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2015年5月の16件の記事

2015年5月31日 (日)

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」作品社 益岡賢・塩山花子訳

現在、ブラックウォーターは、米国を含む九か国に二万三千人以上の傭兵を派遣している。同社のデータベースには、即座に出勤できる二万一千人の元特殊部隊員、元兵士、そして元警官が登録されている。
  ――第一章 巨万の富

ピノチェト(→Wikipedia)政権下での元チリ陸軍士官、元米国海兵隊員、現ブラックウォーター契約社員ホセ・ミゲル・ピサロ・オバエ
「私はプロだ。戦地に派遣されたかった」
  ――第一三章 チリの男

南アフリカ元防衛大臣、現国民会議議長モシワ・レコタ(→Wikipedia)
「彼ら(傭兵)は金で雇われた殺し屋だ。一番高い値をつけた連中に殺しの技術を貸し出す。金があれば誰でもそうした人々を買い入れて、殺人マシンや使い捨て兵士にすることができる」
  ――第一九章 円卓の騎士

【どんな本?】

 2004年3月31日、イラクのファルージャ。トラックの車列を護送していた四人の兵士が襲われ、遺体が橋に吊るされる。この映像は世界中に放映され、アメリカ・イラク両国の世論に大きな衝撃を与えた。当時のファルージャには米海兵隊第1遠征軍がおり、4月より大規模な掃討戦に突入する。ファルージャ4月の戦闘である(→Wikipedia)。

 だが先の被害者四人は米軍の兵ではなかった。米国の企業ブラックウォーター(現アカデミ、→Wikipedia)が派遣した民間人である。なぜ民間人が武装して護衛していたのか。ブラックウォーターはイラクで何をしていたのか。それはイラクの情勢にどう関わり、どんな影響を与えたのか。合衆国政府はイラクにおける傭兵をどう認識していたのか。

 調査報道ジャーナリストの著者は、イラク占領を機に急成長した傭兵企業ブラックウォーターを追い、ジョージ・W・ブッシュ政権とポール・ブレマー三世(→Wikipedia)によるイラク占領政策の失敗と、その過程で生じた疑惑を、容赦なく暴きだす。

 その過程で、アメリカにおける民間軍事会社の歴史と実体、そして合衆国政府や各種圧力団体との関係を追及し、また現代の傭兵が紛争地帯に及ぼす影響に光を当て、国際化する民間軍事企業の現在と、彼らが目指す将来を白日の元にさらすと共に、傭兵が今後の軍事・世界情勢に与える脅威に警鐘を鳴らす、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BLACKWATER : The Rise of the World's Most Powerful Mercenary Firm, by Jeremy Scahill, 2008。日本語版は2014年8月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約467頁に加え「訳者あとがきに代えて」6頁。9ポイント47字×21行×467頁=約460,929字、400字詰め原稿用紙で約1,153枚。長編小説なら文庫本2冊分ぐらいの長さ。

 軍事物としては、文章はこなれている部類。内容も特に難しくない。軍事物だけに専門用語がアチコチに出てくるが、次ぐらいの前提知識があれば充分に読みこなせる。

  • SEAL(→Wikipedia)は合衆国海軍の精鋭中の精鋭部隊。
  • AK-47は歩兵用の自動小銃。
  • FBIの主な仕事は米国内の犯罪捜査・摘発で、CIAは米国外でのスパイ活動が中心。

 ただ、一部に翻訳が怪しい部分がある。221pに「AC-130スペクター武装ヘリコプター」とあるが、AC-130Hスペクターはヘリコプターではなく対地攻撃用の四発プロペラ固定翼機で、ガンシップと呼ばれることが多い(→Wikipedia)。ニワカ軍オタの私でも気づいたのだから、他の所も怪しいと思う。

 また、異様に登場人物が多いので、できれば人名索引をつけて欲しかった。それと、本文中の注の印が◆なのは、ちと目立ちすぎて読む邪魔になる。普通に*でいいんじゃないだろうか。

 その注は巻末44頁に及び、出典の正確さと信頼性を重んじる著者の姿勢が窺える。

【構成は?】

 一部を除き時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • ブラックウォーターの顔
  • 序章 バグダッド「血の日曜日」
  • 第一章 巨万の富
  • 第二章 プリンスの生い立ち
  • 第三章 はじまり
  • 第四章 ブラックウォーター参入前のファルージャ
  • 第五章 ブッシュの家臣を警護する
  • 第六章 スコッティ戦争に行く
  • 第七章 奇襲攻撃
  • 第八章 我々はファルージャを制圧する
  • 第九章 2004年4月4日、イラク・ナジャフ
  • 第一〇章 ブラックウォーターで働くアメリカ人のために
  • 第一一章 ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
  • 第一二章 カスピ海パイプライン・ドリーム
  • 第一三章 チリの男
  • 第一四章 「戦争の売春婦たち」
  • 第一五章 コーファー・ブラック 本気の戦い
  • 第一六章 「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
  • 第一七章 ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
  • 第一八章 ブラックウォーター・ダウン ルイジアナのバグダッド
  • 第一九章 円卓の騎士
  • エピローグ
  • 謝辞
  • 「ブラックウォーター」のその後、そして日本との関わり 訳者あとがきに代えて

【感想は?】

 続編が欲しい、切実に。

 というのも。Wikipedia によれば、ブラックウォーターは「自由シリア軍などといった反アサド派勢力に対して軍事訓練サービスを行なっている」。なら、あのイカれた山賊どもも無関係ではあるまい。

 また日本でも、「米国の弾道ミサイル防衛システムを警備している」。警備だけならたいした事じゃない、と私は最初に考えた。が、沖縄米兵少女暴行事件(→Wikipedia)、沖縄米兵強制わいせつ未遂事件(→Wikipedia)、沖縄米兵強制わいせつ未遂事件(→Wikipedia)とあわせて考えると、これはとんでもない問題ではないか。

 なぜ問題か。これは第四章から第八章までのイラク情勢を読めば、ジワジワと恐怖がこみ上げてくるだろう。

 もととも、イラクの人々は米軍を歓迎していない。そしてブッシュJr政権は議会に阻まれ、大規模な軍の動員が難しい。雰囲気は剣呑なのに、兵は少ない。イラク復興のためには海外資本の投資を呼び込みたいが、民間企業のセールスマンを護衛もなしにイラクに派遣するのは無謀だ。

 そこでガードマンが必要になる。ここにブラックウォーターの商機が生まれた。実際は民間企業だけでなく、政府高官、どころか連合国暫定当局代表ポール・ブレマー三世(→Wikipedia)の警護をキッカケにマーケットを拡大してゆく。ロンドン・タイムス曰く「イラクでは、戦後のビジネスブームは石油ではない。治安である」。

 イラク市民には傭兵と正規兵の区別がつかない。「傭兵をCIAやイスラエルのモサド」だと思っていた。傭兵は品行が悪く、挑発的な格好をして、イラク市民の反発を招く。正規軍の兵なら非番時の行動も上官が制御できるが、傭兵は指揮系統から外れている。

 そしてファルージャの事件だ。これを機にイラクの治安は一気に悪化する。

 その結果、どうなったか。ボディガードの需要が激増し、傭兵の市場が大幅に大幅に拡大したのだ。ばかりか「500ドルから1500ドルの日給に誘惑されて、もっとも必要とされているときなのに、もっとも経験豊富な特殊部隊員が流出」する。

 米軍の目的はイラクの治安安定だ。市民とは仲良くやりたい。だから不品行な兵を上官は窘めるだろう。だが民間企業の目的は利益だ。市民との軋轢が起き緊張が高まれば、仕事が増え単価も上がる。出資者に誠実な経営者なら、どうするだろう?

 ブレマーは指令17号と呼ばれる命令を出している。傭兵が法を犯しても、イラク政府は傭兵を裁けない。では米軍の軍法会議は? 傭兵は米軍の指揮下にないので、軍法会議にかけられない。傭兵を裁く法はないのだ。さて日本である。ただでさえ日米地位協定(→Wikipedia)でヤバいのに、傭兵は軍人ですらない。そして傭兵は既に日本にいるのだ。

 本書はブラックウォーターの経営者エリック・プリンス(→Wikipedia)の生い立ちから始まる。富豪の息子で元海軍特殊部隊SEAL、そして敬虔なクリスチャンである。元は福音派(→Wikipedia)だったが、後にカトリックになる。

 この本では、ネオコンと福音派とカトリックの結びつきも描いている。ブッシュJrがヨハネ・パウロ二世の弔問でバチカンを訪れた裏には、ネオコンとカトリックの関係があったわけだ。だが本当に衝撃的なのは、政府高官との強力なコネと膨大な政府資金の不審な流れを暴く部分だろう。

 唖然とすると共に、これをキチンと追求する米国議会と、報道するジャーナリズムが羨ましい。と同時に、ロビー活動を専門とする企業が堂々と活動しているのは、なんというか。

 現代の企業はグローバル化に向かっている。日本の企業も人件費の安さに釣られ、中国やベトナムに熱心に進出している。これは傭兵業界も例外ではない。冒頭の引用に挙げたホセ・ミゲル・ピサロ・オバエ、彼は元チリ陸軍士官である…ピノチェト時代の。

 ブレマーの後を引き継いだのは、ジョン・ネグロポンテ(→Wikipedia)だ。この人事の意味はアメリカの中南米政策を知っていると実感がわく。アメリカは中南米での左派政権誕生を警戒し、CIAや正規軍を投入して極右政権を支援し、人権無視の弾圧と虐殺につながってゆく。その一翼を担ったのが、ネグロポンテなのだ。

「イラクで米国が今日採用している戦略のモデルは、よく引き合いに出されるベトナムではなく、エルサルバドルである」
  ニューヨーク・タイムズ・マガジン誌にて、ピーター・マース

どうでもいい話だが、ニワカ軍オタの私がこの辺の事情を知ったのは、実は軍事経由じゃない。ダン・コッペルの「バナナの世界史」やエリザベス・アボットの「砂糖の歴史」、アントニー・ワイルドの「コーヒーの真実」など食べ物の本を介して見えてきたのだ。世の中は何が何につながるか、わかんないものだなあ。

 という事で、ブラックウォーターはグローバル化を目指し南米の元軍人を雇い入れる。民衆を容赦なく弾圧した政府軍の将兵を、だ。この際に南米に詳しいCIAなどの高官のコネがモノを言う。もはや米国人ですらない。しつこいようだが、そういう者たちが、既に日本にいるのである。

 終盤の流れでは、サイボーグ009のブラックゴーストを髣髴とさせるビジョンが浮かび上がってくる。一見、理屈には合っているのだ。緊急時に備え常に軍備を整えるのは不経済だ。必要なときだけ雇えばいいじゃないか。西洋の軍事史でも、傭兵が主体だった。バチカンのスイス衛兵(→Wikipedia)も元は傭兵だし。

 だが利益を追い求める民間企業が、世界の軍事の主導権を握ったらどうなるのか。既にブラックウォーターは小国の政府を転覆させるぐらいの力量を充分に持っている。そして彼らの行動を制限する法は整っていない。

 集団自衛権を巡る議論が熱い今、多くの人に是非とも読んでほしい。もはやヒトゴトではないのだ。

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2015年5月28日 (木)

森青花「さよなら」角川書店

 生きるだけ生きて、死ぬときに死ねばいいのに。

【どんな本?】

 1999年に「BH85」で第11回新潮社ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した森青花による、書き下ろしSF/ファンタジー小説。アパートの一室で孤独死した、95歳の佐藤嘉兵衛。特に不満も怨みもないはずなのに、なぜか成仏しきれず現世を漂う彼が巻き起こす悲喜劇を、ユーモラスでおっとりした筆致で描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年9月1日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約217頁。9ポイント40字×16行×217頁=約138,880字、400字詰め原稿用紙で約348枚。長めの中編か短めの長編、といった分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しい仕掛けは出てこない。分量も少ないし、軽く読み終えられるだろう。

【どんな話?】

 妻に先立たれた95歳の佐藤嘉兵衛は、息子と折り合いが悪い。その息子も自分の息子と仲が悪い。その孫夫婦から、小学校入学を目前に控え紹介された曾孫のさおりは、「ひいじい」と呼んで嘉兵衛になついてくれる。嘉兵衛もさおりが可愛くてしょうがない。

 だが、ある日、買い物に出かけた帰りに…

【感想は?】

 一種の幽霊譚だ。普通ならホラーになるはずなのだが、不思議とユーモラスで温かみのあるお話。

 にもかかわらず、妙にユーモラスでほんわかした雰囲気が漂っていて、読み終えた時、少しだけ気持ちが軽くなる。何より、幽霊自身の視点で語られるという時点で、ホラーの定石を完全に踏み外している。

 孤独死した老人の幽霊譚だ。しかも、老朽化した木造アパートの一室で。傍から見れば、悲惨な死に方でもある。のだが、肝心の嘉兵衛が特に嘆くでもなく怨むでもなく、淡々と自らの死を受け入れているのが、この作品の特徴。それまでの嘉兵衛の生活も、大きな不満を持つでもなく碁会所に通い、淡々と生活しているせいかもしれない。

 周囲の者からすれば迷惑かもしれないが、こんな死に方も悪くないなあ、などと思ってしまう。

 いわば幽霊になった嘉兵衛なのだが、そもそも現世に執着しているわけではない。確かに息子とは折り合いが悪いが、化けて出るほど憎いんでいるわけでもない。なんで幽霊になったのか、自分でもわからない。彼が自分の死体を見下ろす場面も、関西弁のせいか妙にユーモラスだ。

 そんなわけで、好き勝手にフラフラと漂う嘉兵衛は、アチコチで様々な事件と出会い、または事件を巻き起こす。

 この事件というのがまた、傍から見たら悲劇としか思えないシロモノなのだが、森青花の手にかかると「しょうがないか」と思えてきたり。だいたい本人の嘉兵衛からして、なぜ成仏できないのかもわかっていない。にも関わらず、「仕方ないか」で済ましてたり。暢気な幽霊だw

 この野次馬視点で見た事件の悲惨さと、意外とあっけらかんと事件を受け入れている当人の落差が、この作品の面白さなんだろうなあ。日頃から新聞をにぎわす事件の実態も、案外と似たようなものなのかも。

 人の死は重大な問題だ。だが、それは生きている人間にとっての話で、亡くなった人にとってどうなのかは、誰にもわからない。それをどう考えるかは人それぞれで、折に触れて思い出す事が大事なのかもしれないし、すっぱり忘れて前を向いて生きるのがいいのかもしれない。

 などと深刻に考え込んでもいいが、むしろ「わはは、変な作品だ」と軽く楽しむのが妥当な気もする。いずれにせよ、この著者のセンスは独特で、感覚が合うかどうかが評価の分かれ目だろう。深刻になりがちなテーマを、独特のタッチで飄々と描いた、少しだけ気持ちが軽くなる、現代のファンタジー。

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2015年5月27日 (水)

飛行船が出てくる小説

 少し前にトバイアス・S・バッケルの「クリスタル・レイン」を読んだ。これに惹かれた理由は、表紙に飛行船が描かれていたからだ。どうも私は飛行船に弱いらしい。というか、SFでは妙に飛行船が登場する作品が多い。ということで、飛行船が出てくる小説を紹介しよう。

