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2015年5月11日 (月)

ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 2

「安心したまえ、フォン・コルティッツ将軍」モーデル元帥は言った。「コヴェルで40分かかったのが、パリでは40時間かかるかもしれない。しかし、仕事を終わったときには、パリは跡形もなくなっているだろうからな」
  ――第一部 脅威

「ヨードル」ヒトラーはテーブルを拳固でたたき、重ねて怒号を続けた。「私は知りたいのだ――パリは燃えているのか? いま、この瞬間、パリは燃えているのか? イエスかノーか、ヨードル、どうなのだ?」
  ――第三部 解放

 ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール「パリは燃えているか? 上・下」早川書房 志摩隆訳 1 から続く。

【どんな本?】

 1944年8月。ノルマンディより上陸した連合軍に対し後退を続けるドイツ軍。ヒトラーはパリ司令官にディートリッヒ・フォン・コルティッツを指名し、「撤退時はパリを廃墟にしろ」と命じる。だが連合軍総司令官ドワイト・D・アイゼンハワーは補給困難を理由にパリを迂回するつもりだった。これに異を唱えるドゴールだが、その声は届かなかった。

 同じ頃、パリでは、連合軍の前進に勢いづくレジスタンスが、拳銃と火炎瓶の貧弱な武装でドイツ軍への蜂起を計画していた。早すぎる蜂起はドイツ軍の弾圧を招き、市民の虐殺とパリの破壊へと発展するだろう。

 後に「おおエルサレム!」や「今夜、自由を」などの傑作を輩出するラリー・コリンズとドミニク・ラピエールのジャーナリストのコンビが、第二次世界大戦中のパリ解放の模様を、数百人に及ぶ取材と膨大な資料を元に再現する、20世紀のドキュメンタリーの決定版。

【感想は?】

 前の記事では、同様の状況で廃墟になってしまったワルシャワの事を書いた。実は西部戦線でも、ワルシャワと似た運命を辿った都市がある。パス・ノルマンディーの都市、カーン(→Wikipedia)だ。こちらは主に連合軍の航空攻撃や砲撃の被害が大きかったようだ。

 つまり、パリが廃墟にならなかったのは、関係者の必死の努力と奇跡的な幸運の賜物なのである。

 この本は、いかにしてパリが燃えずに済んだかを中心に、パリ解放の模様を様々な視点で再現するドキュメンタリーだ。ラピエール&コリンズの著作の魅力は色とりどりの人物が登場する事で、それはデビュー作であるこの本にもはっきりと現れている。

 最も登場場面が多いのは、当事のドイツ国防軍パリ司令官ディートリッヒ・フォン・コルティッツ(→Wikipedia)中将。曽祖父から続く軍人の家系で、自他共に認めるコチコチの軍人。パリ司令官に抜擢された理由も、その揺ぎ無い忠誠心を買われたからだ。軍歴もそれを照明している。

 セバストポール攻略戦(→Wikipedia)では4800名の連隊を指揮し、1942年7月27日には347名にまですり減らしながらも勝利に貢献する。後に中央軍集団に配置され、撤退する部隊の後衛として、命令に従いロシアとウクライナを焦土に変えて行く。

 東部戦線の地獄っぷりはアントニー・ビーヴァーの「スターリングラード 運命の攻囲戦」や「ベルリン陥落」が詳しいが、下手なホラーよりエグい描写が延々と続くのでグロ耐性のない人には勧めない。なんにせよ、フォン・コルティッツという人は、命令とあらばどんなに残酷な任務でも素直に従う軍人だったのだ。

 そのフォン・コルティッツ将軍の気持ちを動かしたものは、大きく分けて三つだろう。一つは敗色濃厚な戦況。二つ目は、総統ヒトラーのイカれ具合。パリ司令官の人を仰せつかりラステンブルクで総統に会見した際、フォン・コルティッツは疑惑を抱いてしまう。「もしかしいてコイツ、狂ってるんじゃね?」

 三つ目が、もう一人の重要登場人物、スウェーデン総領事ラウール・ノルドリンク。パリ駐在外交団首席の立場を利用し、多数の政治犯つまりレジスタンスの解放を新しい司令官に交渉するつもりだったのが、いつの間にかパリ破壊指令の阻止にも暗躍する羽目になる人物。

 コチコチの軍人だったフォン・コルティッツが、どのように心変わりしていったか。これが、本書の読みどころのひとつ。終盤、命令と自分の判断の板ばさみで悩む場面は、大きな決断で悩んだ経験のある人なら、きっと共感できるだろう。どっちかに決断しちゃえば楽になるんだが、なかなか決められないのだ、やっぱり。

 やはり強烈に印象に残るのが、シャルル・ドゴール。他の多くの本と同様に、傲岸不遜で頑固一徹、非妥協的で目的のためなら見方も騙す、強引な人物に描かれている。とまれ単に強引なだけじゃなく、パリ入城を巡る共産系レジスタンスとの駆け引きは実に巧みで、「権力」というものを知り尽くした狡猾な側面も存分に披露している。

 が、ラピエール&コリンズの魅力は、こういった有名人以上に、普通に市民生活を送る人々や、前線で戦う兵の描写でこそ光るものだ。

 中盤で印象的なのが、政治犯としてフレーヌ刑務所に収監されたピエール・ルフォーシューとその妻マリ=エレーヌの物語。ドイツへと列車で護送される夫ピエールを追い、マリ=エレーヌはパリから自転車で走り続けるのである。レジスタンスによるサボタージュなどで列車は遅れるが…

 ノートル=ダム寺院で朝のミサを担当していたロベール・ルプードル師も、運が悪い。日課でドゥーブル橋を散歩していた時、蜂起した警官がパリ警視庁を占拠、三色旗をはためかせる。下手に野次馬根性を出して見物にいったのが運のツキ、警視庁に押し込まれてしまう。やがて鎮圧に来たドイツ軍に包囲され、従軍神父を仰せつかってしまう。

 この警視庁蜂起には意外な人物も参加している。フレデリック・ジョリオ=キュリー(→Wikipedia)、あのキュリー夫妻の娘イレーヌの夫。彼は硫酸と塩素酸カリを持ち込み、ひたすら火炎瓶を作ってレジスタンスに供給するのだ。

 終盤では、両軍の将兵のエピソードが続々と続く。かつてゲシュタポにブチ込まれたフレーヌ刑務所を攻略する戦車操縦士ジャック・ヌアル二等兵曹、オテル・ムーリスの一階を守るミュンスター出身の老兵、自分の名が彫られた墓石を見つけるジョゼ・モリナ。

 もちろん、市民視点も豊富だ。ドイツ国防軍工兵の爆薬設置を停電で邪魔する電機屋フランソワ・ダルビ、コメディ・フランセーズにバリケードを築く役者たち、エッフェル塔に三色旗を掲げる消防士レイモン・サルニゲ、パリ一番乗りを争うヘミングウェイらジャーナリストたち。

 現代史上のトピックを、市民から政治家までの膨大な取材に基づき多様な視点でモザイク状に浮き上がらせる、現代のジャーナリストならではの力技を見せ付けるラピエール&コリンズの傑作デビュー作。その圧倒的なエピソードの量に眩暈を覚えるほどの大作だが、それだけに読了後の感慨も大きい。

 ドキュメンタリーの面白さを思う存分に楽しめる、現代ジャーナリズムの最高峰だ。ぜひ多くの人に読んで欲しい。

 次記事はおまけ。

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