10年以内に、国のどこにもその姿は見られなくなるだろう」。やがてフェレットの侵入に気づいた彼は、新聞などに投書し、また学会にも警鐘を鳴らすが、学のない彼の言葉は軽んじられ…

 現代日本の都市に住む者にとって、リチャード・ヘンリーのような人は異様に見えるが、同時に憧れも感じる。彼は卓越したハンターで、動物の生態を実地で学ぶ術に長けていた。ばかりでなく、優れたエンジニアでもあり、小屋や船やネズミ捕りの罠なども自らの手で作り出していく。どうすりゃ、そこまで多芸になれるんだろう。

 ヘンリー同様に優れたハンターとして登場するうビル・ウッドも、楽しい狩人気質の人。彼の獲物はボブキャット(→Wikipedia)で、使うのは罠。プロのハンターらしく秘密主義な彼が、バハ・カリフォルニアの島々の固有種を守るため、学者と組んで弟子を取り、しまいには学会で発表する皮肉が面白い。

 やがて展開する、ネズミ虐殺の大作戦。小さい割りに意外と知恵が回るネズミと、それを退治するヒトとの知恵比べもいいが、固有種を守るためとはいえ大量虐殺が許されるのかという倫理問題も含め、様々な話が展開してゆく。

 文章は読みやすいし、内容も特に前提知識は要らない。中で取り上げているのは動物ばかりだが、この季節に道端などで目立つオオアレチノギク(→Wikipedia)も侵略種な事を考えると、実は身近な問題でもある。いささか血生臭い場面も多いが、それだけに感情に強く訴える力を持つ、今起きている事を伝えるドキュメンタリーだ。

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2015年8月25日 (火)

神々廻楽市「鴉龍天晴」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「そらそら、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。これより送るは古今東西天上天下、唯一無双の物語! 今日を逃せば明日はない。何故ならこの語り手、いつ冥土の旅へ出るものか、とんと分からぬ身の上だ」

【どんな本?】

 2014年の第二回ハヤカワSFコンテストの最終候補作「鴉龍天晴 ~The Twilight World~」を加筆訂正した、新人SF作家・神々廻楽市のデビュー長編。関が原の役において小早川秀秋は陣を動かず、日ノ本は妖が跋扈する西国と鬼巧を使役する東国に分かれた。そして250年の泰平が過ぎ、遂に訪れた黒船は東西両国を震撼させ、再び戦乱が起ころうとしていた…

 妖怪変化やオーバーテクノロジーが存在するもう一つの幕末を舞台に、激動する日ノ本で生き、または求める未来のため闘う若者たちを描く娯楽SF/ファンタジイ・アクション小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年12月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約343頁。9ポイント44字×18行×343頁=約271,656字、400字詰め原稿用紙で約680頁。文庫本なら少し厚めの一冊分の分量。

 文章はクセが強い。これは意図的なもので、舞台にあわせべらんめえ調の講談風に仕立ててある。一見とっつきにくいようだが、慣れるとリズミカルで気持ちよく読める。ただし作品名に現れているように、日本語を微妙にアレンジした単語が多く出てくるので、そこに少しひっかかるかも。

 仕掛けやガジェットは怪異譚とSFを自在に組み合わせた、いわば漫画的な道具立てだ。一部に怪しげな物理学っぽい理屈が出てくるが、分からなくても特に問題はないので、「なんかソレっぽい事言ってるな」ぐらいに思っておこう。

【どんな話?】

 幕末の京都。兄の家に身を寄せる貧乏学生の竹中光太郎は、鴨川で晩飯の魚を釣っていた。やっと鮎を釣り上げさあ帰ろうと振り返った刹那、顔面に強烈な蹴りを食らう。蹴りの主は、どこぞの姫らしき美しく気高い乙女。多数の侍に追われているらしい。口はやたらと達者な姫と、逆上した侍たちの口論で、いつの間にやら駆け落ちの相手に仕立て上げられた光太郎は…

【感想は?】

 ポスト三雲岳斗。いやもしかしたら川上稔の方が近いかもしれないけど、川上さんは読んだことないのでゴメンナサイ。

 娯楽作品として新人とは思えぬほどの手管のよさで、キャラは立ってるし設定は凝りまくってるし歴史の虚実の混ぜ方も程々、大掛かりなガジェットもある上に、クライマックスでは映像化したら映えそうなアクションが次々と飛び出す。

 導入部から、読者を引き込む商業作品としての工夫が光る。一見、ボンクラっぽい(が何かありげな)主人公の竹中光太郎。晩飯を釣らにゃならんほどの貧しい若者。最初の姫との会話では微妙な要領の悪さを漂わせながら、侍との立ち回りでは「コイツ何かあるな」と臭わせる、親しみやすいお約束のパターンを踏襲しながらも、謎を残して読者を引き込んでゆく。

 お相手の姫も、ライトノベルのツンデレ・ヒロインらしく押しが強くて権高な上に口達者、機転が効く行動派で、当然ながら絶世の美少女。揉め事の最中、強引に光太郎を巻き込んでいく所で、今後の二人の波乱万丈な関係を予感させる。トメ婆さんがニンマリするあたりや、戯作を巡って激論を戦わせる場面は、教科書にしたいぐらいのテンポの良さ。

 やはり京都編での面白人物が土御門時雨。光太郎と同じ学生で、家柄よし学業成績よし見栄えよしと三拍子揃った奴なんだが、家柄も育ちも良く素直すぎるためか、いささか浮世離れしすぎていて、逆に光太郎と馬があってしまう残念な人。時雨の紡ぎ出す無茶な屁理屈もなかなか楽しい。

 と、ライトノベル調の京都編に対し、少しアダルトな雰囲気なのが飛騨編。こちらは真田家の末裔である真田幸成を中心に、物語の背景となる幕末までの歴史と政治的な事情を綴ってゆく。

 日本史でもややこしいこの時代、やはり台風の目は黒船に迫られる開国と、長州を主とする攘夷派の争い。表向きは東西の二派に分かれた日ノ本だが、その内情は双方が開国派と攘夷派を抱えた面倒くさいシロモノ。加えて、意外と欧米の情報も入ってきているようで…

 この辺の虚実を織り交ぜた背景事情も楽しいし、どこに軍を運ぶかの両国の駆け引きもいいが、私が悶絶して喜んだのは鬼巧のメカニズム。どう見ても現代物理学の一歩先の成果をふんだんに盛り込んだ、明らかにオーバーテクノロジーのシロモノなんだけど、それに陰陽術を融合させて無茶苦茶に怪しげなエンジンとコントローラで動いてたり。

 特に魂魄が云々なあたりは、思わず「うおお、その発想はなかった!」と呆れるやら笑うやら。でも、確かにこの理屈なら莫大なエネルギーを取り出せるんだよなあ。いや根本がアレではあるんだけどw

 やがて物語は、東西の両国がそれぞれ内部に軋轢を抱えながらも、衝突に向かって大きく動いてゆく。

 この東西両者の策の読み合いや、互いが抱えた内部勢力の軋轢もなかなかの読みどころながら、やはり派手なのが終盤のスペクタクル・シーン。これが単に派手なだけじゃなく、逆転また逆転の緊張感漂う二重底三重底の駆け引きが延々と続く迫力のバトルを展開してゆく。

 など、魅力的な登場人物と定石を押さえた物語の運びで読者をノセつつ、生臭い政治情勢でリアルさを醸しだし、無謀なガジェットでSFファンを悶絶させる、新人とは思えぬ手管の娯楽アクション小説だ。

 ただし、ハヤカワSFコンテストの選評などを見ると、どうもこの作品は四部作の第一部らしい。勢いのある作品だけに、なるべく早く続きを出して欲しいなあ。

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2015年8月24日 (月)

デイヴィッド・レムニック「レーニンの墓 ソ連帝国最後の日々 上・下」白水社 三浦元博訳 ウォルコゴノフ将軍語録について

 ドミトリー・アントノヴィッチ・ウォルコゴノフ(→Wikipedia)は、ソビエト連邦の軍人だ。1928年にシベリアのチタで生まれる。農業専門家の父をスターリンの粛清で失い、大祖国戦争(第二次世界大戦の独ソ戦)の終戦直後に母も亡くなる。軍に召集された彼は終戦後も軍に留まり、兵卒から将軍に至った叩き上げだ。

 ゴルバチョフによる改革に揺れ動く1990年ごろ、ソ連国防相は数巻構成になる大祖国戦争の戦史の編纂に手をつける。その冒頭、仮題を「戦争前夜」とした第一巻の編集を担当したのが、ウォルコゴノフだ。ソ連国防省軍事史研究所長として、彼は共産党・KGB・軍の秘密資料に触れる機会を得た。

 1990年の春ごろ、彼のチームは草案を提出する。この内容が当時の権力者のお気に召さず、彼は軍から叩き出されてしまう。彼はあまりに事実に忠実すぎたのだ。特に問題となったのは、戦前~開戦直後のスターリンの評価である。彼はスターリンをこう評価した。

ソ連の戦争勝利はほとんど「偶然」であって、スターリンのおかげでなく、スターリンがいたにもかかわらずもたらされた。

 スターリンは勝利に貢献したのではない。むしろ邪魔をした、そういう評価だ。これが国防省と共産党の逆鱗に触れ、ウォルコゴノフは追放の憂き目に合う。

 最初から彼は批判的だったわけじゃない。それまでは本人曰く「私はスターリン主義者だった」。赤軍で兵卒から将軍に登りつめた経歴が、彼の言葉を証明している。彼を変えたのは、戦史編纂の職務を通じて彼が触れた機密文書だ。生真面目な軍事史家として、事実を素直に解釈して結論を導き出した、ただそれだけである。

 著者レムニックは、軍事史家としてのウォルコゴノフをあまり高く買ってはいない。「偉大な思想家あるいは著述家としてよりも、比類ない史料アクセス、政治的立場を学術研究に利用する彼のやり方ゆえに記憶されることだろう」。ここでの「政治的立場の利用」とは、戦史編纂のため、機密文書を存分に漁れたことを示す。そこから出てきた結論は凡庸なもの、という評価だ。

 酷い評価のようにも思えるが、私はこう解釈する。ウォルコゴノフが漁った史料から常識的に考えれば、スターリンはソ連を窮地に陥らせた極悪人という結論に至ってしまう、と。

 特別に優秀ではないが、誠実で実直な学者肌の者が、新しく得た事実から考え方を変えた例として、ウォルコゴノフは興味深い。人は齢をとっても思想や主義主張が変わるのだ。やがて彼はスターリン批判を超えレーニン批判へとたどり着く。そんな彼の言葉は、とてもわかりやすく印象深いので、ここに紹介したい。

【国防省の会議にて】

 草案を提出したウォルコゴノフは、会議の出席者たちから吊るし上げを食らう。かろうじて彼が述べた反論の一部が、実にカッコいい。

「1945年の勝利についてのみ書くことは、1941年について、ボルガへの退却について、たわごとを語る事になる。歴史を政治に従わせるのは不可能であります」

 「歴史を政治に従わせるのは不可能であります」に、ウォルコゴノフの学者魂が炸裂している。彼は数学や科学に匹敵する厳密さを史学に求めているし、自らもその理想に相応しい態度で史学に臨んでいるのだ。政治的に正しいか否かはどうでもいい、大事なのは史学的に正しいか否かだ、と。なんとも見上げた学者魂じゃないか。

【インタビュウその1】

 スターリン研究のため公文書館にこもった日々の衝撃を、ウォルコゴノフは著者レムニックに語っている。

「1938年12月12日の項を読みとおした(略)彼(スターリン)はその日、30人の死刑リストに署名していた。個人的な知り合い、友人も含め合計五千人になる。(略)スターリンはこれらの書類に署名した後、(略)当時の人気コメディー『幸福な男たち』を含む二本の映画を鑑賞したことが分かった」

「数千人の運命を決定した後で、どうしてそんな映画が見られたのか。私にはまったく理解できなかった。しかし私は理解し始めていた」

「独裁者たちは大量死に何の痛痒も感じないのだということを。その時、私はなぜ父が射殺され、なぜ母が流刑地で死亡し、なぜ数百万人が死んだかを理解した」

 1938年12月12日は、スターリンにとってはいつもの一日だ。歴史上の人物の、特に重要でもない1日の行動を、歴史家はこと細かに調べる。どんな映画を見たかなんて、どうでもいいじゃないか。そんな些細な事に何の意味があるんだろう、と時おり私は思っていた。