三島浩司「ダイナミックフィギュア」ハヤカワSFシリーズJコレクション
 お話は、地球に侵略してきたエイリアンを、二足歩行の巨大戦闘ロボットのダイナミックフィギュアと自衛隊が迎え撃つ、というもの。当然、主役メカはダイナミックフィギュアなのだが、前線の司令室が飛行船なのだ。「戦場に飛行船なんて無謀だろ」と思うだろうが、そこはそれ。練りこんだ設定でちゃんと説得力を持たせてます。
トバイアス・S・バッケル「クリスタル・レイン」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳
 遠未来。人類は他の恒星系に進出したのはいいが、恒星間の航行技術を失い、孤立してしまった惑星ナナガダが舞台。文明が19世紀レベルに退行した世界で、アステカを思わせる勢力と、カリビアンな勢力との戦争を背景に展開する、冒険SF小説。
 この作品には小型から大型まで様々な型の飛行船が出てくる。細かい設定は不明だが、恐らく全部が硬式飛行船なのが独特。小型の硬式飛行船は動力も貧弱で、飛行船と言うより気球に近い雰囲気。それでも戦闘場面では偵察・通信・輸送・爆撃と、様々な任務をこなしてたり。「高射砲は?」とか野暮言っちゃいけません。
ロラン・ジュヌフォール「オマル 導きの惑星」新☆ハヤカワSFシリーズ 平岡敦訳
 遠未来。膨大な地表を持つ奇妙な世界オマルには、ヒト族・ホドキン族・シレ族の三種の知的生物が住み、互いの覇権をかけて争っていたが、今は危うい和平状態にある。22年前に送られた謎のチケットに導かれ、集まった6人が繰り広げる、冒険の物語。
 この作品で活躍するのが、巨大な硬式飛行船イャルテル号。なんと全長1200m以上で、船齢も百年を越える。主な用途は旅客輸送。主人公が乗るのはイャルテル号だが、他にも巨大な飛行船が大空を悠々と遊弋している。なんとも楽しい世界だよなあ。
ヴァーナー・ヴィンジ「星の涯の空 上・下」創元SF文庫 中原尚哉訳
 これまた遠未来で、孤立し科学技術が遅れた惑星が舞台のSF小説。主人公のラヴナ・バークスヌトらが漂着した惑星は、中世レベルの文明を持つ、犬に似た鉄爪族が闊歩する世界だった。
 武力の正面衝突とまではいかないまでも、微妙にキナくさい雰囲気の世界が舞台。エイリアン鉄爪族の持つ特異な性質がミソで、これを克服しつつ未開の地を探索する際に、飛行船を巧く使っている。
チャールズ・ペレグリーノ「ダスト」ソニー・マガジンズ 白石朗訳
 海洋学者が書いた、長編パニックSF小説。ある日、蠢く黒い絨毯のようなモノがヒトを襲い始めた。生態系のバランスが崩れたためだ。やがてこの問題は様々な方面へと飛び火し、人類は絶滅の危機を迎える。
 コレに出てくるのは、軟式のヘリウム飛行船ブルーピース号。軟式というのが珍しい。これは実在の計画をモデルにしていて、それは巨木の樹幹部を探索するために気球を使いましょう、というもの。このあたりはリチャード・プレストンの「世界一高い木」に詳しくて、意外な所にヒトの目が及ばぬ未知の世界が広がっている事がわかる。
ケン・リュウ 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) 古沢嘉通訳
 SFマガジン2015年6月号に収録の短編。現代と少しだけ違う世界が舞台。どこが違うかと言うと、貨物輸送に大型飛行船が活躍している点。雑誌<パシフィック・マンスリー>の記者は、中国からアメリカに向かう貨物飛行船に同乗し…
 短編ながら、飛行船小説の決定版。世知辛い現代で、どう飛行船を活躍させるか。どんな市場があり、それをどんな者が埋めるのか。そういった設定を巧く処理しつつ、物語の大半は飛行船の操縦席で進むのが嬉しい。ほんと、こんな風に飛行船が活躍できたら楽しいのになあ。
交通研究協会発行 牧野光雄「交通ブックス308 飛行船の歴史と技術」成山堂書店
 最後は真面目なノンフクション。飛行船の歴史から、その原理・種類・技術・構造・問題点、そして今後の飛行船の展望などを、多くの写真やイラストを駆使し、一般向けにわかりやすく解説した、飛行船の優れた教科書。
 己の身代を賭けて巨大な硬式飛行船を実現したツェッペリン伯の執念には、ひたすら感服してしまう。ただし、同時に、飛行船の弱点も否応なしに飲み込めてしまう。どう頑張っても速さでは固定翼機に勝てず、運用の手軽さではヘリコプターに負ける。荒天にも弱い上に、離着陸など地上での維持費も嵩む。レーダーや高射砲など防空技術が発達した現代じゃ軍用はお話にならないし、民間でも市場を見つけにくい。なんとか生き延びて欲しいんだけどなあ。

 と、私が知っている作品から飛行船が活躍する作品を挙げてみた。他に飛行船が印象的な作品があったら、是非教えてください。

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2015年5月26日 (火)

サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 2

ラーザリ・ガガニーヴィッチ「スターリンは個人的関係というものを認めない。スターリンにとって、個人の個人に対する愛情などというものは存在しない」
  ――第29章 殺害される妻たち

ラヴレンチー・ベリヤ「君は優秀な職員だ。だが、強制収容所で六年も過ごせば、今よりもっと優秀な職員になれる」
  ――第45章 ベリヤ 実力者、夫、父親、愛人、殺人者、強姦魔

ヨシフ・スターリン「北朝鮮は永遠に戦い続ければいい。なぜなら、兵士の人命以外に北朝鮮が失うものは何もないからだ」
  ――第55章 毛沢東、スターリン誕生日祝賀会、朝鮮戦争

【どんな本?】

 サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 1 から続く。

 20世紀に世界を二分した一方の指導者、ヨシフ・スターリンとはどのような人間で、その政策はどの様に決まったのか。スターリンの周囲の者たちは、スターリンをどう思いどう振舞ったのか。大飢饉(→Wikipedia)・赤軍の大粛清(→Wikipedia)・第二次世界大戦・朝鮮戦争などに対し、ソヴィエトの指導者達は何を考えどう対応したのか。廷臣たちの浮沈はどのように決まり、彼らの私生活はどのようなものだったのか。

 膨大な資料と精力的な取材を元に、英国の歴史家が再現する、赤い皇帝を中心とした宮廷のドキュメンタリー。

【感想は?】

 先の記事に書いたように、上級者向けである。

 この本でスターリンとその時代を学ぼうと思ってはいけない。ある程度はソヴィエトの歴史を知っている人が、その中枢について更に知るための本だ。またボリシェビキに好意的な人は不愉快になるだけなので、近寄らないほうがいい。加えてバタバと人が殺されてゆくので、グロ耐性のない人には厳しい。覚悟しよう。

 権力を握ったスターリンたちは、1932年に大飢饉に直面する。いや現実には直面しているのだが、彼らはその現実を認めない。悪い報告をもたらす者は、中央委員会への敵対行為と見なす。無茶苦茶である。無茶苦茶だが、この本は最初から最後まで、似たようなエピソードが延々と続く。

 ちなみに飢饉といえば、全く同じ事を毛沢東が大躍進で再現し、更にポル・ポトが繰り返している。少しは歴史を学べよ、と言いたいのだが…

 捏造は彼らの得意技だ。そしてスターリンは歴史大好きだ。ということで、「スターリン主義に基づいてロシアの正史を書き直」すプロジェクトが始まる。当然、先の大飢饉もなかった事になる。歴史に学ぼうにも、その歴史が捏造されたものではどうしようもない。

 同様に、スターリンはマクシム・ゴーリキーにイカれた提案もしている。社会的リアリズムの作家によって世界中の古典を書き直そう、と。「政治的に正しいおとぎ話」なんて本もあったが、それを大真面目にやろうというわけだ。

 そのくせ権力闘争だけは、やたらと巧みだからタチが悪い。第11章ではセルゲイ・キーロフが暗殺される。この報を聞いたスターリンは、何の捜査もされていない段階で、左翼反対派の指導者グリゴリー・ジノヴィエフのテロと決め付け、「テロリスト」の粛清に着手する。事件を自分の都合のいい形に歪める術は長けていたわけだ。

 この後、スターリンは続々と配下を始末して行く。自分のライバルになりそうな古株を駆除し、若手を昇格させる。始末する際の理由は幾らでもある。能率が悪い、腐敗している、事故が多い。すべて「破壊分子」の仕業、という事になる。

 ということで、破壊分子の撲滅を目指し粛清が続く。その進め方もイカれている。地方ごとに粛清すべき人数のノルマを科し、達成させるのである。「ある鉄道路線では職員が全員逮捕され、まったくの無人状態になった」。密告が奨励され、孤児が増えてゆく。

 粛清は軍にもおよぶ。ミハイル・ニコラエヴィッチ・トハチェフスキー元帥(→Wikipedia)は、機械化師団の創設を望んだ事が「破壊活動」とされて消される。

 そこに冬戦争(→Wikipedia)だ。戦死者こそフィンランド約48,000:ソ連125,000と被害は大きいものの、国力の差はどうしようもなく、フィンランドは譲歩する。この時、政治委員として現地に向かったプラウダの編集長レフ・メフリスも出鱈目そのもの。「損害を確認したうえで、指揮官を全員射殺した」。

 やがてバルバロッサ作戦が発動する。前からソ連のスパイは事前に情報を掴んでいたが、肝心のスターリンが都合の悪い報告を聞きたがらない。だからスパイも「スターリンが望む情報だけを提供した」。前線が攻撃を受けても「一部のドイツ軍人による挑発行為かもしれない」。

 ってな大事なときにスターリンはフテ腐れて引き篭もる。「ドイツ軍が進撃を続ける一方、ソ連政府は丸二日間麻痺状態に陥っていた」。モスクワの目の前までドイツ軍が迫り大ピンチの所に、極東から嬉しい便りが届く。「日本には対ロシア攻撃の意図がない」byリヒャルト・ゾルゲ(→Wikipedia)。かくしてシベリア鉄道が大活躍、極東軍をモスクワへ運ぶ。

 約2,600万人が亡くなって第二次世界大戦が終わると、チェチェン・カラチャイ・カルムィクなど反抗的な地域の人々を強制移住させる。

 平和になったらなったで、再び幹部同士の密告合戦。だが美味しい話は我先にスターリンに報告したがる。原爆の成功をスターリンに報告するくだりは、ギャグじゃなかろかと思ってしまう。こういった醜さは最後まで続く。

 スターリンが倒れた時、彼は一人で寝ていた。が、起床の時間になっても姿を見せない。警護担当の将校は、誰もスターリンの様子を見に行こうとしない。「怖くていけない」「君は私が英雄だとでも思っているのか?」発見後も、最初に連絡する相手は医者でなく政治家である。

 集まった政治家も全く役に立たない。医師曰く「着衣は尿でぐっしょり濡れていた」って、誰もマトモに看護してない。

 組織的な虐殺・密告・盗聴・残酷な拷問・野放図な私生活・権力者同士の足の引っ張りあいと、暗い場面ばかりが続く。よくこれで国が持ったなあ、と感心してしまう。と同時に、読み方によっては権力者におもねる方法も分かる。

 別の読み方もできる。外国の新聞がモロトフやジューコフを持ち上げると、スターリンは不機嫌になった。人気を妬んだのだ。独裁者の国を骨抜きにするには、優れた手腕を持つ部下を他国のマスコミが誉めればいいのだ。そうすれば、独裁者が優秀な部下を始末し、無能な者だけが政権に残る。孫子も似たような事を書いていたなあ。

 大真面目に繰り広げられたロシアン・ジョークの世界。色々とキナくさい今こそ、よまれるべき本なのかもしれない。

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2015年5月25日 (月)

サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 1

「いいや、ちがう。お前はスターリンじゃない。私だってスターリンじゃない。スターリンというのはソヴィイエト権力そのものなんだ。新聞に載っているスターリン、肖像画に描かれているスターリン、それがスターリンなのだ。お前や私のような個人がスターリンなんじゃない」
  ――プロローグ 革命記念日の祝宴

「同志テレホフ、聞くところによると、君は演説の名人だそうだが、どうやら、君が得意なのは創作のほうだということがはっきりした。飢饉などというとんでもない作り話をでっち上げるとは!」
  ――第6章 死体を満載した貨車

【どんな本?】

 レーニンの後継者としてボリシェビキを受け継ぎ、トロツキーを追い落として共産主義の指導者となり、富農の追放や集団農場化によって大飢饉をひき起こし、将校の大粛清によって赤軍をガタガタにしながらも、第二次世界大戦ではヒトラーの戦力の大半を引き受け、戦後はアメリカと世界を二分する勢力の頂点となった、ヨシフ・スターリンことヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ。

 彼はどのようにボリシェビキの頂点に至ったのか。その地位に次々と襲い来る困難に、どのように対処したのか。ボリシェビキ内の権力闘争はどのようなもので、スターリンはそれをどう操ったのか。スターリンと周辺の者たちは、そのように政策を決め、どのように推進したのか。そして仲間が続々と処分されてゆく中で、なぜ廷臣たちは反撃しなかったのか。

 20世紀後半の世界史の中で、最も大きな権力を維持したスターリンと、その忠臣たちの生活や権力闘争を、英国の歴史家が膨大な資料と精力的な取材により、主に1932年から1955年までを中心に再現する、本格的な歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STALIN : The Court of the Red Tsar, by Simon Sebag Montefore, 2003。日本語版は2010年2月10日第一刷発行。私が読んだのは2010年3月20日発行の第二刷。あまりの人気に急いで増刷したんだろうなあ。単行本ハードカバーで上下巻、本文約611頁+505頁=約1,116頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×20行×(611頁+505頁)=約1,004,400字、400字詰め原稿用紙で約2,511枚。文庫本の小説なら5冊分ぐらいの巨大容量。

 翻訳の文章は比較的にこなれている。ただし決して読みやすい本ではない。登場人物も膨大だし、20世紀のロシア・ソヴィエト史について、相応の知識がある人を読者に想定している。

【構成は?】

 プロローグを除き、基本的に時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  •  スターリンの親族関係図
  •  地図 スターリン支配下のソ連邦 1929-1953
  •  地図 スターリン支配下のソ連領カフカス 1929-1953
  •  凡例/序言と謝辞/主な登場人物
  •  プロローグ 革命記念日の祝宴 1932年11月8日
  • 第1部 素晴らしかったあの頃 スターリンとナージャ 1878-1932
    • 第1章 グルジア人青年と女学生
    • 第2章 クレムリン・ファミリー
    • 第3章 魅了する力
    • 第4章 大飢饉と別荘暮らし スターリンの週末
    • 第5章 休暇と地獄 海辺の政治局
    • 第6章 死体を満載した貨車 愛と死と神経症
    • 第7章 知識人スターリン
  • 第2部 愉快な仲間 スターリンとキーロフ 1932-1934
    • 第8章 葬儀
    • 第9章 妻を失った全能の皇帝と愛する家族 ボリシェビキ貴族セルゴ・オルジョニキゼ
    • 第10章 台無しになった勝利 キーロフ、陰謀、第17回党大会
    • 第11章 人気物の暗殺
  • 第3部 瀬戸際 1934-1936
    • 第12章 「私は孤児になってしまった」 葬儀の達人
    • 第13章 秘密の友情 ノヴゴロドの薔薇
    • 第14章 矮人が頭角をあらわし、色事師が失脚する
    • 第15章 皇帝、地下鉄に乗る
    • 第16章 ダンスを踊れ、囚人を痛めつけよ 見世物裁判
  • 第4部 殺戮 毒殺者、矮人エジョフ 19937-1938
    • 第17章 死刑執行人 ベリヤの毒とブハーリン向けの処方
    • 第18章 セルゴ・オルジョニキゼ 「完璧なボリシェビキ」の死
    • 第19章 将軍達の大量虐殺、ヤゴダの凋落、ある母親の死
    • 第20章 大量処刑の血の海
    • 第21章 「ブラックベリー」エジョフの仕事と趣味
    • 第22章 血塗られた袖口 仲良し殺人サークル
    • 第23章 大テロル時代の社会生活 重臣達の妻と子ども
  • 第5部 殺戮 ベリヤ登場 1938-1939
    • 第24章 スターリンを取り巻くユダヤ人女性とファミリーの危機
    • 第25章 ベリヤと死刑執行人たちの疲労
    • 第26章 エジョフ一家の悲劇と堕落
    • 第27章 スターリン・ファミリーの崩壊 奇妙なプロポーズと家政婦
  • 第6部 獅子の分け前 ヒトラーとスターリン 1939-1941
    • 第28章 ヨーロッパの分け前 モロトフ、リッペントロップ両外相とスターリンのユダヤ人問題
    • 第29章 殺害される妻たち
    • 第30章 モロトフ・カクテル 冬戦争とクリークの妻
    • 第31章 モロトフ・ヒトラー会談 瀬戸際政策と妄想
    • 第32章 カウントダウン 1941年6月22日
  •   下巻
  •  スターリンの親族関係図
  •  地図 スターリン支配下のソ連邦 1929-1953
  •  地図 スターリン支配下のソ連領カフカス 1929-1953
  •  凡例/主な登場人物
  • 第7部 戦争 天才の躓き 1941-1942
    • 第33章 楽観主義と抑うつ状態
    • 第34章 「犬のように獰猛に」 ジダーノフとレニングラード攻防戦
    • 第35章 「モスクワは持ち堪えられるか?」
    • 第36章 モロトフはロンドンへ、メフリスはクリミアへ、フルシチョフは挫折
    • 第37章 チャーチルのモスクワ訪問 モールバラ対ウェリントン
    • 第38章 スターリングラードとカフカス 戦場のベリヤとカガーノヴィッチ
  • 第8部 戦争 天才の勝利 1942-1945
    • 第39章 スターリングラード攻防戦と最高指導者
    • 第40章 息子たちと娘たち スターリンと政治局員の子供たちの戦争
    • 第41章 スターリンの国歌コンテスト
    • 第42章 テヘラン ローズヴェルトとスターリン
    • 第43章 尊大な征服者 ヤルタとベルリン
  • 第9部 危険な帝位継承ゲーム 1945-1949
    • 第44章 原子爆弾
    • 第45章 ベリヤ 実力者、夫、父親、愛人、殺人者、強姦魔
    • 第46章 ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチの夜の生活 映画と宴会による専制政治
    • 第47章 モロトフの好機 「酔った拍子に口を滑らす」
    • 第48章 後継候補者ジダーノフと血まみれ絨毯のアバクーモフ
    • 第49章 ジューコフの失墜と略奪者たち 帝国のエリート階級
    • 第50章 「シオニストにしてやられた!」
    • 第51章 孤独な老人の休日
    • 第52章 二つの怪死事件 イディッシュ語演劇俳優の死と最有力後継候補者の死
  • 第10部 牙を失った虎 1949-1953
    • 第53章 モロトフ夫人の逮捕
    • 第54章 殺戮と結婚 レニングラード事件
    • 第55章 毛沢東、スターリン誕生日祝賀会、朝鮮戦争
    • 第56章 「矮人」と殺人医師団事件 「殴れ、殴れ、もっと殴れ!」
    • 第57章 盲目の子猫と愚鈍な河馬 古参ボリシェビキの最後
    • 第58章 「ついに奴を片付けてやった!」 瀕死の病人と震え嘆く医師たち
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/写真一覧/出典/参考文献/人名索引

