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2015年5月25日 (月)

サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 1

「いいや、ちがう。お前はスターリンじゃない。私だってスターリンじゃない。スターリンというのはソヴィイエト権力そのものなんだ。新聞に載っているスターリン、肖像画に描かれているスターリン、それがスターリンなのだ。お前や私のような個人がスターリンなんじゃない」
  ――プロローグ 革命記念日の祝宴

「同志テレホフ、聞くところによると、君は演説の名人だそうだが、どうやら、君が得意なのは創作のほうだということがはっきりした。飢饉などというとんでもない作り話をでっち上げるとは!」
  ――第6章 死体を満載した貨車

【どんな本?】

 レーニンの後継者としてボリシェビキを受け継ぎ、トロツキーを追い落として共産主義の指導者となり、富農の追放や集団農場化によって大飢饉をひき起こし、将校の大粛清によって赤軍をガタガタにしながらも、第二次世界大戦ではヒトラーの戦力の大半を引き受け、戦後はアメリカと世界を二分する勢力の頂点となった、ヨシフ・スターリンことヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ。

 彼はどのようにボリシェビキの頂点に至ったのか。その地位に次々と襲い来る困難に、どのように対処したのか。ボリシェビキ内の権力闘争はどのようなもので、スターリンはそれをどう操ったのか。スターリンと周辺の者たちは、そのように政策を決め、どのように推進したのか。そして仲間が続々と処分されてゆく中で、なぜ廷臣たちは反撃しなかったのか。

 20世紀後半の世界史の中で、最も大きな権力を維持したスターリンと、その忠臣たちの生活や権力闘争を、英国の歴史家が膨大な資料と精力的な取材により、主に1932年から1955年までを中心に再現する、本格的な歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STALIN : The Court of the Red Tsar, by Simon Sebag Montefore, 2003。日本語版は2010年2月10日第一刷発行。私が読んだのは2010年3月20日発行の第二刷。あまりの人気に急いで増刷したんだろうなあ。単行本ハードカバーで上下巻、本文約611頁+505頁=約1,116頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×20行×(611頁+505頁)=約1,004,400字、400字詰め原稿用紙で約2,511枚。文庫本の小説なら5冊分ぐらいの巨大容量。

 翻訳の文章は比較的にこなれている。ただし決して読みやすい本ではない。登場人物も膨大だし、20世紀のロシア・ソヴィエト史について、相応の知識がある人を読者に想定している。

