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2015年5月10日 (日)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 1

セーヌ皮にかかっているパリ地区の架橋の破壊を準備せよ。パリを敵の手に渡してはならぬ。もし、敵の手中に渡すときには、パリは廃墟となっていなければならぬ。
  ――ドイツ国防軍最高司令部発 第772989/44号 1944年8月23日11時

【どんな本?】

 1944年8月、フランス。6月にノルマンディーより上陸した連合軍に対し、ドイツ軍は後退を続けていた。

 総統アドルフ・ヒトラーは西方戦線の建て直しを目論み、パリ司令官にディートリッヒ・フォン・コルティッツ国防軍陸軍少将(昇進して中将)を据える。曽祖父の代から軍人を輩出した家系で、自他共に認めるコチコチの軍人だ。同年7月の暗殺事件(→Wikipedia)で疑心暗鬼になったヒトラーは、絶対的な忠誠心を基準にコルティッツを選び、死守命令を下す。

 「パリを得る者はフランスを得る。パリを死守せよ」と。

 軍事的な意味はあった。パリを越えれば平原が広がっている。制空権を得た連合軍は火力を活かしドイツ軍を駆逐するだろう。ばかりでなく、英国本土を直接襲うロケット兵器V1号・V2号の発射基地も失われてしまう。

 だが、明らかに非合理な命令も同時に出ていた。焦土作戦である。撤退時には、パリを瓦礫の山に変えろ、と。

 ヒトラーの命により、ドイツ軍工兵はパリ全ての要所に爆薬を仕掛け、廃墟とする準備を整えてゆく。エッフェル塔・凱旋門・ノートル=ダム寺院・ ルーブル美術館・リュクサンブール宮殿…。歴史ある人類の文化遺産の全てを、ヒトラーは破壊するつもりだったのだ。

 その頃、連合軍総司令官ドワイト・D・アイゼンハワーは、パリを迂回するつもりだった。両翼からパリを包囲する作戦である。原因は二つ、兵站と戦場である。

 前線が1km進めば、補給車は往復で2km余計に走らなければならない。既にノルマンディーから前線への補給路は限界に近づきつつあった。連合軍がパリを確保すれば、350万のパリ市民への生活物資提供は連合軍の責任となる。これにより圧迫された補給線は、パットンの前進を止めてしまうだろう。

 また、連合軍の航空支援や戦車の大量投入は、見晴らしのよい平地でこそ本領を発揮する。障害物の多いパリの市街戦では、長距離砲や航空機での支援も難しく、シャーマン戦車も立ち往生してしまう。

 この決定に異を唱える者がいた。シャルル・ドゴールである。

 フランス内のレジスタンスは、多数の派閥に分かれていた。中でも最も組織が整っているのは、共産主義者である。連合軍の前進を聞き勢いづいたレジスタンスは、共産主義者を先頭に拳銃や火炎瓶で蜂起を目論んでいた。貧弱な武装での蜂起は、ナチスによる残虐な反撃を招き、パリ市民の虐殺へと発展するだろう。まかり間違って蜂起が成功した場合、戦後のフランスは共産主義国になってしまう。

 ドゴールが知らなかった。現実はもっと危うい、と。既にヒトラーはパリの破壊命令を出していた。市民の蜂起は、焦土作戦の実行を早め、パリを瓦礫の荒野に変えるだろう…ワルシャワ(→Wikipedia)のように。そして近づく連合軍に色めきたつ共産系のレジスタンスは、蜂起の準備を着々と整えつつあった。

 風前の灯だったパリは、いかに救われたのか。ドミニク・ラピエールとラリー・コリンズの名コンビが、数百人に及ぶ広範な取材により、アイゼンハワー,フォン・コルティッツ,ドゴールなどの有名人から、独仏米の前線の将兵、そしてフランスのレジスタンスや市民など、多彩な視点でモザイク状に歴史を再現する、20世紀ジャーナリズムの最高傑作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Is Paris Burning? (Paris Brûle-t-il?), by Larry Collins & Dominique Lapierre, 1965。日本語版は1966年にハヤカワ・ノンフィクションで単行本、1977年にハヤカワ文庫NFで刊行。今回読んだのは2005年3月31日にめでたくハヤカワ・ノンフイクションズ・マスターピースで復活した単行本の初版。2016年2月6日にハヤカワ文庫NFから新版が出た。

 ソフトカバー縦一段組みで上下巻、本文約363頁+約365頁=約728頁に加え、柳田邦男の巻末特別エッセイ「万人が主役のパリ解放劇」10頁を収録。9ポイント45字×19行×(363頁+365頁)=約622,440字、400字詰め原稿用紙で約1557枚。長編小説なら文庫本3冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、当事の情勢が分かっているとより面白くなる。主な舞台がパリなので、パリの観光地図があるといいかも。実際に行った経験があれば更によし。私は行ったことないけど。「遠い異国の話だからピンとこない」と思うなら、京都を空襲で焼かれると思いながら読むといい。

 以下に、関係ありそうな兵器の Wikipedia のリンクを挙げる。

88mm砲 カルル臼砲 豹戦車 シャーマン戦車 パイパー・カブ B-24 ロードスター

【構成は?】

第一部 脅威
第二部 闘争
第三部 解放

 大きく3部構成でだが、各部は更に細かく分かれていて、全部で93章から成っている。各章は10頁ほどなので、長いわりに思ったよりテンポよく読める。贅沢を言うと、やたら登場人物が多いんで、できれば登場人物一覧か人名索引が欲しかった。

【感想は?】

 実際には、パリは燃えていない。

 今読む私は、それを百も承知だ。にも関わらず、全体の3/4までは神経をヤスリで削られるような緊張感に満ちている。それだけに、終盤の解放場面のカタルシスは大きく、また切なさも突き刺さってくる。

 歴史関係の本は、予備知識が多いほど深く味わえる。この本の場合、、同じ1944年にポーランドの首都ワルシャワを襲った悲劇を知っているといい。対照的な二都市の運命は、なんとも言えない複雑な感情を呼び起こす。ワルシャワは、似たような状況で、まさしく廃墟になってしまったのだから。

 東部戦線でも、ドイツ軍は後退を続けていた。スターリングラード(現ヴォルゴグラード)で逆転した戦況は覆しえず、赤軍はワルシャワの東ヴィスワ川に達する。これに勢いづいたポーランド国内軍は、ナチスからワルシャワを奪取しようと決起した…火炎瓶と拳銃で。

 貧弱な武装で戦車に立ち向かう無謀な作戦だが、勝算はあった。戦車などドイツ軍の重火器は、前進してくる赤軍を迎え撃つのに手一杯になるだろう。遮蔽物の多い都市では、小回りの利かない戦車の火力は半減する。地下道を知り尽くし、市民の支援を期待できるワルシャワ国内軍にも、一縷の望みはあるだろう、と。

 だが、赤軍はヴィスワ川を目前に前進を止める。赤軍の懸念がなくなったナチスは、徹底的な焦土作戦を展開、市民を虐殺し歴史ある都市を破壊、廃墟へ変えた。詳しくは Wikipedia のワルシャワ蜂起、またはノーマン・デイヴィスの「ワルシャワ蜂起1944」に詳しい。

 前置きが長くなったので、詳しい感想は次の記事で。

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