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2015年7月15日 (水)

藤田和男編著「トコトンやさしい非在来型化石燃料の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 IEA(国際エネルギー機関)や国際石油開発機構コンサルタントのIHS-CERA社では、「シェールガス革命がもし本物なら、地球環境により優しい化石燃料である天然ガスの可採埋蔵量が現在の47年から100年近くまでに大幅に増加し、21世紀のガス黄金時代が到来する」と言っています。
  ――第2章 最近話題のシェールガス、タイトオイルとはなんだろう?

【どんな本?】

 日本はエネルギーの大半を輸入に頼っている。原油価格が上がれば景気が悪くなるし、下がれば良くなる。その世界のエネルギー市場に、最近になって様々な新顔が登場してきた。

 例えばアメリカやカナダで活発に産業化されているシェールガス。それは何者で、どうやって採掘し、市場に出すまでどんな工程を経るのか。どれぐらいの生産量があり、埋蔵量はどれぐらい期待できて、幾らぐらいで売買され、市場にどんな影響を与えるのか。環境にダメージはないのか。

 シェールガスの他にも、オイルサンド・オイルシェール・コールベッドメタン・水溶性天然ガス・メタンハイドレートなど、既に市場に登場しているものからやがて搭乗するもの、そして今後の開発が期待される新しい化石燃料について、その正体・採掘法など科学・技術面から、期待できる埋蔵量・採掘コスト・産出国など産業面に至るまで、専門家が紹介する一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年12月25日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦2段組で本文約150頁。8.5ポイント24字×17行×2段×150頁=約122,400字、400字詰め原稿用紙で約306枚。小説なら中編の分量だが、イラストや写真を豊富に収録しているため、実際の文字数は6割程度。

 文章はです・ます調で親しみやすい。内要だと、市場に与える影響や産出国など産業面では親切なのだが、科学・技術面ではかなりはしょっている。例えば15頁に「API比重(→JOGMEC 石油・天然ガス資源情報 用語辞典)」という言葉が出てくるが、その説明が出てくるのは60頁だ。著者にとっては常識なんだろうが、素人には辛い。

 このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多い。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。

  • 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
  • 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
  • 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
  • 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
  • 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
  • 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
  • カラフルな2色刷り。
  • 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
  • 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

第1章 非在来型化石燃料ってなんだろう? (藤田和男著)
第2章 最近話題のシェールガス、タイトオイルとはなんだろう? (藤田和男著)
第3章 重質油、オイルサンド、タールサンド、オイルシェールとは? (高橋明久著)
第4章 コールベッドメタン(CBM)ってなに? (藤岡昌司・出口剛太著)
第5章 水溶性天然ガスの意外な素顔 (木村健著)
第6章 燃える水:メタンハイドレート (藤田和男著)
第7章 化石燃料資源をトコトン使うための総合エネルギー転換 (藤田和男著)
 索引/参考文献

【感想は?】

 まずは、今話題のシェールガスについて、ポイントを押さえた説明があるのが嬉しい。

 冒頭の引用のように、シェールガスへの期待は大きい。政情が不安定な湾岸に頼るより、政情が安定していて価格も安いアメリカから買えれば大助かりだ。反面、何かと嬉しくない噂も聞く。例えば、ガス田の寿命が短い、とか。

 寿命が短いのは事実らしく、「シェールガス田の最盛期は2~3年」だとか。不思議な事に、大規模なガス田ほど寿命が短く、小規模なガス田は「だらだらと生産が続く」。という事で、「自転車操業のように、ガス井戸の掘削に掘削を重ね」ているとか。不安ではあるけど、同時に掘削技術の進歩も早いんじゃないかなあ。

 やはり気になるのが、埋蔵地の分布。技術的回収可能量(今の技術で元が取れる埋蔵量)アメリカ862Tcf(兆立方フィート)、メキシコ862Tcf、カナダ388Tcf、アルゼンチン774Tcfと南北アメリカ大陸に多い。が、実は最も多いのが、中国で1,275Tcf。しかも地図を見ると、タリム盆地あたり。そりゃウイグル地区が騒がしくなるよなあ。

 採掘方法は、かなりの力技。地底1000mぐらいの岩盤に長い水平抗を掘って、そこに薬品などを含めた水を高圧で流しこみ、岩盤を破砕する。そりゃ環境問題を懸念するわけだ。

 などの問題はあるが、価格は魅力。LNGに頼る日本は「2011年央には16ドルを超え」とバカ高値なのに対し、アメリカのシェールガスは「2013年現在は4ドルレベル」。そりゃ買いたいわ。ところが輸送費がバカにならず、今の所「日本着で11ドル」。これでも現状より3割安。問題はタンカーがパナマ運河を通らにゃならん事。

 そこでパナマを拡張するか、西海岸にパイプラインを延ばすか、はたまたカナダやオーストラリアから仕入れるか、と様々な選択肢が出てきている。

 そのカナダが資源大国になりそうなのが、重質油。一般に化石燃料は炭素と水素の化合物で、水素が多いほど軽くて流動性が高く、炭素が多いほど重くて流動性がない。軽い代表がメタン=天然ガスで、炭素1個に水素4つ。重い代表が石炭で、ほとんど炭素。中間が石油。

 で、カナダのオイルサンドは炭素の割合が多いピチューメンを含む砂。昔は露天掘りで掘ってたんだけど、それでモトが取れるのは深さ65m程度まで。そんな浅いところに資源があるって時点で羨ましいが、もっと深い所の資源も使いたい。ってんで、色々と工夫した末に出てきたのがSAGD(Steam Assisted Gravity Drainage)法。

 ピチューメンは冷たいと硬いが、あったまると緩くなる。そこでオイルサンド層に水平坑を縦に5m間隔で2本掘り、上の抗に高温高圧の水蒸気を流す。すると蒸気がピチューメンを暖めて緩くし、下の坑から熱水とピチューメンが噴き出してくる、というシロモノ。やっぱり力技だなあ。

 などと強引な採掘ではあるにせよ、採算に乗れば世界のエネルギー市場は大きく変わる。なんとベネズエラがサウジアラビアを抜いて可採埋蔵量でトップになり、カナダがサウジに次ぐ3位になる。これまた世界情勢に大きな影響を与えそう。

 既に商業生産が始まっているのがコールベッドメタン。石炭が吸収しているメタンを取り出そう、という発想で、廃止した炭鉱からも取れるのが面白い。日本でも石狩炭田で実験し、二酸化炭素を注入してメタンを追い出す試みをしてる。が、今の所は「ローカルエネルギー供給を目的」だから、生産量はささやかなモノらしい。

 シェールガスなどの新しい化石燃料について、科学・技術の解説に加え、埋蔵量・埋蔵地・輸送コスト・価格など産業面にも目配りしてバランスよく紹介した本。ちゃんと読むと、海外ニュースにも敏感になるかも。

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