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2015年6月26日 (金)

ジェフ・ヴァンダミア「サザーン・リーチ 3 世界受容」ハヤカワ文庫NV 酒井昭伸訳

「でも、あなただって知りたがりでしょ?」
「どういう意味だ?」
「だって、灯台を守ってるもの。光はすべてを照らしだすのよ」

“罪人の手が育む侵食の子実のあるところ、我は死者の種子を生む、蟲たちと分かちあうために、その蟲たちは……”

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家による、SFともファンタジイともホラーともつかぬ、不気味な味の三部作<サザーン・リーチ>シリーズの第三部。サザーン・リーチの局長・灯台守・<ゴースト・バード>・<コンロトール>など、今までの物語のキーとなる人物それぞれの視点で、異変の始まりから顛末までを描く完結編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ACCEPTANCE, by Jeff Vandermeer, 2014。日本語版は2015年1月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約503頁に加え、牧眞司の解説8頁。9ポイント41字×18行×503頁=約371,214字、400字詰め原稿用紙で約927枚。文庫本の長編小説としては上下巻でもいいぐらいの長さ。

 文章は比較的にこなれている。<エリアX>の正体を明かす部分を除き、特にSF的なガジェットもない。ただし、お話は第一部・第二部を受けた完結編なので、「全滅領域」「監視機構」は読んでおこう。

【どんな話?】

 四年前から、ソール・エヴァンスは灯台守として灯台に住み着いた。今の生活には満足している。仕事に没頭できるのがありがたい。だが、今日は変な連中が来ている。<S&SB>、<降霊術と科学の旅団>の新人二人だ。

 <コントロール>と<ゴースト・バード>は<エリアX>ににたどり着き、丸三日も歩きとおした。<コントロール>が見る限り、ここの生態系は至極正常に見えるのだが…

【感想は?】

 やっぱりフィリップ・K・ディックを思い浮かべちゃうなあ。

 ディックの作品の多くに共通するテーマに、「本物」と「にせもの」がある。「くずれてしまえ」などが印象的だ。「自分は本物の人間なのか?」と悩む登場人物もよく出てくる。この作品だと、<ゴースト・バード>が該当する。

 肝心の<エリアX>の正体は、いちおう明かされるのだが、かなりアッサリした、かつ実もフタもないシロモノ。つまり、<エリアX>のお正体はこのシリーズのテーマじゃないんだろう。むしろ、そういう得体の知れないシロモノに直面した人間が、どう対処しどう振舞うか、に焦点をあてた作品だろう。

 そういう点だと、全滅領域で主役を務めた生物学者がとてもキュートに見えてくる。私は「動く遺伝子」のテーマとなったバーバラ・マクリントックを連想した。要はオタクなのだ、彼女は。生物学者としてのフィールド・ワークが大好きで、それに没頭できれば幸せな人。その分、人間関係は苦手で、だから夫ともギクシャクしてしまう。

 その辺、バーバラ・マリントックは完全に開き直っちゃった人なんだけど、この作品の生物学者は、半端に常識がある分、色々と悩んでしまう。「これが私なんだからしょうがない」と開き直れず、かといって本来の自分も捨てきれない。

 などと考えると、彼女の夫も「結構、いい奴じゃん」とか思えてしまう。たぶん、そんな彼女の本性を分かっていて、それを支える事に喜びを感じていたのだ、彼は。それが彼女には伝わらず、逆に重荷に感じさせちゃったみたいだけど。若いうちはギクシャクするけど、長く連れ添えばソレナリにいい関係になったかも。

 やはり微妙に社会不適合なのが、ソール・エヴァンス。元は北部で説教師をしていたのに、今は孤独な灯台守の生活に満足している。だいたい、この地域は政府の力も及ばず、お尋ね者も多い地域。って事で、技術的には現代だけど社会的には開拓時代みたいな、南部の独特の空気が漂っている。

 そういう場所に住み着く連中だから、近所の連中も世間と少しズレてるんだが、それなりに親しく付き合ってたり。このあたりはロバート・マキャモンの「遥か南へ」を彷彿とさせる。

 そして、中盤で登場する意外な人物と、その人物が明かす<エリアX>の奇天烈な性質。

 <エリアX>の正体を考えると、SFの王道とも言えるテーマを扱っているのだが、物語の多くは人物の内面に割かれている。たぶん、それこそがこの作品のテーマなんだろう。どうにも理解できないシロモノに直面して、ヒトがどう振舞うのか。

 改めて考えると、結局のところ全ての登場人物が、それまでの行動規範に基づいて動いてるだけにも思える。色々あって変わっちゃった人たちも、元の性質のエッセンスを取り出しただけで、芯のところでは変わってない。<中央>で陰謀をめぐらす彼もそうだし、中盤で登場するあの人もそうだ。

 第一部・第二部とは異なり、時間も視点も次々と切り替わりながら物語は進む。そのためか、長く不明瞭な物語にも関わらず、意外と飽きずに読めた。不条理と、それに対応しとうとする人と社会の物語だ。

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