ジョン・C・ライト「ゴールデン・エイジ 2 フェニックスの飛翔」ハヤカワ文庫SF 日暮雅通訳
「作る? どういうこと、作るって? 物を作れるのはマシンだけよ。人間には何も作れないわ、現代の人間にはね」
メインメモリとプロセッシング・コアは理解の域を完全に超えていた。その部分はシート状のニュートロニウムでできているらしく、絶対零度で凍結し、強力な核力で結合した高密度の亜原子粒子がマトリクス状に、きわめて整然と配列されている。
【どんな本?】
アメリカのSF/ファンタジイ作家ジョン・C・ライトによる、巨大な処女長編SF小説三部作の第二部。遠未来、人類は不死を獲得し太陽系に広がった。自らの肉体や精神を様々な形に編集すると共に、光電子工学的自己認識体ソフォテクの献身的なサポートを受け、<黄金の普遍>と呼ばれる平和で豊かな文明を謳歌している。
エンジニアのファエトンは、失った自らの記憶を取り戻す代償として、家族も全ての財産も、そしてソフォテクの支援も失い、<黄金の普遍>文明から事実上の追放に等しい措置を受ける。最後に受けた助言に従いタライマナーを目指すが…
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2008年版」のベストSF2007海外篇で第17位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Phoenix Exultant Or, Dispossessed in Utopia, by John C. Wright, 2003。日本語版は2007年5月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約497頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×18行×497頁=約357,840字、400字詰め原稿用紙で約895枚。上下巻に分けるには少し足りないぐらいの分量。
前巻は慣れるまでかなり苦労したが、この巻に入る頃には読み方もわかってきて、少しは楽になる。とはいえ、あくまでも慣れたからで、相変わらず背景事情も仕掛けも複雑怪奇だし、奇抜なアイデアも続々と出てくる。SF上級者向けな事に変わりはない。
お話は前巻から素直に続いているので、いきなりこの巻から入るのは無茶。素直に「幻覚のラビリンス」から読もう。
【どんな話?】
失った250年分の記憶っは取り戻したものの、家族も財産も失い、ソフォテクによるサービスすら受けられなくなったファエトン。彼が財産と持てる技術の全てをつぎ込んだ巨大な恒星間宇宙船<喜びのフェニックス号>も差し押さえられ、解体の危機に瀕している。追放者となったファエトンはタライマナーを目指し…
【感想は?】
幻覚がはがれ、次第に現実が見えてくるのがこの巻。
前巻の終盤から、豪華絢爛に見える<黄金の普遍>の舞台裏が見えてくる。この巻でも、暫くファエトンはメンタリティから遮断され、肉眼で世界を眺めているため、巷に溢れるメッセージを読み取れない。そのため、ファエトンと共に読者も、虚飾をはぎ取られた<黄金の普遍>を可視光線で見る形になる。
現代に生きている我々も、電気や水道などの基本的なサービスは既に空気のような存在で、「あるのが当たり前」だ。停電や断水などでサービスを絶たれてはじめて、これらのサービスの存在と有難みを実感する。そんな具合に、生活のあらゆる所に入り込んでいた<黄金の普遍>のサービスを、失った事で認知させられるのが、この巻の前半。
基本サービスに加え、周囲の人々からも追放されてしまったファエトンだが、本性は変わらず。タライマナーに向かう道中で、<喜びのフェニックス号>について語る場面は、「うんうん、わかるぞその気持ち」となってしまう。
ファエトン「…摩擦による熱損失で生じる輻射背圧を補正すると、この船が出せるスピードは……」
某「船の仕様について聞く必要はない」
ファエトン「でも、そこがいちばんおもしろいところなんですよ!」
自分が好きなコトガラについて語りだすと、大枠を忘れ細かい所に拘ってしまうマニアの困った性癖。ましてや、「好きな」どころか自分が作ったとあっては、そりゃ語り始めたら止まらなくなるのも無理はない。聞く方はたまったモンじゃないけどw
やがてファエトンがたどり着くタライマナーでも、<黄金の普遍>の舞台裏が明かされる。こちらは技術的なものではなく、社会的なもの。貴族の一人ヘリオンの子であり、また優秀なエンジニアでもあるファエトンは、この社会の中でも豊かな生活をしていた。この社会にも格差はあり、貧しい者もいるわけで…
という事で、貧しい者がどんな生活をしているのかを描くだけでなく、なぜ貧しいままなのか、その根底にある問題も見せてくれるのが一つの読みどころ。
ファエトンは不死も剥ぎ取られている。この変化がファエトンにどんな影響を及ぼすかを分析しつつ、逆に「不死が人の考え方をどう変えるか」を描いているのにも注目しよう。その後のオシェンキョーが群集を煽る台詞も、ありがちだが悲しい現実を映している。
人の精神を自由に編集できる世界のためか、犯罪に対する刑罰も様々。ちょっと式貴士っぽいアイデアも出てきたり。
こういった社会風刺的な場面がチョコチョコでてくるのも、この巻の特徴だろう。醜悪趣味者たちとの会話は、いつの時代にもある世代の軋轢を見るようで、少し苦かったり。
などの中盤を過ぎ、終盤になるとアトキンズの再登場と共に、再びクレイジーなアイデアが続々と出てきて、ワイドスクリーン・バロックな展開へと向かってゆく。とはいえ、こういうイカれたアイデアは「人の暮らしを豊かで便利にする」ものより、戦いに関する事の方が面白いのは、やっぱり読んでる私の性向のためなんだろうかw
そして終盤では、著者の歴史・文学趣味が全開となって暴走を始める。主人公ファエトンの名前からして、ギリシャ神話のパエトン(→Wikipedia)だし。ところでチャン・ヌーニャン・スフィのエピソードは、ラリイ・ニーヴンが「プダウの世界」(「プロテクター」だったかも)で見せた大ネタかな?
豊かに繁栄する<黄金の普遍>世界の舞台裏を覗かせ、多少の社会風刺の後に本題の<敵>との戦いへと引き戻し、マッドなアイデアを続々と繰り出しながら高揚した雰囲気で、第二部は終わった。
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