デイヴィッド・ダンマー/ティム・スラッキン「液晶の歴史」朝日新聞出版 鳥山和久訳
液晶は自然界にはたくさん存在しているのだが、高い技能をもち、経験あるひとだけが見つけられる。特に、液晶は生き物のなかで見つかる。
――はじめに1960年代、液晶問題は脇役であり、正統な科学に属するものとはけっしていえなかった。
――8 ルネサンス
【どんな本?】
テレビやスマートフォンばかりでなく、家電の状態表示にも使われている液晶。名前はよく聞くが、その正体はよく分からない。この本の原題を見ると、更にわからなくなる。「石鹸、科学&薄型テレビ」だ。科学とテレビはともかく、なんで石鹸が出てくる?
液晶とは何か。それは誰が見つけ、どのように確認したのか。固体や液体と何が違い、どんな性質があるのか。なぜ最初は電卓に使われ、テレビに応用したのか。なぜブラウン管では駄目なのか。そして、なぜ日本のメーカーが先頭を走ったのか。
液晶の発見から製品開発まで、科学と工学と産業の歴史を辿りながら、液晶の正体と性質、そして現代の薄型テレビの原理を解説し、未来を展望する、専門家による一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SOAP, SCIENCE, & FLAT-SCREEN TVs, by David Dunmur and Tim Sluckin, 2011。日本語版は2011年8月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約516頁。9.5ポイント44字×18行×516頁=約408,672字、400字詰め原稿用紙で約1,022枚。文庫本の小説なら上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれている。内容は、ハッキリ言ってかなり歯ごたえがある。扱う範囲は化学・光学・物理学・電磁気学・数学と広い。だが諦めないでほしい。歯ごたえはあるが、いっくり読めば必要な事柄はちゃんと理解できる構成になっているから。
親しみやすさではサイモン・シンに劣るが、内容の深さはこちらが上だ。専門家が書く本だと、途中をはしょって意味不明な専門用語だらけになる事が多いが、この本は違う。現象や原理を、一歩づつ丁寧に説明している。
読みこなすのに必要な素養は、普通科の高校二年程だろう。化学だと「イオンって電子が多いか足りないか」程度でいい。光学は「太陽光はプリズムで分光できる」ぐらい。数学は二次元のベクトルが分かる程度で、テンソルは知らなくていい。物理学はエネルギー保存則を知っていれば充分。電磁気学は、乾電池と銅線で豆電球を灯せる程度。
ちなみに私は鉱石ラジオすら作れない無学者だが、存分に楽しめた。ただし、繰り返すが、歯ごたえはある。
【構成は?】
時間的には時代を追って、科学的には原理から応用へと話が進むので、素直に頭から読もう。
|
|
【感想は?】
見た目はミドル級だが、中身はヘビー級。
一つのテーマを解説する科学・工学系の解説書には、困ったパターンがある。最初はわかりやすく楽しいのだが、次第に難しくなって、終盤はハナモゲラになるケースだ。
特に、その道の専門家が書く本は、要注意だ。冒頭では読者の立場を考えてブレーキをかけていたのが、中盤以降になって筆がのってくると、専門用語を頻発して読者を置き去りにし、暴走してしまう。著者の熱意と愛情は伝わってくるのだが、読者としては「日本語で書いてくれ」と言いたくなる。
この本も、パラパラと拾い読みしているだけだと、そんな印象を受ける。が、じっくり頭から読むと、全く印象が違う。理系の本だけに堅い表現は多いが、丁寧に読めばちゃんと意味はわかるのだ。
正直言って、最初の方はとっつきにくい。歴史を辿る形式でもあるので、まだるっこしくもある。肝心の液晶の正体が、当初は判っていなかった。だから、液晶の正体もなかなか出てこない。
だが、ここが我慢のしどころ。ヘビー級だけあって、エンジンがあったまるまで時間がかかるのだ。その分、暖気運転が済んだ中盤移行は、どんどん面白さが加速してゆく。終盤に入ると、ページを開くたびに驚かされて、却って読むスピードが落ちてしまう。特にSF者は妄想が膨らみすぎて、なかなか前に進めなくなる。とにかくネタ満載の本なのだ。