 だが、ちゃんと意味があるのだ。こういった些細な事柄を積み重ね、人物の生活を再構成することで、その人物の心理にまで迫る事ができる。それを、ウォルコゴノフは私に教えてくれた。もっとも、再構成して心理に迫るには、相応の修練を経た歴史家としての能力が必要なんだろうけど。

 その結果としてたどり着いたのが、「独裁者たちは大量死に何の痛痒も感じない」という恐ろしい真実だ。

 もっとも、この性質は時として必要でもあるから困る。1941年にスターリンが直面した事態、すなわちドイツのソ連侵攻がそれだ。この戦いで2千万~3千万のソ連人が亡くなっている。仮にソ連が巧く準備を整えていたとしても、数百万人が命を失っただろう。その多くはドイツ兵だろうけど。スターリンがこれにたじろいでいたら、ソ連は滅びていたかもしれない。

 実際にスターリンはたじろいでいたらしく、開戦後しばらくは引きこもっていたようだ。だがそれは「ドイツは攻めてこない」という自分の判断が間違っており、自らの帝国が危うくなったためであって、ドイツ軍に蹂躙された民衆や将兵を悼んだわけではあるまい。いずれにせよスターリンは立ち直り、容赦ない人海戦術で逆転してゆく。

 第一次世界大戦でフランス軍を率いたジョフル(→Wikipedia)も頑固な人で、前線での将兵の損耗を「攻撃精神が足りない」として無謀な攻撃方針を改めず、大量の戦死を招くが、後にその頑固さがフランス軍の粘り強さとなって戦線を支える事になる。

 人として人の命を大切に思う気持ちは大事だけど、極限状況ではそれが仇となりかねない。けど、そういった気持ちを持たない者に大きな権力を預けると、ウクライナの大飢饉やインパール作戦みたいな羽目になる。どうすりゃいいんだろう。

【インタビュウその2】

 かつてスターリン主義者で、自らも「正統派マルクス主義者であり、自分の義務をわきまえた将校だった」と語るウォルコゴノフは、多くの非公開文書に触れるうちに考え方が変わり、やがてスターリンばかりかレーニンまで否定するようになる。その変化を、彼はこう語っている。

「私の変化はすべて内側から、おのずから生じた。私はあらゆる種類の文献を閲覧できた」

「誰よりも多くの情報を持っているためにリベラルに思考する多くの人々がいる。特にKGBの若手将校がそう。KGBに常に多くの考える人がいる理由はそれだ。西側のあるがままの姿を、そして我が国が本当は何であるかを理解している人びとだ」

 最初の言葉は、彼が誠実な歴史家である由を示す言葉だろう。多くの事実に接し、それを元に実直な歴史家として考えた結果、全体主義を否定し民主主義を支持する立場に変わるしかなかった、そういう事だ。歴史を歪曲せず事実を伝える事の大切さが、切々と伝わってくる。

 次の言葉はとても皮肉で、かつ予言的だ。体制を維持しているKGBこそが、体制の欺瞞に気づき、改革を求めるようになる。また、当時のKGBが、ソ連の優秀な人材を独占していた事もわかる。

 これはエレーヌ・ブランが「KGB帝国 ロシア・プーチン政権の闇」で語っている事とも符合する。ブランの主張はこうだ。ソ連崩壊後のロシアでは、全国的にマトモに機能する組織はKGBしかなかった、だからKGBがロシアを独裁し、今もそれが続いている、と。

 その結果、ロシアはどうなったか。いまだに国は富めるが民は貧しい国のままだ。外国人が旅行するにしても、個人旅行だとビザを取るには予め予定と宿泊施設を申請しなきゃいけない。日本やアメリカのように、好き勝手にアチコチをフラつく事はできない。

 独裁を許した傷跡は、今もロシアに色濃く残っている。ここではロシアのことばかりを書いたが、日本だって似たような症状が残っていると思う。今でも太平洋戦争をアジア解放のため、なんて綺麗事にしたがる人がいる。アジアの人びとに謝罪しろ、とは言わないが、あの戦争が日本国民を苦しめたのは事実だろう。

 歴史を語る際には、とりあえず善悪は脇に置き、事実を元に経緯を語る、そういう姿勢こそが国益に適うと思うんだが、政治的な事情でなかなか難しい。国益のために政治がある筈なのに、なんとも変な話だよなあ。

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2015年8月23日 (日)

デイヴィッド・レムニック「レーニンの墓 ソ連帝国最後の日々 上・下」白水社 三浦元博訳 2

「テレビと新聞は武器以外の何物でもない」
  ――第25章 テレビ塔

「人は財産を手にすると、権力を手にする。財産を手にしなければ、永久に使用人のままだ」
  ――第4章 「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」

「同志諸君! ソ連軍将校、大佐であり、戦闘で破壊されたアフガニスタンの道を歩き、戦争の恐怖を知るソ連邦英雄であるこの私が、諸君に、わが兄弟の将校と兵士に呼びかける。自分の人民に、兄弟に、そして姉妹に敵対してはならない」
  ――第4章 「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」

「KGBが改革の最大の敵であることを忘れるという、ゴルバチョフの最大の過ちの一つを繰り返してはなりません」
  ――第4章 「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」

「われわれの経験、われわれの『選択』は社会主義ではないし、そうであったためしはない。ここにあったのは奴隷制だ」
  ――第5章 裁かれる旧体制

【どんな本?】

 1985年に登場し、改革を進めようとするゴルバチョフ。一部の目端が利くものはビジネスで荒稼ぎするものの、市民生活は苦しくなるばかりで、街路にはマフィアが跳梁跋扈する。上層部では改革派が遠ざけられ、ゴルバチョフの側近は保守派で固められるが、改革を求める市井の動きは保守派を追いつめ、衝突は必至となるが…

 1988年から1991年までワシントン・ポストの特派員としてソ連に滞在し、ソビエト連邦崩壊の現場に居合わせた著者が、当時のソ連国内の状況を政治家・KGB・マスコミ・市民運動家・炭鉱労働者・ロシア正教主教・大学生など多彩な人びとの視点で、ソ連における共産主義の落日を描く、重量級のドキュメンタリー。

 1994年ピュリツァー賞受賞作。前の記事から続く。

【構成は?】

 多少の前後はあるが、基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  •  日本語版序文 終焉と言う幻想
  • 第1部 記憶のために
    • 第1章 森の戦い
    • 第2章 幼年スターリン主義者
    • 第3章 永久保存のために
    • 第4章 回帰する歴史
    • 第5章 革命の寡婦たち
    • 第6章 ニーノチカ
    • 第7章 医師団陰謀事件その後
    • 第8章 メモリアル
    • 第9章 川面のメッセージ
  • 第2部 民主主義の展望 
    • 第10章 仮面舞踏会
    • 第11章 二重思考者たち
    • 第12章 党幹部たち
    • 第13章 貧しき人びと
    • 第14章 地底の革命
    • 第15章 帝国からの葉書
    • 第16章 サハリン島
    • 第17章 パンとサーカス
    • 第18章 最後の収容所
  •   下巻
  • 第3部 革命の日々
    • 第19章 「明日は戦に」
    • 第20章 失われた幻想
    • 第21章 十月革命
    • 第22章 メーデー! メーデー!
    • 第23章 愛情省
    • 第24章 黒い九月
    • 第25章 テレビ塔
    • 第26章 保守強化派
    • 第27章 市井の人びと
  • 第4章 「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」
  • 第5章 裁かれる旧体制
  •  謝辞/訳者あとがき/出典注解/参考文献/人名索引

【感想は?】

 革命の現場中継。

 下巻の前半は、ゴルバチョフを挟み、エリツィン,シュワルナゼなど急進派とクリュチコフ,ヤゾフ,パブロフ,ルキヤノフら保守派の鍔迫り合いを描いてゆく。

 この鍔迫り合いの中で、世代間の考え方の違いが鮮やかに出ているのが、「第25章 テレビ塔」。それまでは「タス通信」や「プラウダ」に代表される御用報道機関しかなかったマスコミの世界に、次々と新しい論調の新聞や雑誌が登場してくる様子を書いてる。

 当初、グラスノスチの大黒柱だった「モスクワ・ニュース」は、急進派の新聞や雑誌の登場により、次第に色あせて行く。多くのライバルの中でも、ひときわ光っているのが「独立新聞」。「モスクワ・ニュース」にいたビタリー・トレチャコフが、体性にすりよってゆく同社を飛び出して作った新聞だ。

 党中央委員会が運営する西側の偽パスポート工場をスッパ抜くなど優れた調査報道記事を連発するが、トレチャコフはだんだんと部下の若手記者が恐ろしくなってくる。

「この若い連中が調査報道のようなことをする理由は、彼らが体制を恐れていないばかりか、それに敬意を抱いてさえいないことだ」

 逆に言えば、トレチャコフらの世代は、当時の共産党体制を恐れるだけでなく、敬意も抱いていたわけだ。加えて面白いのが、あまり経験のない若手記者が、「新聞言語も変えた」点。日本語でも話し言葉と書き言葉は違うけど、政治家の言葉は更に曖昧でややこしい。こういう事情が、当時のソビエトじゃもっと酷かったらしい。

 著者もジョージ・ワシントン大学で「新聞ロシア語」を履修している。それぐらい、新聞での言葉遣いは話し言葉と剥離してたようだ。それに対し、若手記者の言葉遣いを、同紙の記者セルゲイ・バルホメンコはこう語る。「僕らはプラウダ語は話さない」。新聞界に新井素子が大量に湧き出たって雰囲気なのかな?

 そんな風に群雄割拠する改革派の新聞に対し、保守派は見事な一致協力体制を見せる。文学的ナショナリスト・ロシア正教会の公認僧侶・赤軍の強硬派・KGB・共産党幹部が手を組む。理屈で考えたら共産党とロシア正教は不倶戴天の敵同士のはずなんだけど、やぱり気性が合うんだろうなあ。

 やはり保守派であるはずの叩き上げの軍人、トミトリー・アントノビッチ・ウォルコゴノフ将軍の話も感動的なんだが、これは別の記事に詳しく書く。

 頻発するデモやスト、新進マフィアの台頭で治安が悪化する中、若い共産党員は青年実業家へと華麗な変身を遂げ、キオスクでは「米国で仕事を見つける法」がベストセラーとなる。モスクワでは多くの警告にも関わらず、ゴルバチョフは休暇でクリミアへと向かい、後半では分水嶺となった8月クーデター(→Wikipedia)へと雪崩れ込んでゆく。

 当時としては民主主義勢力が全体主義に勝った象徴的事件と見えたし、この本でも感動的な場面は多い。が、その後のロシアの状況を考えると、いささか苦さが混じる。

 ホワイトハウスで精力的に指揮を取るエリツィン、包囲に向かった戦車隊がエリツィン護衛に鞍替えする場面、エリツィンの声明の印刷を巡り対立する編集長と印刷工たち。KGBも一枚岩じゃないようで、エリツィン派もいればクーデター派もいいた様子。軍も色々で…

検察官の報告によると、グラチョフとシャンンポシニコフの両将軍は、もし非常事態委員会がホワイトハウス急襲を開始したら、報復としてクレムリンに爆撃機を派遣する命令を発することで合意していた。

 対してクーデター派は、国家化学・生化学委員会議長のウラジーミル・グーセフ曰く「みじんたりとも引き下がったら、われわれは職と生活を失う。別のチャンスはない」と、私利私欲が目的である事を隠さない。ここでは、他にも、権力を掌握するエリツィンの見事な手法を具体的に述べているほか、ニワカ軍ヲタにも興味深い記述がチラホラ。

 例えばビルを占拠した際の注意事項。屋上にはゴチャゴチャと物を置いておこう。そうすれば、ヘリコプターが屋上に着陸できないので、上からの急襲が難しくなる。いやこんな知識が何の役に立つのかは判らないけどw また、逆に蜂起を鎮圧する権力者の手法が箇条書きで出ているのも嬉しい所。

 エリツィンが地歩を固め、新生ロシアが生まれて行く姿を描く「第5章 裁かれる旧体制」では、再び旧ソ連の欺瞞を暴くと共に、新生ロシアの矛盾も浮き彫りにする。中でも傑作なのがウラジーミル・ジリノフスキー(→Wikipedia)。「私は独裁者だ」と明言する、とってもわかりやすい極右の人。こういう人が一定の支持を集める社会なのだ、ロシアは。

