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2015年6月19日 (金)

ノーマン・デイヴィス「アイルズ 西の島の歴史」共同通信社 別宮貞徳訳 2

 ウェールズやアイルランドとちがい、スコットランドは16世紀を通じて完全に独立を維持していた。それまでスコットランドはイングランドと深くかかわることはなかった。エリザベスの死後に生じる限定的な王権統合のときですらそうだった。スコットランドは独自の宗教改革を経験し、イングランドとはまったく異なる道をたどり、現在まで存続する国教会を生み出した。また、独自の法体系を備えたが、こちらも現在まで続いている。
  ――第7章 イングランド化される島

 二日後の1707年5月1日、新しい議会が召集された。これがイギリスという国、グレートブリテン連合王国が機能し始めた日であり、近代イギリスの歴史が幕を開けた日なのである。
  ――第8章 二つの島、三つの王国

 ノーマン・デイヴィス「アイルズ 西の島の歴史」共同通信社 別宮貞徳訳 1 から続く。

【どんな本?】

 イギリスの歴史家ノーマン・デイヴィスが著した、独自の視点によるイギリスおよびアイルランド史の大著。イギリスの義務教育修了ぐらいにイギリス史を知っている人を対象に、先史時代から21世紀初頭まで、イングランド・アイルランド・スコットランド・ウェールズの歴史を綴る。

【感想は?】

 前の記事に書いたように、イギリス史としては異端の史観に立つ本だ。それは書名からして明らかである。

 「アイルズ 西の島の歴史」。なぜこんな不思議な名前にしたのか。それは、この本が扱う内容のためだ。「アイルズ」は、グレート・ブリテン島とアイルランド島、それに周辺のマン島・オークニー諸島・ヘブリディーズ諸島を加えた島々を示す。

 これの何が独特で異端なのか。日本人から見ると、ごく順当なイギリス史に見える。本書中にもあるが、英語圏以外でも本書の視点は当たり前に見えるのだが、イギリスとアメリカ、つまり英語圏では違うらしい。これについては冒頭の「はじめに」で詳しい説明があり、また他の章でも随所で指摘している。

 では、イギリスでは、どんな視点が主流なのか。それは、イギリス史=イングランド史+α、と捉える視点だ。ウェールズ・スコットランド・アイルランドは、イングランドのオマケ扱いなのだ。

 近年になって、ウェールズ人向けのウェールズ史や、スコットランド人向けのスコットランド史の著作は出てきた。だが、イギリス人(British)向けの、ウェールズ・スコットランド・アイルランドを含めたイギリス史はない。そこで著者がこの本を著したのである。

 著者はもう一つ、重要な主張をしている。歴史家の思想が歴史観に大きく関わる、と。当たり前と言えば当たり前だが、それを明言するのがこの著者らしい所。そうういう面だと著者の立場は伝統的な歴史家であり、ウィリアム・H・マクニールのような極端な唯物史観ではない。ただし思想的には穏やかなリベラルで、保守的なポール・ジョンソンとも違う。

 地理的にイギリスは日本と似ている。いずれも大陸に近い島国だ。

 ただし、大陸の影響は、イギリスの方が遥かに大きかったようだ。まずは紀元前56年、ケルト人の島だったブリテン島に、ローマ帝国のカエサルが遠征をしかけ、南から北へ向けローマ帝国の支配地域を広げて行く。が、ブリテン島の北方、今のスコットランド近辺はローマの支配を拒み続けている。

 やがてローマが撤退すると、伝説のアーサー王が登場する。モデルとなった人物は存在するらしい。ただし騎士ではなく「ケルトの領主」だとか。

 そしてスカンディナヴィア人がやってくる。いわゆるヴァイキングだ。スカンディナヴィアといっても、今のノルウェー・スウェーデンばかりでなく、デンマークや北方ドイツも含むバルト海沿岸地域らしい。シェイクスピアのハムレットがデンマークの王子なのは、こんな背景があったのか、と今さらながら納得。そしてマクベスが悪役の理由も、この本に書いてある。

 そのヴァイキングの一部は、フランスのノルマンディーに住み着き、これがイングランドの王を兼ねてゆく。フランス語の「アンリ」が英語だと「ヘンリー」になって、これまた変に納得しちゃったり。以後、イングランドの宮廷ではフランス語が中心となるが、教会ではローマ以来のラテン語が主流、加えて地域では様々な言語が使われてたり。

 面白いのが、百年戦争の敗戦以後、島と大陸の関係が疎遠になっていくあたり。日本でも国家体制が整うと遣唐使を取り止めてるし、国家ってのは体制が整うと他国との交渉を控えるものらしい。子供が大きくなると親から離れていくのと似てるのかな?

 日本と大きく違うのが、宗教の影響が大きい事。宗教ったって、みんなキリスト教なんだけど。なにせイングランド「国教」である。カトリックは外国、つまりスランスやローマの手先と見なされるわけで、政治的な立場も関わってくる。スコットランドはフランスと組んでイングランドの足を掬う機会を伺い…、なんて単純な形じゃないんだけど。

 ナポレオンとの戦争を経て帝国となってゆくイギリス。

 前に読んだローリー・スチュワートの「戦禍のアフガニスタンを犬と歩く」では、イギリスでのトラベラーの評価の高さを不思議に思ったけど、これは帝国時代の影響らしい。当時は政府が目的を指示して資金を与え、「その報告書はしばしば公文書として扱われた」。悪くいえば侵略の尖兵、よく言っても他国の情報収集なわけ。

 などと歴史の部分は、イギリスの歴史の素養がないと読みこなすのに骨が折れるけど、最後の「第10章 ポスト帝国の島」は、現在のイギリスの状況を書いていて、実はココが最も楽しく読めた。

 この章では、EUがイギリスに与える影響の大きさがよくわかる。少し前にスコットランド独立が話題になったけど、あれもEUの影響が大きい。今までは独立したら単なる小国になっちゃうけど、EUに加盟すればイギリスと同格のEU加盟国になる。通貨だってユーロにすりゃいいんだし。つまり独立への敷居が低くなったのだ。

 という事で、EUの成立は、イギリスだとスコットランドやウェールズのお国意識再生への後押しになっているのが面白い。スコットランドでは以前は低地人と高地人の反目があったけど、それも今は昔の話。昔の対立は忘れ、スコットランド人としての同朋意識が強くなってきている。

それに対し、イングランドが取り残されているのが皮肉。サッカーのワールドカップでは、ユニオン・ジャックを掲げるイングランド人がいたり。政治的にも、スコットランド議会やウェールズ議会はあるけど、イングランド議会はない。イングランドだけが、お国意識という点では置いてけぼりになっている。

 外交的にも、EUの影響は大きい。イギリスの外交姿勢は大きく二つの勢力に分かれていて、片方はアメリカ重視、もうひとつは大陸つまりEU重視。前者の代表がマーガレット・サッチャー。そういう視点を与えてくれるという点でも、この本はありがたかった。

 この記事では大雑把な話だけに絞ったが、大内乱の時代とかは諸勢力が入り乱れて単純な図式じゃくくれないのが分かってくる。日本だと応仁の乱みたいな雰囲気かな? ある意味、異端の史観ではあるけれど、他国から見たイギリス史としては納得できる史観だろう。

 ただ、この大きさと重さは辛い。出来れば5分冊ぐらいで出して欲しかった。

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