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2015年6月 2日 (火)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「ペルセウス座流星群 ファインダーズ古書店より」創元SF文庫 茂木健訳

 「稀有の才能をもった人間だけが」どこか遠いところから、ジーグラーの声が聞こえてきた。「チェス盤を超えた次元まで到達できるんだ」
  ――アブラハムの森

「新しい宗教をひとつ、発明してください」ジョン・カーヴァーという男に対し、わたしが初めて興味を感じたのは、彼がこの課題をわたしたちに与えたときだった。
  ――街の中の街

「古き良き時代の」もったいぶった口調でジーグラーがいった。「本物の逸品ですな。今のわたしたちは、かつてのSFに描かれていた時代を生きている。ケラーさん、この事実に、驚きを感じることはありませんか?」
  ――無限による分割

【どんな本?】

 「時間封鎖」シリーズで話題を呼んだロバート・チャールズ・ウィルスンが、90年代後半に発表した作品を中心とした短編集。カナダの大都市トロントの片隅にあるファインダーズ古書店を軸に、穏やかに関連した事件を描く、SF/ファンタジイ/ホラー作品集。

 収録作「ペルセウス座流星群」が、英語で書かれたカナダSFに贈られるオーロラ賞の短編部門を受賞したほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」でもベストSF2013海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Perseids and Other Stories, by Robert Charles Wilson, 2000。日本語版は2012年11月16日初版。文庫本縦一段組みで本文約406頁に加え、著者あとがき12頁+香月祥宏による解説8頁。8ポイント42字×18行×406頁=約306,936字、400字詰め原稿用紙で約768枚。長編小説ならちと長め。

 文章は比較的にこなれている。SFっぽい道具立ても使っているが、小難しいサイエンス・フィクションではなく、肌触りはむしろファンタジイやホラーに近いので、理科が苦手な人でも楽しめるだろう。

