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2015年7月22日 (水)

ジョン・C・ライト「ゴールデン・エイジ 1 幻覚のラビリンス」ハヤカワ文庫SF 日暮雅通訳

「たとえ監獄が宇宙ほどの広さであっても、監獄であることに変わりはありません。わたしは、そこに閉じ込められるつもりはありません」

「生きることは、リスクを負うということです。鳥もリスクを負っています。ハチもリスクを負っています。小ざかしい蚕でさえリスクを負っています。そうしなければ、彼らは死んでしまうのです」

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ジョン・C・ライトによる、巨大な処女長編SF小説。人類文明は太陽系に広がり、不死ともなった遠未来。人々は様々な形で精神や肉体を改造し、自らの経験や記憶すら自由に改造できるようになった。人工知能はヒトより遥かに強大な知性となりながらも、立場としては人類の保護役に徹している。

 豊かで平和に繁栄し、<黄金の普遍(ゴールデン・エキュメン)>と呼ばれる時代を舞台に、エンジニアのファエトンが謎と冒険に挑む、巨大なスペースオペラ三部作の第一部。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2008年版」のベストSF2007海外篇で第17位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Golden Age : A Romance of the Far Future, by John C. Wright, 2002。日本語版は2006年10月31日発行。文庫本縦一段組みで本文約619頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×18行×619頁=約445,680字、400字詰め原稿用紙で約1,113枚。上下巻でもおかしくない分量。

 断言しよう。かなり読みにくい。特に世界観が掴めない序盤は、相当に苦労する。

 舞台が遠未来でテクノロジーも社会も倫理観も現代と全く違い、またそこに生きる人々の考え方も様々なので、ガジェットや舞台背景を理解するのにかなり苦しむ。作品内にはギッシリとSF的なアイデアが詰め込まれている上に、主人公の目を欺く仕掛けもタップリ詰め込んであるので、何が起きているのかを把握するには、じっくりと読む必要がある。

 破天荒なアイデアをギッシリ詰め込んだ、SF上級者向けの濃い作品だ。

【どんな話?】

 人類は不死を達成し、豊かで平和な<黄金の普遍>を満喫していた。千年紀を祝う仮面舞踏会に出席したファエトンは、反不死純粋主義者の奇妙な老人に会う。いさあか無作法な老人は、奇妙なことを口走る。「きみがファエトンだと? いや、わしはそう思わないね。彼ならパーティーに歓迎されるはずがない」

 一体、ファエトンが何をしたというのか?

【感想は?】

 冒頭からフルスロットルでイカれたアイデアが次々と炸裂する、黄金のワイドスクリーン・バロック。

 長編の三部作である。しかも、それぞれの巻が500頁を超える。これが、当初の予定ではひとつの作品だったというから大変だ。3巻の解説によると、執筆が終わってから刊行されるまで9年かかったそうだが、当然だろうなあ、と思う。

 今まで長編を書いてない作家が持ち込んだ、文庫本にして6冊分の大長編に、素直にOKを出せる編集者なんて滅多にいるもんじゃない。しかも、設定は凝りまくりで舞台背景は複雑怪奇、現代社会の常識がほとんど通用しない異様な世界で、冒頭から「<高超越>(ハイ・トライセンデス)」やら「外的アイデンティティ」やらと、難しげな言葉が続々と出てくる。

 とっつきにくさは相当なもので、物語を楽しむどころか、何が起きているのかを理解するだけでもかなりの苦労だ。

 物語の背景には、飛躍的な科学・工学・医学技術の進歩があり、それによって大きく変わった人類社会がある。脳を物理的に加工して、認識・思考過程を変える技術。人格を情報化して保存・複製・編集する技術。人間より遥かに賢い人工知能。現実にオーバーレイして服装や風景を装う技術。

 そして、これらの技術をどこまで使うか、どの様に使うかの主義主張により分かれた、様々な分派たち。技術の使い方によって起きる対立は、ブルース・スターリングが機械主義者/工作者シリーズで描いていたが、この作品では比較的穏やかに共存している様子。

 マッドなアイデアは、人格の編集やアバター利用などの情報工学的なものばかりではない。お決まりのナノマシンを使った細かいものから、太陽系規模の大掛かりなシロモノまで盛りだくさん。冒頭から、クラクラする発想が出てくる。「太陽のマントル深く掘り進んで建築資源としての核融合残滓をくみ上げ」って、おい。

 まあ、確かに太陽の中心部には核融合によりできた希少元素が沢山あるだろうけど、んなこと考えるか普通。

 と、SFをかなり読みなれた人でも消化に時間がかかるマッドなアイデアが続々と出てくる。しかも、この時代のヒトが見ている風景は、現実そのものじゃないからややこしい。

 今でも博物館などでは、タブレットなどを使った情報サービスを提供している所がある。展示物に近寄ると、展示物の詳しい説明を利用者が持っている情報端末に写すサービスだ。

 今は情報を液晶ディスプレイに映すしかないが、利用者の視覚に直接映像を送れれば、タブレットは要らなくなる。多くの人が、視覚に直接割り込む形の情報を受け取れるようになったら、どんなサービスが出来るだろうか。そんなサービスが、どこでも提供されるのが当たり前になったら、どうなるだろうか。つまりは電脳コイルの世界だ。

 ばかりでなく、個人も視覚付加情報を発信できるようになったら?

 そんな風に、この時代の人々が見ている風景は、現実のものじゃない。もっとも、世界の大半の人が「付加情報込み」の世界を見ているとしたら、社会はどっちを「現実」として認識するんだろう?

 などと、イカれたアイデアを投げつけるだけでなく、ちょっとした哲学的な問いも投げかけてくるのが、この第一部。

 何せ記憶まで編集できる世界だ。人格だって改造できる。この第一部では、主人公ファエトンが、失った自らの記憶を求め葛藤する姿を描いてゆく。

 どうも過去のファエトンはかなり大それた真似をしでかし、自ら記憶を封印したらしい。そして、記憶を取り戻そうとすると、ファエトンは家族も財産も友人も、全てを失ってしまうと宣告される。今のままなら、尊敬する父や愛する妻と共に、豊かな財産で人生を満喫できる。

 何もかもを失う覚悟で、記憶を取り戻すべきか? 偽造された記憶は心地よいが、それに安住すべきだろうか? どころか、ファエトンが記憶を取り戻すと、人類全体が大きな災厄に巻き込まれかねないらしい。

 中盤の法廷のシーンでは、「自由」をめぐる倫理的な議論が展開してゆく。人類より遥かに賢いにもかかわらず、敢えて奉仕的な立場を貫く人工知能<ソフォテク>たち。だが人類は愚かなもので、他人ばかりか自らすら傷つける事もある。他人を傷つけるのなら犯罪として防げばよいが、自らを傷つける行為はどうすべきだろう?

 ソフォテクは、最善を計算できるだろう。だが、それをヒトに押し付けたら、ソフォテがヒトを支配するのと同じだ。そこにヒトの自由はない。

 などの大量のアイデアや問題を、ある意味厨二的とも言える膨大な設定の上で展開する、思いっきりゴージャスで濃密なSF長編。序盤はかなりとっつきにくいが、背景が飲み込めてくる中盤以降はガジェットの奔流を楽しめる。たっぷり時間をかけて、じっくり挑もう。

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