 ソビエト連邦とは、どんな体制だったのか。その中で、人びとはどんな暮らしをしていたのか。ゴルバチョフの改革とは、一体なんだったのか。それはなぜ挫折したのか。なぜクーデターが起き、失敗したのか。エリツィンはどのように権力を握ったのか。

 当時は世界の耳目を攫ったクーデターの意外な実情など、現場にいた記者ならではの情報も織り交ぜ、熱いモスクワの夏を再現する、迫真のドキュメンタリーだ。

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2015年8月20日 (木)

デイヴィッド・レムニック「レーニンの墓 ソ連帝国最後の日々 上・下」白水社 三浦元博訳 1

サンクトペテルブルグのリベラル派市長アナトリー・サブチャックはこう書いている。「全体主義体制は国家の社会構造と市民個人の心理の両方に埋め込まれた地雷を遺す。この体性が解体の危機に瀕し、国家に真の改革の展望が開ける都度、地雷は爆発するのである」
  ――第4章 回帰する歴史

「多くの人びとと同じように」と(レフ・)ポノマリョフは言う。「この体制を解体するためにまずすべきことは、どれほどの犠牲者がいたかを国民に知らせ、非業の死を遂げた人びとのために記念碑を建立し、公式文書を公刊すべきだという考えを根付かせることだと考えたのです。これがペレストロイカの本当の始まり。真実なのです。そして、それによってプロセスは不可逆になる。それがなければ、つまり、この耐性は信用を失っていて、罪があることをだれもが認識することがなければ、締め付けはいつでも成功し得る」
  ――第8章 メモリアル

「間もなく独裁が始まるだろう」そういう声には、幾分かのうれしさがこもっていた。「それは共産党の機関じゃない。それは本物の機関、KGBだ。彼らは経済発展に努めるだろうが、厳格な規律が導入されるだろう」
  ――第18章 最後の収容所

【どんな本?】

 1985年のゴルバチョフ登場より、ソビエト連邦は激動の季節を迎える。彼が先導したペレストロイカやグラスノスチは、レーニン以来続いてきた共産主義への疑念を呼び覚まし、連邦内の様々な勢力が蠢動を始め、やがてソビエト連邦崩壊へと向かってゆく。

 1988年から1991年までワシントン・ポストの特派員としてソ連に滞在した著者が、レーニン以来のソビエトの歴史を語りつつ、政治家やKGB職員はもとより、炭鉱労働者・収容所所長・地下新聞編集者・作家など激動の時期を生きた様々な人びとへの大量のインタビュウを交えながら、当時のソ連の状況と、ソ連崩壊へ道のりを、多角的な視点で再現する迫真のドキョメンタリー。

 1994年ピュリツァー賞受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Lenin's Tomb : The Last Day of the Soviet Empire, by David Remnick, 1993。日本語版は2011年2月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約419頁+約374頁=約793頁に加え訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×(419頁+374頁)=約713,700字、400字詰め原稿用紙で約1,785枚。文庫本の長編小説なら3~4冊分の大容量。

 文章は堅い表現が多い。これは当時のソ連の人びとの言葉をそのまま伝えているために、三つの点でややこしい言い回しが多い。まず、一般に政治家はまだるっこしい言い方をする人が多い。次に共産主義体制下のため直接的な表現は難しい。最後に、ロシア人らしく思想的・哲学的な内容が多い。

 ただし内要は難しくない。特に前提知識も要らない。ロシア革命(→Wikipedia)やレーニン・スターリンなどソビエト共産党の初期の歴史が本書の背景にあるが、知らなくても大きな問題はない。読んでいるうちに、なんとなく飲み込めてくる。敢えて言うと、出てくる人の名前がロシ風で憶えにくいのが難点かも。

【構成は?】

 多少の前後はあるが、基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  •  日本語版序文 終焉と言う幻想
  • 第1部 記憶のために
    • 第1章 森の戦い
    • 第2章 幼年スターリン主義者
    • 第3章 永久保存のために
    • 第4章 回帰する歴史
    • 第5章 革命の寡婦たち
    • 第6章 ニーノチカ
    • 第7章 医師団陰謀事件その後
    • 第8章 メモリアル
    • 第9章 川面のメッセージ
  • 第2部 民主主義の展望
    • 第10章 仮面舞踏会
    • 第11章 二重思考者たち
    • 第12章 党幹部たち
    • 第13章 貧しき人びと
    • 第14章 地底の革命
    • 第15章 帝国からの葉書
    • 第16章 サハリン島
    • 第17章 パンとサーカス
    • 第18章 最後の収容所
  •   下巻
  • 第3部 革命の日々
    • 第19章 「明日は戦に」
    • 第20章 失われた幻想
    • 第21章 十月革命
    • 第22章 メーデー! メーデー!
    • 第23章 愛情省
    • 第24章 黒い九月
    • 第25章 テレビ塔
    • 第26章 保守強化派
    • 第27章 市井の人びと
  • 第4章 「一度目は悲劇として、二9度目は茶番として」
  • 第5章 裁かれる旧体制
  •  謝辞/訳者あとがき/出典注解/参考文献/人名索引

【感想は?】

 今は上巻を読み終えた所なので、そこまでの感想を。

 上巻では、破滅に向かい巨大で疲弊した機関がギシギシと突っ走っていく姿を描いてゆく。

 西側だとゴルバチョフは解放の英雄のように言われるが、この本では少し評価が違う。ゴルバチョフが望んでいたのは共産主義の再生であって、崩壊ではなかった、と。

 これはレーニンとスターリンの評価とも関連している。ゴルバチョフはスターリンを批判したが、レーニンは認めていた。つまり悪いのは独裁者スターリンで、レーニンが主導した共産主義そのものは悪くない、そういう姿勢だ。だから、共産党の体質を改めればソ連は立ち直る、そう考えていたんだろう。

 このスターリン批判の種を、著者はフルシチョフによるスターリン批判に求めている。フルシチョフに植え付けられた疑念が、40年後に意外な果実を実らせたのだ、と。

 ロシアにおけるゴルバチョフの評判は芳しくない。ソ連帝国を崩壊させた犯人という扱いだ。だが、この本が明らかにする当時のソ連の状況を見ると、どのみちソ連の運命は決まっていたんじゃないかと思えてくる。産業や流通はマフィアが仕切っている。チンピラはミカジメ料を取り立て、ボスへ納める。そしてボスは中央の党幹部へ献金する。しかも…

ゴルバチョフには、党の腐敗に対する本物の捜査が不可能なことは分かっていた。第一に、自分が党首を務めるこの党は、それを許すぐらいなら自分を葬ってしまうだろう。

 失業者はいないはずなのに、なぜかホームレスがいる。トルクメニスタンの1989年の幼児死亡率は公式発表で出生千人あたり54.2人で、カメルーンとほぼ同水準。集団農場化は持続的で伝統的な農業を破壊した。そして、シベリアの炭鉱でストライキが起きる。「主たる争点は石鹸だった」。

 現地へ取材に出かけた著者は、ストに参加した人たちに会い、彼らが働く炭鉱へと潜って行く。設備は古く、炭鉱は尽きかけている。毎年、事故で数人が死ぬ。そして店にはなにもない。茶色く変色したキャベツ、腐ったトマト、脂身ばかりの豚肉、そしてウォッカ。

 家に帰っても電気は停電、水道も止まっている。石炭で真っ黒になった体を洗おうにも、石鹸がない。そこで待遇改善を訴えてストライキに至った、そういう事だ。次に出てくるサハリン(樺太)の炭鉱でも著者は坑道に潜るが、ここでは労働者が作業場に辿りつくまで二時間もかかる。「設備が貧弱で、旧式で、(略)正常な経済の下では決して利益を生まないのである」。

 同じサハリンで出会った漁師に、著者は暖かい歓迎を受ける。「山盛りの蒸した毛ガニ、光沢のあるイクラをつけた焼きたてのパン」。だが港では大量のサケが白い腹を見せて腐ってゆく。中央からの指示がないので、どこにも運べないのである。日本に運べば大金になるだろうに。

 そんな中、静かに立ち上がる人たちの代表が、「メモリアル」。スターリンの粛清で亡くなった人たちの名を明らかにし、記録に留めようとする人びとだ。特にディーマことドミトリー・ユラソフの行動は独特だ。

 1964年生まれのディーマ君、独学で読み初めた「ソビエト大百科事典」で奇妙な点に気がつく。これにはフルシチョフによる雪解けの残滓があった。そこで1937年~1940年に死んだ将軍・政治家・芸術家の名前を書き出し、カードを作る。やがて彼は秘密文書に触れられる職につき、カードは数十万枚に膨れ上がってゆく。

 これが「メモリアル」運動の重要なコアとなり、家族や親戚を失った人々を惹きつけ…

 当然、改革に逆らう人もいる。党の保守派や収容所所長など、甘い汁を吸っている者なら、気持ちはわかる。だが、市井の人でも、熱狂的なスターリン主義者がいるのだ。

 その代表が、50代の女性キーラ・コルニエンコワ。薄暗いアパート住まいで独身。「粛清期に肉親の二人が収容所送りになった」が、熱心なスターリンのファン。がしかし、彼女は主張する。「私は秩序を愛する人間です。真の秩序、鉄の手とか、そういった手に賛成」。

 こういう人を、どう解釈すればいいんだろう?かつて熱狂的な共産主義者だった自分の間違いを認めたくない、というヒネた見方もある。

 でも、彼女にそういう後ろ向きな印象はない。「記録映画では人びとが活き活きしていた」と共産党の宣伝を真に受けている部分もあるが、それ以上に、性格的に全体主義的な世界が好きなんじゃないか、とも思う。そういう人は、どんな国にも一定数いるのだ。いやジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の受け売りなんだけど。

 他にもポグロムを再燃させようとする者たち、それを恐れイスラエルへ向かうユダヤ人たち、慎重に進めようとするゴルバチョフと、それにイラつく急進派のエリツィン、「被占領国です」と自らの屈辱的な歴史を受け入れ独立を志向するバルト三国の市民たち、怪しげな心霊術師などを織り交ぜ、上巻は軋むソ連の姿を描き出してゆく。

 そして下巻では、遂に崩壊の時と向かえる…んじゃないかな。

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2015年8月17日 (月)

キャロル・エムシュウィラー「カルメン・ドッグ」河出書房新社 畔柳和代訳

利口な動物を所有することがいかに楽しかろうと、他者が利口すぎたり、当を得た質問や厚かましい質問をしすぎたり、自立しすぎたりしては鼻持ちならないものである。自己イメージを高めるという目的もあって飼っている生き物が相手であれば、なおさらだ。

「では母性はどうなる? とみなさんはお尋ねです。その件について新聞で読んだ方も多いでしょう。でも出産までは楽なんです。彼らはその後を解決しなきゃなりません」

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家キャロル・エムシュウィラーの第一長編。女が獣に変わり、獣が女に変わってしまう奇妙な現象が始まった世界で、飼い犬だったプーチが女に変わって行く途中に飼い主の下を離れて辿る冒険を、ユーモアと風刺たっぷりに描くSF/ファンタジイ小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2010年版」のベストSF2009海外篇で第17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Carmen Dog, by Carol Emshwiller, 1988。日本語版は2008年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約206頁。9ポイント43字×18行×206頁=約159,444字、400字詰め原稿用紙で約399枚。長編小説としてはやや短め。

 訳文は比較的にこなれていてわかりやすい。内容も特に難しくない。歴史上の人物・動物や有名な文学の引用が多いが、大半は訳注がついているので問題ないだろう。途中でケッタイなガジェットや意味不明な科学技術が少し出てくるが、ハッキリ言って漫画的なハッタリなので無視していい。「女が獣に、獣が女に変わる」という出鱈目な設定を受け入れられれば、楽しんで読めるだろう。

【どんな話?】

 女は獣へと変身しつつあり、獣が女に変わりつつある世界。奥さまの口は大きくなり、目は疑り深くなっている。対して狗だったプーチの仕事は次第に増えてきた。洗濯とおむつ替えに加え、今は料理と買い物もこなす。ついに奥さまが赤ちゃんを噛んだ。たまらずプーチは、赤ちゃんを連れて家を出るが…