【感想は?】

 ズバリ、上級者向け。決して読みやすい本ではない。とにかく解像度が高いのだ。

 その高い解像度で、どこを描いているか、が重要。これは日本語版の副題が適切に内容を示している。「赤い皇帝と廷臣たち」、まさしくソレだ。著者の筆は常に、スターリンとその周辺人物を描く事に終始する。

 例えばスターリン版の大躍進政策(→Wikipedia)である、1932年~1933年の大飢饉(→Wikipedia)について、その原因や経緯にはほとんど触れない。著者が注目するのは、飢饉の報告がどのようにスターリンに伝わったか、そしてスターリンが報告に対しどのように返答し対処したか、だ。

 つまり、著者は、大飢饉について、読者は充分に知っていると想定した上で書いている。だから、その目的・原因・経緯・規模などをあらためて書く必要はない、それは紙面の無駄だ、そういう姿勢なのだ。

 「スターリンを中心にした20世紀のロシア/ソヴィエト史」を期待していた私にとって、これはかなり厳しかった。そういう点では、デイビッド・ハルバースタムの「ベスト&ブライテスト」と似ている。

 ただし。「ベスト&ブライテスト」が扱っているのは、はベトナム戦争だ。そのため、外交と軍事の政策決定プロセスが中心を占めている。対してこの本は、ソヴィエトの内政が中心となっている。つまり、スターリンの宮廷で繰り広げられる、ソヴィエト中枢部の権力抗争がこの本のテーマだろう。

 などと敷居は高い本であるにも関わらず、決して退屈な本ではない。ロシアン・ジョークの世界が、冗談ではなく現実だったことを、何度も思い知らせてくれる。泣いていいのか笑っていいのか、複雑な気分になる所がアチコチに出てくる。バタバタと死んでゆく農民や兵士たち、それに対してクレムリンから出る指令は、ひたすら逮捕・監禁・拷問そして銃殺。

 なぜそんな阿呆な事がまかり通ったのか。なぜそんな間抜けな真似しかできなかったのか。なぜそんな無能な者が権力の座に居座れたのか。それを、スターリンの視点で描く点に、この本の計り知れない価値がある。

 という事で、次の記事に続く。

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2015年5月22日 (金)

トバイアス・S・バッケル「クリスタル・レイン」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「わたしたちの先祖は偉大な存在だったが転落した。わたしたちがはっきり知っているのはそれだけだ。テオトル、わたしの同胞、あなたの同胞、それにテオトルの不倶戴天の敵ロアが争いあっているせいで、なにもかもめちゃくちゃになっているんだ。そしてあなたとわたしは、ジョン、そんな大昔からの嵐のひとしずくにすぎないんだ」

【どんな本?】

 カリブ海の島国グラナダ出身という異色の経歴を持つ作家の長編デビュー作。舞台は遠未来。300年前の事件で孤立し、19世紀のレベルに文明が退行してしまった惑星ナナガダ。ここに残された人類は、急峻なウィキッドハイ山脈に遮られ、二つの陣営に分かれて争いあっていたが…

 ドレッドヘア・スティールパン・鉤のついた義手などカリブ海の文化・風俗と、中米のアステカ文明をブチ込んで煮込んだ、異色の冒険SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CRYSTAL RAIN, by Tobias S. Buchell, 2006。日本語版は2009年10月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約569頁に加え訳者あとがき6頁。9ポイント41字×18行×569頁=約419,922字、400字詰め原稿用紙で約1,050枚。上下巻でもいいぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。多少、設定でSF的にややこしい部分はあるが、裏表紙の作品紹介と巻末の解説を読めば重要な所はわかる。

 それより作品を味わう上で鍵となるのは、ドレッドヘアに代表されるカリブの風俗と、敵役として登場するアステカ(→Wikipedia)文明だろう。細かい事は知らなくても、スティールパンの音(→Youtube)を聞いて、「あ、そんな感じね」と分かれば充分。

【どんな話?】

 惑星ナナガダ。過去の事故で文明は失われ、今は蒸気機関のレベルに退行している。20年前に北の航海を成し遂げ、片腕を失ったジョン・デブルンは、ウィキッドハイ山脈のふもとの海辺の町で妻シャンタと息子ジェロームに囲まれ、漁師として生活していた。

 ナナガダ軍の精鋭マングース隊は、ウィキッドハイ山脈の唯一の通り道マフォリー峠へ向かっていた。ときどき、山脈の向うからアステカ人が攻めてくる。森の中で捉えたアステカ人オアシクトルが、物騒な事を言い出した。「マフォリー峠が攻撃されている、アステカはトンネルを掘り大部隊で侵略を始めた」と。

【感想は?】

 ある意味、王道の冒険SF小説。

 SFと言っても、科学的に難しい仕掛けはほとんどない。どころか、あまり真面目に突っ込むとマズそうな所もある。むしろ大事なのは冒険物語としての側面なので、野暮な事は言わないようにしよう。

 舞台は惑星ナナガダ。かつて人類は恒星間航行もしていたらしいのだが、大きな事件があって今は孤立し、文明は19世紀レベルに後退してしまった。住民は様々な民族が混在していて、大きな軋轢はない模様…一つの大きな対立を除いて。中でも中心を占めるのはカリブ系で、文化・風俗もカリブ系が主流を占めている。

 問題の対立は、ウィキッドハイ山脈の東と西。東側は半島で、先端にある都市キャピトルシティを中心に多数の集落が海岸沿いに点在している。特に都市間の対立もなく、一つの国として平和にまとまっている。気候は地球の赤道付近に近いようで、半島の中心部は密林が占めているらしい。

 怖いのが山脈の西側。こちらは地球のメキシコにあったアステカのような社会で、神官が治めている。アステカといえばヒトの心臓を神に捧げる血生臭い儀式が有名で、この物語でも同じ風習が何度も強調され、恐怖を盛り上げてゆく。

 地球のアステカの神は多神教だった。ナナガダのアステカにも神がいる。これが、なんと、本当に神が実在するのが、この物語の背景事情として重要な要素となっている。

 全般を通し最もスポットを浴びるのは、主人公のジョン・デブルン。記憶を失い、浜に打ち上げられた男。かつて北への探索航海に出かけ、片腕を失いながらも生還し、英雄となった男。彼が失った記憶が、この小説を引っぱるキーとなる。

 お話は、アステカの大軍が、不可能と思われていたウィキッドハイ山脈越えを実現させた所から始まる。今は海沿いの町ブルングスタンで漁師として生活していたジョン。アステカの神の目的の一つは、彼が失った記憶だった。

 アステカとの戦いは、グレナダ侵攻(→Wikipedia)をモデルとしているらしい。私はその辺に疎いのと、不可能と思われた山脈越えを実現したアステカ軍は、朝鮮戦争での中国の人民解放軍を思い浮かべた。だって補給無視だし、兵の命を使い捨てにする人海戦術だし、戦況も…

 文明が19世紀レベルなためか、エンジンは蒸気機関だし、銃器も単発らしい。ところが奇妙な事に、表紙には飛行船が描いてある。技術的にはアンバランスだが、いいじゃないですか、だって飛行船はカッコいいし。けどあまり活躍しないんだよなあ。

 物語は、怒涛のように押し寄せるアステカ軍と、彼らを押しとどめようとするナナガダの血生臭い戦いを中心に描かれる。半島全域に薄く広がって守ろうとするマングース隊は、大群で押してくるアステカ軍に押され、次第に後退してゆく。このあたりも、朝鮮半島北部でのマッカーサーの苦戦を思い浮かべたり。

 むしろガジェットとして活躍するのは、終盤に出てくるラ・レヴァンチェ号。北方の海へ向かうための蒸気船だが、意外な秘密兵器も積んでいて。この秘密兵器がお出ましする場面は、なかなかの迫力。いやあ、普通考えないでしょ、蒸気機関の○○なんて。

 それと、贅沢を言うと、投槍器アトラトル(→Wikipedia)が活躍する場面が欲しかったなあ。

 登場人物として印象的なのは、謎の男ペッパー。明らかに人間を越えた身体能力を持ち、デブルンに近づこうとする男。ドレッドヘアーに山高帽とトレンチコートという気取ったいでたちで、他の登場人物のいずれとも異なる目的で動いている、物騒だが頼りにもなる男。

 読み終えて舞台の構造が見えてから改めてグレナダ侵攻を調べると、実は皮肉な影響を与えているのが見えてきて、これが相当に苦い。

 が、そういう小難しい事を考えなければ、謎とアクションと陰謀が絡み合う、危機また危機の冒険アクション小説として楽しめる。凶暴で強大な侵略軍に対し、一発逆転の奥の手を求め男達が暴れる、血生臭く緊迫した場面が続く、娯楽SF小説だ。

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2015年5月20日 (水)

マイケル・ポーラン「雑食動物のジレンマ ある4つの食事の自然史 上・下」東洋経済新聞社 ラッセル秀子訳

 夕食は何を食べよう?
 本書は、この一見シンプルな問いへの、たいそう複雑で長い答えである。そしてこれほど簡単な問いに答えることが、なぜこうも厄介な作業になってしまったのか探ろうとするものだ。
  ――序章 摂食障害に悩むアメリカ

「農業はいつだって政府が管理しているんです。問題は、誰の利益のために管理しているのかってこと。いまはカーギル社とコカ・コーラ社ですよ。農家のためなんかじゃない」
  ――第2章 農場

「いいかい、もうすでにそれは起きているんだ。メーンストリームが、似たような考えを持つ人たちの小さなグループに分かれてきている。あのマルチン・ルターがヴィッテンベルク教会の扉に95カ条を貼り付けたときのようにね。あのときはプロテスタント信者が分派して、印刷機が新しいコミュニティをつくるきっかけになった。いまはインターネットが、私たちの仲間を集めて主流から分離させているんだ」
  ――第13章 市場 バーコードのない世界から

【どんな本?】

 コアラはユーーカリしか食べない。だからユーカリが消えるとコアラも飢え死にする。対して、ヒトは肉も穀物も食べる。様々なものを食べるお陰で、飢え死にの危険は減ったが、もう一つの問題を突きつけられた。「何が食べられて、何が食べられないんだろう?」

 慣れたものだけを食べていれば、食あたりの危険はない。だが、それでは、雑食の利益が得られない。安全に、かつ色とりどりのものを食べるには、どうすればいいんだろう?

 これが、雑食動物のシレンマだ。

 今のアメリカには、様々な食品が溢れている。だが、それぞれの食品が何を含み、どこでどのように作られ、どう加工されているんだろう? これを知るのは、意外と難しい。

 著者はまず大量生産の加工食品の、生産・輸送・流通・加工・販売を追ってアメリカの農業・畜産業の実態を調べる。次に自ら有機牧場で働いて地産地消型の食品生産・流通の可能性を探り、更に野豚を狩りキノコを採り、包丁をふるって完璧な食事に挑戦する。

 果敢な体当たり取材でアメリカの食の現在を暴くと共に、現在のようになった過程を生産者の目で振り返ると共に、理想的・健康的な食生活を現代資本主義社会の枠組みの中で継続的に続けられる仕組みを探り、また肉食の倫理的な問題にも挑む、ショッキングだが美味しい現代のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Omnivore's Dilemma, by Michael Pollan, 2006。日本語版は2009年11月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約296頁+249頁=545頁に加え訳者あとがき5頁。9.5ポイント42字×18行×(296頁+249頁)=約412,020字、400字詰め原稿用紙で約1,031枚。文庫本の長編小説なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。好き嫌いが少なく、加工食品から手料理まで、美味しいものなら何でも好きな人向け。自らスーパーで買い物をして台所に立ち、包丁をふるう人なら、更に楽しめる。ただしダイエット中の人は要注意。夕食の後、夜中に読んではいけない。

【構成は?】

 全般的に前の章を受けて後の章が続く構成なので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  •  序章 摂食障害に悩むアメリカ
  • 第1部 トウモロコシ 工業の食物連鎖
    • 第1章 植物 アメリカを牛耳るトウモロコシ
    • 第2章 農場
    • 第3章 カントリーエレベーター
    • 第4章 肥育場 トウモロコシで肉を作る
    • 第5章 加工工場 トウモロコシで複雑な食品を作る
    • 第6章 消費者 肥満共和国
    • 第7章 食卓 ファストフード
  • 第2部 牧草 田園の食物連鎖
    • 第8章 人はみな草のごとく
    • 第9章 ビッグ・オーガニック
    • 第10章 草 牧草地を見る13の方法
    • 第11章 動物 複雑性の実践
  •   下巻
    • 第12章 自家処理 ガラス張りの処理場
    • 第13章 市場 バーコードのない世界から
    • 第14章 食事 牧草育ち
  • 第3部 森林 私の食物連鎖
    • 第15章 狩猟採集者
    • 第16章 雑食動物のジレンマ
    • 第17章 動物を食べることの倫理
    • 第18章 狩猟 肉
    • 第19章 採集 キノコ
    • 第20章 完璧な食事
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 第1部は、かなり怖い。鵜飼保雄の「トウモロコシの世界史」とあわせて読むと、怖さが倍増する。

 というのも。第1部は、つまるところ米国のトウモロコシ農業について語っている部分だからだ。なぜトウモロコシが主役なのか? それは、現代アメリカ人の食生活はトウモロコシが支えているからだ。

 人間が直接トウモロコシを食べるわけじゃない(ただしメキシコ系の人は除く)。その大半は家畜の飼料になる。他にも油や果糖の形で、加工食品として我々の口に入る。フライドポテトを揚げる油はトウモロコシまたはダイズ由来だし、清涼飲料水の甘さはトウモロコシから抽出・加工した果糖なのだ。

 牛乳はどうか。乳牛の餌はトウモロコシである。肉牛も、鶏も、トウモロコシを食べている。肉も乳製品も卵も、元を辿ればトウモロコシに行き着いてしまう。

 なんでそうなったか。つまりは需要と供給の問題だ。単位面積当たりの収量でトウモロコシは大変に優れている。だから今のアメリカは大量にトウモロコシを作っていて、買い手を待っている。が、しかし、一人の人間が一年に食べる量は決まっている。需要には限界があるじゃないか。

 これを大企業は様々な工夫でクリアしてゆく。スーパーサイズなんてアイデアとしちゃ可愛いもので、最も強烈なのは牛に食べさせる、という案だろう。ここで驚いたのが、牛は「本来草しか食べない」という事実だ。私はそんな事も知らず、穀物は食べるだろうと思っていたんだが、それは置いて。

 本来は草を第一胃で発酵させ消化する牛が、トウモロコシを食べる事で、様々な問題をひき起こしている現実を暴く場面は、なかなかの迫力だ。

 と同時に、怖いのが、日本は世界最大のトウモロコシ輸入国だ、という現状である。その8割は家畜飼料だ。そして、アメリカはトウモロコシの買い手を探している。さて、TPPの狙いは何でしょう?

 こうなったのは、霜降り信仰の賜物だ。こういった好みはお国によりけりで、「アルゼンチンでは、美味なステーキ肉になる牛は牧草のみで育てられる」。

 やはりお国柄がでているのがメキシコ。ここじゃトウモロコシは神が人に与えたものだ。だからアメリカ人が輸送中にトウモロコシの粒を道にパラパラ落とすアメリカ人を見ると怒る。「メキシコではいまでも、トウモロコシを地面に放ったままにはしません。それは冒涜にも近いことですから」。コメを大事にする日本人と感覚が似てる。いい奴じゃん、メキシカン。

 続く第2部は、地産地消を実践している「牧草農家」、ポリフェイス農場のジョエル・サルトンを訪れ、一週間の肉体労働に従事する。

 ここは、牛・豚・ニワトリ・七面鳥・ウサギなどを育てて売る農場だ。このサルトン氏、なかなかの気骨者で。敬虔なクリスチャンでありながら、徹底した自由主義者でもある。たぶんリバタリアンと言って差し支えないと思う。

 なぜ彼が「牧草農家」を自称するのか。それを著者が実際に農場で働きながら体感してゆくのがこのパートなのだが、牧畜という仕事の複雑さ・奥深さが嫌というほど実感できる。牧場を複数の牧区に区切り、何日かごとに牛を移動させる。この移動のタイミングの計算が難しい。

 牧草の回復具合は早すぎても遅すぎてもいけない。;しかもこれは気温や降雨量で変わる。必要な牧草の量も、牛の大きさ・年齢・状態で変わる。「授乳期の牛は、ふつうより二倍の草を食べるのだ」。

 放牧の後、三日ほどして鶏を放す。これにもちゃんと意味があって、「そうそれば(牛糞内の)ウジ虫は鶏好みに丸々と肥ってくれるが、ハエに孵化するには早すぎる」。そして牛糞と鶏糞は牧草の肥料になる。だが鶏を長居させちゃうと、「草の根までつつき、窒素度の極端に高い鶏糞で土を荒らしてしまう」。

 そんな風に、複数の家畜をサイクルで回して農場の肥沃さを維持すると共に、家畜を肥らせて肉や卵を得て、収入につなげる手腕は、実に緻密で見事だ。それだけに、規模の拡大は難しい。全体でバランスが取れているので、一つだけ大きくすると、システム全体のバランスが崩れて崩壊してしまう。

 農業がいかに複雑で知的な仕事なのかを実感できると共に、政府の政策が農業に与える影響の大きさも体感できるパートだ。なんたって、これだけ優れた農場であるにも関わらず、この農場は牛肉を売れないのだから。その理由が、実に馬鹿馬鹿しいシロモノなのだ。

