« ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 エピソード集 | トップページ | マイケル・ルイス「ライアーズ・ポーカー」ハヤカワ文庫NF 東江一紀訳 »

2015年5月13日 (水)

ロバート・R・マキャモン「遥か南へ」文藝春秋 二宮磐訳

「誰かが神経をやられると――つまりイカれると――やつは南に行った、と言ったんだ」

「この国の地図を広げると、ずっと南のこの辺りは沼地になっていて、やはり合衆国の一部と見える、そうだな? ところが、地図が間違ってるんだ。この辺りはな、独立した一つの世界なんだ。独自の言葉、独自の産業があって、独自の……まあ、法律とは呼べんだろな、どう見ても。掟、と言ったほうが適切だろう」

【どんな本?】

 ホラーで人気を博したアメリカの作家ロバート・R・マキャモンが、名作「少年時代」に続いて出した長編小説。誤まって人を殺してしまい逃亡するヴェトナム帰りのダン・ランバート,成り行きでダンの道連れになるアーデン・ハリデイ,ダンを追う賞金稼ぎのフリント・マートーとペルヴィス・アイスリーの四人が、合衆国南部ルイジアナ州を辿る旅を描く、ロード・ノベル。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Gone South, by Robert R. McCammon, 1992。私が読んだ日本語版は1995年9月1日第一刷の単行本。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約519頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×21行×519頁=約468,657字、400字詰め原稿用紙で約1172枚。文庫本なら2冊分ぐらいの分量。

 訳文は比較的にこなれている。根が娯楽作家のマキャモンだけに、内容も難しくない。全編を通して舞台となるルイジアナ(→Wikipedia)やケイジャン(→Wikipedia)、バイユー(→Wikipedia)について少し知っていると、味わいが深くなるだろう。北緯30度~35度、日本なら種子島~熊本ぐらいにあたる緯度で、深南部とも言われる独特の地域だ。

【どんな話?】

 ベトナム帰還兵のダン・ランバートは、不況で建築会社を解雇され、日雇いの大工仕事で細々と食いつないでいた。借金返済の交渉で銀行に寄った時、誤まって行員のエモリー・ブランチャードを殺してしまう。慌てて逃げ出したが、警察に懸賞金をかけられ、南部の低地バイユーへと向かうが…

【感想は?】

 マキャモンの南部趣味が色濃く出た作品。特に終盤のバイユーの描写は、腐った沼地の匂いが強く漂ってくる。

 出てくる人物の多くは、底辺であがく者だ。しかも南部である。野郎どもは気が短くて荒っぽく、何かとつっかかりたがる。季節は夏、暑さが連中の短気に拍車をかける。AC/DCの Dog Eat Dog(→Youtube) そのままの世界だ。

 主人公のダン・ランバートは、後遺症に悩むベトナム帰り。嫁さんに愛想をつかされ、42歳のやもめ暮らし。務めていた建築会社もクビになり、日雇い仕事で食いつなぐも、借金の返済は滞り、持病の頭痛は酷くなるばかり。これだけでもお先真っ暗なのに、催促された借金の交渉で銀行に行けば、なりゆきで殺人犯になってしまい、警察に追われる身に。

 フリント・マートーは、雇われ賞金稼ぎだ。日ごろはエディー・スモーツの使い走りで、借金の取立てをしている。博打で抱えた借金のため、逃げられないのだ。そこに飛び込んできたダンのニュース。懸賞金は一万五千ドル、これを目当てにダンを追いかけろ、とミスター・スモーツの仰せ。だけならともかく、とんでもないオマケがついてきた。相方と組め、と。

 そのオマケが、ペルヴィス・アイスリー。ブヨブヨと太った若造で、やかましいブルドッグを連れている。プロフェッショナルとして単独行動に慣れているフリントにとっちゃ、相方ってだけで鬱陶しいのに、この若造は新米の上に…

 逃亡中に成り行きで若い娘アーデン・ハリデイを拾ってしまったダンは、追っ手のフリント&ペルヴィスを撒きつつ、伝説のブライト・ガールを探して更に南へと向かう。

 どいつもこいつも、求めて今の立場になったわけじゃない。それぞれが問題を抱え、生きていくため必死に足掻き、それでも殴られ蹴られ、なんとか日々の糧を得るために今の立場になった、そんな連中である。どうせどこに行っても同じ、そんな諦めの中で、次第に茹で蛙になってゆく、そんな人生を歩んでいる。

