マデリン・アシュビー「vN」新☆ハヤカワSFシリーズ 大森望訳
シャーロットは vN だった。意思決定に影響するようなホルモンは体内に存在せず、ドーパミンやセロトニンの分泌量によって気分の浮き沈みのサイクルが生じることもない。腹痛や頭痛とは縁がなく、悪夢は見ないし二日酔いにもならない。
【どんな本?】
カナダ在住の新鋭SF作家マデリン・アシュビーの第一長編で、シリーズ《機械王朝》(Machine Dynasty)の開幕編。舞台は近未来のアメリカ。自己複製能力を持ち、自立的に動く人間そっくりのロボット vN が、人間と混じって暮している世界。vN の母シャーロットと人間の父ジャックに育てられた vN の娘エイミーが、祖母ポーシャと出合った時から始まる大騒動を描く、娯楽SF小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は vN : The First Machine Dynasty, by Madeline Ashby, 2012。日本語版は2014年12月25日発行。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約367頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント24字×17行×2段×367頁=約299,472字、400字詰め原稿用紙で約749枚。長編小説としては少し長め。
文章はこなれている。実は内容もそれほど難しくないのだが、最近のSFらしくソレっぽい用語が多いが、ハッキリ言ってハッタリなので「なんか響きがカッコいいな」程度に思っておけば充分。それより必要なのは、SF・アニメ・ゲームの素養。映画「ブレードランナー」,アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」,SF小説「ニューロマンサー」などのネタが仕込んであるので、知っているとニヤリとする。
【どんな話?】
エイミーは5歳の vN、自己複製する人間そっくりのロボット。vN の母シャーロットと、人間の父ジャックと暮している。ジャックはエイミーが人間と同じ早さで成長する事を望み、そのためエイミーの体は今も幼児のままだ。沢山食べれば、すぐに母シャーロットそっくりになれるのだが。
シャーロットの姉妹(系列、クレード)は、アメリカ南西部で、国境を越え行き倒れた不法移民を助けている。vN は人間が傷つくのを見るのが耐えられず、また苦しんでいる人間を見たら助けずにいられない。これは人間と共存するために仕込まれたフェイルセイフ(安全機構)だ。
平和な一家の生活は、エイミーの卒園式に打ち砕かれた。シャーロットの母でエイミーの祖母、ポーシャが現れたのだ。
【感想は?】
日本のアニメの流れを汲む、美少女ロボットのお話。
出だし、ジャック君の人生はオタクの理想そのものだ。妻のシャーロットは美しい vN(ロボット)で、可愛い娘エイミーにも恵まれている。今も多少の戸惑いはあるが、大方のところ、現在は楽しく幸せに暮らしている。娘の成長は楽しみだが、じっくり待つ計画性と辛抱強さも持っている。
ただ、vN は、日本のアニメに出てくる美少女ロボットとは少し違う。まず、自己増殖する。自分の子供を作るのだ。これは食べる量で調整できるらしい。また、子どもは、赤ん坊の姿で生まれてくる。成長はある程度コントロールできて、沢山食べれば早く成長し、食べなければゆっくり成長する。
そんなわけで、この世界には、ソックリのボディを持った vN が複数生きている。これを系列(クレード)と呼ぶ。そんなわけで、妻シャーロットにゾッコンなジャック君としては、エイミーの成長が楽しみだったり心配だったり。
ちなみにタイトルの vN も、この性質を現すフォン・ノイマン・マシン(→Wikipedia)に由来する。プログラム記憶型コンピュータを表すノイマン型コンピュータ(→Wiikipedia)とは違うのが、ややこしい。
ロボットは自己増殖し、その成長スピードは早い。そんなわけで、世界には vN が溢れていて、中にはゴミ箱を漁って生活する野良 vN までいたり。ちぃかよ。
などとオタクの妄想を惹きつけつつ、ひだまりスケッチな空気で始まった物語は、祖母ポーシャの登場で急転直下、一気にアサッテの方向へスッ飛んで行く。私はこのあたり、読んでて何が起こったのか、一瞬よくわからなかったが、まあ、アレだ。あたしってバカ。
そんなわけで、美女と美少女のロボットに囲まれウハウハ…な話だと思ってたら、とんでもなかった。こっちの思い込みを裏切る仕掛けは見事で。いやあ、登場間もないハビエルが苦しみはじめる場面は、考えてみれば当たり前なんだが、綺麗に背負い投げを食らわせてくれた。
ある意味、ロボットと人間の共生を描いた物語とも言える。解説にもあるが、やはり先行作品のエイミー・トムソンの「ヴァーチャル・ガール」を意識している部分もあるし。何より、ロボットが自己増殖するのが新しい。しかも、その増殖ペースがやたらと早い。かなり無茶だ、これじゃ人類圧倒されてヤバいじゃん、何考えて設計したんだ、と思ったら。
設計の無茶っぷりにも、ちゃんと説明をつけてあって、これがいかにも今のアメリカらしくクレイジーで楽しい。
とあれ。全般を通して、この自己複製機能が、物語を通した大きなテーマとなっている。ヒトより優れた能力を持つだけじゃない。ヒトより早く成長・増殖し、しかも増殖する志向を持つモノ。これは既にモノではなく、新種の知的生命体と言えるだろう。
このヤバいシロモノをヒトの支配下に置くために、ヒトは vN にフェイルセイフ(安全機構)を仕込んだ。ところが…
パソコンが普及した今だから通じる、細かいネタでもニヤニヤさせてくれる。睡眠と書いてデフラグとルビがふってあったり。でもこのネタ、もう少ししたら若い人には通じなくなるんだろうなあ。やっぱり同じ懸念がある青画面とかも、最近はまず見ないし。
はやりニヤニヤするのが、アニメやゲームのネタ。私はゲームはほとんどわからなかったけど、ユイとレイの母子はさすがにわかった。にしても、この扱いはヒドいw
などの小ネタを随所に挟みつつ、ド派手なアクションと映像化したら映えそうな場面を次々と繰り出だし、お話はどんどんアサッテの方向に転がって行く。美少女ロボット物と思わせて、お話の流れは古典の某名作(アホ毛があるのとないのと)などを彷彿させる終わり方だが、果たしてシリーズ全体としてはどこに向かうのやら。
これ単体でも一応の決着はついているので、長編として読んでも差し支えない。スピード感あふれる、娯楽SF長編。
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