【感想は?】

 ケモナー(→ピクシブ百科事典)大喜びの、ヘンテコな小説。

 設定からして、イカれている。女は次第に獣に変身しつつあり、獣の雌は逆に人間へと変身しつつある。ちなみに、なぜそんなケッタイな現象が起きるのか、なんて説明は最後まで全く出てこない。そういうものなのだ、と納得できる人向け。

 主人公のプーチは若い雌犬。次第に人間に変わりつつあり、そのためか担当する家事も増えている。でも心は犬らしさをたっぷりと残しているあたりがけなげだ。里親を「ご主人さま」「奥さま」と呼ぶところで、序列を大事にする習性がよく現れているし、赤ちゃんを心配する場面では群れを守る狼の血が流れている事を感じさせる。

 甲斐甲斐しくご主人様のために働いているにも関わらず、プーチの待遇は…。まあ、犬だしね。

 そんなプーチが、心理療法士に「好きなことをなさい」と言われて戸惑うあたりは、ちょっと切なかったり。

 盲導犬などの職業犬は、職務に忠実でとても我慢強く、自らの身を危険に晒しても命令に従おうとする。そんな犬に「好きなことをしろ」と命令したら、どうなるか。しつけのいい犬を飼っている人は、この辺をどう感じるんだろう? そう命令されるプーチが「女」でもあるのが、この作品の大事なテーマ。

 家を出たプーチは、オペラ「カルメン(→Wikipedia)」を見て感動し、思わず客席で歌い出してしまう。プーチのキャラは奔放なカルメンとは逆に、むしろ誠実なミカエラに近いあたりが、エムシュらしいヒネリかも。

 劇場から始まったプーチの冒険は、仲間たちと知り合ったりマッド・サイエンティストに捕まったり運命の恋人を見つけたりと、波乱万丈に進んでゆく。仲間というのがまた、女になりつつある獣もいれば、獣になりつつある女もいて、もう無茶苦茶なんだけど、その描写は突き放したように冷静で、軽快さまで感じさせるから不思議だ。

 これは翻訳物だからなのか、元々のエムシュの文体がそうなのか。女と獣が入れ替わってゆく、なんて挑発的なストーリーであるにも関わらず、全般的なトーンは「男性優位な社会を告発する」みたくお固い感じではなく、「男って馬鹿だよね~、女もだけどw」と、老成してユーモラスなのが特徴。

 女と獣の怪現象を巡って開かれる秘密会議は、「博士の異常な愛情」みたいな馬鹿馬鹿しさ。後に出てくる「最高の母」なんてプロジェクトも、いかにもどっかの首相が考えそうな阿呆な発想だったり。これを人物として象徴しているのが、医師とその奥さんかな? 医師のマッド・サイエンティストぶりもなかなか。

 と同時に、エロチックな場面も多かったり。男の性的魅力についてハッキリと書くのも、この作家の特徴だろう。ただしプーチが犬から人にかわりつつある途中のためか、気持ちが牡犬にいったり男にいったりと、フラフラするのも可愛い。ここで男の品定めとして、オラフ・ステープルトンのシリウスとエジプト神話のアヌビスを比べるとか、実にマニアックw

 全般的にプーチの内面の描写が多い前半に対し、後半は怪現象の影響や、減少への世間の対応を描く場面が増えて、作者の皮肉がどんどん冴えてくる。動物関係の組織・団体の縄張り争いや、教会の対応とかも、サラリと流してるんだけど、かなり強烈な毒を含んでたり。

 終盤では群集?シーンもあるし、派手なアクションも、華麗なパレードもある。ヘンテコな設定で始まったヘンテコな物語は、ハリウッドっぽいクライマックスを経て、どう着地するのか。

 奇怪な設定が匂わす社会風刺はタップリと含むものの、その扱いはあくまでも落ち着いてユーモラス。意外と賑やかでドタバタした風味の、楽しい小説だった。特に犬好きにはお薦め。

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2015年8月16日 (日)

ジョン・キーガン/リチャード・ホームズ/ジョン・ガウ「戦いの世界史 一万年の軍人たち」原書房 大木毅監訳

 歩兵の戦争はいまだに、連綿と続く本質的な要素が描く三角形を、ぐるぐるとめぐっている。おのれの兵器、行軍用ブーツ、荷物を詰めた背嚢という三要素だ。
  ――3 歩兵

ていていの政府は、男たちを軍に招集するときほどには、戦争が終わったのちの彼らの世話については積極的ではない。
  ――4 損耗人員

17世紀ヨーロッパの軍隊は、地表を侵食しながら進んでいくうじ虫のようなものだった。あとには、飢餓と破壊という足跡が残るのだ。
  ――11 戦争の原動力

実際には、不正規兵は、戦争そのものと同じぐらい古い。
  ――12 不正規兵

【どんな本?】

 古代から現代まで、戦争の様相はどのように変わってきたのか。歩兵や騎兵の装備や戦術は、どのように変転したのか。何が人を戦いに駆り立てたのか。戦場で人々は何を体験し、どのように感じるのか。

 本書は、フレデリック・フォーサイスがメインキャスターを勤め、1985年に放映したBBCのTVシリーズ Soldiers の副読本として書かれた。戦争の歴史から軍の組織、個々の時代の戦闘方法からそれぞれの兵科の役割と特徴、そして実際の戦場から戦争が及ぼす影響まで、軍事を包括的に記した一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SOLDIERS, by John Keegan and Richard Holmes with John Gau, 1985。日本語版は2014年6月30日第1刷。単行本ハードカバー縦二段組で本文約372頁。9.5ポイント24字×22行×2段×372頁=約392,832字、400字詰め原稿用紙で約983枚。文庫本の小説なら二冊でもおかしくない分量。

 専門家が書いた本のため言い回しは多少固いが、軍事関係の本としては比較的に読みやすい部類だろう。イギリス人らしい、ユーモラスで少しヒネた表現があって、好みが分かれるかも。随所で西洋史の有名な戦争のエピソードが出てくるが、こまめに訳注がついているので、歴史に疎くてもあまり困らない。加えて、訳注が同じ頁にあるのも嬉しい。組版を担当したファイナル社に感謝。またヤード・ポンド法を()でメートル法に換算してあるのも親切だ。

 著者のジョン・キーガンはサンドハースト王立陸軍士官学校の教官を勤めた後、執筆活動に入る。リチャード・ホームズはイギリス陸軍の准将で、軍事史家。ジョン・ガウはBBCのドキュメンタリー「戦いの世界史」の制作プロデューサー。

【構成は?】

 各章の内要はなかり独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  はじめに フレデリック・フォーサイス 大木毅訳
  •  序論 大木毅訳
  • 1 戦いの相貌 小野寺拓也訳
  • 2 戦闘精神 小野寺拓也訳
  • 3 歩兵 岡和田晃訳
  • 4 騎兵 大木毅訳
  • 5 砲兵 大木毅訳
  • 6 戦車 小堤盾訳
  • 7 損耗人員 待兼音二郎訳
  • 8 工兵 大木毅訳
  • 9 航空戦力 柳原伸洋訳
  • 10 司令官 小堤盾訳
  • 11 戦争の原動力 町谷美夫訳
  • 12 不正規兵 町谷美夫訳
  • 13 戦争体験 町谷美夫訳
  •  終章 町谷美夫訳
  •   監訳者解説/訳者一覧/索引

【感想は?】

 創元社の「戦闘技術の歴史」シリーズ+M.v.クレヴェルトの「補給戦」+ウイリアム・H・マクニールの「戦争の世界史」。

 ニワカ軍ヲタがウンチクを語ろうとするなら、とりあえず最初に読むべき本。逆に言うと、上に挙げた三つを熟読しているマニアには、少し物足りないかも。

 つまりは軍と戦争を俯瞰的な視点で捉え、上の構成で示した各章の視点で整理して解説した本だ。そのため、幾つかの点で「戦闘技術の歴史」や「戦争の世界史」とカブる。ただし(今の所)4巻に及ぶ「戦闘技術の歴史」に対し、全一巻で語りつくそうとしているので、少々駆け足になってしまう。

 ニワカ軍ヲタで、かつモノグサな人は、「序論」をじっくり読もう。序論といいつつ、実はこの本の内容を綺麗にまとめたような濃い内容だ。ここで語られるチャリオット→騎兵→要塞と砲兵…という、戦場での花形兵科の移り変わりと、それに伴って変わってゆく社会制度や権力機構の描写は、いきなりクライマックスの感がある。

 表紙の裏に世界地図があり、そこで「世界の戦場108」が出ている。これを見ればすぐ分かるんだが、扱っているのは西洋史に出てくる戦争ばかりで、元寇も関が原も赤壁の戦いも出てこない。せいぜい日清戦争と日露戦争ぐらい。まあ著者は英国人だし、仕方がないか。

 歩兵・騎兵・砲兵と比較的に歴史ある兵科に続き、少しギョッとするのが6章の「戦車」。紀元前から延々と続いてきた歩兵に比べ、せいぜい100年程度の歴史しかない戦車だが、一つの章を割いているのは、それだけ衝撃が大きく、また戦場の様相を変えた兵器だからだろうか。

 第一次世界大戦の塹壕戦を突破するために、戦車を根気強く開発し戦場に投入したのがイギリス軍なのに対し、「もっとも創造的なアプローチをなしたのはドイツだった」のは歴史の皮肉だろう。ハインツ・グデーリアン(→Wikipedia)は電撃戦の生みの親として有名だけど、戦車の開発から関わっていたとは知らなかった。だから通信設備などの細かい機構にまで気が回ったんだろうなあ。「ユーザを巻き込めば開発効率は10倍になる」の好例だね。

 そのドイツが、東部戦線ではソ連のT-34(→Wikipedia)に粉砕されるのも、これまた歴史の皮肉。

 やはり歴史を感じるのが、「司令官」の章。三国志あたりだと呂布や関羽が前線で大暴れする。対して現代の「将軍」は薄暗い司令部に篭り、地図と睨めっこしてる。こういった指揮官の役割の変化を、時代と共に描いてゆく。つまりは戦場の拡大と兵数の増加が大きな原因で、「率いる兵士のすべてに姿を見せてやることなど、もはやできなかった」。

 おまけに補給の量と複雑さも極端に増え、幕僚団の補佐が必須となってゆく。

 ここでは第二次世界大戦でのアイゼンハワーの姿勢が興味深い。曰く「多数の国々の軍隊を指揮する司令官たちのあいだで、外交官的な役割を果たすことだと判断していた」。後に大統領として熱心に外交に務めたのは、この時の経験によるものなのかしらん。

対する東部戦線のジューコフとコーネフは、あくまでも前線指揮官の立場で、外交はスターリンが一手に仕切っていたのとは対照的だなあ。

 やはり現代の戦争を過去の戦争と大きく分けるのが、兵站。これを描くのが11章の「戦争の原動力」。冒頭の引用にあるように、ナポレオンの時代までは兵に食わせるだけでも大変な手間だった。特に西洋は主食がパンなもんで、パン焼き窯まで部隊についていかなきゃいけない。おまけに馬に与える糧秣も半端なくて…

 飯盒で米を炊ける日本は恵まれてるなあ…とか思ったが、そのためか補給を軽視したインパール作戦(→Wikipedia)に対し、連合軍は「第14軍への補給の96%が、空輸で送られていた」。なんというか、根本的な姿勢が違うんだよなあ。このでは他にも米陸軍兵站部ブリオン・B・サマーヴィル少将の言葉が身に染みる。

ヒトラーがチャリオットを内燃機関に牽かせたとき、あらたな戦線、われわれが熟知している戦線が開かれた。デトロイトである。

 いや今のデトロイトは寂しい状況になっているみたいだけど。つか帝国陸海軍は、この状況をどう考えてたんだろ?