【構成は?】

 プロローグを除き、基本的に時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  •  スターリンの親族関係図
  •  地図 スターリン支配下のソ連邦 1929-1953
  •  地図 スターリン支配下のソ連領カフカス 1929-1953
  •  凡例/序言と謝辞/主な登場人物
  •  プロローグ 革命記念日の祝宴 1932年11月8日
  • 第1部 素晴らしかったあの頃 スターリンとナージャ 1878-1932
    • 第1章 グルジア人青年と女学生
    • 第2章 クレムリン・ファミリー
    • 第3章 魅了する力
    • 第4章 大飢饉と別荘暮らし スターリンの週末
    • 第5章 休暇と地獄 海辺の政治局
    • 第6章 死体を満載した貨車 愛と死と神経症
    • 第7章 知識人スターリン
  • 第2部 愉快な仲間 スターリンとキーロフ 1932-1934
    • 第8章 葬儀
    • 第9章 妻を失った全能の皇帝と愛する家族 ボリシェビキ貴族セルゴ・オルジョニキゼ
    • 第10章 台無しになった勝利 キーロフ、陰謀、第17回党大会
    • 第11章 人気物の暗殺
  • 第3部 瀬戸際 1934-1936
    • 第12章 「私は孤児になってしまった」 葬儀の達人
    • 第13章 秘密の友情 ノヴゴロドの薔薇
    • 第14章 矮人が頭角をあらわし、色事師が失脚する
    • 第15章 皇帝、地下鉄に乗る
    • 第16章 ダンスを踊れ、囚人を痛めつけよ 見世物裁判
  • 第4部 殺戮 毒殺者、矮人エジョフ 19937-1938
    • 第17章 死刑執行人 ベリヤの毒とブハーリン向けの処方
    • 第18章 セルゴ・オルジョニキゼ 「完璧なボリシェビキ」の死
    • 第19章 将軍達の大量虐殺、ヤゴダの凋落、ある母親の死
    • 第20章 大量処刑の血の海
    • 第21章 「ブラックベリー」エジョフの仕事と趣味
    • 第22章 血塗られた袖口 仲良し殺人サークル
    • 第23章 大テロル時代の社会生活 重臣達の妻と子ども
  • 第5部 殺戮 ベリヤ登場 1938-1939
    • 第24章 スターリンを取り巻くユダヤ人女性とファミリーの危機
    • 第25章 ベリヤと死刑執行人たちの疲労
    • 第26章 エジョフ一家の悲劇と堕落
    • 第27章 スターリン・ファミリーの崩壊 奇妙なプロポーズと家政婦
  • 第6部 獅子の分け前 ヒトラーとスターリン 1939-1941
    • 第28章 ヨーロッパの分け前 モロトフ、リッペントロップ両外相とスターリンのユダヤ人問題
    • 第29章 殺害される妻たち
    • 第30章 モロトフ・カクテル 冬戦争とクリークの妻
    • 第31章 モロトフ・ヒトラー会談 瀬戸際政策と妄想
    • 第32章 カウントダウン 1941年6月22日
  •   下巻
  •  スターリンの親族関係図
  •  地図 スターリン支配下のソ連邦 1929-1953
  •  地図 スターリン支配下のソ連領カフカス 1929-1953
  •  凡例/主な登場人物
  • 第7部 戦争 天才の躓き 1941-1942
    • 第33章 楽観主義と抑うつ状態
    • 第34章 「犬のように獰猛に」 ジダーノフとレニングラード攻防戦
    • 第35章 「モスクワは持ち堪えられるか?」
    • 第36章 モロトフはロンドンへ、メフリスはクリミアへ、フルシチョフは挫折
    • 第37章 チャーチルのモスクワ訪問 モールバラ対ウェリントン
    • 第38章 スターリングラードとカフカス 戦場のベリヤとカガーノヴィッチ
  • 第8部 戦争 天才の勝利 1942-1945
    • 第39章 スターリングラード攻防戦と最高指導者
    • 第40章 息子たちと娘たち スターリンと政治局員の子供たちの戦争
    • 第41章 スターリンの国歌コンテスト
    • 第42章 テヘラン ローズヴェルトとスターリン
    • 第43章 尊大な征服者 ヤルタとベルリン
  • 第9部 危険な帝位継承ゲーム 1945-1949
    • 第44章 原子爆弾
    • 第45章 ベリヤ 実力者、夫、父親、愛人、殺人者、強姦魔
    • 第46章 ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチの夜の生活 映画と宴会による専制政治
    • 第47章 モロトフの好機 「酔った拍子に口を滑らす」
    • 第48章 後継候補者ジダーノフと血まみれ絨毯のアバクーモフ
    • 第49章 ジューコフの失墜と略奪者たち 帝国のエリート階級
    • 第50章 「シオニストにしてやられた!」
    • 第51章 孤独な老人の休日
    • 第52章 二つの怪死事件 イディッシュ語演劇俳優の死と最有力後継候補者の死
  • 第10部 牙を失った虎 1949-1953
    • 第53章 モロトフ夫人の逮捕
    • 第54章 殺戮と結婚 レニングラード事件
    • 第55章 毛沢東、スターリン誕生日祝賀会、朝鮮戦争
    • 第56章 「矮人」と殺人医師団事件 「殴れ、殴れ、もっと殴れ!」
    • 第57章 盲目の子猫と愚鈍な河馬 古参ボリシェビキの最後
    • 第58章 「ついに奴を片付けてやった!」 瀕死の病人と震え嘆く医師たち
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/写真一覧/出典/参考文献/人名索引

【感想は?】

 ズバリ、上級者向け。決して読みやすい本ではない。とにかく解像度が高いのだ。

 その高い解像度で、どこを描いているか、が重要。これは日本語版の副題が適切に内容を示している。「赤い皇帝と廷臣たち」、まさしくソレだ。著者の筆は常に、スターリンとその周辺人物を描く事に終始する。

 例えばスターリン版の大躍進政策(→Wikipedia)である、1932年~1933年の大飢饉(→Wikipedia)について、その原因や経緯にはほとんど触れない。著者が注目するのは、飢饉の報告がどのようにスターリンに伝わったか、そしてスターリンが報告に対しどのように返答し対処したか、だ。

 つまり、著者は、大飢饉について、読者は充分に知っていると想定した上で書いている。だから、その目的・原因・経緯・規模などをあらためて書く必要はない、それは紙面の無駄だ、そういう姿勢なのだ。

 「スターリンを中心にした20世紀のロシア/ソヴィエト史」を期待していた私にとって、これはかなり厳しかった。そういう点では、デイビッド・ハルバースタムの「ベスト&ブライテスト」と似ている。

 ただし。「ベスト&ブライテスト」が扱っているのは、はベトナム戦争だ。そのため、外交と軍事の政策決定プロセスが中心を占めている。対してこの本は、ソヴィエトの内政が中心となっている。つまり、スターリンの宮廷で繰り広げられる、ソヴィエト中枢部の権力抗争がこの本のテーマだろう。

 などと敷居は高い本であるにも関わらず、決して退屈な本ではない。ロシアン・ジョークの世界が、冗談ではなく現実だったことを、何度も思い知らせてくれる。泣いていいのか笑っていいのか、複雑な気分になる所がアチコチに出てくる。バタバタと死んでゆく農民や兵士たち、それに対してクレムリンから出る指令は、ひたすら逮捕・監禁・拷問そして銃殺。

 なぜそんな阿呆な事がまかり通ったのか。なぜそんな間抜けな真似しかできなかったのか。なぜそんな無能な者が権力の座に居座れたのか。それを、スターリンの視点で描く点に、この本の計り知れない価値がある。

 という事で、次の記事に続く。

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