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2015年8月 5日 (水)

籘真千歳「θ 11番ホームの妖精 鏡仕掛けの乙女たち」ハヤカワ文庫JA

 そう、ここは東京上空2200メートル。日本で一番高いところにある、CD鉄道(コンプレス・ディメンション・トレイン)の東京駅11番ホームです。

【どんな本?】

 「スワロウテイル」シリーズで人気の新鋭SF作家・籘真千歳のデビュー作に、未収録作を加え加筆・修正した連作SF中短編集。

 舞台は「スワロウテイル」シリーズと一部が共通している未来の日本。東京の上空2200mに存在する11番ホームに勤める三等駅員T・Bと、人語を解する狼の義経、ホームを管理する人工知能アリスを中心に、彼らが巻き込まれる事件を、コミカルかつシリアスに描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2008年に電撃文庫から出版。ハヤカワ文庫版は2014年7月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約455頁に加え、あとがき7頁。9ポイント40字×17行×455頁=約309,400字、400字詰め原稿用紙で約774枚。長編小説ならやや長めの分量。

 最初はライトノベルとして出ただけあって、文章はこなれている。内容も特に難しくないので、あまりSFを読まない人にもとっつき易いだろう。

【収録作は?】

Ticket 01 : 鏡と狼と人工知能
 穏やかな春の日。東京駅に、暴走列車が進入しようとしている。時速は約800km、進入までの予想時間は3分11秒。この調子でホームに入ってくれば、駅が崩壊しかねない。
  ここは東京上空2200mに浮かぶ11番ホーム。地上に降りるには公共ヘリコプター交通を呼ぶしかない。駅に居るのは、三等駅員のT・B、人語を解する狼の義経、そして駅のマザーコンピューター「アリス」だけ。三者なりのチームワークを発揮しつつ、正体不明の列車の正体を探り、事故を防ごうとするが…
 連作短編集の開幕編となる短編。「…のですよ」と、ほわほわした少女らしいT・Bの語り口で始まる冒頭は、いかにもライトノベルの読者を意識したらしいキャッチーな出だし。が、すぐに「高分子化金粒子」だの「鏡像異性体」だのと、凝ったSFガジェットも早々に登場し、「おお!」と思わせてくれる。
 色々と便利なようで、根本的な所で気が利かないアリスが可愛い。軽く明るいドタバタで始まった物語だが、そこはクセ者の著者、なかなかに込み入った当時の政治情勢や国際情勢を絡めつつ、不穏な舞台裏を覗かせる。
Ticket02 : 蘭とパンダと盲目の妖精
 陽気のいい春の日。11番ホームに、一列の貨物列車が回されてきた。運搬依頼主は「スヌマ園芸株式会社」、どうもワケありの顧客らしい。航海されている事業内容や経営状況を見る限り、特に怪しいところはない。到着予定時刻は午後四時、それまでに掃除を済ませようと奮闘するT・Bだった。
 今回のゲストとして登場する、スヌマ園芸株式会社の常務取締役の田亀さんと、社長令嬢の巣沼朱美のデコボコ・コンビが、実にわかりやすい対照をなしてて楽しい。特に朱美さんのキャラが強烈。最初の一声で外見から育ちまで想像できちゃう楽しい人。いや近くにいたら楽しいどころじゃじないけどw
 加えて、クールでワイルドでニヒルな義経のアレな姿が拝めるのも読みどころ。北方の大型種なのかな?
Ticket03 : 魔女とバニラとショートホープ
 夏の強い日差しの中、待避線に止まっているのは、コンテナを載せた一両の貨物車。コンテナは磁気記録式情報記憶媒体、33000枚の磁気記憶ディスクを内蔵し、防水・防塵などの厳重な保護対策を施した…百年以上前の遺物だ。受け入れ先は筑波研究学園都市国立総合生体科学研究所。このまま何もなければいいのだが…
 冒頭から、サーバのラックを詰め込んだコンテナって発想に少しワクワク。「ソレが何の役に立つんだ」と言われると少し悩むけど。そもそもサーバを物理的に移動させて何が嬉しいのかサッパリわからないけど、サーバ列車とかどうにも心が躍るモノがある。
 「ここには『ワケ』のない人も物もこない」11番ホーム。当然、ケッタイなコンテナも、大変なトラブルを持ち込んでくる。環境に煩いこのご時勢に、しぶとく喫煙所にタムロするご仁のキャが、これまた強烈で楽しい。つかパラシュート買ったんかいw 普通は借りるんじゃないの? 経済観念がアレな人なんだろうなあw
 お話は、この世界を成立させている技術と、その鍵を握る人物を巡る、やはり重くシリアスなもの。「スワロウテイル」シリーズ同様に、技術で国を成り立たせる事の難しさを描いてゆく。

 電撃文庫でデビューしただけあって、とっつきやすい文章に魅力的なキャラクター、そしてコミカルな会話と場面描写をふんだんに盛り込みつつ、使われるガジェットはSFとして魅力的だし、背景の事情はなかなかに深刻なもの。新世代のSFの書き手を感じさせる、旧作中心でありながらフレッシュな感覚の連作中短編集だった。

 それはそれとして、やっぱり義経はロリコンだと思う。

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