 などと、紀元前からの歴史を紐解きながら、様々な技術や組織によって戦争の様相の変転と、それにつられて変わってゆく軍や権力機構の様子、前の戦争の記憶を引きずり自説に固執する将軍たちと前線で死んでゆく兵たち、そして人を狂わせる戦場の模様など、専門的まつ包括的に戦争を描きつつも、中身は意外と親しみやすい本だった。特にニワカ軍ヲタにお薦め。

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2015年8月14日 (金)

山田正紀「復活するはわれにあり」双葉社

「誰を人質にするのか厳選したつもりだったんだがな」と南田が言う。「妙に面倒臭い連中ばかり選んでしまったようだ」

【どんな本?】

 SF・ミステリ・時代小説とジャンルを問わず活躍している山田正紀による、近未来海洋アクション小説。中国・ベトナム・フィリピン・インドネシアそして大手石油会社や金融資本の利害が交差する南シナ海を舞台に、テロリストに乗っ取られた客船の中で、右手以外が麻痺した中年男・権藤がハイテク車椅子を駆り闘う姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は雑誌「小説推理」2008年7月号から2009年8月号に連載。後に大幅に加筆・訂正して2013年4月21日に第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約345頁。9.5ポイント43字×19行×345頁=約281,865字、400字詰め原稿用紙で約705枚。長編小説としては少し長め。

 文章はとてもこなれている。他の山田正紀作品と比べても、格段にスラスラ読める。内容でややこしいのは、ハイテク車椅子「サイボイド」に関する部分だけ。現代の最新の神経医学とコンピュータ技術を組み合わせ、多少のハッタリをかましたものだが、分からなかったらテキトーに読み飛ばして構わない。舞台は近ごろ中国の動きがキナ臭い南沙諸島あたり、と考えておこう。

【どんな話?】

 二代目社長の権藤は、攻撃的に事業を営んできたが、脊髄にできた腫瘍のため体が麻痺し、今は右手しか動かない。事業の打ち合わせでベトナムのハイフォンに赴いた際、何者かに連行され、客船「南シナ海号」に乗る羽目になる。だが出航後、たちまち「南シナ海号」はテロリストに乗っ取られ…

【感想は?】

 山田正紀のいいとこ取り。

 スラスラ読める読みやすさ、グイグイと読者を引きこむ語り口、どいつもこいつもワケありの登場人物、二転三転するストーリーに、現代のホットな話題を詰め込み、ド派手なアクションを展開する、最高に楽しい冒険小説だ。

 お膳立ては相当に無茶。普通、冒険小説の主人公は筋骨隆々の男なんだが、この話の主人公の権藤は右手しか動かない。お陰で電動車椅子の生活だ。そんなんで冒険小説を書こうってんだから、著者の冒険心も相当なもの。

 あるがきによると、著者も執筆中に車椅子生活を余儀なくされたとか。そのためか、体が麻痺する事による不便や不満に関する記述はやたらとリアルだ。ベッドから車椅子に移動する際の苦労など肉体的な面だけに限らず、排泄まで計画的に考えている所とかは、実に身に染みる。

 こういった描写も、権藤の性格付けが強烈に生きている。二代目社長と言えば軟弱な印象があるが、とんでもない。攻撃的に事業を推し進め、徹底して強者の論理で生きる、強欲で強引な男だ。それだけに我も強く、屈辱に慣れていない。そんな男が車椅子生活になったら、どうなるか。

 こういった事柄を、介護の立場で「理解して下さい」的な姿勢で書くと説教臭くなってしまうが、我の強い権藤のボヤキを通し「冒険小説に必要な拘束事項」として、読者を楽しませながら伝えるあたりが憎い。

 他の登場人物も、実に強烈なキャラクターが揃っている。白髪が目立ち始めた、ボクサー崩れの清水。実にわかりやすいボクサー崩れで、彼が寺山修司を語る場面は大笑い。私はここで清水が大好きになった。ある意味、とてもシンプルな人生を生きている、幸福な男かもしれない。

 次にハイテク・オタクの稲原。オタクとは言っても、権藤の部下が務まるだけあって、その性格はかなり柔軟かつタフで権藤曰く「倫理観に欠けるところがある」。実際、なかなか本音も正体も掴めない奴だなあと思っていたら、実にしょうもない奴で。彼は彼で、彼なりに楽しく人生を生きているのかも。

 そして客船を乗っ取るテロリストたち。連中もまたワケありで。彼らもなかなかにキャラが立っている連中なのだが、それは読んでのお楽しみ。そもそも権藤が「南シナ海号」に乗る羽目になった背景も、色々と胡散臭い事情が絡み合っている。

 舞台となる海域は、恐らく西沙諸島か南沙諸島のあたり。2015年現在、中国が強引に飛行場を建設して周辺国とゴタゴタしている海域だ。流石に正規軍が表立って動くわけにはいかず、それぞれの方法で二重三重の仮面を被りながら、強引かつ狡猾な方法で、自分に都合のいいシナリオを押し付けてくる。

 そして権藤のたった一つの武器、ハイテク電動車椅子「サイボイド」。これがまた、車椅子としては明らかにオーバースペックなシロモノで。だからと言って、武装があるわけじゃないのが、アクション小説としても見事な仕掛け。機動力にしても最高速度が時速6kmだから、せいぜい早歩きのレベル。

 明らかに戦闘力としては問題外に見える車椅子に、何が出来るのか。これも読んでのお楽しみ。

 抜群のリーダビリティ、決して善人ではないが意地の張りどころで共感したくないのに共感したくなる登場人物たち、国際情勢からグローバル経済まで話題性たっぷりの設定、SF心たっぷりの「サイボイド」、そして山田正紀のテーマである「絶対者へ抵抗」と、美味しい素材を惜しげもなくブチ込んでカラリと仕上げた、とっても贅沢な冒険小説だ。

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2015年8月12日 (水)

ソニア・シャー「人類50万年の闘い マラリア全史」太田出版 夏野徹也訳

人類はこの病気に50万年以上苦しめられてきた。いまだに私たちを苦しめるばかりか、致死性を強化してさえいるのだ。100年以上前から予防法も治療法も知られている病気としては、これは全くの離れ業である。
  ――1 戸口にせまるマラリア

 彼(ルイス・ハケット)が言うには、「マラリアは土地の条件に影響を受けて変化するので、1000種類の別の病気と化し、疫学上の難問となる」。種類ごとに、それぞれにふさわしいやり方で解明されなければならなくなったのだ。
  ――7 科学的解決法

【どんな本?】

 人類は天然痘やペストなど多くの疫病を克服してきた。だがマラリアは別だ。今でも年間2.5億~5億人が感染し、100万人がマラリアで亡くなっている。日本でも最近は聞かなくなった(→Wikipedia)が、温暖化により北上する恐れがある。

 いつから人類はマラリアに感染するようになったのか。その原因は何で、どのように感染するのか。どんな症状を起こし、どう診断するのか。原産地はどこで、どのような対策が取られ、どのように広がったのか。日本のように撲滅できた地域と、マラウイのように今も蔓延している地域とは何が違うのか。

 マラリアの感染と発症のメカニズム、媒介する蚊の生態から様々な対策、歴史に与えた影響から現在のマラリア対策の問題点まで、マラリアの歴史と現在を報告する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は The Fever : How Malaria Has Ruled Humankind for 500,000 Years, by Sonia Shah, 2010。日本語版は2015年3月29日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約364頁。9.5ポイント40字×17行×364頁=約247,520字、400字詰め原稿用紙で約619枚。文庫本の長編小説なら一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて、親しみやすい。また特に前提知識も要らない。敢えて言えば、蚊に刺されてかゆい思いをした経験ぐらい。蚊が大発生する夏に読むと、少し涼しくなるかもしれない。

【構成は?】

 基本的に時系列順に並んでいるので、素直に頭から読もう。

  • 1 戸口にせまるマラリア
  • 2 殺人鬼の誕生
  • 3 激流の真っ只中へ
  • 4 マラリアの生態学
  • 5 薬物治療のつまずき
  • 6 マラリアは宿命
  • 7 科学的解決法
  • 8 消えたマラリア 西洋からいなくなったわけ
  • 9 スプレーガン戦争
  • 10 新時代の闘い
  • 謝辞/訳者あとがき/注/索引

【感想は?】

 日本が島国である事に感謝したくなる。

 冒頭の引用にあるように、人類は未だマラリアを克服できていない。かつては日本でも流行していたが、今は稀に海外旅行で持ち帰るぐらいで、二次感染もほとんどない。

 ところが、ママウイでは「一人当たり平均して年間170回、マラリアに感染した蚊に刺され、全住民の40~70%がマラリアに罹患している」というから酷い。よくそれで国が維持できるなあと思うが、ちゃんと理由があるのだ。「重篤な疾患にかかる人は、獲得免疫のおかげでほんのわずか」だからだ。彼らにとっては風邪みたいなものらしい。

 マラリアは蚊が媒介する原虫だ。元は藻の仲間だったらしい。マラリアに感染した人の血を蚊が吸い、蚊のなかで2週間ほど世代を重ねる。その後、再び同じ蚊が人の血を吸うと、一緒にマラリアも感染する。ヒトの中では暫く肝細胞に潜む。この間は感染を検出できない。やがて血中に進出し、媒介する蚊を待つ。

 先のマラウイ人が持つ免疫は、アフリカにとって幸運でもあり、不運でもあるのが皮肉だ。幸運なのは、それによって大航海時代以降の白人のアフリカ進出が阻まれた事。マラリアに免疫を持つ現地のアフリカ人は平気だが、植民地化を目論む欧州の白人はバタバタと倒れて行く。

 が、白人がアメリカ大陸に進出すると話は変わってくる。もともと南北アメリカにマラリアはなかった。だが初期の航海者がマラリアを持ち込んでしまう。南北アメリカの低緯度地帯にはマラリアが蔓延し、労働力が足りなくなる。そこで三角貿易だ。マラリアに強いアフリカ人を働かせればいい、と。

 他にも水車動力による工業化などに伴い、マラリアは南北アメリカに広がってゆく。ダムを作るのも考え物で、ダム湖はボウフラに格好の住処を与えてしまう。魚を放つなどの対策をしないとヤバい。フラフラ飛ぶ蚊のくせに、移動距離は意外と長い。

雌の蚊は食べ物を探して13キロも遠くへ飛ぶことができるのだ。強風に助けられれば、160キロの彼方まで飛ぶことになる。

 ということは、それだけ広い範囲にマラリアを運べるという事でもある。去年話題になった東京のデング熱は…と思って調べたら、今年はまだ感染報告がないらしい。よかった。

 マラリアの特効薬は、奇妙な事にアンデスで見つかる。キナの木が含むキニーネだ。キニーネを巡るヨーロッパ各国の競争も楽しいが、第二次世界大戦で大きな転回点を迎える。当時キニーネの大半を提供していたオランダをドイツが押さえ、キナの木のプランテーションがあるシャワを日本が席巻する。連合軍は大ピンチ。

 ってんで、代替品を急いで開発する。この過程で行なわれた人体実験も酷いもんだが、なんとか新製品キナクリンの効果は確認できた。ってんで、キナクリンを充分に服用したオーストラリア軍一万七千がニューギニアに上陸するが、三ヶ月ほどで「350人の兵士がマラリアで倒れた」。マラリア原虫が耐性を獲得したのだ。しかも、たった三ヶ月で。

 など、マラリア原虫のしぶとさもマラリア撲滅の難しさではあるが、他にも原因は沢山ある。毛沢東が現役の頃に中国が見つけた薬アーテミシニンの話は、今でも起こりそうで身に染みる。

 と同時に、現場の問題も大きい。アフリカには病院が少なく、交通機関も未発達だ。そこで伝統療法である。安いどころか、マラウイじゃ呪術師は診療所の三倍高い。だが診療所に行くには50km以上歩かにゃならん上に、何より説得力があるのが、聞き取り調査での返答だ。

「あの人たち(医師)は人の話を聞く時間を割いてくれない」

 わかる、わかるぞ、その気持ち。数時間かけて病院にたどり着き、やはり数時間も待たされた挙句に5分で診察されたんじゃ、たまったもんじゃない。とはいえ、医師のほうも診なきゃいかん患者が山ほどいるんで、なるたけ効率的にやりたいんだろうけど。その医師が不足している原因も、これまたドン詰まりの悲しい状況で…

 そこでワクチン療法だ。ワクチンなら、「間に合わせの移動式キャンプを使って、わずか数日のうちに、低価格で、何千人にも接種できる」。ゲイツ財団も熱心に資金を提供しているが、それについて筆者はいささか辛口だ。実際にマラリアを撲滅できた地域を見ると、水溜りの除去など地道な環境改善が最も効果的な気がする。

 他にもマラリアの感染経路発見の熾烈な戦い、キナの木を巡るオランダとイギリスの争い、募金による資金調達の弱点、WHOなどが発表する数字の危うさなど、読み所はいっぱい。ただし、読むと暫くは蚊が怖くなるので、そこは覚悟しよう。

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2015年8月10日 (月)

