ジェフ・ヴァンダミア「サザーン・リーチ 2 監視機構」ハヤカワ文庫NV 酒井昭伸訳
三十二年前、一部には“忘れられた海岸”として知られる南の沿岸地域(サザーン・リーチ)において、ある“事象”が発生した。それはその土地を変容させると同時に、周囲に見えない境界、または壁を創りだした。
【どんな本?】
アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家による、SFともファンタジイともホラーともつかぬ、不気味な味の三部作<サザーン・リーチ>シリーズの第二部。謎の領域に赴いた調査隊を描いた第一部「全滅領域」に続き、今回は調査隊を送りだした監視機構<サザーン・リーチ>の内部を描く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は AUTHORITY, by Jeff Vandermeer, 2014。日本語版は2014年11月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約519頁に加え、堺三保の解説6頁。9ポイント41字×18行×519頁=約383,022字、400字詰め原稿用紙で約958枚。文庫本の長編小説としては上下巻でもいいぐらいの長さ。
文章は比較的にこなれている。SFとしての小難しい仕掛けもない。ただし、小説そしては前作の内容を踏まえて展開するので、前の「全滅領域」を読んでいないと意味がわからないだろう…読んでいても、やっぱり意味が分からなかったりするけどw
【どんな話?】
<コントロール>ことジョン・ロドリゲスは、監視機構<サザーン・リーチ>に局長代理として赴任した。初日から職員たちとはギクシャクしている。特に局長補佐のグレイスは明らかに敵に回った。組織の職員には覇気がない上に、建物も薄汚れている。直前に送り出した第十二次調査隊も収穫はない。帰還者の事情聴取も全く進まず…
【感想は?】
エリートを主人公とした「暗闇のスキャナー」。
第一部は孤立しがちな女性が主人公だった。今回の主人公<コントロール>は、精気あふれる独身男性。筋肉質で引き締まった肉体。職場では調整役として優れた能力を示す。今まで局長補佐として仕切ってきたグレイスを差し置いて、局長代理のポジションを獲得する事でもわかるように、いわゆる「キャリア組」でもある。
と、傍から見たらエリートに見える<コントロール>。なのだが、彼が仕切ろうとする監視機構が、見事に機能不全を起こしている。なんたって、初日から古株でナンバー2のグレイスと衝突する体たらく。
これがビジネス書なら、新しいリーダーが新思想を布教してお局様のグレイスを改宗させ、組織を蘇らせるお話になるんだが、当然このシリーズでそんな方向に向かうわけはなく。監視対象の<エリアX>も謎に満ちていたけど、それを監視する<サザーン・リーチ>も、欺瞞に満ちている。
お話は冒頭から「なんだってー!」の連続。前作は調査隊員である生物学者の視点で話が進んだ。幾つかの場面では、登場人物が事実を正確に認識していない由を示している。彼女たちが<エリアX>内に入り込んだ場面から、どうも胡散臭い仕掛けが裏にある事を匂わせていたし。
第十二次調査隊が帰還した後から始まる第二部は、いきなり前作と矛盾する事実を提示する…が、改めて考えると、これは事実の矛盾なのか監視機構による欺瞞なのか、難しいところ。
そう、問題は「監視」と「欺瞞」。フィリップ・K・ディックの「暗闇のスキャナー」も、監視と欺瞞の物語だった。加えて、薬物による認識の狂いも混じり、読者は悪夢の世界へと引きずり込まれてゆく。薬物で狂ってゆく主人公と仲間たちが、ひたすら悲しい物語だ。
この監視機構では、薬物の代わりに<エリアX>がある。が、それ以上に、組織と、その中の人間たちが怖い。
<コントロール>を監視機構に送り込んだのは、<中央>と呼ばれる別の組織である。<コントロール>に指令を出している者は、<声>。コイツがまた正体不明で胡散臭く、なおかつやたらとタカピーである。コッチの事は細かく詮索するクセに、役に立つ情報は何も寄越さない。どころか、余計なチョッカイを出して仕事を難しくする。
会社勤めの人は、この辺で上司を思い出しムカつく人も多いんじゃないだろうか。
が、そこはこのシリーズ。分かりやすいサラリーマン物にもならず。そもそも監視機構の職員が、どいつもこいつもイカれているか腹に一物抱えてるかで。
最初にぶつかる局長補佐のグレイスは、前の局長に今も未練タラタラで、代理の<コントロール>に敵意満々。科学者の古株ホイットビー・アレンは調子いいが、どこかイカれている。その科学者を仕切るチェイニーは従順だが…
と、新しい職場で張り切る<コントロール>だが、彼が直面する事実は理解不能な事ばかり。
先の「全滅領域」も意味不明な事ばかりが起きたが、その多くは<エリアX>が起こした事だ。いわば事故である。だが、第二部で起きる事の大半は、<サザーン・リーチ>または<中央>の者の手による事で、事件である。だが、表向きは何事もないかのように繕っている。
第一部は、得体の知れないグネグネしたシロモノの怖さだった。第二部では、人間の方がよほど怖いと思わせてくれる。人を支配し、一時凌ぎの嘘でごまかし、人形のように操り…。しかも、その目的は決して教えようとしない。
得体の知れない<エリアX>に対し、個体としてのヒトがどう対応するのかを描いたのが第一部なら、社会としてのヒトの対応を描いたのが、第二部なのかもしれない。
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