ジェフ・ヴァンダミア「サザーン・リーチ 1 全滅領域」ハヤカワ文庫NV 酒井昭伸訳
「だけどあんたは、そこに存在しないものを見たんだろ?」
(逆よ。そこにあるものが、あなたには見えないだけ)
【どんな本?】
アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家による、SFともファンタジイともホラーともつかぬ、不気味な味の三部作<サザーン・リーチ>シリーズの第一部。アメリカ南部に現れた謎の地域<エリアX>。何か異常が起きているのは確かだが、何が起きているのかはわからない。政府は何度も調査隊を派遣したが、全て何らかの形でチームが崩壊している。
政府が設立した監視機構から第12次調査隊に選ばれた四人の一人である生物学者の視点を通し、第12次調査の様子と<エリアX>の内部を描く、謎と不安と幻想に満ちた長編小説。
2014年ネビュラ賞長編部門受賞の他、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014海外篇で19位に滑り込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は ANNIHILATION, by Jeff VanderMeer, 2014。日本語版は2014年10月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約296頁に加え柳下毅一郎による解説7頁。9ポイント40字×17行×296頁=約201,280字、400字詰め原稿用紙で約504枚。長編小説としては標準的な分量。
文書は比較的にこなれている。カテゴリは一応SFとしたが、読みこなすのに特に科学やSFの素養は要らない。<エリアX>の得体の知れなさと監視機構の理不尽さを受け入れられれば、充分に読みこなせる。
【どんな話?】
政府が設立した監視機構は、海岸沿いの湿地帯に現れた<エリアX>を管理する。内部に入るには、特別な予防措置が必要だ。第12次調査隊は四人全員が女性で、生物学者・人類学者・測量技師・心理学者のチーム。外界との連絡は禁じられ、報告は耐水紙の日誌で行なう。
ベースキャンプにたどり着き、周囲の調査を始めて四日目、<塔>を見つけた。高さ20cm、直径18mのコンクリート製に見える。地下に螺旋階段が通じていて…
【感想は?】
SFというより、ファンタジイ寄りのホラーの感触。
著者はフロリダ大学に在学したらしい。たぶん<エリアX>のモデルはフロリダ半島南端になるエバーグレーズ国立公園(→Wikipedia)だろう。ワニや毒ヘビがうじゃうじゃいる湿地帯だ。
これで私は、少し前に読んだロバート・R・マキャモンの「南へ」を思い浮かべた。後半はルイジアナ南部、ミシシッピ川下流のバイユー(→Wikipedia)を舞台にしていて、政府の力が及ばない無法者の社会と、縦横につながった水路に展開するワニやナマズなど南部の生態系が、瘴気に満ちた世界を作り上げている。
この作品も、マキャモンやジョー・R・ランズデールと通じる、南部の匂いが漂う中で物語が展開する。
が、似ているのは舞台だけで、感触はだいぶ違う。なにせこの物語、全てが不確かなのだ。
舞台となる<エリアX>も、具体的な事はハッキリ描かれない。生態系がおかしいらしいが、エリア内の異常な生物と言えば、夕暮れから聞こえる湿原のけものの吠え声ぐらい。
むしろ異常なのは、調査隊のチーム編成やミッション、そして課された制約の方だ。
今回のメンバーは四人の女性だけ。名前は出てこず、生物学者・人類学者・測量技師・心理学者と肩書きで呼び合う。どうやって<エリアX>に来たのか、誰も知らない。気づいたら荷物を担いで<エリアX>内にいた。外界と連絡を取る術はない。報告は日誌だが、メンバーは互いの日誌を見せ合ってはいけない。
おまけに、心理学者は予めメンバーに催眠術をかけていたらしく、キーワードで他のメンバーをコントロールできる。その事をメンバーは自覚していない…語り手の生物学者を除いて。
そして、問題の<塔>だ。これについて、メンバーは何も知らされていない。奇妙なことに、語り手の生物学者はコレを<塔>と呼ぶが、他のメンバーは<地下道>と呼ぶ。形からすると、地下へと階段が続いてるんだから、<地下道>が妥当だよなあ、と思うのだが…
どうも心理学者は色々と知っているようなのだが、なかなか心中を明かさない。チームが<エリアX>へ入った方法の不可思議さを思うと、語り手の生物学者の認識もいまいち信用できない。どころか、冒頭の引用のように、各メンバー同士でも認識が食い違っている。
<塔>に中でチームが目撃するモノは、いかにもホラーの定番らしく意味ありげで不気味で、ありえざるシロモノだ。
だが、ソレは本当に存在するんだろうか? 生物学者が見ている世界は、本当に見ている通りの世界なんだろうか? それどころか…
読み終えてから改めて物語の全部を辿ると、更に不確かさが増し、全てが信用できなくなってゆく。人間が放棄した廃墟がかもし出す無常感、生命力旺盛な南部の生態系、そして認識の足元が崩れてゆく不安感。
ぐにゃぐにゃと世界が歪み変わってゆく、不安感と不気味さに満ちた作品だった。
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