サミュエル・R・ディレイニー「ドリフトグラス」国書刊行会 浅倉久志・伊藤典夫・小野田和子・酒井昭伸・深町眞理子訳

「ヴァイム、なんのせいにしろ、壁のなかへ閉じ込められるってことにがまんできるかい?」
  ――スター・ピット

「あなたたちは空の彼方で回転し、世界はあなたたちの下で回転する。そしてあなたたちはあの土地からこの土地へと歩きまらり、あたしたちは……」
  ――然り、そしてゴモラ……

 今世紀に縦と横の座標軸をとってもらおうか。そこから一つ象限を切りとって。よろしければ第三象限を。おれは50年に生まれた。いまは75年だ。
  ――時は準宝石の螺旋のように

「……メッセージを――帝国の星(エンパイア・スター)へ」その発音には、外星人が使う星際語特有の、明快で厳密な響きがあった。「メッセージを伝えてくれ――エンパイア・スターに!」
  ――エンパイア・スター

【どんな本?】

 1960年代にデビューし、華麗な文体で一世を風靡したアメリカのSF作家サミュエル・R・ディレイニーの中短編を、日本独自のセレクションで編集した作品集。1960年代後半から1970年代初頭の、初期作品が多い。文学的な冒険に満ちた独特の文章、やさぐれた雰囲気を漂わせる登場人物たち、そして海岸の描写が多いのも特徴だろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年12月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組で本文約536頁に加え、高橋良平の「ディレイニー小伝」25頁+伊藤典夫の「『時は準宝石の螺旋のように』のこと」2頁+酒井昭伸の「『エンパイア・スター」推測だらけの訳者補記」3頁+収録作品データ3頁。8.5ポイント25字×22行×2段×536頁=約589,600字、400字詰め原稿用紙で約1,474枚。文庫本なら3冊でもおかしくない分量。

 独特のスタイルで、やや読みにくい文章だ。これは訳の問題ではなく、原著者であるディレイニーのせい。冒頭のスター・ピットから、アイデアもストーリーも圧縮した個性的な作品に仕上がっている。ディレイニーならではの魔術をじっくり味わおう。

【収録作は?】

 それぞれ 日本語の作品名 / 英語の作品名 / 初出 / 訳者。

スター・ピット / The Star Pit / <ワールズ・オブ・トゥモロウ>1967年2月号 / 浅倉久志訳
 銀河系に人類が進出した未来。しかし人類は銀河系の外へは出て行けなかった。銀河系から二万光年以上離れると、人類を含む知的生物もコンピュータも発狂してしまうのだ。幸い、偶然に突破口が見つかる。ゴールデンだ。ごく稀に生じる、ある極端なホルモン平衡失調を抱えた者は、狂気の淵を越えて生還できるのだ。
 帰る所を失ったおれは、銀河系の外縁スター・ピットに流れ着き、修理格納庫を営んでいる。ラトリットは早熟な若者だ。ポロウスキーの店で働く修理工。彼は愚痴る。「なんのせいにしろ、壁のなかへ閉じ込められるってことにがまんできるかい?」
 いきなり鮮やかなイメージと濃縮した物語に圧倒される、ディレイニーらしいクセの強い作品。二つの太陽を持つ異星、複雑な生態系を閉じ込め観察できる生態観察館、特異な能力を持つ代償に人格が破綻したゴールデン、野望を持つ早熟な若者ラトリット、ドラッグまみれの少女アレグラ、着実に次のステップに進もうとする若者サンディ、そして疲れたオッサンの主人公ヴァイム。
 銀河の辺境スター・ピットの油臭い空気が漂う中で、生きる意味・ヒトとしての成長・自由を求めての暴走など多くのテーマとSFガジェットをギッシリと詰め込みながら、鮮やかな手並みで破綻なく華麗な物語を織り上げる、ディレイニーの奇跡的な手腕を堪能できる作品。
コロナ / Corona / <ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション>1967年10月号 / 酒井昭伸訳
 バディは24歳。刑務所を出た後はケネディ宇宙港で働いている。9歳の少女リーは、ニューヨークの病院に閉じ込められていた。人の心が読めてしまうため、リーは死にたがっていた。そしてもう一人、人気歌手のブライアン・ファウストが登場する。
 先のスター・ピットに比べると、かなりわかりやすくシンプルな作品。元不良少年の若者バディと、特殊能力を持ち隔離された少女リー。味付けによってはライトノベルにも少女漫画にもなりそうな、原型的な作品。
然り、そしてゴモラ…… / Aye, and Gomorrah... / ハーラン・エリスン編 Dangerous visions 1967年 / 小野田和子訳
 おれたちスペーサーはパリに下り、ヒューストンに下り、バスでパサデナへ行き、モノラインでガルベストンへ…そしてイスタンブールに下りてきた。みんなと別れたおれは、チャーミングな女と出会った。「あなた最初は男だったの、女だったの?」
 1967年ネビュラ賞短編部門受賞。ディレイニーらしく、性、それも倒錯した性を扱った作品。当時のアメリカのフリーセックスの風潮を反映してか、かなり開放的な社会を舞台に、倒錯についての議論が展開してゆく。
ドリフトグラス / Driftglass / <イフ>1967年6月号 / 小野田和子訳
 おれ、キャル・スヴェンソンが彼女アリエルと出会ったのは海岸だ。ガラスの欠片が海で洗われ、角が丸くなったドリフトグラスを探していた時だ。あの事故の少し前、おれはファオと友だちになった。おれが高圧線を施設していた時、ファオの網にかかったんだ。
 再びディレイニーお得意の海辺で展開する物語。人口爆発で海洋開発が盛んになった未来。肉体を改造し両棲人となったキャルやアリエルと、改造しない肉体で漁師として生きているファオ、そして次の時代へ向かうファオの姪たち。かつて危険な職務に挑み事故にあったキャルと、新たな困難な任務に挑もうとする若い両棲人トーク。そして陸と海。多くの人々を対照させながら、過ぎてしまった者・今を生きる者・未来へ向かう者を、詩情豊かに描いてゆく。
われら異形の軍団は、地を這う戦にまたがって進む / We, in Some Strange Power's Employ, Move on a Rigorous Line / <ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション>1968年5月号 / 深町眞理子訳
 《ヒーラ・モンスター》。巨大な水陸両用車。全世界動力委員会が提供する、大ケーブル網を全世界に施設して回っている。今回の仕事は珍しい。カナダ国境の転換工作だ。ついさっき、わたしは昇進してセクション・デヴィルになった。もう少ししたら転勤になるだろうが、それまでは今までどおりメイベルの仕事を手伝う事になるだろう。
 社会から隔絶し集団生活を送るコミューン《高い安息所》と、そこに電力を届け文明に同化しようとする《ヒーラ・モンスター》の出会いを描く物語。1968年、ヒッピー文化華やかなりし頃。多くの若者たちがアメリカの社会から離れ、それぞれにコミューンを作っていた社会背景を強く反映した作品。
 巨大な水陸両用車《ヒーラ・モンスター》と、軽快なプテラサイクル。デヴィル/デーモンと悪魔を連想させるブラッキーたちと、ハイ・ヘイヴンと天国を思わせるロジャーたちなど、命名の遊びも楽しい。
真鍮の檻 / Cage of Brass / <イフ>1968年6月号 / 伊藤典夫訳
 岩と雪ばかりの平原にある牢獄、<真鍮>。その底の独房には、ホークとピッグがブチ込まれていた。そして今日、もう一人が入ってきた。ジェイスン・ケージ。地球のヴェニスで捕まった。そして、ケージは語りだす。なぜ捕まったのか。ヴェニスでなにをやらかしたのかを。
 互いに姿は見えないが、話はできる三人の囚人。現在に振興する三人の会話と、ケージの昔話が交互に語られ…
ホログラム / High Weir / <イフ>1968年10月号 / 浅倉久志訳
 火星の基地からたった65マイルのところに、それはあった。パルテノン神殿ほどの遺跡。調査に来たリムキンたちは、彫像を見つけた。その目は直径9インチ奥行き1フィートの円筒で、つやつやした凹面に磨きあげられている。その目にライトを当てると…
 火星で火星人の遺跡を見つける。という道具立ては、今となっては少々古臭い感がある。遺跡にしても、探査衛星で見つかるだろうし。とはいえ、大量の画像や動画をコンピュータで扱う現代だと、ホログラムのアイデアは魅力的だ。現実の技術ではJPEGが似たような能力を実現しているかな?
時は準宝石の螺旋のように / Time Considered as a Helix of Semi-Precious Stones / <ニュー・ワールズ>1968年12月号 / 伊藤典夫訳
 ガキの頃はハロルド・クランシー・エヴァレットって名だった。マイルズおっさんの酪農場からヘリコプターをかっぱらって飛び出し、さっそく捕まって刑務所だ。何回かオツトメして、おれは少し利口になった。二年ぶりのニューヨーク、そこで女から今月のコトバを聞いた。碧玉、ジャスパー。
 1969年ネビュラ賞中短編部門、1970年ヒューゴー賞短編部門受賞のダブル・クラウンに輝いた作品。コロコロ変わるが頭文字は常にHCEの主人公・「今月のコトバ」・シンガーなど、冒頭から数々の魅力的なアイデアを散りばめつつも、詳細はわからない。だが物語が進むに連れ、それぞれの仕掛けが次第にハッキリしてくる。そう、まさしくホログラムのように。
オメガヘルム / Omegahelm / クリストファー・キャロル編 Beyond This Horizon 1973年 / 浅倉久志訳
 入江で海を眺めるヴォンドラマク。彼女に別れの挨拶を告げにきたギルダ。五年の間、二人は協力してやってきた。そして今、ギルダは辞表を出し、ヴォンドラマクは受け入れた。
 私には何が起きてるのか全く分からなかった。途中のヴォンドラマクの娘の挿話には強烈な印象を受けたけど。
ブロブ / Among then Blobs / <ミシシッピ・レビュウ>47・8号 1988年/ 小野田和子訳
 ニューヨークの地下鉄を乗り継ぐジョー。今は夕方のラッシュアワーだ。ルシプリン-6製ロケットに乗ったバット-Dは、恒星間空間を突っ走り、<ブロブ>との接触に向かっていた。
 マニアックな趣向のSFポルノ。ニューヨークの地下鉄のトイレは、ハッテン場らしい。そこをハシゴするジョー君の、数々のファースト・コンタクトを描いている…のかなあ?
タペストリー / Tapestry / <ニュー・アメリカン・レビュウ>9号 1970年 / 小野田和子訳
 肌理の粗い亜麻布のタペストリー、全部で七面。だがそのパネルは端が裂けている。そこに描かれているのは一角獣。失われた布地には何が描かれていたのか。
 一角獣を捕らえるには、処女を囮にすればよいという。いかにもファンタジックで綺麗な話だが、その場面をリアリティたっぷりに描いた皮肉な作品…じゃ、ないかな?
プリズマティカ / Priamatica / <ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション>1977年10月号 / 浅倉久志訳
 貧しいがすばしっこく機転が利く赤毛のエイモスが酒場に来た時、大きな黒いトランクを持った灰色の男が人を募っていた。わたしと友だちに力を貸してくれ、沢山の宝石と黄金で骨折りに報いるから、と。承諾したエイモスは、灰色男の船へと乗り込み…
 赤毛の船乗りエイモスと、胡散臭い灰色男が繰り広げる、知恵と冒険のおとぎばなし。技巧的なディレイニーには珍しく、これは子供でも楽しめるわかりやすいストーリーだ。赤毛のエイモス・灰色の男・黒いとランク、そして虹の国の王子と、色が物語を読みとく一つの鍵となっている。
廃墟 / Ruins / <アルゴル>1968年1月号 / 浅倉久志訳
 奥歯は折れ、サンダルは片方を失くし、身にまとうのはぼろだけのこそ泥クリキットは、夏の夕立を避けて入り口に駆け込んだ。ここはミエトラの東の神、キルケの見捨てられた神殿の一つらしい。奥から明かりが漏れている。向うを覗き込んだクリキットは、息をのんだ。
 これもまた、おとぎ話仕立て。こそ泥が雨宿りで駆け込んだ、崩れた神殿の奥には、豊かな財宝と美女が潜んでいたが…
漁師の網にかかった犬 / Dog in a Fisherman's Net / <クォーク>3号 1971年 / 小野田和子訳
 パノスはコンクリートに魚網を広げて繕っている。弟のスパイロは木箱を甲板から桟橋に運んでいた。運び終わったスパイロが船を岬の裏に回していた時、犬がパノスの網にからまって暴れ始め…
 SFではない。ギリシャの小さな島で生きる、若く貧しい漁師の兄弟を描く切ない話。
夜とジョー・ディコスタンツォの愛することども / Night and the Loves of Joe Discostanzo / アン・マキャフリイ編 Alchemy and Acadeny 1970年 / 小野田和子訳
 モルガンサを消してしまったジョーイ。残ったのは多くのサソリ。その一匹に足を刺されたジョーイは、一輪車を駆って東翼棟の七階へ向かう。その部屋にいるのはマキシミリアン。「あんたはおれの空想の産物だ。どうしてそれを認めようとしないんだ?」「それは、きみが私の空想の産物だからだ」
 迷宮のような館の中。奇妙にねじれた時間。そして互いが自分の空想の産物だと思っているジョーイとマキシミリアン。物語も迷宮のようで、何が起きているのかよくわからなかった。
あとがき――疑いと夢について / Afterword : Of Doubts and Dreams / 単行本「プリズマティカ」 / 浅倉久志訳
 ディレイニーが、自らの創作手法について語ったエッセイ。彼の独特の作品を生み出す秘訣がわかるかと思ったが、そこはやっぱりディレイニー。わかるような、わからないような、やっぱりよくわからない話なのだった。
エンパイア・スター / Empire Star / 1966年 / 酒井昭伸訳
 プライアシルを産出する以外は何もない辺境の衛星リースの、地下農場で働く少年コメット・ジョーは、仔猫悪魔のディ=クを拾った日に、もうひとつ拾い物をした。宝石。これが、ジョーを宇宙の旅へと誘った。エンパイア・スターへと。
 この本では最も長い作品。辺境の貧しい星に生まれた少年が、偶然に拾った“宝石”にメッセージを託され、銀河の命運をになう冒険の旅に出る物語…って、まるきしスターウォーズ「新たなる希望」じゃないか。一見、ストレートなスペースオペラかと思って読み始め、あんまりにもスラスラと進む物語に「ディレイニーには珍しくご都合主義すぎるよなあ」などと疑っていたら、そうきましたか。見事に一本取られた。
ディレイニー小伝 高橋良平
「時は準宝石の螺旋のように」のこと 伊藤典夫
「エンパイア・スター」推測だらけの訳者補記 酒井昭伸
収録作品データ

