ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」作品社 益岡賢・塩山花子訳
現在、ブラックウォーターは、米国を含む九か国に二万三千人以上の傭兵を派遣している。同社のデータベースには、即座に出勤できる二万一千人の元特殊部隊員、元兵士、そして元警官が登録されている。
――第一章 巨万の富ピノチェト(→Wikipedia)政権下での元チリ陸軍士官、元米国海兵隊員、現ブラックウォーター契約社員ホセ・ミゲル・ピサロ・オバエ
「私はプロだ。戦地に派遣されたかった」
――第一三章 チリの男南アフリカ元防衛大臣、現国民会議議長モシワ・レコタ(→Wikipedia)
「彼ら(傭兵)は金で雇われた殺し屋だ。一番高い値をつけた連中に殺しの技術を貸し出す。金があれば誰でもそうした人々を買い入れて、殺人マシンや使い捨て兵士にすることができる」
――第一九章 円卓の騎士
【どんな本?】
2004年3月31日、イラクのファルージャ。トラックの車列を護送していた四人の兵士が襲われ、遺体が橋に吊るされる。この映像は世界中に放映され、アメリカ・イラク両国の世論に大きな衝撃を与えた。当時のファルージャには米海兵隊第1遠征軍がおり、4月より大規模な掃討戦に突入する。ファルージャ4月の戦闘である(→Wikipedia)。
だが先の被害者四人は米軍の兵ではなかった。米国の企業ブラックウォーター(現アカデミ、→Wikipedia)が派遣した民間人である。なぜ民間人が武装して護衛していたのか。ブラックウォーターはイラクで何をしていたのか。それはイラクの情勢にどう関わり、どんな影響を与えたのか。合衆国政府はイラクにおける傭兵をどう認識していたのか。
調査報道ジャーナリストの著者は、イラク占領を機に急成長した傭兵企業ブラックウォーターを追い、ジョージ・W・ブッシュ政権とポール・ブレマー三世(→Wikipedia)によるイラク占領政策の失敗と、その過程で生じた疑惑を、容赦なく暴きだす。
その過程で、アメリカにおける民間軍事会社の歴史と実体、そして合衆国政府や各種圧力団体との関係を追及し、また現代の傭兵が紛争地帯に及ぼす影響に光を当て、国際化する民間軍事企業の現在と、彼らが目指す将来を白日の元にさらすと共に、傭兵が今後の軍事・世界情勢に与える脅威に警鐘を鳴らす、衝撃のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は BLACKWATER : The Rise of the World's Most Powerful Mercenary Firm, by Jeremy Scahill, 2008。日本語版は2014年8月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約467頁に加え「訳者あとがきに代えて」6頁。9ポイント47字×21行×467頁=約460,929字、400字詰め原稿用紙で約1,153枚。長編小説なら文庫本2冊分ぐらいの長さ。
軍事物としては、文章はこなれている部類。内容も特に難しくない。軍事物だけに専門用語がアチコチに出てくるが、次ぐらいの前提知識があれば充分に読みこなせる。
- SEAL(→Wikipedia)は合衆国海軍の精鋭中の精鋭部隊。
- AK-47は歩兵用の自動小銃。
- FBIの主な仕事は米国内の犯罪捜査・摘発で、CIAは米国外でのスパイ活動が中心。
ただ、一部に翻訳が怪しい部分がある。221pに「AC-130スペクター武装ヘリコプター」とあるが、AC-130Hスペクターはヘリコプターではなく対地攻撃用の四発プロペラ固定翼機で、ガンシップと呼ばれることが多い(→Wikipedia)。ニワカ軍オタの私でも気づいたのだから、他の所も怪しいと思う。
また、異様に登場人物が多いので、できれば人名索引をつけて欲しかった。それと、本文中の注の印が◆なのは、ちと目立ちすぎて読む邪魔になる。普通に*でいいんじゃないだろうか。
その注は巻末44頁に及び、出典の正確さと信頼性を重んじる著者の姿勢が窺える。
【構成は?】
一部を除き時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。
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【感想は?】
続編が欲しい、切実に。
というのも。Wikipedia によれば、ブラックウォーターは「自由シリア軍などといった反アサド派勢力に対して軍事訓練サービスを行なっている」。なら、あのイカれた山賊どもも無関係ではあるまい。
また日本でも、「米国の弾道ミサイル防衛システムを警備している」。警備だけならたいした事じゃない、と私は最初に考えた。が、沖縄米兵少女暴行事件(→Wikipedia)、沖縄米兵強制わいせつ未遂事件(→Wikipedia)、沖縄米兵強制わいせつ未遂事件(→Wikipedia)とあわせて考えると、これはとんでもない問題ではないか。
なぜ問題か。これは第四章から第八章までのイラク情勢を読めば、ジワジワと恐怖がこみ上げてくるだろう。
もととも、イラクの人々は米軍を歓迎していない。そしてブッシュJr政権は議会に阻まれ、大規模な軍の動員が難しい。雰囲気は剣呑なのに、兵は少ない。イラク復興のためには海外資本の投資を呼び込みたいが、民間企業のセールスマンを護衛もなしにイラクに派遣するのは無謀だ。
そこでガードマンが必要になる。ここにブラックウォーターの商機が生まれた。実際は民間企業だけでなく、政府高官、どころか連合国暫定当局代表ポール・ブレマー三世(→Wikipedia)の警護をキッカケにマーケットを拡大してゆく。ロンドン・タイムス曰く「イラクでは、戦後のビジネスブームは石油ではない。治安である」。
イラク市民には傭兵と正規兵の区別がつかない。「傭兵をCIAやイスラエルのモサド」だと思っていた。傭兵は品行が悪く、挑発的な格好をして、イラク市民の反発を招く。正規軍の兵なら非番時の行動も上官が制御できるが、傭兵は指揮系統から外れている。
そしてファルージャの事件だ。これを機にイラクの治安は一気に悪化する。
その結果、どうなったか。ボディガードの需要が激増し、傭兵の市場が大幅に大幅に拡大したのだ。ばかりか「500ドルから1500ドルの日給に誘惑されて、もっとも必要とされているときなのに、もっとも経験豊富な特殊部隊員が流出」する。
米軍の目的はイラクの治安安定だ。市民とは仲良くやりたい。だから不品行な兵を上官は窘めるだろう。だが民間企業の目的は利益だ。市民との軋轢が起き緊張が高まれば、仕事が増え単価も上がる。出資者に誠実な経営者なら、どうするだろう?