なんと言っても、この著者コンビ、理系のコトガラの説明が巧い。やや文章が堅いため親しみやすさではサイモン・シンより劣るが、わかった時の「エウレカ!」感はこちらが上だ。私が特に感心したのは、テンソルの説明。私はベクトルは知っていてテンソルは知らなかったが、この説明でピンときた。
ベクトルは、風、速度、力のように大きさと向きを持つ一階のテンソルの例だ。ベクトルは線で表せる。その方向は向きを、その長さは大きさを表す。だが、大きさと向き、一つずつだけでは表せない性質がある。それらは二つ、三つ、あるいはそれ以上の次元によって表現されることになる。
ちょっと Wikipedia のテンソルと比べてみよう。この本の方が圧倒的にわかりやすい。止まっているモノの位置はベクトルで表せるが、動いていたら速度は表現しきれない。だからベクトルじゃ扱いきれず、テンソルが必要になる。そういう事だ。まあ、分かったからといって、テンソルを使えるわけじゃないんだけどw
同じように、化学式の亀の甲や光の偏光なども、なんか分かった気分にさせてくれるから嬉しい。
テーマの液晶、物語の始まりは1888年。プラハの植物学者(生化学者)フルードリヒ・リヒャルト・コルネリウス・ライニツァーが、ニンジンから抽出したコレステロールと安息香酸から合成したコレステリル・ベンゾエートから始まる。奇妙な事に、この物質は「二つの融点をもつようだった」。
この時点で意外性たっぷりだ。現代の花形のように思われる液晶が、19世紀末には姿を現していたこと(と言ってもしばらくは正体不明だったのだが)。ニンジン由来であること。そして、二つの融点という、意味不明な文言。このケッタイな物質の正体をめぐり、科学界では激論が交わされる。
科学論文って淡々と事実のみを書いているのかと思ったら、少なくとも当時は人格攻撃も含めかなり感情的な文面が多かったんだなあ、と変に感心してしまう。
また、当然ながら、当時は液晶ディスプレイなんて発想はなかった。科学者たちは、「何に使えるか」なんて事は全く考えず、単に物質の正体を見極めたかっただけなのも、彼らの考え方が窺えて興味深い。そのために仮説を立てて計算し、観測して確かめ、思い通りではない結果にガッカリし…を繰り返してきたわけだ。
歴史を扱う本だけに、科学者個人にもスポットを当てている。特に人間ドラマの側面が強いのが、「7 戦争の嵐」。ここでは第二次世界大戦により、生活を翻弄される科学者たちを描いてゆく。幸か不幸か開戦前に亡くなったダニエル・フォーレンダー、その弟子で突撃隊に入隊し戦死したコンラート・ヴェイガント。ユダヤ人迫害の犠牲になる人々。そして東側に閉じ込められる者も。
やがて舞台は大西洋を渡りアメリカへ移る。温度で色が変わる性質を使った、LCRホールクレスト社の液晶体温計が面白い。勝手な想像だが、化粧品会社もこの性質を使った製品を研究してるんじゃなかろか…と思って調べたら、発想は違うが液晶を使った化粧品は既に沢山あった。さすが。
そして遂に液晶研究は太平洋を越え、日本で産業として大輪の花を咲かせる。ここで電卓が果たした役割の大きさに私は驚いた。こういう試行錯誤の末に、今の薄型テレビや携帯型ゲームがあるんだなあ。
正直、とっつきは悪くて歯ごたえもある。前半はなかなか液晶の正体がわからずまだるっこしいが、我慢してじっくり読もう。その我慢は後半で充分に報われ、終盤では驚きと感激が次々と襲ってくる。せっかちな人には向かないが、じっくり取り組めば相応しく報われる本だ。
特に怪光線や物質Xと聞いてワクワクするSF者には格好のお薦め。妄想が止まらなくなる。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:科学/技術」カテゴリの記事
- ランドール・マンロー「ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学」早川書房 吉田三知世訳(2023.04.20)
- ライアン・ノース「ゼロからつくる科学文明 タイム・トラベラーのためのサバイバルガイド」早川書房 吉田三知世訳(2023.03.16)
- デビッド・クアメン「スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか」明石書店 甘糟智子訳(2023.01.08)
- ジェイムズ・クリック「インフォメーション 情報技術の人類史」新潮社 楡井浩一訳(2022.12.15)
コメント