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2015年8月 7日 (金)

スティーヴン・ストロガッツ「SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか?」ハヤカワ文庫NF 藤本由紀監修 長尾力訳

第1部では、細胞、動物、ヒトといった「生物振動子」を扱い、第2部では、振り子、惑星、レーザー、電子といった「非生物振動子」にふれることにする。第3部では、それまでの単純な前提にとらわれずに、同期現象の最前線について見ておくことにしたい。
  ――はじめに

 さて、今この時代に科学者であることが、どれほどワクワクすることかを実感していただけただろうか?
  ――結び

【どんな本?】

 ハヤカワ文庫SF<数理を楽しむ>シリーズの一冊。

 ホタルの明滅、コオロギの鳴き声、月の公転と自転、振り子時計の共振、超伝導現象…。生物でも非生物でも、世界には奇妙な共振現象が溢れている。だが、今まではこれらを巧く扱うモデルが存在しなかった。数学的なモデルが線形ではなく、線形でないモデルを扱うのは大変に難しかったからだ。

 20世紀終盤に非線形を扱う数学モデルが登場し、またカオスや複雑系といった分野が発達するにつれ、数学者・物理学者・生物学者・社会学者など多様な方面の研究者が集い、この世界を解き明かす新しい手法や分野切り開かれつつある。

 「同期」「非線形」をキーワードに、愉快なエピソードを豊富に交えて現在の数学・科学の最前線を解説し、現代の数学・科学研究の楽しさを伝える、一般向けの数学・科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SYNC : The Emerging Science of Spontaneous Order, by Steven Strogatz, 2003。日本語版は2005年3月に早川書房より単行本で発行。文庫本は2014年2月25日に発行。文庫本縦一段組みで本文約505頁。9ポイント41字×18行×505頁=約372,690字、400字詰め原稿用紙で約932枚。文庫本としては上下巻でもいいぐらいの分量。

 意外なくらい、文章はこなれている。内容も思ったより難しくない。根底にあるのは数学だが、数式は出てこない。できれば微分の初歩が分かっていた方がいいが、「x2 を微分すると2xになる」程度で充分。というか私もその程度しか分かってなくて、いわゆる微分方程式は解けない(従って軌道脱出速度の計算ができない)けど、充分に楽しめた。

【構成は?】

 個々の章は比較的に独立しているが、できれば頭から読んだほうがいい。でもやっぱり第3章が一番面白かったなあ。

  • 監修者まえがき
  • はじめに
  • 第1部 生体における同期
    • 第1章 ホタルはなぜ、いっせいに光るのか?
    • 第2章 脳波と同期現象の条件
    • 第3章 睡眠と日々の同期現象
  • 第2部 同期の発見
    • 第4章 同期する宇宙
    • 第5章 量子のコーラス
    • 第6章 橋
  • 第3部 同期の探求
    • 第7章 同期するカオス
    • 第8章 三次元における同期
    • 第9章 「小さな世界」ネットワーク
    • 第10章 ヒトと同期
  • 結び

【感想は?】

 基本的には数学の本だが、とてもワクワクする。何より、著者が研究を楽しんでいるのがヒシヒシと伝わってくる。

 お話はホタルの明滅から始まる。1910年代から、ヨーロッパに複数の報告が出た。東南アジアのホタルは、見事に同期して明滅する、と。ところが、この現象はなかなか信じてもらえなかった。「指揮者もないのに、昆虫がリズムを合わせるわけないじゃないか」と。だが、この現象は本当だったのだ。Youtube に動画も上がっている。

勝手に同期する現象は、非生物にもあった。オランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンス(→Wikipedia)は、並べて置いた振り子時計の振り子が見事に同期するのを見た。一種の共鳴だ。

 第1部と第2部では、他にも超伝導のような極小スケールから女性の月経周期の同期など身近なスケール、ロンドンのミレニアム橋開通時の横揺れ(→Youtube)、そして月の自転と公転周期など、様々なスケールの同期現象を紹介してゆく。

 にしてもジョセフソン素子の「スプレー状態」は不思議だ。複数のジョゼフソン接合を直列に繋ぐと、振動の周期が奇妙な振る舞いを示すのである。2つだと周期が1/2周期ずれ、3つだと1/3ずれ、四つだと1/4ずれ…と、素子の数ぶんだけ綺麗に等分した形でズレるとか。

 これが繋いだ順番にズレるのならわかるが、「空間的にはまったくランダムなパターンで現れる」から不思議。つまり、どの素子がそれぐらいズレるのか、予測がつかないのだ。ってだけなら「ほほう」で終わるが、その後がまた凄い。

 この現象を発見したのはスタンフォード大学の教授マック・ビーズリーと大学院生のピーター・ハドリー、そしてブルックヘイヴン国立研究所のカート・ヴィーゼンフェルト。この奇妙な現象を見つけたカート考えた。「これ、記憶素子に使えるんじゃね?」 どうするのか、というと。

 5個の素子を繋げた場合、スプレー状態の場合の数は24になる(4×3×2)。10個だと362,880だ。つまり10個の素子で2進18桁(262,144)以上の数を表せるのである。今のコンピュータだと、8個の素子で表現できるのは8bit=256だが、この理屈だと7×6×5×4×3×2で5040まで表せる。

 凄げえ。とんでもないメモリ効率だ。16個繋げたら Unicode 全部入るんじゃね? などとびっくりしてたら、更に追い討ちをかけてきた。

神経科学者によれば、ヒトの嗅覚記憶は、ちょうどこのような具合に働いているのだという。つまりそこで振動子にあたるのが脳の嗅覚内に存在するニューロンであり、そのニューロンの興奮が示す多様なパターンが、さまざまな匂いをコード化している。

 人間凄げえ。

 第3部では、これに「カオス」「複雑系」「ネットワーク」などが加わって、更にエキサイティングな現代の研究事情へとつながって行く。ところでこの「カオス」、決してランダムという意味ではない。この本は綺麗に定義をまとめてくれている。

  1. 気まぐれで、一見ランダムに見える振る舞いが、実際には決定論的な系に現れること。
  2. 決定論的な法則ゆえに、短期的には予測可能であること。
  3. バタフライ効果による、長期的に見た場合の予測不可能性。

 この予測の可否を決める時間をリャプノフ時間と呼び、モノにより違う。電気回路では1/1000秒、天候では数日、太陽系では500万年ぐらい。つまり、カオスな系にも実はハッキリした規則があり、程度によっては予測もできるわけだ。

 終盤ではネットワークで有名なダンカン・ワッツも登場し、「六次の隔たり(→Wikipedia)」やケビン・ベーコン数(→はてなキーワード)・エルデシュ数(→Wikipedia)など人間関係のネットワークと、と線虫C・エレガンス(→Wikipedia)の神経系や合衆国西部の高圧電線網などの類似を明らかにしてゆく。

 ここで感心したのは、モノゴトを単純化してモデル化する数学者の発想だ。C・エレガンスの神経網では、ニューロンの種類や接合の方法は無視して、トポロジーだけを考える。敢えて細部を切り捨てる事で、本性に迫る思考法は、抽象化を重ねて壮大なシステムを構築する計算機屋の発想と少し似ている。いや勿論、後で細部も詰めるんだけど。

 などの数学・科学・工学の話に加え、それぞれの研究者との出会いや、一輪車で構内を爆走するノーバート・ウイナーなど人間臭い話もチラホラでてくる。所々にコンピュータによるシミュレーションの話が出てくるように(最初の例はAppleⅡ!)、現代だからこそ可能となった応用数学のホットな話題が満載の、楽しい数学の本だ。

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2015年8月 5日 (水)

籘真千歳「θ 11番ホームの妖精 鏡仕掛けの乙女たち」ハヤカワ文庫JA

 そう、ここは東京上空2200メートル。日本で一番高いところにある、CD鉄道(コンプレス・ディメンション・トレイン)の東京駅11番ホームです。

【どんな本?】

 「スワロウテイル」シリーズで人気の新鋭SF作家・籘真千歳のデビュー作に、未収録作を加え加筆・修正した連作SF中短編集。

 舞台は「スワロウテイル」シリーズと一部が共通している未来の日本。東京の上空2200mに存在する11番ホームに勤める三等駅員T・Bと、人語を解する狼の義経、ホームを管理する人工知能アリスを中心に、彼らが巻き込まれる事件を、コミカルかつシリアスに描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2008年に電撃文庫から出版。ハヤカワ文庫版は2014年7月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約455頁に加え、あとがき7頁。9ポイント40字×17行×455頁=約309,400字、400字詰め原稿用紙で約774枚。長編小説ならやや長めの分量。