ブレマーは指令17号と呼ばれる命令を出している。傭兵が法を犯しても、イラク政府は傭兵を裁けない。では米軍の軍法会議は? 傭兵は米軍の指揮下にないので、軍法会議にかけられない。傭兵を裁く法はないのだ。さて日本である。ただでさえ日米地位協定(→Wikipedia)でヤバいのに、傭兵は軍人ですらない。そして傭兵は既に日本にいるのだ。
本書はブラックウォーターの経営者エリック・プリンス(→Wikipedia)の生い立ちから始まる。富豪の息子で元海軍特殊部隊SEAL、そして敬虔なクリスチャンである。元は福音派(→Wikipedia)だったが、後にカトリックになる。
この本では、ネオコンと福音派とカトリックの結びつきも描いている。ブッシュJrがヨハネ・パウロ二世の弔問でバチカンを訪れた裏には、ネオコンとカトリックの関係があったわけだ。だが本当に衝撃的なのは、政府高官との強力なコネと膨大な政府資金の不審な流れを暴く部分だろう。
唖然とすると共に、これをキチンと追求する米国議会と、報道するジャーナリズムが羨ましい。と同時に、ロビー活動を専門とする企業が堂々と活動しているのは、なんというか。
現代の企業はグローバル化に向かっている。日本の企業も人件費の安さに釣られ、中国やベトナムに熱心に進出している。これは傭兵業界も例外ではない。冒頭の引用に挙げたホセ・ミゲル・ピサロ・オバエ、彼は元チリ陸軍士官である…ピノチェト時代の。
ブレマーの後を引き継いだのは、ジョン・ネグロポンテ(→Wikipedia)だ。この人事の意味はアメリカの中南米政策を知っていると実感がわく。アメリカは中南米での左派政権誕生を警戒し、CIAや正規軍を投入して極右政権を支援し、人権無視の弾圧と虐殺につながってゆく。その一翼を担ったのが、ネグロポンテなのだ。
「イラクで米国が今日採用している戦略のモデルは、よく引き合いに出されるベトナムではなく、エルサルバドルである」
ニューヨーク・タイムズ・マガジン誌にて、ピーター・マース
どうでもいい話だが、ニワカ軍オタの私がこの辺の事情を知ったのは、実は軍事経由じゃない。ダン・コッペルの「バナナの世界史」やエリザベス・アボットの「砂糖の歴史」、アントニー・ワイルドの「コーヒーの真実」など食べ物の本を介して見えてきたのだ。世の中は何が何につながるか、わかんないものだなあ。
という事で、ブラックウォーターはグローバル化を目指し南米の元軍人を雇い入れる。民衆を容赦なく弾圧した政府軍の将兵を、だ。この際に南米に詳しいCIAなどの高官のコネがモノを言う。もはや米国人ですらない。しつこいようだが、そういう者たちが、既に日本にいるのである。
終盤の流れでは、サイボーグ009のブラックゴーストを髣髴とさせるビジョンが浮かび上がってくる。一見、理屈には合っているのだ。緊急時に備え常に軍備を整えるのは不経済だ。必要なときだけ雇えばいいじゃないか。西洋の軍事史でも、傭兵が主体だった。バチカンのスイス衛兵(→Wikipedia)も元は傭兵だし。
だが利益を追い求める民間企業が、世界の軍事の主導権を握ったらどうなるのか。既にブラックウォーターは小国の政府を転覆させるぐらいの力量を充分に持っている。そして彼らの行動を制限する法は整っていない。
集団自衛権を巡る議論が熱い今、多くの人に是非とも読んでほしい。もはやヒトゴトではないのだ。
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