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2015年7月 9日 (木)

藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars 漸深層編」角川書店

「とにかく一ヶ所に留まり過ぎないほうがいいよ。どんどん余計なものを抱えていくからね。ちょっと溜まってきたなあって思ったら、潔く放りだして、別の場所や世界に行くんだよ。ノマッドって、そういうことだろ? 荷物が多すぎると、溺れて死んじゃうぞ」

【どんな本?】

 「クリスタル・サイレンス」でデビューし、海洋SFを得意とする著者による、近未来を舞台とした海洋冒険ロボットSFシリーズ「深海大戦 Abyssal Wars」の第二弾。

 海底資源の開発が順調に進み始めた近未来。海の民は<シー・ノマッド>として独自の社会を形成し、世界情勢にも影響を与え始めた。宗像逍は、海に適応した肉体を持つ<ホモ・バイシーズ>の青年だ。今はシー・ノマッドの大集団オボツカグラに属し、バトル・イクチオイド<タンガロア>のパイロットを務めている。

 南極海・北極海そしてミクロネシアの海を舞台に、海の神秘とロボットのバトルが展開する、爽快な海洋冒険SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年4月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一弾組みで本文約384頁。8.5ポイント47字×19行×384頁=約342,912字、400字詰め原稿用紙で約858枚。文庫本なら上下巻に少し足りない程度。

 文章は読みやすい。人が巨大ロボットに乗り込んでバトルする、という一見おバカな話だ。しかし前作でキチンと設定を詰めてあるので、気になる人は読んでおこう。他にも細かい部分はマニアックに設定を詰めてあるが、面倒くさかったら気にしなくてもいい。基本は爽快で豪快な冒険物語だ。

【どんな話?】

 シー・ノマッドの青年・宗像逍は、母船<ナン・マドール>から停職を食らい、沖縄で安宿に泊まりながらバイトに明け暮れている。それなりに慣れてきた所に、呼び出しがかかった。戻ってみたら、いきなり南極海へと運ばれ、他の船と共同で演習に放り込まれた。相変わらずガルシア副指令は目的を語らず…

【感想は?】

 海のロボット物だ。荒唐無稽に見えるが、意外と設定は練りこんである。その辺は前作を読もう。

 今回も、魅力的なロボットが出てくる。まずは戎崎トールが操る<アスピドケロン>。大型のクジラみたいな形で、海の中ではかなり映える姿だ。推進方法もクジラ同様に、尾びれを動かして進んでゆく。得物を持つには向かない形なので、どうやってバトルするのかと思ったら、そうきたか。

 パイロットの戎崎トールも相当に強烈なキャラで。「スキー場でモテるかモテないかはスキーの腕で決まる」みたいな話もあるんで、トールも海で泳いでいる限りはモテるかもしれないw

 やはり面白い形をしてるのが、<レプンカムイ>と、それに搭乗するイクルイ。パイロットは単なる飲兵衛だが、<レプンカムイ>が楽しい。なんとウミガメ型。となれば当然、分厚い装甲を持ち防御力は抜群。ばかりでなく、意外な事に機動力もある。

 陸上じゃカメはヨタヨタとしか動けないが、海の中じゃ話は別だ。落ち着いて考えると、あの形は横から見ると綺麗な流線型になる。前に進むときは平べったくて抵抗が少ないだろうし、止まったり方向を変えたりする時は、体を傾ければいい。飛行機でいえば全翼機みたいなモンで、ちゃんとコンロトールできれば理に適った形だ。

 トールも<レプンカムイ>も、陸上じゃアレだが海の中ではエレガントなのが面白い。意外と水中ってのは、デザインの自由度が高いのかもしれない。そういえば海の生物も、陸上生物に比べるとデザインのバラエティに富んでるよなあ。

 相変わらず著者は海の奇妙な生態系が好きなようで、いきなりハオリムシ(チューブワーム、→Wikipedia)が出てくる。熱水噴出孔のそばで、海底からウニョウニョと伸びてくる生き物で、謎の生き物だ。はやり今回の話の中心となるのは、プライン・プール(塩水溜まり、→Wikipedia)。海底のくぼ地で、極端に塩分濃度が高い所。

 やはり海の描写で、「おっ?」と思ったのが、南極海の描写。潜った宗像逍曰く「重たくて、粘っこい水だ」。これを似たような事を、G・ブルース・ネクトの「銀むつクライシス」で、南極に近い海を航行する船乗りが言っていた。

 などの海洋学ネタも楽しいが、背景となる<シー・ノマッド>と、陸上国家の軋轢の軋轢も、今回の大きな仕掛け。

 上田早夕里の「華竜の宮」でもそうだったが、どうも海の民というのはキッチリした組織を作るのが苦手なようで。主人公の宗像逍も、自分のイクチオイド<タンガロア>には未練があるものの、母船の<ナン・マドール>に腰を落ち着ける気がなさそう。

 歴史的にも、ローマや中国などの帝国は、周辺の遊牧民族に悩まされていた。陸と海の違いはあれど、シー・ノマッドも定住しない連中だ。国境を厳密に管理したがる陸上の国家にとって、フラフラと動きまわるシー・ノマッドは、甚だタチの悪い連中に見えるらしい。

 ということで、今回は、謎の幽霊潜をめぐり、大国との軋轢にも発展してゆく。北極点を通過する描写は、なかなか微笑ましかったり。ヴェルヌの海底二万里以来、やっぱり氷に閉ざされた海での苦闘は、海洋物のクライマックスだよなあ。ただ、この辺の描写は、北極海の地図をつけて欲しかった。

 などの迫力のバトルに加えて、今回の話は二重底になっている。謎の遺跡から見つかったシロモノをめぐり、話は大きく膨らんで…

 と思ったら、ここで終わりかい。いい所なのに。早く続きを出してくれ~。

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