 最初はライトノベルとして出ただけあって、文章はこなれている。内容も特に難しくないので、あまりSFを読まない人にもとっつき易いだろう。

【収録作は?】

Ticket 01 : 鏡と狼と人工知能
 穏やかな春の日。東京駅に、暴走列車が進入しようとしている。時速は約800km、進入までの予想時間は3分11秒。この調子でホームに入ってくれば、駅が崩壊しかねない。
  ここは東京上空2200mに浮かぶ11番ホーム。地上に降りるには公共ヘリコプター交通を呼ぶしかない。駅に居るのは、三等駅員のT・B、人語を解する狼の義経、そして駅のマザーコンピューター「アリス」だけ。三者なりのチームワークを発揮しつつ、正体不明の列車の正体を探り、事故を防ごうとするが…
 連作短編集の開幕編となる短編。「…のですよ」と、ほわほわした少女らしいT・Bの語り口で始まる冒頭は、いかにもライトノベルの読者を意識したらしいキャッチーな出だし。が、すぐに「高分子化金粒子」だの「鏡像異性体」だのと、凝ったSFガジェットも早々に登場し、「おお!」と思わせてくれる。
 色々と便利なようで、根本的な所で気が利かないアリスが可愛い。軽く明るいドタバタで始まった物語だが、そこはクセ者の著者、なかなかに込み入った当時の政治情勢や国際情勢を絡めつつ、不穏な舞台裏を覗かせる。
Ticket02 : 蘭とパンダと盲目の妖精
 陽気のいい春の日。11番ホームに、一列の貨物列車が回されてきた。運搬依頼主は「スヌマ園芸株式会社」、どうもワケありの顧客らしい。航海されている事業内容や経営状況を見る限り、特に怪しいところはない。到着予定時刻は午後四時、それまでに掃除を済ませようと奮闘するT・Bだった。
 今回のゲストとして登場する、スヌマ園芸株式会社の常務取締役の田亀さんと、社長令嬢の巣沼朱美のデコボコ・コンビが、実にわかりやすい対照をなしてて楽しい。特に朱美さんのキャラが強烈。最初の一声で外見から育ちまで想像できちゃう楽しい人。いや近くにいたら楽しいどころじゃじないけどw
 加えて、クールでワイルドでニヒルな義経のアレな姿が拝めるのも読みどころ。北方の大型種なのかな?
Ticket03 : 魔女とバニラとショートホープ
 夏の強い日差しの中、待避線に止まっているのは、コンテナを載せた一両の貨物車。コンテナは磁気記録式情報記憶媒体、33000枚の磁気記憶ディスクを内蔵し、防水・防塵などの厳重な保護対策を施した…百年以上前の遺物だ。受け入れ先は筑波研究学園都市国立総合生体科学研究所。このまま何もなければいいのだが…
 冒頭から、サーバのラックを詰め込んだコンテナって発想に少しワクワク。「ソレが何の役に立つんだ」と言われると少し悩むけど。そもそもサーバを物理的に移動させて何が嬉しいのかサッパリわからないけど、サーバ列車とかどうにも心が躍るモノがある。
 「ここには『ワケ』のない人も物もこない」11番ホーム。当然、ケッタイなコンテナも、大変なトラブルを持ち込んでくる。環境に煩いこのご時勢に、しぶとく喫煙所にタムロするご仁のキャが、これまた強烈で楽しい。つかパラシュート買ったんかいw 普通は借りるんじゃないの? 経済観念がアレな人なんだろうなあw
 お話は、この世界を成立させている技術と、その鍵を握る人物を巡る、やはり重くシリアスなもの。「スワロウテイル」シリーズ同様に、技術で国を成り立たせる事の難しさを描いてゆく。

 電撃文庫でデビューしただけあって、とっつきやすい文章に魅力的なキャラクター、そしてコミカルな会話と場面描写をふんだんに盛り込みつつ、使われるガジェットはSFとして魅力的だし、背景の事情はなかなかに深刻なもの。新世代のSFの書き手を感じさせる、旧作中心でありながらフレッシュな感覚の連作中短編集だった。

 それはそれとして、やっぱり義経はロリコンだと思う。

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2015年8月 3日 (月)

アラステア・ボネット「オフ・ザ・マップ 世界から隔絶された場所」イースト・プレス 夏目大訳

 本書を読む人にはこれから度に出てもらう。行き先は世界の辺境かもしれないし、読者の家のすぐ近くかもしれない。だた、言えることは、どの場所も皆、どこか常識外れだということである。
  ――はじめに

 機井洞は偽物の村だ。夜になると、村の中に立ち並ぶ建物に明かりが灯り、朝になると消えるが、実はその建物も窓すらない見せかけだけのものである。住んでいる人間はおらず、外からの訪問もゆるされてはいない。明かりはタイマーによって自動的に灯されており、道路は定期的に清掃されている。
  ――第四章 廃墟と化した場所  北朝鮮のはりぼての村 機井洞

【どんな本?】

 人は場所に愛着を持つ。故郷は懐かしいし、見慣れた風景が変わると寂しい。だが、世界はいつだって変わってゆく。新しくできる街もあれば、事故や事件で人が住めなくなる場所もある。

 存在しなかった伝説の島サンディ島から始まり、全貌すら掴めない壮大な地下都市カッパドギア、為政者が己の見栄のために作ったカンバシ新区、世界の貴重品が集まるジュネーブ保税倉庫、現代テクノロジーが生み出した人工島など、死自然現象・歴史的な経緯・ビジネスそして技術が生んだ、奇妙な「場所」を紹介する、ちょっと変わった旅先案内本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Unruly Places : Lost Spaces, Secret Cities, and other Inscrutable Geographies, by Alastair Bonnett, 2014。日本語版は2015年3月31日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約292頁に加え訳者あとがき5頁。9.5ポイント44字×18行×292頁=約231,264字、400字詰め原稿用紙で約579枚。標準的な長編小説一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないし、前提知識も要らない。個々の「場所」には緯度と経度が書いてあるので、Google Map で現地を眺めながら読むと楽しめるだろう。

【構成は?】

 それぞれの場所について、6~12頁程度で紹介する記事が並ぶ。個々の記事は独立しているので、興味のある所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第一章 喪われた場所
    • 解明された幽霊島 サンディ島
    • 改名を繰り返した都市 レニングラード
    • おとりとして見捨てられた村 アーン
    • 過去の歴史が抹消された都市 オールドメッカ
    • 浮かんでは消えた島 ニュームーア島
    • 失われた風景の記念碑 タイムランドスケープ
    • 海が干上がってできた砂漠 アラルカン砂漠
  • 第二章 地図にない場所
    • 探検できる都市 ミネアポリスの地下迷宮
    • 閉鎖された地上の楽園 ジュレズノゴルスク
    • 古代キリスト教徒の迷宮 カッパドギアの地下都市
    • 死者と同居する街 ノースセメタリー
    • 文明から隔離された島 北センチネル島
  • 第三章 誰もいない場所
    • どの国にも属さない道 国境と国境の隙間
    • どの国も欲しがらない土地 ビル・タウィール
    • 統治国家が急に変わった土地 ナウアテリーケ
    • すべて「なかったこと」にされる村 トワイル・アブ・ジャワル
  • 第四章 廃墟と化した場所
    • アスベストに呪われた場所 ウィトヌーム
    • 経済発展が生んだがらんどうの街 カンバシ新区
    • 北朝鮮のはりぼての村 機井洞
    • 世界最大の死の街 アーダム
    • チェルノブイリのゴーストタウン プリピャチ
    • ユートピア計画の残骸 ジャッレの廃墟群
  • 第五章 手出しできない場所
    • 他国の法律が適用された場所 ザイスト基地
    • 免税が認められた場所 ジュネーブ保税倉庫
    • CIAの秘密拘留施設
    • 文明に背を向けた理想郷 バウンティフル村
    • 自治が認められた女人禁制の山 アトス山
    • 奴隷制が遺したコミュニティ スプラウト牧場
    • 反政府軍の支配下 コロンビア革命軍支配領域
    • 海賊の支配する無法都市 ホビョ
  • 第六章 飛び地と未承認国家と浮遊島
    • 観光資源が飛び地 バールレ
    • 200近くの飛び地が散らばる地域 チットマハールズ
    • 海上要塞の自称「独立国家」 シーランド
    • 単一民族が正義の国家 ルンダ・チョクウェ連合王国
    • 貧しくとも分離独立を求める地区 ガガウズ自治区
    • 海に浮かぶ現実の島 軽石の島とゴミの島
    • 人工の浮遊島 氷の島「ニップタークP-32」
    • 地図の概念を変える人工島 浮遊するモルディブ
  • おわりに
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 鳥には色々と歴史があるし、世の中には色々な人が居るんだなあ。

 著者は社会地理学の教授だそうだ。ナニやら偉そうだが、現代の日本でもその気になれば楽しめそうなネタもある。その代表が「第二章 地図にない場所」の「探検できる都市 ミネアポリスの地下迷宮」。

 アメリカのミネソタ州、ミネアポリスとセントポールの都市圏。ここの地下に、迷宮があった。発見したのは地元の探検家グループ。地下迷宮の噂を聞いて、いくつものマンホールに入って調べ、トンネルを発見する。その先にあったのは…

 ミネアポリスは比較的に新しいシロモノだが、有名なカッパドギアは規模が違う。「地元の専門家の中には、まだ未発見の都市が少なくとも30、多ければ200」というから桁違いだ。地下室ではなく、地下都市が数十も眠っているとは。しかし、なんだってこう、地下の探検ってのはワクワクするんだろう。

 やはりワクワクするのは、北センチネル島。インド領の島なんだが、ほぼ外界と隔絶した人間が住んでいる。一時期は接触を試みたんだが、「島に侵入して来る者を見つけた場合、いきなり矢の雨を降らせてくる」。結局、ロクにコミュニケーションも取れないまま「我々が彼らに一方的に友情を押し付ける権利はない」として、隔離政策を取る事となった。

 文化人類学者などは興味津々だろうけど、これはこれで英断なのかも。今は海岸から50m以上近づいてはならん、と法で正式に保護している。さすがインド、懐が深い。

 かと思えば、どうにも切ない場所も多い。歴史学者が激怒しそうなのが、オールドメッカ。そう、イスラム教の聖地メッカだ。ここはサウド家が威信にかけて保護している…はずが。

古くから存在したメッカの街は、過去わずか20年ほどの間に95%が破壊されてしまった。古い街は破壊され、その代わりに、幅の広い道路や駐車場、ホテルや新たな商店街などが作られた。

 おいおい、マジかよ。まあ、確かに切実な理由はあるのだ。なんたって「毎年300万人を超える巡礼者が訪れる」わけで、相応の宿泊施設は必要だろう。イスラム教徒は増えている上に、航空機や自動車で巡礼も手軽になった。サウド家も熱心に高速道路を作り、巡礼の便宜を図っている。

 が、そんな世俗的な理由ばかりではないのが、ここの複雑な所。元々、「メッカという街で、イスラム教はいくつもの宗派に分かれて存在してきた」。そのため、様々な宗派の建物があった。が、今のサウジアラビアは、イスラム教でも厳格なワッハーブ派であり、「異端」が許せないのである。

 ということで、オスマン帝国が保護してきたモスクや霊廟を目の敵にして壊しまくったわけだ。いいのか、それで。

 逆に歴史を巧いこと残そうとしているのが、スプラウト牧場。現在はブロタス・キロンボという名前になっている。「キロンボとは、かつてブラジルの逃亡奴隷たちが国の辺境に切り開いた居留地を呼ぶのに使われた名前だ」。このキロンボ、「現代ブラジルの郊外地域や村の中には、キロンボをルーツとするものがおそらく2000は存在している」。

 つまりは奴隷制の名残まわけで、ブラジルに取っちゃあまり名誉なことでもない。実際、一時期はロクな扱いを受けなかったようだ。だが今では有名なキロンボのパルマーレス最後のリーダーであるズンビは、「ブラジル国家の英雄と認められた」。USAのマーティン・ルーサー・キング牧師みたいな存在なのかな?

 消えるのがめでたい場所もある。「200近くの飛び地が散らばる地域 チットマハールズ」だ。インドとバングラデシュの飛び地が入り組んだ所。飛び地の中に住む人は、病院に行くにもビザが要る。だがビザを取るには飛び地を出なきゃいけない。政府は道も橋も学校も作ってくれないし、警官も裁判官もいない。

 大変だよなあ、と思っていたら、いいニュースが入ってきた。「インドとバングラデシュが領土交換 162カ所の飛び地(→Yahoo! ニュース)」。やっと両国が合意に達したらしい。

 ラストはまるでSFな話が出てくる。「地図の概念を変える人工島 浮遊するモルディブ」だ。考えているのは「オランダの若き建築家、コーエン・オルトゥイス」。既に185棟の贅沢な水上ヴィラ「オーシャン・フラワー」を作っている。彼のビジョンは楽しい。

地面の上の構造物は一度作ってしまえば簡単には動かせない。だが、水の上に浮かぶ建築物は簡単に移動できる。将来の都市は、まるでシャッフルパズルのように建物の位置を自在に動かせる柔軟なものになるべき

 って、「翠星のガルガンティア」か「華竜の宮」か。いずれにせよ、どうにもワクワクするビジョンだ。残念ながら今は貧乏人には縁の無い話だけど。

 国というシステムの虚をついて巧いことやっている地域もあれば、逆に国が足かせになっている所もあるし、国の手が届かない事が悲劇となっている所もある。国・自然・テクノロジーなど原因は様々だし、結果も様々。文章はこなれていて手軽に読めるし、内容も難しくない。地理系のトリビアを仕入れるには格好の本だろう。

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