 第3部で、著者は肉食の是非に悩みつつハンテングときのこ狩りへと出かける。ここで、土地を見る著者の目が変わってくるあたりが実にドラマチックだ。漠然と歩くか、野豚を狩るか、キノコを採るか。目的によって、風景がまったく違って見えてくるのだ。人間ってのは、面白いもんです。

 ファストフードやTVディナーなどで大きく変わってしまったアメリカの食生活と、増え続ける肥満。だがコッテリした食事を好むフランス人やイタリア人は、あまり肥満に悩まされていない。それはなぜか。インスタント食品やコンビニ弁当が氾濫している日本も、ヒトゴトではない。

 食べるという、あまりに日常的な行為を通じて見えてくる、「政策」や「文化」の影響の大きさ、そしてそれに抗う人々と、彼らを支えるツール。腹が突き出し始めた私にとって夜に読むにはいささか危険だが、読み始めたら止まらない興奮も与えてくれる、優れたドキュメンタリーだ。

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2015年5月18日 (月)

ドレス・レッシング「老首長の国 アフリカ小説集」作品社 青柳伸子訳

「ああ、奥さま、おんなじ子どもだっつうに、大人になれば、ひとりはご主人さまに、ひとりは使用人になるんでごぜえますねえ」
  ――呪術はお売りいたしません

 不思議でならないのだが、ほかの点では思慮分別のある人々がなぜ、荷造りして外国に行きさえすれば、事実上消えかけている商品である、この住む家が自由に手に入るなどと信じるようになるのだろう?
  ――ハイランド牛の棲む家

【どんな本?】

 2007年にノーベル文学賞を受賞したドレス・レッシング(→Wikipedia)の、比較的初期の作品を集めた中短編集。著者が幼年時代を過ごした南ローデシア(→Wikipedia、現ジンバブエ→Wikipedia)を舞台に、植民者であるイギリス系の白人の視点を通し、第一次世界大戦~第二次世界大戦ごろの農場の人々を描く作品が中心。

 副題の「アフリカ小説集」、正確には「南ローデシア小説集」が妥当だと私は思う。理由は簡単で、収録作の大半は、舞台が南ローデシアだから。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は This was the Old Chief's Country : Collected African Stories vol. 1, by Doris Lessing, 2003。ちょっと経緯がややこしいので、時系列順に整理しておく。

  1. 1951年 短編集 This was the Old Chief's Country 刊行。
  2. 不明 中短編集 Five 刊行。
  3. 1973年 ハードカバー Doris Lessing's Collected African Stories 刊行。1. に加え 2. から「ハイランド牛の棲む家」「エルドラド」「アリ塚」を加えたもの。
  4. 2003年 This was the Old Chief's Country : Collected African Stories vol. 1 刊行。3. のペーパーバック版。解説には明記していないが、この版で「空の出来事」も追加したようだ。

 日本語版は 4. を元にしたもの。2008年4月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約493頁に加え1964年版序文3頁+1973年版序文2頁+訳者解説13頁。9ポイント45字×21行×493頁=約465,885字、400字詰め原稿用紙で約1,165枚。文庫本の長編小説なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、当時の南ローデシア(現ジンバブエ)の20世紀の歴史を少し知っていると背景事情が分かりやすい。と言っても構える必要はない。解説で必要な事柄は一頁程度にまとめてあるので、それを読めば充分に作品は味わえる。

 作品集の並び順として、発表順に作品が並んでいるようだ。全般的に初期作品ほど小説としてヒネていて、注意深く読む必要があり、後ろに行くほど主題が分かりやすい。どうヒネているのか、というと。

 南ローデシアに植民した白人の目を通して語られる作品が中心だ。語り手は自分の目に写った事実を、自分の解釈で語っている。読む際は、語り手の解釈を鵜呑みにせず、第三者の視点で事実を再解釈しよう。当事の南ローデシアの歪な現実が少しずつ浮かび上がってくる。

 頭から呼んでもいいが、慣れない人は「リトル・テンビ」から読むといい。著者の手法がハッキリ出ているので、他の作品を読み解く補助線を与えてくれる。

【収録作】

 二つ目の / 以降がない作品は、1951年の短編集 This was the Old Chief's Country 収録。

1964年版序文/1973年版序文
老首長ムシュランガ / The Old Chief Mshlanga
 少女は、父親の農場で育った。広大な土地に小さな畑がポツポツあるだけで、その間にはまばらに草が生えた草地(ヴァルト)・溝(ガリー)・木立が点在している。農場には季節労働の黒人が沢山働いていて、家には召使がいた。14歳ぐらいの頃、ライフルを抱え犬を従えて歩いていたら、向うから三人の黒人が歩いてきて…
 最初に読んだ時は、いきなり宙に放り出されたような気がしたが、改めて読み返すと、猛烈に強烈なパンチを食らう作品。白人 vs 黒人 という構図で見れば他人事だが、よくある差別・被差別やいじめの構図も似たようなモンだよね、などと考え出すと眠れなくなるので要注意。
草原(ヴェルト)の日の出 / A Sunrise on the Veld
 早朝、四時半。ちかごろ少年は太陽が昇る前に起きだし、親に内緒で家の周囲を探索していた。今朝も犬を連れてライフルを持ち、朝露の中を歩いてゆく。その日、少年が耳を澄ますと、奇妙な声が聞こえ…
 レイ・ブラッドベリが南ローデシアの少年を描いたら、こんな感じになるのかも。少年が直面した出来事を描く作品だが、それ以上に、南ローデシアの広々としながらも変化に飛んだ風景が印象的。にしても、先の作品もこの作品も、子供がライフルを持ち歩くのが当たり前の環境ってのが凄い。
呪術はお売りいたしません / No Witchcraft for Sale
 ファークォール夫妻に、やっと子供ができた。名前はテディ。召使たちも喜び、祝福に訪れる現地人も多かった。初めて散髪した時、料理人のギデオンはテディの金色の髪を握り締め、リトル・イエロー・ヘッドと言ってから、テディはリトル・イエロー・ヘッドと呼ばれるようになった。そのテディの目に蛇が毒を吐きつけた時…
 冒頭、テディを可愛がるギデオンたちの姿は、とっても微笑ましい。それだけに、このオチはなんとも切ない。昔の物語ではあるけれど、たぶん今でも似たような事が起きているんだろうなあ。
二つ目の小屋 / The Second Hut
 元は正規兵だったカラザース少佐。今は人里はなれたアフリカの農場で、四部屋しかない丸太小屋に妻と住んでいる。二人の子供は寄宿学校に行った。不況の1931年、人づてを頼って雇った男はアフリカーナーで、ヴァン・ヘールデンといい、牛の扱いが巧みだった。
 当時の南ローデシアの「農民」の様子が少しだけわかる作品。この作品集に出てくる白人の多くはイギリス系だが、ここでは珍しくアフリカーナー(→Wikipedia)が出てくる。
厄介もの / The Nuisance
 その農場には井戸が二つあった。一つは新しい井戸で、うちの家族が使う。澄んだ美味しい水が出たが、七月には枯れてしまう。古井戸は3マイルも離れていて、囲い地の女たちは水汲みのついでに井戸端会議に花を咲かす。だが<やぶにらみ>という女は…
 つくづく、日本は水が豊かで恵まれている。水を得るためだけに4~5kmも歩かなくていいんだから。江戸の長屋を舞台とした小説でも、長屋に一つは井戸がある。なんて暢気に書いちゃいるが、この結末は色々と解釈できて…。父ちゃんは真相を知っているのかいないのか。
デ・ヴェット夫妻がクルーフ農場にやってくる / The De Wets Come to Kloof Grange
 ゲール少佐と夫人は、南ローデシアの農場に腰を据えて30年になる。四人の息子は海軍に入った。最近は経営も上々で、規模も大きくなった。そこで新しく雇った助手デ・ヴェットは、アフリカーナーで結婚していた。この農場に女が増える。巧くやっていけるだろうか、とゲール夫人は心配したが…
 再びイギリス系の白人夫妻とアフリカーナーの話。歴史的にイギリス系とアフリカーナーはボーア戦争(→Wikipedia)の遺恨がある。が、実は「犬も食わない話」なのかも。
リトル・テンビ / Tittle Tembi
 結婚前、ジェーン・マッククラスターは看護師だった。市立病院でも現地人病棟の主任看護師だった。ウイリーの農場に来てからも、診療所を開いて囲い地の現地人の面倒を見始める。食餌を改善し、寄生虫の予防を女たちに教えた。赤ん坊のリトル・テンビが担ぎこまれた時は、徹夜で看病した。
 この作品集に出てくる女性は退屈している人が多い中で、珍しく使命感を持ち忙しく働いているのがジェーン。やってる事は文句なしに善意の行為だし、全体的な利害だけを見れば実際に現地人の役に立っている。が、テンビの目で見ると…。
 作品集全体の中では、著者の創作姿勢やテーマがストレートにでていて、比較的にわかりやすい作品。この作品を冒頭に持ってくれば、著者のクセが飲み込めるので、作品集がだいぶ読み解きやすくなるだろうに、と思う。
ジョン爺さんの屋敷 / Old John's Place
 シンクレア夫妻の送別会には50名ほどが参加した。思ったとおり、町の魅力には逆らえなかったのだ。送別会は和やかに終わった。次にジョン爺さんの屋敷に来たのは、レーシー夫妻だ。馬を飼うらしい。レーシー夫人は、付近の人と違う。優雅で上品だ。
 レーシー夫妻の隣に住む、コープ家の娘13歳のケイトを通して見た、南ローデシアの農場主同士の交際を、新参のレーシー夫人を中心に描きつつ、ケイトとレイシー夫人のすれ違いを綴った作品。スレ違ってるのはわかるんだが、どうスレ違ってるのかが私には分からない。
レバード・ジョージ / Leopard' George
 ジョージ・チェスター、人呼んでレパード・ジョージ。狩りが好きで、特にレパードがいると聞けば、どこまでも追いかけて仕留める男。第一次世界大戦に従軍して生還し、父親の農場を離れフォー・ウィンズに腰を据えた。そこは荒れた土地だったが、計画的に土地を開き、近所とも巧く付き合おうとした。
 豹狩りに執念を燃やす変わり者、レパード・ジョージ誕生の物語。「一番近い隣人でも、15マイル先ですよ」なんて不動産屋の言葉が凄い。前作と違いオッサンが主人公なんで、この作品はなんとなくわかる。
七月の冬 / Winter in July
 夕食のテーブルにつく三人。穏やかな兄のトム、突っかかってくる弟のケニス、そしてトムの妻ジュリア。普段はベランダで食事を取るが、さすがに冬の三ヶ月は家の中にテーブルを入れる。ケニスは明日、50マイル離れた街に行くという。
 ジュリアの視点で語られる物語。若い頃の波乱に満ちたジュリアの人生は、著者の人生を投影してるのかな?
ハイランド牛の棲む家 / A Home for the Highland Cattle / 中短編集 Five 収録
 イギリスから南ローデシアにやってきたマリーナ。夫のフィリップは、政府お抱えの科学者だ。農業振興のため国中を飛び回っている。とりあえずの住まいとして、三ヶ月だけフラットを借りた。八軒の半一戸建てをくっつけた住宅で、裏庭は共用だ。居間にはハイランド牛の絵がある。
 ハイランド牛をGoogleで画像検索すると、立派な角のモコモコした牛が出てくる。作品は、フラットの新参者マリーナの目を通し、他のフラットの住人達や、使用人のチャーリーを描く。珍しく都会が舞台。
 チャーリーの故郷はニアサランド(→Wikipedia、現マラウイ→Wikipedia)。今でも極貧の国だ。チャーリーとテレサの運命は本書全体で共通しているテーマだが、フィリップとマリーナの視点の違いもありがち。かかわりたくないフィリップの気持ちが痛いほどわかってしまう。
エルドラド / Eldorado / 中短編集 Five 収録
 アレック・バーンズは、トウモロコシを選んだ。経験を積んだ隣人達はタバコを勧めたが。息子のポールは使用人に預け、マギーは自分の仕事をした。カレックは次々と土地を開墾し、トウモロコシを植えてゆく。だがトウモロコシ畑は年を経るにつれ育たなくなり…
 男って生き物のしょうもなさが、しみじみと伝わってくる話。ジェームズ爺さんが、枯れたいい味を出してる。対して生意気盛りのポールの気持ちもよく分かるし、常識で考えたらイカれきったアレックも、なんか理解できてしまう。こういう馬鹿が文明を進歩させてきたんです、たぶん。
アリ塚 / The Antheap / 中短編集 Five 収録
 マッキントッシュ氏はオーストラリアで一山あてて潰し、ニュージーランドで返り咲き、ここでも金を掘り始めた。雇tった技師のクラーク氏は結婚していて、奥さんはアニー、一人息子のトミーがいる。鉱山の騒音の中で育ったトミーは、囲い地の黒人の子ども達と仲良くなり…
 この作品集の中で、最もテーマが鮮明に出ていてわかりやすい作品。最初の「老首長ムシュランガ」と比べると、あざといぐらいにメッセージが明白だ。なんでこれを終盤に持ってきたんだろう?
空の出来事 / Events in the Skies / 1987年 グランタ誌掲載
 その黒人男性は、辺鄙な村で育った。一番近い町にも歩いて位置に近かる。数日おきに、小さな飛行機が上空に現れた。やがて学校に通い始めた。片道2時間、往復で8マイル歩いた。休みの日にはこっそり飛行場へ行き、飛行機が飛んでくるのを見守った。
 6頁の小品。距離を時間で測るというのは、一見原始的に思えるけど、起伏が激しかったり川や藪の障害物があったりする土地では、時間の方が実用的で合理的だったりする。とか感心していると、オチで彼方に放り出されるから油断ならない。
訳者解説

【全体の感想】

 作品集としてまとまると、現地の風景の印象が強く残る。全般的に広い農場を舞台とした作品が多い。ご近所といっても数km離れているのが当たり前という、なかなかワイルドな世界だ。乾季には土が吹き飛んでしまう乾いて脆弱な土地。一見、無駄に広がる草地(ヴェルト)。米が中心の日本では、滅多に見られない風景だ。

 ただ、登場人物の感覚だと「お隣まで数マイル」なんだが、人間がいないわけじゃない。ちゃんと使用人は近くの囲い地に住んでいるんだが、人間としては勘定していないだけ。そういう感覚で国を作っていたわけだ。

 そう考えると、やっぱり副題は「南ローデシア小説集」として欲しかったなあ、と思う。あくまで「植民者のイギリス系白人の目で見た南ローデシア」の作品であって、アフリカ大陸全体を扱っているわけではないのだから。ジンバブエにしても幾つかの民族がいる筈なのに、作品中ではみんなまとめて黒人・現地人だ。

 「植民者のイギリス系白人の目で見た南ローデシア」はそう見えるんだろうし、それはそれで誠実だと思うが、ソレがアフリカだ、と言うのはちと乱暴じゃなかろうか。

 文句ばっかり言っているようだが、それは作品のインパクトが強烈で、気持ちを大きく揺さぶられるからだ。とにかく何か言わないと気がすまない、そんな気分になってくる。なまじ文体が落ち着いているだけに、余計に効果が大きい。クールな衣に猛毒を仕込んだ、困った作品集だった。

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2015年5月15日 (金)

マイケル・ルイス「ライアーズ・ポーカー」ハヤカワ文庫NF 東江一紀訳

経済学は実践的な学問だ。就職の役に立つ。そして、それはなぜかといえば。経済が人生のすべてに優先するという信仰を持っていることのあかしになるからだ。
  ――2 カネのことは言うな

一般的に言って、ソロモン内部でセールスマンに浴びせられる賞賛が大きければ大きいほど、あとで顧客がこうむる痛手も大きい。
  ――8 下等動物から人間への道

【どんな本?】

 1985年。当時は債券取引で日の出の勢いの投資銀行ソロモン・ブラザース(→Wikipedia)に、著者は入社し、債券セールスマンとして辣腕を奮う。世界の経済情勢に通じるキレ者の高給取りが集う41階の債券トレーディング・ルーム、きっとクールなエリートが揃っているはず…と思ったが、そこは魑魅魍魎が闊歩する弱肉強食のジャングルだった。

 鼻っぱしらが異様に強いトレーダーたちの奇想天外な生態、当事の投資銀行の商売のアコギな手口、ソロモン社内の意外な力関係、同業他社tの軋轢、アッサリと転職するアメリカのトレーダーの価値観など、金融業界の凄まじい内幕をブチまけると共に、モーゲージ債(→Wikipedia)やジャンクボンド(→Wikipedia)などの債券知識も少しだけ身につく金融ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は LIAR'S POKER, by Michael Lewis, 1989。日本語版は2006年にパンローリング社より単行本で刊行。私が読んだのは2013年10月25日発行のハヤカワ文庫版。文庫本縦一段組みで本文約415頁に加え訳者あとがき3頁+ハヤカワ文庫版訳者あとがき2頁。9ポイント41字×18行×415頁=約306,270字、400字詰め原稿用紙で約766枚。長めの長編小説の分量。

 一人称が「ぼく」だったりと、文章は親しみやすい。内容も特に難しくないが、金融の基礎は必要。具体的には、債券(→Wikipedia)と株式(→Wikipedia)の違いが分かる程度で充分だろう。