 それが、ダンの事件を機に、最低だと思っていた今までの生活すら失い、バイユーへと漂ってゆく。

 もともとがコミック調のホラーを書いていたマキャモンだけあって、彼らの周囲の者も強烈な個性を持っている。ダンに殺される銀行屋のエモリー・ブランチャードは、いかにも冷酷なエリート・サラリーマンそのものだ。借金に苦しむ人は、彼が死ぬ場面で少しスッキリするんじゃなかろうか。

 フリントの登場場面で、オマケに出てくるジュニアもマキャモンお得意のチンピラ野郎。ポーカーでフリントに挑み、小うるさい三味線を鳴らしてはフリントに絡んだ挙句、有り金を巻き上げられる、しょうもない奴。だけならともかく…。ジュニアって名前でわかるように、小うるさいだけのガキだが、いかにも南部の荒っぽい雰囲気は漂わせている。

 ジュニアに比べ強烈なのが、モーテルの女将ハナ・ドゥケイン。夫ハーモンと共に、寂れたモーテルで稼いでる。甲斐性のないハーモンを尻に敷き、副業で蛙を捕まえちゃ脚をレストランに売ってる。蛙ですぜ、蛙。初登場からなかなかガメつい所を見せるハナ、次第にマキャモンらしいアレな突っ走りっぷりを見せてくれます。

 やがて彼らは、老人の預言に導かれ、南へと向かう。バイユーである。タイトルでもある「南」、これが物語では大きな意味を持つ。

 冒頭、南は忌まわしい響きを伴って登場する。ダンが語る「南に行った」、それはベトナムで従軍中に、頭がイカれちまった奴を示す言葉だ。その言葉通り、イカれているとしか思えない老人の言葉に従い、奇跡を起こすと言われる伝説の少女ブライト・ガールを探し南へと向かうのである。ダンにとっては破滅を意味する南へと。

 元々ルイジアナはフランス系が多い。そしてフランスはお洒落な印象とは裏腹に意外と悪食で、兎やカタツムリも喜んで食べる。この本でも、ケイジャンらしく蛙に始まりナマズやザリガニが食べ物として登場する。

 こういう、ディープな南部風味が、この作品の欠かせない味。しかしナマズって、どんな味なんだろ。ちなみにザリガニは食べた経験があります、えっへん←威張るこっちゃない この辺を読んでる時、私の頭の中では Jerry Garcia が歌う Catfish John(→Youtube)が鳴り響いてた。

 荒っぽい南部。男も女も、必死に気勢を張って生きている。だが、そういう地域だけに、感情が豊かな人も多い。ドライブインのウエイトレス、ドナ・リーも、その一人。先に猛烈オバサンのハナを紹介したが、このドナも彼女に負けないモーレツぶり。ムカつく若造ジョーイが暴れた際、彼女が取り出した物は…。わはは。確かに南部の女だ。

 ドン底の洞穴で足掻く連中が、ダンの事件により洞穴すら追い出され南へ向かうロード・ノベル。全般的に暗い物語だが、マキャモンのファンなら全体の流れは了承済みだろう。ただ、今までの作品のような熱く盛り上がる感じではなく、しみじみとした情感を漂わせて幕が閉じてゆく。

 それでも、普通に生きている人々への、暖かいまなざしが感じられるのは今までのマキャモン作品と同じ。ドップリとケイジャン風味を効かせた、でも相変わらずのマキャモン味を堪能させてもらった。

【関連記事】

|

« ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 エピソード集 | トップページ | マイケル・ルイス「ライアーズ・ポーカー」ハヤカワ文庫NF 東江一紀訳 »

書評:フィクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/61576065

この記事へのトラックバック一覧です: ロバート・R・マキャモン「遥か南へ」文藝春秋 二宮磐訳:

« ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 エピソード集 | トップページ | マイケル・ルイス「ライアーズ・ポーカー」ハヤカワ文庫NF 東江一紀訳 »