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2015年6月 4日 (木)

トリスタン・グーリー「ナチュラル・ナビゲーション 道具を使わずに旅をする方法」紀伊國屋書店 屋代通子訳

 ナチュラル・ナビゲーションは自然を利用して道を見つける技法だ。道具や機器の助けを借りず、主として、太陽や月、星、陸地、海、天候、植物や動物といった自然の手がかりだけを頼りに方向を定めるという稀有な技能によってなっている。
  ――はじめに

ナチュラル・ナビゲーターは未知の何かを学んで戻るぞ、と希望も新たに旅に出て、往々にして想定していたものとは別のことを身につけて帰宅するものだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ナチュラル・ナビゲーションとは、旅人の技術だ。身の回りを見回し、聞き耳を立て、においをかぎ、風を感じて、自分が今どこにいるか、目的地はどこか、天気はどう変わるかなどを知り、または予測する。その手がかりは様々だ。斜面の傾斜、道の様子、海の色、モグラの穴、鳥の飛び方、木の形、そして人の動き…

 GPSや電子地図が発達し普及した現在、ナチュラル・ナビゲーションは過去の技術に思われるかもしれない。だが、少し身につけ散歩するだけでも、日頃から見慣れている町並みが隠している、もう一つの顔を発見するだろう。新しい世界の扉を開く、刺激的で楽しい旅へ読者を誘うガイドブック。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Natural Navigator, by Tristan Gooley, 2010。日本語版は2013年12月9日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約294頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×17行×294頁=約214,914字、400字詰め原稿用紙で約538枚。文庫本の長編小説なら標準的な1冊分の分量。

 文章は比較的にこなれている。一応は科学の本だが、特に難しくない。小学校卒業程度の理科がわかっていれば大丈夫。「なぜ日本の夏は暑く冬は寒いのか」が説明できれば充分。加えて夜空が好きなら、更によし。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ ふたつの旅
  • はじめに ナチュラル ・ ナビゲーションという芸術
    なぜナビゲーションするのか?/静かな革命/なぜ、自然の事象を使ってナビゲーションするのか?/準備する/しきたりを手なずける/つながっているという感覚
  • 第1章 谷と砂丘 土地
    地形を読む/植物/街/砂/水と雪の世界
  • 第2章 完璧な幻影 太陽
    回転する天体/棒の影/夜明けと日没/太陽の通り道/困難な場合/隠された物語
  • 第3章 夜空を読む
    天球/天の極/北極星/南の星/昇り、沈む星/天球と太陽/惑星/占星術/流れ星と奇妙な発光/天の川/時間と空間
  • 第4章 気まぐれな月
    わたしたちが見ているもの/実用/月、潮、そして方位
  • 第5章 海
    空/海を読む/潮汐/色/鳥類/一風変わったやり方/陸地初認/水中
  • 第6章 自然の力
    風/雲
  • 第7章 習性の生き物
    鳥類/昆虫
  • 第8章 ここはどこ?
    推測航法/地獄の経度/天国の緯度/記憶の道筋をたどる
  • エピローグ 統べる
  •  謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献

【感想は?】

 科学は自然に逆らうものの様にいわれるけど、とんだ思い違いだ。科学とは、自然を読み解く辞書なんだ。

 基本は、東西南北を知る技術である。日が出ていれば、一発で分かる。日中なら、太陽がある方が南だ。だが、曇っていたら?

 この本を読みながら、少し近所を歩いた。住宅地を東西に伸びる道だ。道の両脇は、塀が並んでいる。時は六月、初夏。雑草がグングンと伸びる季節。道の両脇を注意して見ていたら、すぐに気づいた。草は道の北側に生える。南側は苔が多い。この本のとおりだ。「苔は木や建物の北側に生える」。

 東西に伸びる道だと、南端は塀の日陰になり、北端は日が当たる。日が当たれば植物がよく育つ。だから北側には草が多い。南は陰るので乾きにくく、湿気が多い。苔は湿気を好むので、道の南端に生えやすい。

 「だから何?」と言われればそれまでだが、私には見慣れた街が全く違った表情を見せた瞬間だった。世界は豊かな表情を持っている。ただ、私が無知で読み方を知らなかっただけなのだ。まあいい。こんな風に、「どうやって指標を見つけるか」に加え、その指標がどう出来たのかを書いてあるのが、この本の特徴だ。

 現代では、現在地も目的地も緯度と経度で表せる。だが、人が移動する時には、緯度や経度は滅多に使わない。電子地図などでも、「カドのコンビニを右に曲がる」とか「○○駅の北口」など、何らかの目標物との相対的な位置で説明する場合が多い。つまり旅で大事なのは、絶対的な位置ではなく、目立つランドマークとの相対的な位置関係である。

 そのためには人間の行動も指標になる。オフィス街や観光地などで駅に行きたいなら、「朝は、人の流れに逆らっていけば駅が見つかるし、夕方まら人の流れに載ればいい」。住宅地ならこの逆になる。変なイタズラもあって…

せわしなく行きかう人々のあいだで不意に立ち止まり、ただ空を見上げてみるといい。ほどなくまわりの人たちも立ち止まり、上を見上げはじめるだろう。

 携帯電話を取り出して写真を取ると、更に効果的かも。

 歴史的・地誌的な記述が多いのも、この本の特徴だろう。例えば北斗七星の呼び方も地域によって様々だ。アメリカ人は「大きなひしゃく Big Dipper」、英国人は「鋤 Plough」、イヌイットはカリブー、アステカ人は戦闘神テスカトリポカ。「ジャガーに変身して魔術を操り、有徳の人を堕落させる」って、ケンシロウじゃなくてジャギかい。

 南太平洋には沢山の島がある。私は昔から疑問に思っていた。「確かにインドネシアから東に向かえば南太平洋の島々に着くけど、海の広さに比べれば陸地はごく小さい。なぜ広い海の中で島を見つけられたのか?」

 見つかるのだ、優れた航海者なら。例えば海の色だ。水深が浅いと、海の色は青から翠に変わる。鳥も陸地の知らせだ。大きい鳥は島から遠く、小さい鳥は近い。グンカンドリは約120km沖まで出る。カツオドリで80km、アジサシ・クロアジサシは40km。また日暮れ時には陸地に向かって飛ぶ。ねぐらに帰るためだ。雲も陸地手がかりになる。

雲は地形的な条件からしばしば陸地の上に形成される。陸海が海上からの湿った空気を押し上げ、それが凝集して雲になるわけだ。

 逆にイイルカは「ある程度の深さを好む」。

カナダ生まれで、世界で初めて単独帆走の世界一周をなし遂げたアメリカ人ジョシュア・スローカムは、想定より陸に近づいていないことを確認するために、イルカを道連れに帆走した。

 歴史的なエピソードも多く収録している。大遠征を果たしたアレクサンドロス大王は、道に迷わなかったのか?ちゃんと、自分の位置を確認しながら進軍したのだ。測定機器などは持っていなかったが…

兵士を「歩測兵」に任じ、この任についた兵士は気の毒にも軍隊が一日に移動した距離を一歩ずつ数えて測らなければならなかった。

 たぶん、斥候も活用したんだろうなあ。

 などと、空間的には都市・田園・森林・草原・海そして太陽系まで、時間的は古代エジプト王朝から現代まで、科学と歴史に加え自分や知人友人の体験談も交え、買い物ついでの散歩から極地の冒険まで旅する楽しさを倍増させる、ちょっとしたコツとエピソードを満載し、世界を読み解く方法を指南する、少し変わった科学への案内書だった。

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