【構成は?】

 お話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  前口上
  • 1 うそつきポーカー
  • 2 カネのことは言うな
  • 3 社風を愛することを学ぶ
  • 4 成人教育
  • 5 ならず者たちの兄弟愛
  • 6 肥満軍団と打ち出の小槌
  • 7 ソロモン式ダイエット
  • 8 下等動物から人間への道
  • 9 戦術
  • 10 社員をもっと満足させるには
  • 11 富豪たちの一大事
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/ハヤカワ文庫版訳者あとがき

【感想は?】

 お金ってのは、ある所にはあるもんなんだなあ。そして、当時は景気が良かったんだなあ。

 トロい私としては、そもそも債券取引で荒稼ぎ出来ること自体が驚きだった。債券と聞くと、私はまず国債と社債が思い浮かぶ。2015年5月現在の日本だと、いずれも利率は微々たるものだ。

 例えば、この記事を書いている2015年5月現在の日本国債の利率は、固定5年で税引き前0.08%(→財務省個人向け国債発行条件)だ。100万円を投資しても、5年間で3187円しか儲からない(100万円×0.08%×5年間=4000円から利子所得税20.315%を引く)。それでも国債を買い手はいる。凄い時代だ。

 この本の舞台であるソロモン・ブラザース、当時は債券取引でブイブイ言わしてた。社内でも、株式部門より債券部門が大きい顔をしてたというから驚きである。私の感覚だと、株式の方が投資としてはリスキーな気がするのだが、当時は債券市場が拡大していく時代だったのだ。

 その例の一つが、モーゲージ債だ。不動産ローンを債券にしたもの。発想そのものは、比較的に健全だと私は思う。家が欲しくてカネを借りたい人がいる。一方で、カネを貸して利息が欲しい人がいる。この間の橋渡しをするのが、モーゲージ債だ。いや細かく言うと違うんだが、詳しく知りたい人は Wikipedia をどうぞ。

 ただし不動産ローンには困った点が幾つかある。踏み倒される危険もあるが、この本で取り上げられるのは、繰上げ返済だ。20年でローンを組んだが、途中で収入が増えたので、早めに全額を返す場合だ。貸したカネが返ってくるんだから、常識で考えれば借り手・貸し手共に嬉しい状況である。

 ところが、債券取引で稼ぎたい人には、ちと困る。向う20年は利息を受け取れるはずが、いきなり利子収入がなくなるので、債券の価値がなくなってしまう。こういった繰上げ返済のリスクを巧いこと調整して、ランク付けしたのが金融商品としちゃ賢いところ。

 カネが世の中に回れば景気はよくなる。そしてカネを回すのが金融業の仕事である。カネを回す仕組みを作ったんだから、資本主義国家の金融企業としては称賛されてしかるべきだろう。

 ところが、これで終わらないのが現代の金融業界だ。ソロモン・ブラザースは、債券の売り買いの手数料で儲けている。客(投資家)が債券を買って満期まで素直に持っていたら、儲からない。盛んに売り買いしてもらわないと困るのだ。この本に出てくる投資家の方もアクティブな人が多くて、債券の売り買いの差額で儲けようとするヤマ師ばかりだったりする。

 この投資家が動かす金額も凄まじい額で。いやほんと、お金ってのはある所にはあるもんです。と、動く金額が大きい分、利鞘も大きくなり、また手数料も大きくなるという理屈。

 ただし、世の中は美味しい話だけじゃない。利鞘が大きいって事は、値下がりのリスクも大きいという事。問題は、誰がリスクを引き受けるか。そう、もちろん、リスクは投資家が引き受ける。売った債券の値が上がろうが下がろうが、売り買いするだけでソロモンは手数料が儲かる。美味しい商売です。

 そういう商売やってるだけに、中の人も荒んでて。ルーウィー・ラニエーリ率いるモーゲージ債部門は、まるきしアニマル・ハウス。ビシッとスーツを着こなしたエリートなんてのとは全く違い、ジョン・ベルーシが集団で荒れ狂ってるような狂態の描写が延々と続く。

 なまじ金融に詳しい者が揃っているだけに、自社の経理内容も詳しいし、自分の価値もよく分かっている。後半から終盤にかけては、同僚たちが次々とソロモンを去ってゆく話が増えてくる。同業他社にヘッドハントされる者、昇給やボーナスの査定を勘定する者、取締役の言葉の裏を読もうとする者。

 このあたりの割り切りのクールさは、さすがアメリカと言うか。債券トレーダーや債券セールスマンだけに、自社の経営状況もシビアに見つめていて、創立75周年の記念品を評する先輩ダッシュの目は冷徹だ。

 ウォール街で繰り広げられるドタバタ・コメディとして読んでも楽しいし、ちょっとした出世のコツもわかる。ただし、債券取引の知恵を学ぼうとすると、一見役立ちそうなことが書いてあるだけに、痛い目を見るかもしれない。その辺は 10cc の Wall Street Shuffle(→Youtube)でも聞きながら、豆知識程度に読み流そう。

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2015年5月13日 (水)

ロバート・R・マキャモン「遥か南へ」文藝春秋 二宮磐訳

「誰かが神経をやられると――つまりイカれると――やつは南に行った、と言ったんだ」

「この国の地図を広げると、ずっと南のこの辺りは沼地になっていて、やはり合衆国の一部と見える、そうだな? ところが、地図が間違ってるんだ。この辺りはな、独立した一つの世界なんだ。独自の言葉、独自の産業があって、独自の……まあ、法律とは呼べんだろな、どう見ても。掟、と言ったほうが適切だろう」

【どんな本?】

 ホラーで人気を博したアメリカの作家ロバート・R・マキャモンが、名作「少年時代」に続いて出した長編小説。誤まって人を殺してしまい逃亡するヴェトナム帰りのダン・ランバート,成り行きでダンの道連れになるアーデン・ハリデイ,ダンを追う賞金稼ぎのフリント・マートーとペルヴィス・アイスリーの四人が、合衆国南部ルイジアナ州を辿る旅を描く、ロード・ノベル。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Gone South, by Robert R. McCammon, 1992。私が読んだ日本語版は1995年9月1日第一刷の単行本。今は文春文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約519頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×21行×519頁=約468,657字、400字詰め原稿用紙で約1172枚。文庫本なら2冊分ぐらいの分量。

 訳文は比較的にこなれている。根が娯楽作家のマキャモンだけに、内容も難しくない。全編を通して舞台となるルイジアナ(→Wikipedia)やケイジャン(→Wikipedia)、バイユー(→Wikipedia)について少し知っていると、味わいが深くなるだろう。北緯30度~35度、日本なら種子島~熊本ぐらいにあたる緯度で、深南部とも言われる独特の地域だ。

【どんな話?】

 ベトナム帰還兵のダン・ランバートは、不況で建築会社を解雇され、日雇いの大工仕事で細々と食いつないでいた。借金返済の交渉で銀行に寄った時、誤まって行員のエモリー・ブランチャードを殺してしまう。慌てて逃げ出したが、警察に懸賞金をかけられ、南部の低地バイユーへと向かうが…

【感想は?】

 マキャモンの南部趣味が色濃く出た作品。特に終盤のバイユーの描写は、腐った沼地の匂いが強く漂ってくる。

 出てくる人物の多くは、底辺であがく者だ。しかも南部である。野郎どもは気が短くて荒っぽく、何かとつっかかりたがる。季節は夏、暑さが連中の短気に拍車をかける。AC/DCの Dog Eat Dog(→Youtube) そのままの世界だ。

 主人公のダン・ランバートは、後遺症に悩むベトナム帰り。嫁さんに愛想をつかされ、42歳のやもめ暮らし。務めていた建築会社もクビになり、日雇い仕事で食いつなぐも、借金の返済は滞り、持病の頭痛は酷くなるばかり。これだけでもお先真っ暗なのに、催促された借金の交渉で銀行に行けば、なりゆきで殺人犯になってしまい、警察に追われる身に。

 フリント・マートーは、雇われ賞金稼ぎだ。日ごろはエディー・スモーツの使い走りで、借金の取立てをしている。博打で抱えた借金のため、逃げられないのだ。そこに飛び込んできたダンのニュース。懸賞金は一万五千ドル、これを目当てにダンを追いかけろ、とミスター・スモーツの仰せ。だけならともかく、とんでもないオマケがついてきた。相方と組め、と。

 そのオマケが、ペルヴィス・アイスリー。ブヨブヨと太った若造で、やかましいブルドッグを連れている。プロフェッショナルとして単独行動に慣れているフリントにとっちゃ、相方ってだけで鬱陶しいのに、この若造は新米の上に…

 逃亡中に成り行きで若い娘アーデン・ハリデイを拾ってしまったダンは、追っ手のフリント&ペルヴィスを撒きつつ、伝説のブライト・ガールを探して更に南へと向かう。

 どいつもこいつも、求めて今の立場になったわけじゃない。それぞれが問題を抱え、生きていくため必死に足掻き、それでも殴られ蹴られ、なんとか日々の糧を得るために今の立場になった、そんな連中である。どうせどこに行っても同じ、そんな諦めの中で、次第に茹で蛙になってゆく、そんな人生を歩んでいる。

 それが、ダンの事件を機に、最低だと思っていた今までの生活すら失い、バイユーへと漂ってゆく。

 もともとがコミック調のホラーを書いていたマキャモンだけあって、彼らの周囲の者も強烈な個性を持っている。ダンに殺される銀行屋のエモリー・ブランチャードは、いかにも冷酷なエリート・サラリーマンそのものだ。借金に苦しむ人は、彼が死ぬ場面で少しスッキリするんじゃなかろうか。

 フリントの登場場面で、オマケに出てくるジュニアもマキャモンお得意のチンピラ野郎。ポーカーでフリントに挑み、小うるさい三味線を鳴らしてはフリントに絡んだ挙句、有り金を巻き上げられる、しょうもない奴。だけならともかく…。ジュニアって名前でわかるように、小うるさいだけのガキだが、いかにも南部の荒っぽい雰囲気は漂わせている。

 ジュニアに比べ強烈なのが、モーテルの女将ハナ・ドゥケイン。夫ハーモンと共に、寂れたモーテルで稼いでる。甲斐性のないハーモンを尻に敷き、副業で蛙を捕まえちゃ脚をレストランに売ってる。蛙ですぜ、蛙。初登場からなかなかガメつい所を見せるハナ、次第にマキャモンらしいアレな突っ走りっぷりを見せてくれます。

 やがて彼らは、老人の預言に導かれ、南へと向かう。バイユーである。タイトルでもある「南」、これが物語では大きな意味を持つ。

 冒頭、南は忌まわしい響きを伴って登場する。ダンが語る「南に行った」、それはベトナムで従軍中に、頭がイカれちまった奴を示す言葉だ。その言葉通り、イカれているとしか思えない老人の言葉に従い、奇跡を起こすと言われる伝説の少女ブライト・ガールを探し南へと向かうのである。ダンにとっては破滅を意味する南へと。

 元々ルイジアナはフランス系が多い。そしてフランスはお洒落な印象とは裏腹に意外と悪食で、兎やカタツムリも喜んで食べる。この本でも、ケイジャンらしく蛙に始まりナマズやザリガニが食べ物として登場する。

 こういう、ディープな南部風味が、この作品の欠かせない味。しかしナマズって、どんな味なんだろ。ちなみにザリガニは食べた経験があります、えっへん←威張るこっちゃない この辺を読んでる時、私の頭の中では Jerry Garcia が歌う Catfish John(→Youtube)が鳴り響いてた。

 荒っぽい南部。男も女も、必死に気勢を張って生きている。だが、そういう地域だけに、感情が豊かな人も多い。ドライブインのウエイトレス、ドナ・リーも、その一人。先に猛烈オバサンのハナを紹介したが、このドナも彼女に負けないモーレツぶり。ムカつく若造ジョーイが暴れた際、彼女が取り出した物は…。わはは。確かに南部の女だ。

 ドン底の洞穴で足掻く連中が、ダンの事件により洞穴すら追い出され南へ向かうロード・ノベル。全般的に暗い物語だが、マキャモンのファンなら全体の流れは了承済みだろう。ただ、今までの作品のような熱く盛り上がる感じではなく、しみじみとした情感を漂わせて幕が閉じてゆく。

 それでも、普通に生きている人々への、暖かいまなざしが感じられるのは今までのマキャモン作品と同じ。ドップリとケイジャン風味を効かせた、でも相変わらずのマキャモン味を堪能させてもらった。

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2015年5月12日 (火)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 エピソード集

【占領下の生活】

●ナチス占領下のパリでは、自転車と馬車、そして木炭車が活躍した。
一部のタクシーは、車両の前半分を切り取り後部車両だけにした。
エンジンの変わりに自転車をつけ、自分で漕ぐのである。
中には、ツール・ド・フランス出場選手が引く車もあった。

●映画館も自転車を活用した。
ラジオ・シティ・ミュージック・ホールのゴーモン・パラスは計算する。
四人が20km/hの速さで6時間ペダルを踏めば、フィルムを二本上映できる電気を蓄えられるはずだ。

●そして観客のために、こんな広告を出した。
「自転車300台までは駐輪無料」

【新司令官着任】

●1944年8月はじめ、パリ司令官フォン・コルティッツはパレードを命じる。
パリ市民にドイツ軍の兵力を誇示するだめだ。
同14日、コルティッツの宿泊するオテル・ムーリス前では、押し問答が起きる。
警備担当のヴェルナー・ニックス曹長が、小柄な紳士を押し留めてたのだ。
彼は命令されていた。
「何者であれ、証明書を持たぬ者をホテルに入れてはならぬ」と。
残念ながら、小柄な紳士が持つ文書は、領収書だけだった。
その宛名は「ディートリッヒ・フォン・コルティッツ」だったのだが。

●これは軍曹のささやかな復讐でもあった。
軍曹は、命令で休暇を潰されていたのだ。
コルティッツの命じたパレードに参加せよ、よと。

【破壊工作】

●ヒトラーはパリを破壊せよと命じた。
その準備に派遣されたのは、ヴェルナー・エーベルナッハ大尉である。
パリの記念物やセーヌ河にかかる橋に爆薬を仕掛けるのが、大尉の任務だ。
ある橋の橋脚を調べた時、彼は嬉しい発見をする。
既に爆薬孔が開いていたのだ。
70年以上前のフフランスの法律のお陰である。
緊急の際にすぐ破壊できるようになっていたのだ。

【進撃準備】

●連合軍総司令官ドワイト・D・アイゼンハワーは、パリを迂回するつもりだった。
だがフランス第二装甲師団を率いるルクレールは、ドゴールの命に従いパリへと進む。
連合軍はルクレールを脅した。
「補給を止める」と。
ルクレールは、ちゃっかり準備していた。
四日前から燃料トラックや戦車は、燃料や弾薬を備蓄していたのだ。
また、戦車が損害を受けても報告しなかった。
破壊された戦車の分の燃料や弾薬をパクるためである。

【レジスタンス】

●レジスタンスの蜂起に伴い、コメディ・フランセーズ前にもバリケードができた。
砦の材料は舞台装置の大道具・小道具、守るのは役者やスタッフである。
いささか迫力に欠けると思った彼らは、工夫をこらす。
樽を並べたのである。
樽には、こう書いてあった。
「爆発物!要注意!」
これが功を奏したか、砦は一週間も維持できた。
ドイツ軍の戦車も近寄らなかったのだ。

●レジスタンスは一台だけだが戦車も持っていた。
ソムア戦車(→Wikipedia)である。
サントウアン近くの工場で掘り出したものだ。
ただし、砲弾は一つもなかった。

【進撃】

●最初にパリ攻略に向け前進したのは、ルクレール率いるフランス第二装甲師団である。
これにアメリカ第四歩兵師団が加わった。
ただし、第一軍司令官コートニー・ホッジスは、第四歩兵師団から砲兵二個大隊を削る。
張り切った砲兵が、パリに砲弾を撃ち込んではマズい。

【興行師】

●包囲下のパリにも、サーカスがあった。
スウェーデンの興行師ジャン・フーケが一発勝負をかけたのだ。
数日内にパリは解放されるだろう。
そして娯楽に飢えた市民は彼のサーカスに殺到するに違いない。
残念ながら、彼の目論みは外れる。
ドイツ軍の豹戦車の砲撃と無線誘導爆弾ゴリアテが、彼のサーカスをふっとばしてしまったのだ。
逃げ出した馬は、シャンゼリゼ通りで銃弾に倒れる。
その直後、通りの家から多くの市民が飛び出してきた。
そして皿と包丁を持った市民が、馬から肉を切り取っていった。

【誤報】

●1944年8月23日、パリ解放の第一報がイギリスに入る。
これを英国放送局やCBSが報じた。
ロンドンで、ニューヨークで、ブエノス・アイレスで、世界中がお祭り騒ぎに沸き立つ。
中継したのは、イギリスのジャーナリスト、チャーリー・コリンウッド。
残念ながら、この時、連合軍はまだパリに入っていない。つまり誤報である。
// 実際の入城は次の24日です
コリンウッドは予め自分のアナウンスを吹き込み、本国へ送っていた。
それが誤まって放送されてしまったのだ。

●これは、仕掛けられたデマだった。
ペテン師はフランス国内軍(レジスタンス)参謀本部のアンドレ・ヴェルノン大佐である。
目的は、連合軍の進路を変えること。
アイゼンハワーはパリを迂回しようとしていた。
だがパリでは既にレジスランスが蜂起している。
グズグズしていると、パリ市民がドイツ軍に虐殺されかねない。
そこで「パリは解放された」というデマを英国放送に流し、ルクレールの進軍を促したのである。

