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2015年6月11日 (木)

ジェイムズ・バイロン・ハギンズ「凶獣リヴァイアサン 上・下」創元SF文庫 中村融訳

「あの化けものは体高五メートル、体長十メートル。神の緑なす大地を闊歩したうちで、あれほど卑しく邪悪な生きものはいたためしがない。ダイアモンドなみに硬い鉤爪と歯。戦車のような装甲。軍艦の艦体を引きちぎるほどの力」

【どんな本?】

 ベストセラー作家ジェイムズ・バイロン・ハギンズの出世作にして、天下御免の怪獣小説。アイスランド沖の孤島で、最新の生物科学と情報工学により、究極の生物兵器として創りだされた怪物「リヴァイアサン」の暴走と、それを倒そうとする者たちの生存を賭けた闘いを、ケレン味タップリに描くB級アクション娯楽作品。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2004年版」はベストSF2003海外篇で12位に食い込む活躍を見せた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は LEVIATHAN, by James Byron Huggins, 1995。日本語版は2003年4月25日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約324頁+319頁=約643頁に加え訳者あとがき「ハギンズの出世作」7頁。8ポイント42字×17行×(324頁+319頁)=約459,102字、400字詰め原稿用紙で約1,148枚。文庫本の上下巻としては標準的な長さ。

 文章はこなれている。SFだけに色々と小難しい理屈を並べる所もあるが、ハッキリ言ってハッタリかましてるだけなので、「よくわからないけどなんかスゴそう」程度に思っていればいい。というか真面目に突っ込むと色々と、まあ、アレだ。要は怪獣が暴れまわる話なので、難しい事は考えずノリで楽しもう。

【どんな話?】

 アイスランド沖145kmの孤島グリムウォルド島。火山活動により出来た天然の洞窟の奥深くで、その実験が行なわれていた。合衆国政府とステイジャン・エンタープライズ社による、究極の生物兵器を創りだす極秘プロジェクト。だが実験は破綻しつつある。奴は彼らの制御を離れ、暴走を始めていた。

 実験を率いるピーター・フランク博士は中止を進言するが、監督官のスペンサー・アドラーは聞き入れない。保安責任者のカール・チェスタトン中佐は、暴走の後始末を頼むため、電気技師のジャクスン・コナーを呼び出す。コナーが見た現場の様相は明らかに異様で…

【感想は?】

 文句なしに王道の怪獣小説。

 カバーや冒頭の登場人物紹介には出てこないが、主人公は表紙を見れば一目瞭然。タイトル・ロールでもある怪獣レヴァイアサンである。これが実に強く賢く、かつ邪悪なのがいい。

 レッヴァイアサン。コモドドラゴン(→Wikipedia)の遺伝子を改造した生物兵器。体高五メートル、体長十メートル。五千度の炎を吐き、鱗は銃弾も通じない。M1A1エイブラムズ主力戦車(→Wikipedia)の105mm砲にすら耐え、驚異的な速度で疾走する。鉤爪と牙はダイアモンド並みの硬さを誇り、その尾の一振りで鋼鉄すらへし曲げてしまう。

 加えて地上の生物には有りえない再生能力を持ち、多少の傷は数十分で癒してしまう。性格は凶暴で邪悪、身の回りのあらゆる生き物を殺しつくす事だけを考えている。しかもタチが悪い事に、人為的に知能を高めてあり、並の人の数倍の速さで考える能力さえ持つ。

 スペックだけ見ればまるきし漫画だし、この作品の面白さも怪獣物の面白さそのものだ。が、一応、それぞれに怪しげな説明があるのが楽しい。一体、何を考えてそんな化け物を作ったのか。なんで炎を吐くなんてイカれた能力を持つのか。なぜコモドドラゴンが、んなケッタイなシロモノに化けたのか。なぜ邪悪なのか。なぜ賢いのか。

 それぞれに、怪しげながら、微妙に説得力がありそうな屁理屈がついているから楽しい.。専門家が聞いたら「テキトーに専門用語を織り交ぜてハッタリかましてやがるな」と一発でバレるが、素人の耳には一見それらしく聞こえるあたりがベストセラー作家の芸だろう。

 流石にコンピュータ関係は進歩が速いんで、486DX2とか少し詳しい人なら素人でも「おいおい」と言いたくなるが、そこはそれ。怪獣物語なんだから、あまり野暮は言わないように。こういったハッタリを楽しめるかどうかが、評価の分かれ目。

 という事で、狡猾で凶暴で怪力で俊足で不死身の巨獣が、ちっぽけな人間を蹴散らしながら暴れまわる話だ。

 そのレヴァイアサン(結局最後まで彼か彼女かは分からなかった)に対する、人間側の造型も、B級娯楽作品に相応しく、善悪がハッキリしていてわかりやすい。

 まずは監督官のスペンサー・アドラー。いかにもなエリート・ビジネスマンで、権限を振りかざし強引にモノゴトを進めるしか能のない嫌味な奴。組織に務めている人なら、たいてい一人か二人は思い浮かぶよね、こんな奴。納期や勤務協定や安全基準なんか無視して、デタラメな仕事を現場に押し付ける体育会系のイケイケな脳筋野郎。

 その腰巾着、国家安全保障スタッフのブレイク大佐は、いかにもな小物臭が漂っていて、これまたB級作品のお約束。

 そして私が一番気に入ったのが、ソル・トルヴァノス博士。途中からプロジェクトを乗っ取ろうと乗り込んでくるロシア人物理学者。ロシア人ってあたりが、これまたアメリカ人の描く悪役の定番。それ以上に、レヴァイアサンが暴れまわり全てが危機に瀕している最中に、レヴァイアサンのスペックを知って感激するマッド・サイエンティストぶりが大好きだ。

 人類の存続すら危うい状況で、科学が生み出した成果に「すばらしい」と感嘆する感性。やはりB級SFに出てくる科学者はこうでなきゃ。

 対する善玉側も、相応にお約束のキャラが揃っている。主役は電気技師のジャクスン・コナー。奥さんのベスと幼い息子のジョーダンが大好きな家庭人。電気技師ってのが、ちょっと珍しい所。そして軍人としては、カール・チェスタトン中佐とバーリー中尉が、合衆国陸軍の誇りを賭けて奮闘する。

 そして、この作品のもう一人のヒーローが、トール・マグヌッソン。孤島の北の塔に住む、身長2.4メートルの巨人。北欧神話の雷神トール(→Wikipedia)を思わせる謎の人物だが、歴史や古典に通じる教養人でもある。彼がレヴァイアサンに挑むシーンは、いかにもハリウッド映画のお約束っぽい迫力のアクション場面だが、少々やりすぎな気も。

 デカいクセにやたら狡猾。無限の体力と、ほとんど不死身の肉体。そして生きる者全てを滅ぼさずにはおけない邪悪な精神。究極の生物が怒り狂い暴れまわる、痛快娯楽怪獣活劇だった。怪獣好きには文句なしにお薦め。

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