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2015年4月10日 (金)

柴田勝家「ニルヤの島」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「俺は死んだら、そこへ行くんだよ」俺よりもっと浅黒い肌をして、灰色の鬚を散らしながらじいさんは言う。
「いつか、お前の父さんも母さんも、そしてお前も行くところだ」

【どんな本?】

 2014年の第二回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作であり、特異な風貌とキャラクターで注目を集める新人SF作家・柴田勝家のデビュー作。

 人生そのものをリアルタイムで記録し、いつでも再生できる技術、生体受像が普及した未来。この技術により故人の人生はいつでも再生可能になり、そのため死後の世界という概念は不要になった。ECM(ミクロネシア経済連合体)は、大環橋で接続され一体化が進み、従来のカヌーは無意味となりつつある。

 文化や生活スタイル、そして人生観が激変するミクロネシアを舞台に、自らの帰属や生き方を模索する人々を描く、長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約320頁に加え、東浩紀・神林長平・小島秀夫・塩澤快浩による第二回ハヤカワSFコンテスト選評10頁。9ポイント45字×19行×320頁=約273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。長編小説なら少し長め。

 新人らしく、小説としては文章がやや硬い。お話も少し取っ付きにくい。主な理由は二つ。まず、最近のSFによくあるスタイルで、説明なしにガジェットが出てくる。ただし、この作品では、後になってキチンと仕掛けや効果の説明があるので、わからなくても気にせず読み続けよう。もうひとつはお話の構成で、複数のストーリーが時系列をシャッフルして進む。最初は戸惑うが、互いの関係が見えてくる中盤以降は盛り上がるので、期待して待とう。

【どんな話?】

 2069年。文化人類学者のイリアス。ノヴァクは、再びECM(ミクロネシア経済連合体)のパラオ行政地区を訪れる。ガイドのヒロヤの祖父は、浜辺でカヌーを作っている。大型のシングル・アウトリガー・カヌーだ。既に海上道路網の大環橋が完成した今、遠洋航海カヌーは儀礼的な意味しかない。

 模倣子行動学者のヨハンナ・マルムクヴィストは、現地ガイドのトリーと食事している。ここで大環橋を伝って侵入したカニクイザルが繁殖し、今では島の人口より多い。外をモデカイト=統集派の葬列が行く。元はパラオ発祥の新興宗教だったが、今は世界唯一、そして最後の宗教となってしまった。

 タヤの体には、黒い三角形の模様がたくさんついている。私はこの模様が大好きだった。タヤは海に潜って、コバルトを掘る船を直す。私はここ、橋の街が好きだけど、タヤは嫌っていて、いつか出て行こうと言う。

【感想は?】

 色々な仕掛けが沢山詰まってる。中でも、私がいちばん気に入ったのは、大環橋。

 読み終えてから落ち着いて考えると、大環橋は物語のテーマを象徴する構造物なのかも。地図を見ると、ミクロネシアは日本の真南にある。赤道近辺に広がる多くの島々を結ぶ橋だ。

 これにより、ミクロネシアの社会は大きく変わって行く。今までは島ごとに独自の文化・風習があったのに、統一国家ECM=ミクロネシア経済連合体として、ひとつの社会へと溶け合ってゆく。その意味では、カニクイザルがヒトより一歩先を進んでいる。

 新しい社会の象徴がカニクイザルなら、消えてゆく古い社会の象徴がカヌーだろうか。かつては島々を結ぶ交通手段として、重要な役割を負っていたカヌーだが、大環橋に役割を奪われてしまう。

 その両者の過渡期に生まれた「橋の街」の風景も、ミクロネシア風サイバーパンクというか、私は大きく惹かれてしまう。特にワクワクするのが、マーケットの風景。迷宮のような大環橋の奥で、様々な島から来た得体の知れない連中が、様々な品物を売り買いする風景。品物が芋(たぶんタロイモ)やコプラ(→Wikipedia)や魚と、ご当地っぽいのが嬉しい。

 島と島がつながった、じゃまずは商売という生活力溢れるたくましさが、いかにも人間臭くて心地いい。

 そんな地(というより海)に足のついた生活はあるにせよ、その中でも人は生まれ死んでゆく。ただし、この世界での人の死は、我々の感覚と大きく違ってしまった。

 そのキーとなる技術が、生体受像。人の生活そのものを記録し、編集し、再生する技術だ。肉体が死んでも、記録を再生すれば、いつでも会える。今の我々が持っている「死」の概念そのものを、大きく変えてしまう技術だ。これにより、人々の価値観や宗教観は激変の時を迎えてゆく。

 ここで、この物語の仕掛けが生きてくる。大環橋も凄い技術だが、生体受像も革命的な技術だ。この技術が展開する舞台として、ミクロネシアを選ぶ発想が楽しい。多くの島の文化がぶつかり合うミクロネシアだからこその、独特の使い方が斬新だ。

 携帯電話が出始めた頃、日本で普及の先駆けとなったのは農家だった。畑に出かけた人を捕まえるのに便利だったからだ。世界的にも、携帯電話は、紛争地帯などのインフラの整っていない地域でシェアを伸ばしている。既存のインフラがない(そして整えても維持できない)ため、新しい技術が浸透しやすいのだ。

 コンピュータにしても、銀行などの金融機関は、古い COBOL のプログラムを継承するのに四苦八苦している。多くのエンジニアを抱えていても、既存のシステムを保守・維持するのに手一杯で、新しいサービスに手を出す余裕はない。新参の企業ほど、ネット系のサービスに積極的だったりする。

 などと考えると、新興国家のECMが生体受像を大胆に使うのも、なんか納得できちゃったり。

 は、いいが。最初に問題に突き当たるのも、先端を行くものだ。ヒトの価値観の中から、「死後の世界」が消える、この大変化に対し、世界では様々な軋轢が生まれ、時として暴力的な衝突にまで発展する。それは、この物語の舞台、ミクロネシアでも同じ。

 「死後の世界」の消失という激変に対し、人々はどう対応するのか。ヒトは、そこに何を見て、どう乗り越えようとするのか。テクノロジーは、ヒトをどう変えてゆくのか。新しい世界の中で、ヒトはどうやって生きてゆくのか。

 伊藤計劃以降のフレッシュな感覚と、諸星大二郎の土着的でイナタい手触りを見事に融合させ、新人らしいユニークさと職人的な構成のうまさが光る、今もっとも美味しい日本のSFだろう。

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