【解放】

●ルクレールの先遣隊がパリに入ったのは、1944年8月24日である。
ドイツ軍の占領中、教会の鐘は沈黙していた。
だが先遣隊の入城直後、パリ中の教会の鐘が鳴り響く。
国営ラジオのアナウンサー、ピエール・シェフィールが呼びかけたのだ。
「放送をお聞きの牧師さんたちは、力いっぱい鐘を鳴らしてください」と。

●ジャック・デスティエンヌは、フランス軍戦車<ラフォー>の砲手だ。
負傷して気絶し、救急車でサン=トワーヌ病院に担ぎこまれる。
救急車には、重症のドイツ軍士官も乗っていた。
車内で気づいたデスティエンヌは、いきなりドイツ士官の襲い掛かる。
そして縊り殺し、鉄十字章を毟りとった後、再び気を失った。
この因果が祟ってか、デスティエンヌは危うく死にかける。
病院では看護婦が彼のポケットの中の物を取り出し、財布と十字勲章を彼の胸に置いた。
十字勲章を見た医師は、彼がドイツ兵だと判断し、手当てを後回しにしたのだ。
彼の背中には手榴弾の破片が37個入っていた。

●解放に沸き立つパリ市民は、かつての圧制者への復讐に燃える。
目標はドイツ軍およびドイツ軍協力者である。
被害者の中にはマックス・ゴアとマドレーヌ・ゴアもいた。
二人はレジスタンスで、多くのユダヤ人や連合軍空軍の飛行士を匿っていた。
だが、狂乱騒ぎの中の流言で濡れ衣を着せられ、私刑に処されてしまったのである。

●米兵ジョージ・マッキンタイヤーは、シャンゼリゼ通りを歩いていた。
一人の司祭が彼に声をかける。
「癌で死にかけている老婦人がいる。
 彼女の最後の願いを叶えて欲しい。
 彼女は確かめたいのだ。
 連合軍は本当にパリに来ているんだ、自分は解放されたパリで死ぬのだ、
 だってアメリカ兵が目の前にいるのだから」と。
司祭に連れられアパルトマンを訪ねたマッキンタイヤーは、ベッドに寝た老婦人と面会する。
老婦人は、熱心に戦争の話を聞きたがった。
翌日、約束どおり再訪したマッキンタイヤーは、彼女に会えなかった。
既に亡くなっていたのだ。

●ブライス・ライアン軍曹は、フランス人夫婦に招待され、寝室を提供された。
真っ白なシーツに、上品なサテンの夏ブトンである。
軍曹は、自分の軍隊毛布に包まって寝た。
戦闘続きで泥だらけだったので、いささか気後れしたのだ。

●1944年8月26日土曜日、解放第一夜から目覚めたパリ。
ノートル=ダム寺院では、300名以上の米兵が早朝ミサに祈りを捧げる。
同じ日、ユダヤ教会堂でも、安息日の礼拝が行なわれた。
潜んで暮していたユダヤ教徒の市民は、参加したユダヤ教徒の米兵を歓迎する。
まさしく、米兵は死すべき運命からの救済者だったのだ。

●パリ陥落の報を受けたヒトラーは、命令を下す。
「V1号およびV2号の全発射基地から、パリへ攻撃を加えよ」と。
これを電話で受けたのは、B軍団参謀総長ハンス・シュパイデル将軍である。
この命令はイカれていると判断したシュパイデルは命令を無視した。
一週間後、シュパイデルはゲシュタポに逮捕されてしまう。

●パリに入城したドゴールは、連合軍総司令部に依頼する。
「急いで一万五千着の軍服を送れ」と。
パリでは、共産党系を初めとして様々な勢力のレジスタンスが跳梁跋扈している。
彼らに軍服を着せてしまえば、連合軍に組み込める。
そうすれば、自分の指揮下に組み込めるだろう。

●パリが解放されても、ドイツ軍は諦めなかった。
連合軍の制空権が及ばぬ夜、ドイツ空軍が夜間空襲をかけたのだ。
30分間の攻撃で、死者213名・負傷者914名の他、597戸の家屋が損傷する。
この時、パリの空はガラ空きだった。
連合軍の高射砲は一門もなかったのだ。

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2015年5月11日 (月)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 2

「安心したまえ、フォン・コルティッツ将軍」モーデル元帥は言った。「コヴェルで40分かかったのが、パリでは40時間かかるかもしれない。しかし、仕事を終わったときには、パリは跡形もなくなっているだろうからな」
  ――第一部 脅威

「ヨードル」ヒトラーはテーブルを拳固でたたき、重ねて怒号を続けた。「私は知りたいのだ――パリは燃えているのか? いま、この瞬間、パリは燃えているのか? イエスかノーか、ヨードル、どうなのだ?」
  ――第三部 解放

 ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 1 から続く。

【どんな本?】

 1944年8月。ノルマンディより上陸した連合軍に対し後退を続けるドイツ軍。ヒトラーはパリ司令官にディートリッヒ・フォン・コルティッツを指名し、「撤退時はパリを廃墟にしろ」と命じる。だが連合軍総司令官ドワイト・D・アイゼンハワーは補給困難を理由にパリを迂回するつもりだった。これに異を唱えるドゴールだが、その声は届かなかった。

 同じ頃、パリでは、連合軍の前進に勢いづくレジスタンスが、拳銃と火炎瓶の貧弱な武装でドイツ軍への蜂起を計画していた。早すぎる蜂起はドイツ軍の弾圧を招き、市民の虐殺とパリの破壊へと発展するだろう。

 後に「おおエルサレム!」や「今夜、自由を」などの傑作を輩出するラリー・コリンズとドミニク・ラピエールのジャーナリストのコンビが、第二次世界大戦中のパリ解放の模様を、数百人に及ぶ取材と膨大な資料を元に再現する、20世紀のドキュメンタリーの決定版。

【感想は?】

 前の記事では、同様の状況で廃墟になってしまったワルシャワの事を書いた。実は西部戦線でも、ワルシャワと似た運命を辿った都市がある。パス・ノルマンディーの都市、カーン(→Wikipedia)だ。こちらは主に連合軍の航空攻撃や砲撃の被害が大きかったようだ。

 つまり、パリが廃墟にならなかったのは、関係者の必死の努力と奇跡的な幸運の賜物なのである。

 この本は、いかにしてパリが燃えずに済んだかを中心に、パリ解放の模様を様々な視点で再現するドキュメンタリーだ。ラピエール&コリンズの著作の魅力は色とりどりの人物が登場する事で、それはデビュー作であるこの本にもはっきりと現れている。

 最も登場場面が多いのは、当事のドイツ国防軍パリ司令官ディートリッヒ・フォン・コルティッツ(→Wikipedia)中将。曽祖父から続く軍人の家系で、自他共に認めるコチコチの軍人。パリ司令官に抜擢された理由も、その揺ぎ無い忠誠心を買われたからだ。軍歴もそれを照明している。

 セバストポール攻略戦(→Wikipedia)では4800名の連隊を指揮し、1942年7月27日には347名にまですり減らしながらも勝利に貢献する。後に中央軍集団に配置され、撤退する部隊の後衛として、命令に従いロシアとウクライナを焦土に変えて行く。

 東部戦線の地獄っぷりはアントニー・ビーヴァーの「スターリングラード 運命の攻囲戦」や「ベルリン陥落」が詳しいが、下手なホラーよりエグい描写が延々と続くのでグロ耐性のない人には勧めない。なんにせよ、フォン・コルティッツという人は、命令とあらばどんなに残酷な任務でも素直に従う軍人だったのだ。

 そのフォン・コルティッツ将軍の気持ちを動かしたものは、大きく分けて三つだろう。一つは敗色濃厚な戦況。二つ目は、総統ヒトラーのイカれ具合。パリ司令官の人を仰せつかりラステンブルクで総統に会見した際、フォン・コルティッツは疑惑を抱いてしまう。「もしかしいてコイツ、狂ってるんじゃね?」

 三つ目が、もう一人の重要登場人物、スウェーデン総領事ラウール・ノルドリンク。パリ駐在外交団首席の立場を利用し、多数の政治犯つまりレジスタンスの解放を新しい司令官に交渉するつもりだったのが、いつの間にかパリ破壊指令の阻止にも暗躍する羽目になる人物。

 コチコチの軍人だったフォン・コルティッツが、どのように心変わりしていったか。これが、本書の読みどころのひとつ。終盤、命令と自分の判断の板ばさみで悩む場面は、大きな決断で悩んだ経験のある人なら、きっと共感できるだろう。どっちかに決断しちゃえば楽になるんだが、なかなか決められないのだ、やっぱり。

 やはり強烈に印象に残るのが、シャルル・ドゴール。他の多くの本と同様に、傲岸不遜で頑固一徹、非妥協的で目的のためなら見方も騙す、強引な人物に描かれている。とまれ単に強引なだけじゃなく、パリ入城を巡る共産系レジスタンスとの駆け引きは実に巧みで、「権力」というものを知り尽くした狡猾な側面も存分に披露している。

 が、ラピエール&コリンズの魅力は、こういった有名人以上に、普通に市民生活を送る人々や、前線で戦う兵の描写でこそ光るものだ。

 中盤で印象的なのが、政治犯としてフレーヌ刑務所に収監されたピエール・ルフォーシューとその妻マリ=エレーヌの物語。ドイツへと列車で護送される夫ピエールを追い、マリ=エレーヌはパリから自転車で走り続けるのである。レジスタンスによるサボタージュなどで列車は遅れるが…

 ノートル=ダム寺院で朝のミサを担当していたロベール・ルプードル師も、運が悪い。日課でドゥーブル橋を散歩していた時、蜂起した警官がパリ警視庁を占拠、三色旗をはためかせる。下手に野次馬根性を出して見物にいったのが運のツキ、警視庁に押し込まれてしまう。やがて鎮圧に来たドイツ軍に包囲され、従軍神父を仰せつかってしまう。

 この警視庁蜂起には意外な人物も参加している。フレデリック・ジョリオ=キュリー(→Wikipedia)、あのキュリー夫妻の娘イレーヌの夫。彼は硫酸と塩素酸カリを持ち込み、ひたすら火炎瓶を作ってレジスタンスに供給するのだ。

 終盤では、両軍の将兵のエピソードが続々と続く。かつてゲシュタポにブチ込まれたフレーヌ刑務所を攻略する戦車操縦士ジャック・ヌアル二等兵曹、オテル・ムーリスの一階を守るミュンスター出身の老兵、自分の名が彫られた墓石を見つけるジョゼ・モリナ。

 もちろん、市民視点も豊富だ。ドイツ国防軍工兵の爆薬設置を停電で邪魔する電機屋フランソワ・ダルビ、コメディ・フランセーズにバリケードを築く役者たち、エッフェル塔に三色旗を掲げる消防士レイモン・サルニゲ、パリ一番乗りを争うヘミングウェイらジャーナリストたち。

 現代史上のトピックを、市民から政治家までの膨大な取材に基づき多様な視点でモザイク状に浮き上がらせる、現代のジャーナリストならではの力技を見せ付けるラピエール&コリンズの傑作デビュー作。その圧倒的なエピソードの量に眩暈を覚えるほどの大作だが、それだけに読了後の感慨も大きい。

 ドキュメンタリーの面白さを思う存分に楽しめる、現代ジャーナリズムの最高峰だ。ぜひ多くの人に読んで欲しい。

 次記事はおまけ。

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2015年5月10日 (日)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 1

セーヌ皮にかかっているパリ地区の架橋の破壊を準備せよ。パリを敵の手に渡してはならぬ。もし、敵の手中に渡すときには、パリは廃墟となっていなければならぬ。
  ――ドイツ国防軍最高司令部発 第772989/44号 1944年8月23日11時

【どんな本?】

 1944年8月、フランス。6月にノルマンディーより上陸した連合軍に対し、ドイツ軍は後退を続けていた。

 総統アドルフ・ヒトラーは西方戦線の建て直しを目論み、パリ司令官にディートリッヒ・フォン・コルティッツ国防軍陸軍少将(昇進して中将)を据える。曽祖父の代から軍人を輩出した家系で、自他共に認めるコチコチの軍人だ。同年7月の暗殺事件(→Wikipedia)で疑心暗鬼になったヒトラーは、絶対的な忠誠心を基準にコルティッツを選び、死守命令を下す。

 「パリを得る者はフランスを得る。パリを死守せよ」と。

 軍事的な意味はあった。パリを越えれば平原が広がっている。制空権を得た連合軍は火力を活かしドイツ軍を駆逐するだろう。ばかりでなく、英国本土を直接襲うロケット兵器V1号・V2号の発射基地も失われてしまう。

 だが、明らかに非合理な命令も同時に出ていた。焦土作戦である。撤退時には、パリを瓦礫の山に変えろ、と。

 ヒトラーの命により、ドイツ軍工兵はパリ全ての要所に爆薬を仕掛け、廃墟とする準備を整えてゆく。エッフェル塔・凱旋門・ノートル=ダム寺院・ ルーブル美術館・リュクサンブール宮殿…。歴史ある人類の文化遺産の全てを、ヒトラーは破壊するつもりだったのだ。

 その頃、連合軍総司令官ドワイト・D・アイゼンハワーは、パリを迂回するつもりだった。両翼からパリを包囲する作戦である。原因は二つ、兵站と戦場である。

 前線が1km進めば、補給車は往復で2km余計に走らなければならない。既にノルマンディーから前線への補給路は限界に近づきつつあった。連合軍がパリを確保すれば、350万のパリ市民への生活物資提供は連合軍の責任となる。これにより圧迫された補給線は、パットンの前進を止めてしまうだろう。

 また、連合軍の航空支援や戦車の大量投入は、見晴らしのよい平地でこそ本領を発揮する。障害物の多いパリの市街戦では、長距離砲や航空機での支援も難しく、シャーマン戦車も立ち往生してしまう。

 この決定に異を唱える者がいた。シャルル・ドゴールである。

 フランス内のレジスタンスは、多数の派閥に分かれていた。中でも最も組織が整っているのは、共産主義者である。連合軍の前進を聞き勢いづいたレジスタンスは、共産主義者を先頭に拳銃や火炎瓶で蜂起を目論んでいた。貧弱な武装での蜂起は、ナチスによる残虐な反撃を招き、パリ市民の虐殺へと発展するだろう。まかり間違って蜂起が成功した場合、戦後のフランスは共産主義国になってしまう。

 ドゴールが知らなかった。現実はもっと危うい、と。既にヒトラーはパリの破壊命令を出していた。市民の蜂起は、焦土作戦の実行を早め、パリを瓦礫の荒野に変えるだろう…ワルシャワ(→Wikipedia)のように。そして近づく連合軍に色めきたつ共産系のレジスタンスは、蜂起の準備を着々と整えつつあった。

 風前の灯だったパリは、いかに救われたのか。ドミニク・ラピエールとラリー・コリンズの名コンビが、数百人に及ぶ広範な取材により、アイゼンハワー,フォン・コルティッツ,ドゴールなどの有名人から、独仏米の前線の将兵、そしてフランスのレジスタンスや市民など、多彩な視点でモザイク状に歴史を再現する、20世紀ジャーナリズムの最高傑作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Is Paris Burning? (Paris Brûle-t-il?), by Larry Collins & Dominique Lapierre, 1965。日本語版は1966年にハヤカワ・ノンフィクションで単行本、1977年にハヤカワ文庫NFで刊行。今回読んだのは2005年3月31日にめでたくハヤカワ・ノンフイクションズ・マスターピースで復活した単行本の初版。2016年2月6日にハヤカワ文庫NFから新版が出た。

 ソフトカバー縦一段組みで上下巻、本文約363頁+約365頁=約728頁に加え、柳田邦男の巻末特別エッセイ「万人が主役のパリ解放劇」10頁を収録。9ポイント45字×19行×(363頁+365頁)=約622,440字、400字詰め原稿用紙で約1557枚。長編小説なら文庫本3冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、当事の情勢が分かっているとより面白くなる。主な舞台がパリなので、パリの観光地図があるといいかも。実際に行った経験があれば更によし。私は行ったことないけど。「遠い異国の話だからピンとこない」と思うなら、京都を空襲で焼かれると思いながら読むといい。

 以下に、関係ありそうな兵器の Wikipedia のリンクを挙げる。

88mm砲 カルル臼砲 豹戦車 シャーマン戦車 パイパー・カブ B-24 ロードスター

【構成は?】

第一部 脅威
第二部 闘争
第三部 解放

 大きく3部構成でだが、各部は更に細かく分かれていて、全部で93章から成っている。各章は10頁ほどなので、長いわりに思ったよりテンポよく読める。贅沢を言うと、やたら登場人物が多いんで、できれば登場人物一覧か人名索引が欲しかった。

【感想は?】

 実際には、パリは燃えていない。

 今読む私は、それを百も承知だ。にも関わらず、全体の3/4までは神経をヤスリで削られるような緊張感に満ちている。それだけに、終盤の解放場面のカタルシスは大きく、また切なさも突き刺さってくる。

 歴史関係の本は、予備知識が多いほど深く味わえる。この本の場合、、同じ1944年にポーランドの首都ワルシャワを襲った悲劇を知っているといい。対照的な二都市の運命は、なんとも言えない複雑な感情を呼び起こす。ワルシャワは、似たような状況で、まさしく廃墟になってしまったのだから。

