小暮裕明/小暮芳江「アンテナの仕組み なぜ地デジは魚の骨形でBSは皿型なのか」講談社ブルーバックス
アンテナの解説書は「やさしい」と謳う本でも、アマチュア無線の愛好家など、ある程度まで電磁気学を学んだ人を対象に書かれています。これでは一版の人には理解しにくいでしょう。そこで一般の方にもアンテナの不思議を知っていただきたいと願って書いたのが本書です。
――はじめにエレメントをハンダづけする同軸ケーブルは、インピーダンス(120ページ参照)が50オーム(Ω)の5D-2Vという製品を使います。やや細い3D-2V(やはり50オーム)でも同じように使えます。
――3-2 ダイポール・アンテナを作ってみよう
【どんな本?】
テレビのアンテナは魚の骨みたいな形だし、パラポラ・アンテナは斜め上を向いている。携帯電話やスマートフォンにはアンテナが見えないが、ちゃんと電波を送受信できる。
世の中にはどんなアンテナがあるのか。なぜ、そんな形なのか。昔の軍用レーダーはクルクル回っていたが、今のレーダーはなぜ回らないのか。電波はいつ・誰が発見し、どう使われてきたのか。ラジオの向きを変えると受信状況が変わるのはなぜか。
現在使われている様々なアンテナと、その原理と仕組みを紹介し、またアンテナの歴史を綴る、アンテナの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年6月20日第1刷発行。新書版縦一段組みで本文約185頁。9.5ポイント43字×16行×185頁=約127,280字、400字詰め原稿用紙で約319枚だが、写真やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は6~8割程度。文庫本の長編小説なら、なかり短めの分量。
文章は比較的にこなれている。ただし、内要は私にはかなり厳しかった。「はじめに」では一般向けのように書いてあるが、残念ながら違う。自分でラジオを作れる程度には電気について知っている人向けだろう。少なくとも「アース」や「コンデンサ」が何をするか、なぜ必要なのか、インピーダンスとは何かを説明できる人向けの内容だ。
【構成は?】
第1章・第2章は比較的にわかりやすいが、第3章でいきなり難しくなる。ついていけなかったら飛ばして第4章に進もう。
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【感想は?】
ちょっと読者層を絞りきれていない感がある。どんな読者を想定したんだろう?
素人向けとしては、第3章でいきなり難しくなっている。第2章までは、電気の素人にもついていける内容で、充分に親しみやすい。読んでいて、「こんなゆったりしたペースで大丈夫なんだろうか?」と不安になった。
第1章は、世の中にある様々なアンテナを紹介している。テレビのアンテナやBS・CSのパラポラ・アンテナはよく見かけるし、コードレス電話のアンテナも身近だ。自動車のリア・ガラスのアンテナも気づいている人は多いだろう。携帯電話やスマートフォンのアンテナが見えなくなっているのは、言われて見れば確かに。
また、SUICAなどICカードも気づかなかった。劣った性能を逆手に取った発想は、技術者として見事。
など、第1章は主に身近なアンテナを紹介しつつ、その原理を大雑把に解説している部分で、親しみやすい上に読者に興味を抱かせる、導入部としては見事な構成だ。
第2章は羅針盤から電力・磁力の発見へと向かいつつ、電磁波の基本的な性質を解説する理論編。歴史を辿りながら原理を説明してゆく、一般向け理系の解説書の王道のパターンに沿って、目に見えない電波を説明してゆく。ハインリヒ・ヘルツ(→Wikipedia)への敬愛がにじみ出るのはご愛嬌。
これは愛嬌では住まないのが、問題の第3章。ここで一気に内容が難しくなり、電気の知識がない読者は置いてけぼりを食らう。この記事の冒頭の2番目の引用が、問題の第3章だ。この引用でピンとくる人は、第1章と第2章を退屈に感じるんじゃないだろうか。
とまれ、ツェッペリン・アンテナのデザインの経緯や、有名なYAGIアンテナ発明のきっかけは楽しかった。こういう、「理屈を形にする」プロセスってのは、工夫と偶然が交じり合っていて、工学の醍醐味があるなあ。
第4章は、再び応用編。第1部が身近なアンテナを紹介したのに対し、こちらでは空港の管制用レーダー・アンテナや軍用のフェーズド・アレイ・レーダーなど大掛かりなものもあり、ニワカ軍オタとしてはフェーズド・アレイ・レーダーをもう少し詳しく解説して欲しかった。
アンテナにテーマを絞ったとはいえ、その根本には電磁気学がある。電流・電圧・抵抗などの電気の基本から、波の性質など物理学も必要だ。いちいち説明していたら物理学と電磁気学の教科書になってしまうし、それじゃ新書にならない。だから思い切ってはしょる必要があるけど、何を説明し何を省くかの判断が難しい。
そういう面では、著者の興味が強く出ていて、かなりアクの強い本になっている。正直、素人向けとは言えない。第3章の目次を見て、「おおっ!」と思う人向けの本だろう。
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