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2015年7月27日 (月)

ジョン・C・ライト「ゴールデン・エイジ 3 マスカレードの終焉」ハヤカワ文庫SF 日暮雅通訳

「人はみな、何か困難なことがあるとアトキンズのような人がそばにいてくれることを望みます。しかし、アトキンズになりたいと思う人はひとりもいません。それもまた、わたしがしなければならないささやかな仕事のひとつです」

「影響を及ぼすのは物語なのよ。事実は人を殺す。でも、人人が命を捧げるのは架空の物語になの」

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ジョン・C・ライトによる、巨大な処女長編SF小説三部作の完結編。舞台は遠未来。人類は太陽系に広がり不死となり、肉体を改造するばかりか精神を拡張し記憶の編集までもが可能となった。光電子工学的自己認識体ソフォテクの献身的なサポートを受け、<黄金の普遍>と呼ばれる平和で豊かな文明を謳歌している。

 失った記憶を取り戻し、また巨大な恒星間宇宙船<喜びのフェニックス号>も取り戻したファエトン。<敵>の存在も明らかとなり、ついに<喜びのフェニックス号>は出航するが…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2008年版」のベストSF2007海外篇で第17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Golden Transcendence, Or, The Last of the Masquerade, by John C. Wright, 2003。日本語版は2007年10月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約560頁に加え、付録「名前の構造と歴史の変遷」19頁+訳者あとがき6頁。9ポイント40字×18行×560頁=約403,200字、400字詰め原稿用紙で約1,008枚。上下巻でもおかしくない分量。

 この巻に至っても常軌を逸したアイデアの本流は止まらず、次から次へとイカれたガジェットが連続してでてくるので、相応にSFを読みなれた人向け。お話は素直に前巻に続く内容なので、「幻覚のラビリンス」「フェニックスの飛翔」から続けて読もう。

【どんな話?】

 記憶も<喜びのフェニックス号>も取り戻したファエトンは、ついにアトキンズと共に水星等辺区域を出航した。何百万トンもの反物質を積み、全長100kmにもおよぶ<喜びのフェニックス号>は、90Gもの強烈な加速で飛翔し、木星と太陽のラグランジュ・ポイントであるトロヤ群小惑星の都市群に向かっていた。

【感想は?】

 やっと第三部になって、<喜びのフェニックス号>が飛んだ。さあ、太陽系を出発…

 と思ったら。ファエトン君は苦労の末になんとか<喜びのフェニックス号>に乗り込み、制御は取り戻したものの。今の立場は<喜びのフェニックス号>にパイロットであって、オーナーじゃない。その他諸々の事情で、トロヤ群の海王星人と交渉でにゃならん。

 「幻覚のラビリンス」の冒頭から発揮された、海王星人の特異な会話センスはここでも健在で、読者もファエトン君もイライラさせられっぱなし。丁寧ではあるんだけど、困ったもんです。

 やっと姿を現した<敵>の正体を語る部分は、これまた実に大掛かり。ある意味、リバタリアンの楽園かも。ここでもマッドなアイデアが矢継ぎ早に出てくる。

 にはいいが、肝心の<喜びのフェニックス号>はなかなか飛び立たず、太陽系内をウロチョロしてばかり。多少のアクションはあるものの、全体としては哲学的な問答を中心としたディスカッション小説として進んでゆく。

 モノゴトを論理的に、かつ極めて高速に考えられるソフォテク。あくまで戦士としての規範に従い、最悪の場合への備えを怠らないアトキンズ。そして<黄金の普遍>とは全く異なる環境で、全く異なるテクノロジーと社会と哲学を発達させた<沈黙の普遍>。

われわれの哲学が今のようなものになったのは、歴史や文化の偶然――わたしたちの伝統を形作った偶然によるものだ。

 敵の語るブラックホールを利用して作った世界は、これまた実にイカれた楽しいシロモノで。これだけ大掛かりで不可思議で、我々の感覚で考えると明らかに変なのに、理屈の上じゃ可能に見える世界なんて、滅多にあるもんじゃない。空間もエネルギーも、ほとんど無限に作れる世界なんて。

 完結編なだけあって、物語は綺麗に終わっている。最初にファエトンに絡んだ不躾な老人の正体、ヘリオンが巻き込まれた事故の真相、けなげなヒロインであるダフネ・テルシウスの過去と運命、そして<黄金の普遍>の将来も。

 改めて全体を見回してみると、キチンとそれぞれの人?物にケリはついてるし、お話の辻褄もあっている。が、いかんせん、やたらと長い上に設定が複雑怪奇に入り組みすぎ。物語の根本をなす仕掛けである、「記憶すら改変できる」という技術が話を面白くしていると同時に、お話を紡ぐ道具としては便利すぎる感があるなあ。

 これがP・K・ディックなら「俺は何者だ」と鬱々と悩むんだが、「今の私は今の私だ」と開き直って突っ走る人ばかりなのが、この作品の特徴かも。そう、何が起ころうと常に前向きで、明るい雰囲気が漂っているのが、今世紀風なのかも。

 と同時に、一人称が「俺」ではなく「私」なのも、この作品の特徴。ファエトンが属するシルヴァーグレイ派が、英国の紳士文化を受け継いでいるらしく、ファッションがいちいち古風で言葉遣いが丁寧なあたりが、おかしくもあり遠未来的な味でもあり。

 基本的に主人公ファエトンを三人称で描く物語だ。現代とは技術も価値観も異なる遠い未来を舞台としているため、登場人?物たちが使う言語も、今の英語じゃあるまい。というか、そもそも音声でのやりとりをしているとも思えないし。

 という事で。この小説は特に「年代記」として書かれた作品ではないけれど、どうにも「現代人にとって未知の言語で書かれたテキストを現代語に訳しました」みたいな、少しよそよそしい雰囲気が漂っている。一人称を「私」にしたのは、訳者がそこまで考慮したのか、<黄金の普遍>の人々の育ちの良さを伝えるためなのか。

 というのも、主人公のファエトン君、育ちはいいものの、性格はパワフルで、「俺」が似合いそうなキャラなんだよなあ。

 豪華絢爛な場面描写、次々と出てくるマッドでイカれたアイデアの数々、くじけず前向きな主人公にけなげで綺麗なヒロイン、魔法のようなテクノロジーにやたらと大掛かりな仕掛け、そして未来ならではの倫理をめぐるディスカッション。濃いSF要素をたっぷり詰め込んだ、明るく元気でお行儀のいい新時代のワイドスクリーン・バロックだ。 

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