 東部戦線でも、ドイツ軍は後退を続けていた。スターリングラード(現ヴォルゴグラード)で逆転した戦況は覆しえず、赤軍はワルシャワの東ヴィスワ川に達する。これに勢いづいたポーランド国内軍は、ナチスからワルシャワを奪取しようと決起した…火炎瓶と拳銃で。

 貧弱な武装で戦車に立ち向かう無謀な作戦だが、勝算はあった。戦車などドイツ軍の重火器は、前進してくる赤軍を迎え撃つのに手一杯になるだろう。遮蔽物の多い都市では、小回りの利かない戦車の火力は半減する。地下道を知り尽くし、市民の支援を期待できるワルシャワ国内軍にも、一縷の望みはあるだろう、と。

 だが、赤軍はヴィスワ川を目前に前進を止める。赤軍の懸念がなくなったナチスは、徹底的な焦土作戦を展開、市民を虐殺し歴史ある都市を破壊、廃墟へ変えた。詳しくは Wikipedia のワルシャワ蜂起、またはノーマン・デイヴィスの「ワルシャワ蜂起1944」に詳しい。

 前置きが長くなったので、詳しい感想は次の記事で。

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2015年5月 7日 (木)

小野寺整「テキスト9」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 *****
「我々は侵略を受けている」

【どんな本?】

 新人SF作家・小野寺整による、2013年の第1回ハヤカワSFコンテストで最終候補作となった作品を、加筆・修正した長編SF小説。

 他の恒星系にまで人類が進出した遠未来。強大な権限を持つと噂される謎の機関「ムスビメ」から届いた意味不明な招待状により、地球に招かれた仮定物理学者カレンが辿る、宇宙の破滅を救うための探求の旅を、大量のSFガジェットと哲学的な問いを交えて描くユーモラスなワイドスクリーン・バロック風のメタフィクション…という話のフリをした、何か全く別の物語。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇でも、12位にランクインした。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年1月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約437頁。9ポイント45字×19行×437頁=約373,635字、400字詰め原稿用紙で約935頁。文庫本なら上下巻に分けるかどうか悩む長さ。

 新人のわりに文章はこなれている。内容的な難しさは…うーん、何と言っていいんだろう。主な舞台は遠未来だし、SF的な仕掛けも大量に出てくる。が、その仕掛けにどんな意味があるのか、というと、意味があるような、ないような。むしろ全体の構成の方が重要な気もするし、そうでない気もするし。

 人によっては、作者に遊ばれているような気になるかもしれない。それを不愉快に感じない人向け。

【どんな話?】

 仮定物理学者の恩師、サローベンに呼び出され、教授室を久しぶりに訪ねたカレン。その用件は、存在すら疑問視される謎の巨大権力機関ムスビメからの招待状だった。いや、実は招待状ではないかもしれない。意味不明な文章が並んでいるのだが、サローベンがなんとか解読したのだ。その内容は、「ぷふい! 宇宙を救ってくれ」らしい。

【感想は?】

 煮え切らなくて申しわけない。でも本当にわからないのだ。

 冒頭から、「この物語は見かけどおりじゃないですよ」と宣言している。「物語をランダムに自動生成してくれる装置」が紡ぎ出した物語を、日本語に翻訳したもの、という体裁をとっている。

 翻訳にも様々な流儀がある。なるべく原文の意味を損なわないように忠実に訳す場合もあれば、「ベッド」を「布団」に置き換えるように、読みやすさ・分かりやすさを優先する場合もある。技術書や専門書では忠実な訳が好まれるが、テンポよくストーリーが転がっていく物語では、分かりやすさ優先どころか「超訳」なんてスタイルもある。

 それぞれの単語が1:1で対応していればともかく、大抵の言語はそうじゃない。極端な例では、日本語の「メシうま」や「リア充」はどう英訳するのか。意味的に該当する単語はあるだろうが、これらの言葉が持つ軽薄で頭悪そうな雰囲気までは伝わりそうにない。

 同じ日本語を使う者同士でも、巧く伝わらない場合はある。「ヤマハ」と聞いて、オーディオ・マニアとバイク好きが抱く印象は全く違うだろう。SF者にとって「国書刊行会」はマニアックな翻訳本を出す出版社だが、お坊さんにとっては違うらしい。「コンピュータ」や「インターネット」も、好ましく感じる人もいれば、そうでない人もいる。

 とか考えると、この本で語られる物語は、果たしてどこまで信用していいのやら。

 なんて小難しく考えながら読み始めたが、物語の主人公カレンの辿る探求の旅は、冒険SF物語として普通に面白かったりする。

 なにせ出てくるガジェットが豊富で、しかも気が利いてる。

 時おり入る「補足」で展開するガジェットは、それだけで短編が書けそうな楽しいアイデアばかり。最初に出てくる「エンパシニック」から、なかなか深い考察が展開する。これは気分を変えるクスリだ。なんか麻薬みたいだが、もっとキメ細かい制御ができて…。本当にあったら、私はきっとドップリ依存するだろうなあ。

 また年寄りのSF者を喜ばせるクスグリもアチコチに埋め込んであって。「ステープルドン級」は、当然アレだろうなあ。カレンの相方となるリンジーも、右腕がアレってw かと思うと、ファインベン博士の依存症?も、なかなか楽しい。うん、こりゃ拍手するしかないよなあ。

 そして彼ら探索隊が向かう惑星タヴ、これがまたケッタイなシロモで。物語(の語り)は更に信用できないものへと変貌してゆく。

 というと難しいメタフィクションみたいだし、実際にそういう面も強いのだが、時おり唐突に入るお下劣ギャグが、読み手の真面目な考察をズタズタにしてしまう。なんだよ*って。いや私は好きですがw 結局、読者に考えさせたいのか考えさせたくないのか。

 語られる物語は、一見わかりやすい冒険物語に見える。だが大枠には、「装置が紡ぎ出した物語を翻訳したもの」という仕掛けがあり、随所に挟まれた無意味そうな数字の羅列や読者への呼びかけで、読み手の思考はメタな構造へと引き戻される。

 会話の中で交わされる「言語」や「概念」の再帰的な構造や、視点のレイヤーによる解釈の違いなど、次々と繰り出される難問に頭を抱えつつ、次第に宇宙の構造が見えてくる…ような、見えてこないような。

 最後まで煮え切らない感想ではあるけれど、確かにこの作品はSFだ。SF以外に、こんな作品を受け入れるジャンルはない。頭をシェイクされ、「よくわからないけど、なにかとんでもないものを読んでしまった」、そんな気持ちを味わいたい人向け。

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2015年5月 5日 (火)

ジョン・H・ロング「進化する魚型ロボットが僕らに教えてくれること」青土社 松浦俊輔訳

「いったい、生物学とロボットに何の関係があるんだい?」
  ――第1章 なぜロボットか

KISS原理では、まず簡単なことをする。そして簡単なことが結局ものすごく複雑だということになる。
  ――第7章 進化トレッカー

【どんな本?】

 魚ロボット、タドロ。洗面器に尻尾をつけたオモチャに見える。魚というより、たらい舟のミニチュアみたいだ。ジョン・H・ロング先生と研究室の学生たちは、これを水槽に浮かべ、明かりをつけたり消したりしてる。

 一体、彼らは何をやってるんだ? 大学の生物学教授が、厳しい競争を経て入学した学生たちを集め、オモチャで水遊びか? 税金の無駄遣いじゃないの?

 魚のロボットを作り、自らの仮説を検証する研究の過程を詳しく語り、現代の科学研究の具体例を示す事で、科学者が日頃何を考え何をやっているかを明かすと共に、どのように科学の実験が行われているかを語り、また現代のロボット技術の一例を示す、一般向けの少し変わった科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Darwin's Device - What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology, by John H. Long, 2012。日本語版は2012年8月29日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約280頁。9ポイント46字×18行×280頁=約231,840字、400字詰め原稿用紙で約580枚。普通の長編小説の分量。

 文章は比較的にこなれている。一部に数式や力学の話、そしてソース・プログラムが出てくるが、大半は素人にもわかるように説明しているし、わからなかったら読み飛ばしてもいい。キーとなるのは、剛性(→Wikipedia)ぐらいだろう。それより重要なのは、生物学の進化の概念(→Wikipedia)。

 中学卒業程度の理科と数学がわかればついていけるが、専門的な事柄を語るときは少し言葉遣いが堅くなるので、そこでビビるかどうかが評価の分かれ目。それと、動く物を自分で作った経験があればなおよし。ハードウェアでもソフトウェアでも、ミニ四駆でも構わない。

【構成は?】

 前提から順々に語る形なので、素直に最初から読もう。

  • 1 なぜロボットか
    • 魚への愛のために
    • フィールドから研究室へ
    • カジキの背骨の力学的デザイン
    • 魚好きの科学者は何をすべきか
    • 身体性ロボットの総合的方式
    • 過去の再構成
  • 2 生命のゲーム
    • ルール
    • 個体は淘汰されるものであって進化はしない
    • 自然淘汰は集団を進化させる
    • 違いが生じる
    • 進化的変化の測定
    • 進化バイオロボット工学
  • 3 エヴォルヴァボットの開発
    • 名前がなければ始まらない!
    • 再現するための設計
    • 設計上の問題1 どの動物をモデルにするか、それはなぜか。
    • 設計上の問題2 その動物のどの特徴をエヴォルヴァボットに与えるか、それはなぜか。
    • 設計上の問題3 その動物の世界のどういう特徴をモデルするか、それはなぜか。
    • 設計上の問題4 かける淘汰圧はどういうもので、なぜそれを選ぶのか。
    • 設計上の問題5 エヴォルヴァボットとその世界の総体で、動物とその世界をどう再現するか。
    • 設計上の問題6 エヴォルヴァボットが標的の動物の優れたモデルかどうかをどうやって判定するか。
    • 合言葉はKISS
  • 4 生命のゲームをプレーするタドロ
    • ロボットの進化のさせ方 熱心な科学者による、小規模あるいは中規模の村が必要
    • 予想外のことの説明
    • 進化の機構 三頭政
    • 構造剛性の遺伝学
    • 構造剛性の進化
    • 行動に対する淘汰と集団の進化的反応
    • タドロ3は何を教えてくれたか
    • 仮説の反証
  • 5 身体性の心の生活
    • 知能を持った(人工)生命探し
    • タドロのノウハウ
    • タドロ3の身体的脳
    • 脳はコンピュータか
    • 脳の基礎のおさらい
    • 身体的感覚・運動系としての神経回路
    • 身体性知能 賢い体があるのに誰が脳を必要とするのか
    • 身体性で状況性のエージェント
    • とうとうタドロ4 食べて、食べられないように
  • 6 捕食者、被捕食者、脊椎骨
    • タドロ3の問題点がタドロ4づくりの役に立つ
    • タドロ4へ向かう途中、デジタルに寄る
    • 身体性に戻る
    • 脊椎骨なしにはプレーできない
    • 脊椎の諸特徴は独立に進化するか、それとも一体で進化するか
    • 本当にすごい三つの仮説をタドロ4でテストする
    • おやすみ
  • 7 進化トレッカー
    • 進化地形の地図づくり
    • 進化バイオロボット工学の限界
    • 失われた時を求めて
    • 推進用のひれ足を作る
    • ひれ足は二枚か四枚か
    • マドレーヌ・ロボットの製作
    • 他の進化トレッカー
  • 8 さようなら、そしてロボット魚をありがとう
    • 魚をヒントにする
    • 戦争に備えるバイオロボット魚
    • 戦争ごっこ
    • もう戦争は勉強しない
    • 進化する軍用ロボット 新しい軍備競争は秘密ではない
    • 指揮系統
    • エヴォルヴァボットが良心を得る
    • 結び、そして始まり レトロ未来主義
  • 謝辞/訳者あとがき/原註/索引

【感想は?】

 この本の主役タドロは、35頁に写真が出てくる。これを見る限り、小学生の男の子が喜びそうなオモチャだ。

 洗面器に動く尻尾をつけたようなシロモノ。魚というよりタライ舟。魚ロボットと言っているが、水面に浮かんでるだけ。仕掛けも(最初の版は)とても単純。光センサーが一つ、動く尻尾が一つ。センサーが受けた光に応じて、尻尾を動かす。

 なぜそんなケッタイなオモチャを作るのか。それがこの本の序盤のテーマだ。キモは、洗面器につけた尻尾。

 ここで進化の話が出てくる。「脊椎骨(→Wikipedia)は脊索(→Wikipedia)から少なくとも三度進化したらしい」。そして三度とも、似たようなデザインになっている。どうやら柔らかい脊索より、硬い脊椎骨を持つほうが、生き延びて子孫を作るのに向いているらしい。じゃ、それを実験で確かめてみよう。

 とはいえ、実際に生きている魚の脊椎骨を変えるのは難しい。そこでロボットを作り、脊椎骨=尻尾の硬さを色々と変えて生存競争をシミュレートし、一定の硬さに収斂するか確かめよう、となった。

 ここで素直に実験結果を出すのが普通の科学解説書だが、本書は違う。なぜロボットか、どんな実験をするのか、それはどんな条件をつけどう計画したのか、こと細かく描いてゆく。これが本書の大きな特徴だ。

 何のために、そんな事をする? それは、科学的な考え方・科学の方法を語るためだ。科学者は何をどう考え、どうやって問題の解を探すのか。その過程で、どんな問題があって、どう解決するのか。遊んでいるように見える実験の、本当の目的は何か。 それを語るのが、この本のテーマだ。

 そう、「考え方」がテーマなのである。それを象徴するのが、「第3章 エヴァルボットの開発」の冒頭だ。ここでは、ロボット作成をエンジニアに頼んだ時のゴタゴタを描いている。エンジニアなら、ここで大笑いするだろう。

 なにせロング先生、ロボットを作る仕事を頼む際、「何をするロボットなのか」がわかってないのだ。要求仕様がないのである。まっとうなエンジニアなら、そりゃ怒るだろう。

 「時速○kmで泳ぐロボット」なら、作れる。「その際の電力消費量」を指定してもいい。「重さは□kgに抑えてくれ」オーケー、ただし予算が嵩みますよ。だが、作ってみて、それがどう動くのか確かめたいって、どういうこっちゃ。ナメとんのか、おどれ。

 満たすべき条件、進むべき目標があれば、エンジニアはそこに向かって進める。だが、科学者は違う。「こんな条件の時にはどうなるのか」を調べるのが、科学者の仕事だ。科学者と工学者、一見似たような仕事だが、仕事の手順、または根本的な考え方が、実は正反対なのだ。

 仕方なく研究室の学生たちを使ってタドロを作る事にしたロング先生、だかここでも様々な問題に突き当たる。尻尾の材質はどうするか。硬さはどう変えるか。そして、肝心の生存競争を、どうシュミレートするか。

 かくして、タドロの仕様は刻々と変わってゆく。と共に、実験の手間もどんどん膨れ上がってゆく。何百回も尻尾の硬さを調整し、泳ぐ様をビデオに撮り、ビデオを見て食餌にありついた回数を数える。ベルトコンベアー工場で働く労働者のように、単調な繰り返しの実験が続く。

 だがしかし。やっと出た結果は、仮説を裏切るものだった。わはは。

 笑っちゃいけない。ロング先生も学生も、ガックリ落ち込んでいるのだ。だが、研究者に限らずエンジニアだって、似たような経験をしている。巧くいくと思った仕掛けが、大ハズレだった経験、ありませんか? 私は何度もあります。

 仮説が間違っていたのか。実装で失敗したのか。実験方法がマズかったのか。計測でポカしたのか。今までの苦労はなんだったんだ。

 など大小の挫折を何度も繰り返し、タドロ3はタドロ4へと改善されてゆく。このタドロ3のソース・プログラムも掲載しているが、実に単純なのに驚く。しかも、ソースの多くは型変換で、演算処理はほとんどない。にも関わらず、一見賢そうな動きを見せるから面白い。

 という事で、「単純な条件反射でも賢そうな行動ができる」事を示した後に、脳の働きを経て、終盤ではロボットの軍事利用へと話が進んでゆく。ここで展開するロボット兵器の未来は、なまじ説得力があるだけに、実に背筋が凍るシロモノだ。首相官邸屋上でドローンが見つかり大騒ぎしている今、このシナリオには切実なリアリティがある。

 生物学や力学を基礎に置きながらも、ロング先生の思索は「進化とは何か」「知能とは何か」「脳とは何か」「シミュレーションと実物実験の違い」などを寄り道しながら、ゆっくりと進んでゆく。半ば科学者のお仕事紹介、半ばエッセイ集のような、少し変わった一般向けの科学解説書。

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2015年5月 3日 (日)

鵜飼保雄「トウモロコシの世界史 神となった作物の9000年」悠書館

 トウモロコシはイネ、コムギとともに三大作物といわれる。世界の栽培面積や生産量ではイネ、コムギを超えている。にもかかわらず、トウモロコシはイネやコムギにくらべて地味な印象を与える。それは現在、多くの国々で人間の食べ物としてより、家畜飼料や工業用原料として消費されることが多いからであろう。
  ――はじめに

【どんな本?】

 映画館でお馴染みのポップコーン、匂いが香ばしい焼きトウモロコシ、メキシコ料理のタコスなどでお馴染みのトウモロコシ。また、フィールドオブ・ドリームスなどのアメリカ映画では、背の高いトウモロコシが延々と連なる畑の風景が、田舎を示すアイコンとなっている。

