大西科学「さよならペンギン」ハヤカワ文庫JA
「過去と未来のいちじるしい非対称。不思議なことだが、それが確率というものらしいよ」
【どんな本?】
ライトノベルで活躍していた著者による、長編SF小説。学習塾「八沖学園」で塾講師を勤める、うだつのあがらぬオッサン南部観一郎と、彼と同居する不思議なフンボルト・ペンギンのペンダンを中心に、彼らの周囲で起こる騒動と顛末を、確率論や量子論を取り混ぜて描く、哀愁の量子ペンギンSF。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2010年5月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約304頁に加え、あとがき「ペンギンとトンカツと私」3頁。9ポイント41字×18行×304頁=約224,352字、400字詰め原稿用紙で約561枚。文庫本の長編小説としては標準的な長さ。
文章は比較的にこなれている。SFとしては、量子論を扱う作品じゃお馴染みの仕掛け。STEINS;GATE とかでお馴染みのアレです。
【どんな話?】
高校受験も終わり、のんびりした空気が漂う学習塾「八沖学園」。五人の生徒は全員が志望校に合格し、講師の南部観一郎は、最後の数学の講義を終えた。生徒の長谷川祥子から思いがけずプレゼントを貰い戸惑っていた南部に、事務を担当する谷一恵から誘いがあった。
学習塾では受験が一段落する春休みが唯一の休暇だ。そこで打ち上げをやろう、という話だったのだが…
【感想は?】
「哀愁の量子ペンギンSF」。なんじゃそりゃ、と思ったら、やっぱり「哀愁の量子ペンギンSF」だった。
お話は今風のSFらしく、背景事情を説明しないまま話が進み、少しずつ事情が明かされてゆく形を取る。こういう構造の話はハードボイルドでスタイリッシュな反面、とっつきにくい作品が多いのだが、この作品は違った。
なにせ舞台は現代の日本だ。しかも首都圏の住宅地。最初の場面も塾の教室で、気のいいオッサン講師・南部観一郎の講義で始まる。内容も中学三年の確率論なので、数学が苦手でなければスンナリ入っていける。宝くじの当選確率を距離で表現するあたりは、直感的に飲み込める巧い説明だろう。
その南部観一郎と同居しているのが、フンボルト・ペンギンのペンダン。有名なコウテイペンギンじゃないあたり、なかなかマニアックな…と思ったが、Wikipedia で調べると「日本で最も飼育数が多いペンギンである」。日本の動物園じゃお馴染みのペンギンなのか。
少しだけ出てくるジェンツー・ペンギンも Wikipedia によると「各地の動物園・水族館で飼育されている」。どうやら動物園で馴染みになったペンギンを出演させているらしい。
物語は、年齢不詳でくたびれたオッサン南部観一郎と、その相棒ペンタンを中心に進む。ある意味、世界の存亡をかけた大掛かりな話なのだが、主人公のせいか著者の語りのせいか、どこかのんびりして静かな雰囲気が漂っているのが、この作品の特徴。
序盤にはちょっとしたサスペンスと謎の提示があり、終盤では大掛かりなアクションもある。にも関わらず、妙に達観した雰囲気があるのも不思議。
基本となるアイデアは量子力学で言う、波動関数の収束というアレなんだが、実は私もよくわかってない←をい。いや確率分布とか、ついていけないし。光の軌道は確率的にしかわからないけど、何かと相互作用した瞬間に一つの事象に収束する、みたいな?
最初に確率の話で始まるのも大事な布石で、現実の不思議さを体感できるところ。宝くじで例えると、当選番号が発表さえる前は額面に近い価格で買い手がつくけど、発表された後は紙屑か当選金額か、いずれかに変わっちゃう。
こういった、古典力学では決定的だったモノゴトに、確率論を持ち込んじゃった量子力学の不思議さを大きな柱としつつ、最近の宇宙論の成果も少し取り込んで、物語は進んでゆく。
というとグレッグ・イーガンを思い浮かべるんだが、芸風は全く違うのが面白い。仕掛けに相応しく大掛かりな物語に、哲学的なテーマを詰め込むイーガンに対し、この作品はアクション場面があるにも関わらず、飄々とした空気が漂っている。こえは主人公の南部観一郎とペンダンの性格も大きいんだろうなあ。
大仕掛けを使いながらも、静かに漂ってゆく物語。確かに「哀愁のペンギンSF」としか言いようがない。
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