【収録作は?】

 それぞれ 日本語の作品名 / 英語の作品名 / 初出 / 初出年。

アブラハムの森 / The Fields of Abraham / 書き下ろし / 2000
16歳のジェイコブは、寒い表からジーグラーの古書店に飛び込んだ。英語の個人教授とチェスの賭けでジェイコブが稼いでも、姉のレイチェルとの生活費で消えてゆく。ジーグラーの相手をすれば、本を貰える時もある。オスカー・ジーグラーは年齢不詳の老人で…
 時は1911年、舞台はトロントの冬。狂ってゆく姉レイチェルとの極貧生活の中で、若いながらも語力に優れた才能を示すジェイコブ君が擦り切れてゆく様子が切ない。H・G・ウェルズを味付けに使う心遣いが憎い。背景となるトロントの寒さが身に染みると共に、意外な国際都市の片鱗が見えるのもいい。
ペルセウス座流星群 / The Perseids / Northern Frights 3 / 1995
 離婚したぼくはロティ屋の二階に部屋を借り、ファインダーズ古書店の仕事を見つけた。30過ぎの男にとっちゃ、これでも幸運だろう。天体望遠鏡を買った時、ロビンと出会った。最近の天体望遠鏡について細かく教えてくれたロビンは、意外なことに、今まで一度も天体望遠鏡をのぞいたことがない、と言う。
 この作品集のもう一つの味、ヒッピー文化の残滓が香る作品。「クリントンではなくケネディなのかと笑われ」るあたりは、思わず苦笑いしてしまう。ドメイン(勢力圏)というアイデアと、天体観測が趣味で本能的に人と距離を置いてしまう主人公を、巧みに組み合わせている。
街の中の街 / The Inner Inner City / Northern Frights 4 / 1997
 このグループは変わった賭けをしている。誰かが出した課題でコンテストを開く。参加費は百ドル。それぞれの発表を参加者が採点し、最も多くの点を得た者が参加費を総取りする。今回の課題はカーヴァーが出した。「新しい宗教をひとつ、発明して下さい」
 掴みが巧い。最初の行から一気に引き込まれた。主人公は夜の散歩を趣味とする男。私も昔は眠れない夜に近所を歩き回った頃がある。同じ街でも、時間帯によって見える雰囲気が全く違う。いわゆる「危険な地域」も、早朝は案外と安全だったりする。その分、店は全部閉まってるけどw
観測者 / The Observer / The UFO Files / 1998
 1953年、わたしは14歳でした。夏休みの間、わたしはカリフォルニアのカーター叔父さんの家で過ごしました。カーター叔父さんはパロマー天文台に勤める技師です。当事の私にとって、カリフォルニアは憧れの地でした。寒いトロントに対し、陽光降り注ぐカリフォルニア。狂った娘の静養にはいい所だと叔父も思ったのでしょう。
 珍しくカリフォルニアが舞台の作品。赤方偏移を発見し、ビッグバン宇宙論の礎を築いたエドウィン・ハッブル(→Wikipedia)がゲストとして大活躍する。夜空は一種のタイムマシンなんだよな、と思う人は多いだろうが、この発想はなかった。
薬剤の使用に関する約定書 / Protocols of Consumptions / Tesseracts 9 / 1997
 専門外来で時間を待つ間に、俺はマイキーに捕まってしまった。俺と同じ安アパートの地下に住む、汚らしい男。娘のエミリーが俺を怖がっている事に気がついて、俺は病院に通う事を決意した。親権は元妻のコリーナに渡った。アパートはゴキブリが少ないが、アリが出るのが困る。
 病院での患者には妙なヒエラルキーがあって、重篤な患者ほど地位が高いとか。また心療内科に通う人は、やたらと薬に詳しく、かつ話したがるんだけど、知らない人にとっては聞きなれないカタカナや横文字の連続で、思わず「日本語で話してくれ」と言いたくなったり。
寝室の窓から月を愛でるユリシーズ / Ulysses Sees the Moon in the Bedroom Window / 書き下ろし / 2000
 ポール・ブリジャーから誘いがきた。面白い掘り出し物を見せたい、と。誘いに乗ったのは、彼の妻リーアに会うためだ。今の所、誘惑は巧くいってる。ポールは親から豊かな財産を受け継ぎ、大学の終身在職権も得ている。話題も豊富で人気者だ。彼の飼い猫ユリシーズは、今夜はなぜが落ち着きがなく…
 猫を飼っている人には、承服しがたい作品かも。ある意味、ハインラインの「夏への扉」へのオマージュかな?
プラトンの鏡 / Plato's Mirror / Northern Frights 5 / 1999
 ぼくの著作「プラトンの鏡」は好評だった。少しアレな人たちに。だからフェイ・コンスタンスが小荷物を持って戸口に来た時、ぼくは警戒した。22歳で小柄な、魅力的な娘だった。小荷物の中身は古い鏡だった。古道具屋で買ったそうだ。
 口を開けば辛らつな嫌味ばかり出てくる作家の主人公が、この作品集に相応しい味を出してる。ケッタイな店で買った鏡が写すものは…というホラーの定番を使いつつ、少し捻った作品。
無限による分割 / Divided by Infinity / Starlight 2 / 1998
 わたしは1997年に早期退職したが、直後に妻のロレインが膵臓癌と診断され、翌年に亡くなった。今60歳のわたしはトロントでつつましく暮している。ロレインが働いていたファインダーズ古書店には暫く近寄れなかったが、思い切って入ってみると、歓迎された上にお宝まで発掘し…
 日本ではSFマガジン2009年4月号に金子浩訳「無限分割」として紹介されている。冒頭の「アブラハムの森」以来、久しぶりにジーグラーが再登場し、重要な役を務める作品。旅先でくたびれた古本屋を見つけると、つい発掘作業に熱中してしまう性癖のある人には身に染みるお話。
パール・ベイビー / Pearl Baby / 書き下ろし / 2000
 ファインダーズ古書店を引きつぎ、住み込んだディアドラ。今は激しい腹痛に襲われている。五年ぶりにニック・ラヴィンと会うのだ。娘のパージーを連れてくるという。パージーは最近の15歳の娘らしく言葉は乱暴だが、本が好きらしい。
 本好きってだけで、パージーには好印象を持っちゃうなあ。元ヒッピーも今はいい歳になって、それぞれの人生を歩んでる。が、この作品集だけに、ブレッド&バターの「あの頃のまま」(→Youtube)みたく叙情的な展開にはならず…
著者あとがき12頁/解説(香月祥宏)

 「クロノリス」でも妙に情けない登場人物が多かったウィルスン、この作品集でも、神経を病んだり元ヒッピーだったりと、陰のある登場人物が多い。ユダヤ・インド・ジャマイカと意外と国際色豊かで、強い香辛料の匂いが漂ってくるトロントの風景も、欠かせない味だろう。いわゆるSFというより、ファンタジイやホラーに近い作品集だった。

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