 私たち日本人はトウモロコシといえば焼きトウモロコシのスイートコーンを思い浮かべるが、実際には様々な品種があり、その多くは家畜の飼料用であり、実に加え茎や葉も使われている。

 この奇妙な穀物を、ヒトはいつ・どこで見つけ、どう栽培し、どう利用してきたのか。その原種は何か。どんな経路で世界に広がり、どんな品種が好まれたのか。誰が何を目指しどのように品種改良し、どんな品種を作ったのか。イネやコムギと比べ、どんな特徴があるのか。

 育種学の第一人者が、トウモロコシの歴史と性質と現在の生産・利用状況を、一般の読者に向けわかりやすく解説する、歴史・地理・科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月15日初版第1刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約357頁。9ポイント48字×19行×357頁=約325,584字、400字詰め原稿用紙で約814枚。長編小説なら長めの分量。

 日本人の著作だけあって、文章はこなれている。ガチガチの専門家が書いた本のわりに、内容も拍子抜けするほどわかりやすい。ひっかかりそうなのは、染色体の倍数体(→Wikipedia)ぐらいか。植物の栽培の話なので、当たり前だが畑仕事や庭仕事に詳しいほど楽しめる。また、全般的に南北アメリカ大陸を舞台とした場面が多いので、地形が分かる地図があると便利。

【構成は?】

 まずトウモロコシの基礎知識から始まり、原初の歴史から現代へと進む形なので、素直に頭から読もう。

  •  はじめに
  • 第1章 作物としてのトウモロコシにはどのような特徴があるか
    • トウモロコシとその生産
    • コムギ、イネとくらべたトウモロコシの特徴
      • 1.起源地は新世界
      • 2.繁殖様式は他殖性
      • 3.品種は遺伝的にヘテロ性が高く、しかも個体間で異なる
      • 4.進化における倍数性の関与
      • 5.形態が大きく、また雌雄器官が特異的である
      • 6.光合成における炭酸合成回路がイネ・コムギと異なる
      • 7.栄養上のちがい
      • 8.収量と収穫倍率が高い
      • 9.用途は食用だけでなく、飼料、工業用原料としても用いられる
    • トウモロコシと近縁野生種の分類
    • トウモロコシのもつ染色体とゲノム
    • 穀粒の粒質により分類したトウモロコシの種類
      • 1.ポップコーン
      • 2.フリントコーン
      • 3.フラワーコーン
      • 4.デントコーン
      • 5.スイートコーン
      • 6.ワキシーコーン
      • 7.ポッドコーン
  • 第2章 トウモロコシの起源地と祖先の探索
    • トウモロコシはどこで生まれたか
    • 植物石を用いた起源地の研究
    • トウモロコシ戦争 トウモロコシの祖先探しの競争
      • 1.テオシンテ説
      • 2.三者仮説
      • 3.そのほかの説
    • アイソザイムとDNAが明らかにしたトウモロコシの祖先種
      • 1.アイソザイムと葉緑体DNAによる解析
      • 2.核内DNAによる解析
      • 3.パルヴィグルミス亜種とトウモロコシの比較
      • 4.テオシンテがどのようにしてトウモロコシへと進化したのか
  • 第3章 先史時代のトウモロコシの発掘と初期の伝播
    • 西半球最初の農民
      • 1.アメリカ大陸への人類の移住
      • 2.アメリカ先住民による農業の開始
    • 北米 ディックらによるバット洞窟の発掘
    • メキシコ サンマルコス洞窟、ギラ・ナキツ洞窟、バルサス川流域の発掘
      • 1.マクネイシュによるテワカン川谷の洞窟の発見
      • 2.フラネリによるオアハカのギラ・ナキツ洞窟の発掘
      • 3.ラネレとピペルノによるバルサス川流域の洞窟探索
      • 4.先史時代のトウモロコシ
    • 南米 ペルーでの発掘
    • メキシコの起源地からの周辺地域への伝播
      • 1.メキシコ内の伝播
      • 2.北米大陸と南米大陸を結ぶ架け橋 パナマ
      • 3.南米エクアドル
  • 第4章 コロンブス以前のアメリカ大陸における農業とトウモロコシ
    • メソアメリカ
      • 1.オルメカ文明の農業
      • 2.マヤ文明の農業とトウモロコシ
      • 3.テオティワカン文明
      • 4.アステカ王国の農業
    • 南米の古代アンデス文明
      • 1.先土器文化
      • 2.プレ・インカの時代 1)チャビン文明
      • 3.プレ・インカの時代 2)モチェ文化
      • 4.プレ・インカの時代 3)ナスカ文化
      • 5.プレ・インカの時代 4)ワリ文化
      • 6.プレ・インカの時代 5)ティワナク文明など
      • 7.インカ帝国
    • 北米の農業とトウモロコシ
      • 1.北米の地形と気候
      • 2.北米の農業
      • 3.北米のトウモロコシの伝播
      • 4.北米先住民が用いたトウモロコシ品種とその栽培
      • 5.北米先住民のトウモロコシ神話と儀式
    • 新大陸先住民によるトウモロコシの改良
  • 第5章 コロンブス以降の南北アメリカ大陸におけるトウモロコシ
    • コロンブスが出会ったトウモロコシ
    • スペイン人による侵略と植民政策
      • 1.コルテスとアステカ帝国
      • 2.ピサロとインカ帝国
      • 3.南米の惨状とラス・カサスの告発
      • 4.スペインによる征服後のメキシコ
    • コロンブス以後の北米大陸のトウモロコシ
      • 1.スペイン人エルナンド・デ・ソト
      • 2.英国ヴァージニア会社
      • 3.ピルグリム・ファーザーズ
      • 4.入植者を助けた先住民の協力
      • 5.16世紀以降の北米先住民の農業
      • 6.農耕に適さない地域
      • 7.先住民によるトウモロコシ栽培の実際
      • 8.先住民社会における男女の役割分担
      • 9.先住民のトウモロコシの食べ方
      • 10.入植者と先住民の戦闘
    • トウモロコシが支えた米国人の生活
      • 1.北米入植者の農作業
      • 2.独立宣言後の米国とトウモロコシ
      • 3.南北戦争の時代
    • コーンベルト
      • 1.コーンベルトの形成と発展
      • 2.コーンベルトのトウモロコシ品種
      • 3.コーンベルト農業の改革
  • 第6章 米国の近代化とトウモロコシ
    • 雪が降った夏とフリントコーン
    • ポップコーンの普及に貢献したクレターズ
    • トウモロコシがもたらした栄養不足ペラグラ
    • 中国で発見されたワキシーコーン
    • 甘いトウモロコシ――スイートコーン
    • スーパースイートコーンをつくりあげたラーフナン
  • 第7章 トウモロコシのヨーロッパおよび周辺地域への伝播
    • ヨーロッパ各国への導入
      • 1.コロンブス以前
      • 2.コロンブス以後
    • 文字や工芸による記録
    • ヨーロッパの国別の栽培状況
      • 1.スペイン
      • 2.ポルトガル
      • 3.フランス
      • 4.イタリア
      • 5.バルカン半島
      • 6.ロシア、カルパティア、コーカサス
      • 7.近東
  • 第8章 アフリカへの伝播
    • ヨーロッパ人が来るまでのアフリカ
    • 奴隷貿易
    • アフリカの農業の特徴
    • アフリカノトウモロコシ 伝播と栽培と利用
      • 1.アフリカ西海岸(サントメ島・ギニア・セネガルほか)
      • 2.アフリカ東海岸(エジプト・エチオピア・マダガスカルほか)
      • 3.アフリカ内陸(コンゴ・ケニア・ウガンダほか)
      • 4.アフリカ南部(アンゴラ・ザンビア・マラウイ・レソトほか)
    • アフリカのトウモロコシ品種
    • アフリカにおけるトウモロコシ以外の作物
  • 第9章 中国およびその周辺アジア諸国への伝播
    • 中国への伝播
    • そのほかのアジア諸国への伝播
  • 第10章 トウモロコシの日本への伝来
    • 天正年間に伝来したカリビア型のトウモロコシ
    • 明治に伝来した北方型フリントコーンとデントコーン
      • 1.北海道のトウモロコシ
      • 2.組織的な育種試験の開始
      • 3.生活の中のトウモロコシ物語
    • スイートコーン
    • 札幌の焼きトウモロコシ
    • ポップコーン
  • 第11章 画期的な多収品種ハイブリッドコーンの開発
    • 19世紀米国のトウモロコシ
    • 雑種強勢という現象の発見
    • ウイリアム・ビールと品種間交雑
    • シリル・ホプキンスによる穀粒成分の選抜と一穂一列法
    • ジョージ・シャルによる近交系間交雑による雑種強勢の発見
    • エドワード・イーストの単交雑実験
    • ドナルド・ジョーンズによる複交雑の提案
    • 単交雑によるハイブリッド・コーンの普及
    • ハイブリッドコーンをつくるための近交系の育成
    • 交雑の手間を省くための細胞質雄性不稔の利用
      • 1.自殖を防ぐ方法
      • 2.雄性不稔
      • 3.ごま葉枯れ病の大発生
    • その後
    • 米国から世界へ
      • 1.メキシコ
      • 2.ヨーロッパ
      • 3.アフリカ
      • 4.ソ連
      • 5.中国
    • 日本のハイブリッドコーン
      • 1.カイコではじまった日本のハイブリッド品種
      • 2.野菜のハイブリッド品種
      • 3.トウモロコシのハイブリッド品種育成の前夜
      • 4.品種間交雑によるハイブリッド品種
      • 5.ハイブリッド品種の時代
      • 6.トウモロコシの採種事業と雄性不稔系統の利用
      • 7.単交雑ハイブリッドのための近交系の作成
  • 第12章 遺伝子組み換えトウモロコシ
    • 20世紀における遺伝学の発展
    • 遺伝子組み換え技術の開発
    • Btトウモロコシ
    • 除草剤耐性トウモロコシ
    • スターリンク騒動
    • GMOの利用上の問題
      • 1.作物種子の自家採種の禁止
      • 2.除草剤耐性の雑草や毒素抵抗性の害虫の発生
      • 3.標的外害虫へのBt毒素の影響
      • 4.Bt毒素や除草剤が土壌および水系の環境に及ぼす影響
      • 5.遺伝子の水平伝達
      • 6.遺伝子組み換え体の遺伝子が全生物界に拡散する危険
      • 7.アレルゲン
      • 8.GMO食品のラベリング
      • 9.GM食品の利用は慎重であるべき
  •  引用文献/索引(人名、事項)

【感想は?】

 焼きトウモロコシとポップコーンが違う品種だとは知らなかった。

 焼きトウモロコシはスイートコーン=甘み種、ポップコーンはポップコーン=爆裂種。違う品種なのだ。お菓子かと思ったら、「アメリカ大陸の古代社会で最も古くから食用とされてきた」「ポップコーンこそトウモロコシの原型」だとか。

 トウモロコシはみんな甘いのかと思ったら、それも違う。大半のトウモロコシはデンプンが多い。これが突然変異の劣勢遺伝で、蔗糖を多く含む品種ができた。これがスイートコーン。ただし初期の品種は「収穫後にわずか30分で甘みが減る」。トウモロコシは、糖をデンプンに合成しちゃうのだ。…ってことは、収穫直後の新鮮なトウモロコシほど甘いのか!

 まあいい。問題は、劣勢だって点。しかもトウモロコシは基本的に自家受粉しない、つまり他の穂の花粉から受粉するんで、他の品種の花粉を貰っちゃうと、甘みが消えちゃう。デリケートなんだなあ。

 などと美味しそうな話も多いが、中心は歴史の話で、しかも舞台の多くは南北アメリカ大陸。これはトウモロコシの起源がメキシコのバルサス川周辺だからで、そこから南北へ広がっていったらしい。だからメキシコじゃタコスを食べるのか。元が低緯度地方の植物なので、いろいろと苦労しながら高緯度地方へと広がって行く。

 ここで出てくる耕作法が、畑と水田のいいとこ取りみたいで賢い。アステカのチナンパは、「ヘクタールあたり2.4~4トンンに達し、アジアの水田耕作にも匹敵した」し、ボリビアのティナワク王国のスカコラスは「近年の実験結果では、ジャガイモをスカコラスで栽培すると、化学肥料や農薬を利用する近代農法によるよりも多収になった」。すげえ。

 いずれも理屈は似てる。畑を水路で囲むのだ。チナンパは「浅い湖沼の区画を木杭などで囲」い、中に水辺の草や水底の泥を積んで畑にする。肥えたいい土になるだろうなあ。そして区画の周辺、木杭の側には木を植えて補強する。おまけに周囲の湖沼の水路が養分を運んでくる。

 スカコラスは、礫の上に表土を被せた畑で、周囲を水路が囲う。こっちはトウモロコシじゃなくてジャガイモだが、水路は温度調整の役目も果たす。「昼間の太陽光を吸収して気温上昇をやわらげ、夜間に放熱」するのだ。しかも、水路に「堆積した物はくみ上げて肥料とされ」「水路には魚が放たれていた」。なんと賢い。

 もしかして礫を土台にしてるのは、塩害を防ぐためだろうか?いずれにせよ、水が豊かな地域で利水技術が充分に発達してる必要があるし、造成にかなり手間がかかるんで、社会が大規模に組織化されていた事がうかがえる。

 これが北米に渡り、やはり農耕に使われる。北米の先住民も、実は農耕してたのだ。例えばイロコイ連邦だと、「部族によっては三年分の貯えがあった」。が、逆に、西洋人の到来で狩猟に戻っちゃった例もある。シャイアン族だ。ウマを手に入れたシャイアン族、バイソン狩りに専念して「農耕に従事することは稀になった」。

 というわけで、映画や西部劇で見る北米先住民の姿は、元々の姿とだいぶ違っている事がわかる。

 このトウモロコシが、旧大陸に受け入れられていく過程も楽しい。そもそも名前が混乱してる。日本じゃトウ-モロコシと、まるで中国産みたいだ。ヨーロッパじゃトルココムギと呼ばれ、トルコではエジプトコムギと呼び、エジプトではシリアコムギ。ばかりでなく…

フランス東部のヴォージュではローマコムギ、南東部のプロヴァンスではギニアコーン、イタリア中部のトスカーナではシチリアコーン、スペインの国境地帯ピレネーではスペインコーンなどである。

 ちなみに corn、アメリカとイギリスじゃ意味は違う。「イングランドではコムギ、スコットランドではエンバク」「米国ではトウモロコシ」。トウモロコシの呼び名は「英国ではメイズ(maize)、フランスではマイス(Maïs)、ドイツではマイス(Mais)」。Water Boys に Corn Circles(→Youtube)って曲があるけど、ありゃ小麦畑のミステリー・サークルの事だったのか。

 終盤では、19世紀以降の北米での品種改良の話が中心となる。基本的に他殖性のトウモロコシ、自殖を繰り返すと貧弱になる。だもんで、イネみたく純系を作るのが難しい。ところが純系(に近い)もの同士を掛け合わせると、一気にパワフルになる。いわゆるハイブリッド、雑種強勢だ。これにも様々な工夫があって…

 と工夫の甲斐あって、1930年代あたりまでヘクタールあたり1.6トンぐらいだった収穫量が、2000年には8~9トンに跳ね上がってる。この急激な生産性の上昇を見て感激したのが1959年に訪米したフルシチョフだが、当事のソ連じゃルイセンコ(→Wikipedia)が幅を利かせ…。政治が科学に口出しすると、ロクな事にならないという見本だね。

 終盤では、遺伝子組み換え作物の話も出てくる。著者の姿勢は、「どんな影響があるかわからないんだから、慎重にいこうよ」という態度。その裏づけとして、製品化されてから判明した不具合の具体例を幾つか挙げている。これがなかなか説得力があって。

 農作物は工業製品と違い、露天で栽培する。だもんで、どうしても昆虫や土中の細菌に触れてしまう。その昆虫は鳥が食うし、周辺の水系にも影響を与える。花粉は他の畑に飛んでいくし、遺伝子の水平移動もある。工場じゃないんだから完全な隔離はできないし、昆虫→鳥みたいな二次・三次的に伝播・影響が広がっていく。

 それ全部を検証して「安全です」なんて言うのは無茶だよね、だから慎重にいこうよ、というわけ。「どんな影響があるかわからない」ってのがミソで、わからない事を「わからない」とハッキリ言っちゃう人は、誠実だと私は思う。専門家として祭り上げられると、なかなか「わからない」って言えないんです、はい。

 贅沢を言うと、トウモロコシが畜産、特にウシに与えた影響も加えて欲しかった。牧草から濃厚飼料への移行は畜産に大きな違いをもたらしたと思う。ただ、この本が扱うべき内容か、と考えると、ちと違うかも。

 241頁の「19世紀末におけるアフリカ諸国のおける摂取カロリー中のトウモロコシが占める割合」を見ると、マラウイ・ザンビア・ジンバブエ・レソト・南アフリカで45~59%を占めてて、今でもマラウイじゃ自給自足でトウモロコシを食べてる(→Wikipediaのマラウイの経済)。とすると、アフリカじゃ国家の浮沈に直結する作物なんだなあ。

 様々なトウモロコシの品種、南北アメリカ大陸での様々な栽培方法、他の国々での色々な受け入れ方などの歴史的な話も楽しいし、19世紀以降の品種改良の話も科学読み物として面白い。一級の専門家が書いた本のわりに、意外と内容も噛み砕いていて、難しい知識がなくても読みこなせる。難点は、焼きトウモロコシを食べたくなる事かな。

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