サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 2
ラーザリ・ガガニーヴィッチ「スターリンは個人的関係というものを認めない。スターリンにとって、個人の個人に対する愛情などというものは存在しない」
――第29章 殺害される妻たちラヴレンチー・ベリヤ「君は優秀な職員だ。だが、強制収容所で六年も過ごせば、今よりもっと優秀な職員になれる」
――第45章 ベリヤ 実力者、夫、父親、愛人、殺人者、強姦魔ヨシフ・スターリン「北朝鮮は永遠に戦い続ければいい。なぜなら、兵士の人命以外に北朝鮮が失うものは何もないからだ」
――第55章 毛沢東、スターリン誕生日祝賀会、朝鮮戦争
【どんな本?】
サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ「スターリン 赤い皇帝と廷臣たち 上・下」白水社 染谷徹訳 1 から続く。
20世紀に世界を二分した一方の指導者、ヨシフ・スターリンとはどのような人間で、その政策はどの様に決まったのか。スターリンの周囲の者たちは、スターリンをどう思いどう振舞ったのか。大飢饉(→Wikipedia)・赤軍の大粛清(→Wikipedia)・第二次世界大戦・朝鮮戦争などに対し、ソヴィエトの指導者達は何を考えどう対応したのか。廷臣たちの浮沈はどのように決まり、彼らの私生活はどのようなものだったのか。
膨大な資料と精力的な取材を元に、英国の歴史家が再現する、赤い皇帝を中心とした宮廷のドキュメンタリー。
【感想は?】
先の記事に書いたように、上級者向けである。
この本でスターリンとその時代を学ぼうと思ってはいけない。ある程度はソヴィエトの歴史を知っている人が、その中枢について更に知るための本だ。またボリシェビキに好意的な人は不愉快になるだけなので、近寄らないほうがいい。加えてバタバと人が殺されてゆくので、グロ耐性のない人には厳しい。覚悟しよう。
権力を握ったスターリンたちは、1932年に大飢饉に直面する。いや現実には直面しているのだが、彼らはその現実を認めない。悪い報告をもたらす者は、中央委員会への敵対行為と見なす。無茶苦茶である。無茶苦茶だが、この本は最初から最後まで、似たようなエピソードが延々と続く。
ちなみに飢饉といえば、全く同じ事を毛沢東が大躍進で再現し、更にポル・ポトが繰り返している。少しは歴史を学べよ、と言いたいのだが…
捏造は彼らの得意技だ。そしてスターリンは歴史大好きだ。ということで、「スターリン主義に基づいてロシアの正史を書き直」すプロジェクトが始まる。当然、先の大飢饉もなかった事になる。歴史に学ぼうにも、その歴史が捏造されたものではどうしようもない。
同様に、スターリンはマクシム・ゴーリキーにイカれた提案もしている。社会的リアリズムの作家によって世界中の古典を書き直そう、と。「政治的に正しいおとぎ話」なんて本もあったが、それを大真面目にやろうというわけだ。
そのくせ権力闘争だけは、やたらと巧みだからタチが悪い。第11章ではセルゲイ・キーロフが暗殺される。この報を聞いたスターリンは、何の捜査もされていない段階で、左翼反対派の指導者グリゴリー・ジノヴィエフのテロと決め付け、「テロリスト」の粛清に着手する。事件を自分の都合のいい形に歪める術は長けていたわけだ。
この後、スターリンは続々と配下を始末して行く。自分のライバルになりそうな古株を駆除し、若手を昇格させる。始末する際の理由は幾らでもある。能率が悪い、腐敗している、事故が多い。すべて「破壊分子」の仕業、という事になる。
ということで、破壊分子の撲滅を目指し粛清が続く。その進め方もイカれている。地方ごとに粛清すべき人数のノルマを科し、達成させるのである。「ある鉄道路線では職員が全員逮捕され、まったくの無人状態になった」。密告が奨励され、孤児が増えてゆく。
粛清は軍にもおよぶ。ミハイル・ニコラエヴィッチ・トハチェフスキー元帥(→Wikipedia)は、機械化師団の創設を望んだ事が「破壊活動」とされて消される。
そこに冬戦争(→Wikipedia)だ。戦死者こそフィンランド約48,000:ソ連125,000と被害は大きいものの、国力の差はどうしようもなく、フィンランドは譲歩する。この時、政治委員として現地に向かったプラウダの編集長レフ・メフリスも出鱈目そのもの。「損害を確認したうえで、指揮官を全員射殺した」。
やがてバルバロッサ作戦が発動する。前からソ連のスパイは事前に情報を掴んでいたが、肝心のスターリンが都合の悪い報告を聞きたがらない。だからスパイも「スターリンが望む情報だけを提供した」。前線が攻撃を受けても「一部のドイツ軍人による挑発行為かもしれない」。
ってな大事なときにスターリンはフテ腐れて引き篭もる。「ドイツ軍が進撃を続ける一方、ソ連政府は丸二日間麻痺状態に陥っていた」。モスクワの目の前までドイツ軍が迫り大ピンチの所に、極東から嬉しい便りが届く。「日本には対ロシア攻撃の意図がない」byリヒャルト・ゾルゲ(→Wikipedia)。かくしてシベリア鉄道が大活躍、極東軍をモスクワへ運ぶ。
約2,600万人が亡くなって第二次世界大戦が終わると、チェチェン・カラチャイ・カルムィクなど反抗的な地域の人々を強制移住させる。
平和になったらなったで、再び幹部同士の密告合戦。だが美味しい話は我先にスターリンに報告したがる。原爆の成功をスターリンに報告するくだりは、ギャグじゃなかろかと思ってしまう。こういった醜さは最後まで続く。
スターリンが倒れた時、彼は一人で寝ていた。が、起床の時間になっても姿を見せない。警護担当の将校は、誰もスターリンの様子を見に行こうとしない。「怖くていけない」「君は私が英雄だとでも思っているのか?」発見後も、最初に連絡する相手は医者でなく政治家である。
集まった政治家も全く役に立たない。医師曰く「着衣は尿でぐっしょり濡れていた」って、誰もマトモに看護してない。
組織的な虐殺・密告・盗聴・残酷な拷問・野放図な私生活・権力者同士の足の引っ張りあいと、暗い場面ばかりが続く。よくこれで国が持ったなあ、と感心してしまう。と同時に、読み方によっては権力者におもねる方法も分かる。
別の読み方もできる。外国の新聞がモロトフやジューコフを持ち上げると、スターリンは不機嫌になった。人気を妬んだのだ。独裁者の国を骨抜きにするには、優れた手腕を持つ部下を他国のマスコミが誉めればいいのだ。そうすれば、独裁者が優秀な部下を始末し、無能な者だけが政権に残る。孫子も似たような事を書いていたなあ。
大真面目に繰り広げられたロシアン・ジョークの世界。色々とキナくさい今こそ、よまれるべき本なのかもしれない。
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